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24.異世界は文化がちがーう



 買い物を済ませて、露天で売っていたイチジクをかじりながら、さっきの応接室みたいな部屋まで戻る。


 ちなみに、途中の落とされた階段には、応急の梯子が掛けられていた。

 恐る恐る昇り降りしている教会員たちに混じって、俺もなんとか登った。

 ヴィラは小首を一つ傾げただけで、ハシゴには触れもせずに一跳びで階上の踊り場まで上がっていた。

 その様子を少しうらやましく思いながら応接室のドアをくぐると、先に戻っていた部屋の主は、つまらなそうな顔を頬杖に乗せて出迎えてくれた。


「ずいぶんサッパリとしたお姿で。とはいえ、特に変わったようにも見えませんけれども」

「目立たないよう地味目でお願いしたんだが? それよりこれ、ちゃんと手入れすれば十年は持つってさ。替えと下一式も合わせて一両半。かなりまけてもらったんだぜ」


 新調した角袖を振ってみせる。

 おろしたての牛革の靴も、なかなかの履き心地だ。


「いいことなんてあるか……銀の粒よっつも減っちゃったんだぞ……」


 俺の上機嫌な口調に、ヴィラが桃くらいある巨大なイチジクを両手にぶちぶちと恨めしそうにつぶやく。


 なに文句言ってんだこいつ。自分で選ばせたら、こいつこそ代わりばえのしないキャミばかり三枚も四枚も持ってきたくせに。

 しかもたった一枚で一両とか、俺の買い物全部あわせたより高かったっつーの。あのヒゲ親父のホクホク顔見たかよ!?


 驚いた事にというかある意味妥当にと言うか、この世界の通貨は江戸時代と現代が混ざったような単位だった。

 基本最低通貨単位は(せん)。百銭で一(もんめ)、百匁で一両、十両で一円。それぞれで(すず)銭、銅匁、小金貨両、その上は銀で円らしい。

 他にも五分銅とか貫銭とか色々あるようだが、「おつりだ」とごっちゃり入った巾着袋で渡されたので、よく分からなかった。

 人の拳くらいはある巨大なイチジクが投げ売りで一個五銭だったから、一銭は多分俺の居た現代世界での十円くらいなんだと思う。

 つまり、銭(十円)、匁(千円)、両(十万円)、円(百万円)って事だ。


 銀の小粒一個を一両五十匁で買い取ってもらえたから、小粒一個十五万円で、昨夜の宿の一泊分も同額。ヴィラのキャミソール一着は十万円相当になるわけだな。


 銀が最高位にくるとか、金属の価値順位が若干違うようだが、ここは異世界であってもやっぱり日本(・・)なんだろう。……まあちょっとヘンに西洋にかぶれ過ぎてる気はするが。

 そういや、数え方が十進数で統一されていたのも助かったところだ。

 江戸時代そのままだったら、二とか四とかで繰り上がる上に変動相場制なんだろたしか。

 知らんけど。


 ともかくこれでカネの計算は大丈夫だなとか考えていると、コンシュのどうでもよさそうな口調で現実に引き戻された。


「楽しいお買い物でしたようで何よりですよ。他にこちらで用意するべき物資はありますか」

「さしあたっては無いけど……そうだな、ひとっ風呂浴びたい気分かな」

「こんな日中からですか。あなたいったいどこの貴族サマです?」


 呆れたように半眼で見下してくれるが、仮にも支配階級の一族であるあんたに言われたくはないんだが。


「こちとら、赤い竜に襲われてからこっち、風呂も着替えもロクにできてなかったんだよ」

「ああ……だからそんなにみすぼらしい顔に……」

「顔は関係ねえだろ! こりゃ生まれつきだ、ほっとけや!」

「おやおや、ずいぶんとこの街に馴染まれたようで。まるで街の民と話しているかのようです。知的水準まで馴染んでしまっていなければ良いのですが」


 コンシュが皮肉で俺の下町口調を指摘してくる。おっと、服屋の親父の口調が移っちまってたかな。


「安心してくれ。“おえらい言葉”とやらも忘れてないし、余計な事も一切言ってないさ」

「そうですか。何よりです」

「……それよりも、だ。俺のいいなりである兵隊さん方々は、出立の準備はできたのか? 早くしろって、叱咤の一つでも飛ばしておくか?」

「ああ、ちゃんと広まっていましたか。本当に、何よりですよ」


 両手を広げたコンシュは、ようやく表情を動かした。

 にっこりと笑う左校に、ヴィラがここぞとばかりに茶々を入れる。


「この“貸し”は沢山の銀で返してくれればいいぞ。わたしたちはそれで満足だ」


 笑顔だったコンシュの口元が引きつった。





 出立の準備が整ったとの報告で、三人してぞろぞろと屋敷を後にして外に出る。

 そこにあったのは、鞍・轡・鐙のフル装備馬が三頭。


 おおう、本物は初めて見たけどヤバいほどにでかいのな。

 胴までで俺の背丈ほどもある。

 っつうかそれより、なんでここに馬が?


「え? ここまで来るときに、わたし言ったでしょ。こいつら皆から馬の匂いがするぞって。……あれ、言わなかったっけ?」

「ああ、言ってたね、ソレ……」

「そういえば、東の方で馬の上に乗った人間共を、たくさん見たことがあるんだ。こいつらもそれと同じなんじゃないか?」

「まさか、全員騎兵ってかい……」


 ……いや、分かってる。というか分かってたはずだ。

 こういう事態も、想定しておいて然るべきだった。


 軍が馬を使うのはわかっていたし、この部隊の展開の速さを考えると、全員が馬での移動なのかもしれない。

 そして、仮にも幕僚待遇なんだから、俺にもその技能を求めてくるのは当然といえば当然だ。

 どうやら俺、元はどこぞの貴族だろうと思われてるっぽいし。


 しかし、なんでよりによって馬限定なんだ。馬車だっていいはずだろ。


 戸惑う俺の横では、ヴィラがはしゃいでいた。


「なあなあ、馬だぞ! こんなにおっきい馬なんだぞ!」

「お嬢さんは、馬がお好きですか」


 コンシュがなぜか得意げな表情で、ツラを向けてくる。


「うん、大好きだ!」

「それはそれは。どの馬でもお好きなのをどうぞ」

「いいのか!? こんな大きな馬、いままで狩ったこともないくらいだぞ!」

「これは乗用ですので、食べるのはご遠慮くださいね?」

「え? あれ、ダメなのか? こんなにおいしそうなのに?」


 ヤバげな流れの会話になっているのを認識していないヴィラを横に、俺は途方にくれる事しかできなかった。


「ところで魔道士殿は、どうされたのです?」


 コンシュは、呆然と突っ立った俺にようやく気付いたようだ。


「まさか、馬に乗れないとでも?」

「乗れる乗れない以前に、本物見るのもこれが初めてなんだけど……」


 こんな大きな動物の背中に跨がって走るのを想像するだけで……うん、無理だ、ムリ。

 振り落とされて地面を引きずられるか、暴走する馬の背中にしがみついて何かに祈ってるかする未来しか見えない。


「……なあ、せめて馬車とかないの?」


 われながら情けない声が出てしまう。それでもお願いしてみたが、討伐隊司令の反応は冷淡だった。


「馬車など人の早歩き程度の速度でしか進めない上に、整備された街道でしか運行できませんよ。中継地までならともかく、竜探索はどうするんです。まさか徒歩(かち)で行かれるおつもりですか?」

「原生林の山なんて、どっちにしろ馬なんて入れないんじゃないの?」

「連絡はどうするんです。往復に何日かけるおつもりですか」

「の、のろしとか?」

「ずいぶんと前時代的な手で来ましたね……」


 天を仰がれてしまった。

 この世界の技術水準すらわからないのに、何があって何が無いのかなんて知るかっつうの。





「え? あれ? 乗るって……もしかして、わたしのこいつを馬の背に乗せるつもりなのか、主子よ?」


 ヴィラが、なぜか狼狽えたような声で、俺と主子様の会話に割って入ってきた。


「それが、どうかなさいましたか、お嬢さん?」

「駄目! ダメだぞ! そんなの!」


 救いの手は意外にも、人外の少女がもたらしてくれたようだ。

 少女は俺の前に出て、小さな両腕を大きく広げて、大の字でコンシュをさえぎる。


「わたしと、わたしのこいつは契約を交わしているんだぞ! わたしのこいつは、わたしだけのものだ。わたしにしか乗っちゃダメなの!」

「……あの、ヴィラ? 色んな意味でちょっと待って?」

「初めての夜だって、わたしのこいつは、わたしの上で寝たんだから!」


 マントをはだけて、キャミの前ボタン一つしか留めてないの見え見えとか。

 足に巻きつけてる尻尾まで丸見えでバレバレだろ、とか。

 それにも増して――。


 ――幼女の上に乗るって、どういう意味に取られると思ってんの!?


 やっぱり救いの手なんか、この世には無かったのだ。

 どう誤解されても――いや万が一正しい意味で取られてしまったとしても、ただの死刑宣告だ。

 俺がロリコン野郎か、ヴィラが人外である宣言かのどちらかしかない。それとも両方か。

 他の解釈があったら誰か俺に教えてくれ。是非とも。


 思わずよろけてしまう俺をジト目で見据えたコンシュが、咳払いを一つ。


「この際、お嬢さんの格好や、お二人が日頃何をなさっているのかはどうでもいいとしまして……仕方ありません。荷馬車がございますので、そちらへどうぞ」

「ほんとにそれでいいの? こいつの格好はスルーなの!?」


 思わず悲鳴を上げてしまった俺に、コンシュは呆れかえったような半眼で。


「は? お二人は契約なさっていたのでしょう?」

「そりゃ、俺はこいつと契約したけど……それがどうかしたのか」

「この軍馬は三頭とも全てオスですが、(ちぎ)る約束をした相手が他のモノに乗っては、お嬢さんとしても心穏やかでいられないのでしょう」

「……は?」

「浮気とは違うのでしょうが、お嬢さんの心情はお察ししますよ?」


 ちょっと待って、今コンシュが何か言った。


 契約ってのは……契る約束……?

 契るって、つまり要するに男と女のナニするナニって事だよね?


「私はこう見えても、教会では禰宜(ねぎ)の位も持っています。お二方が婚合の儀を為さるのならば、私が執り持っても宜しいですよ」

「べ、べつに人間に祝ってもらわなくっても……でも、そこまで言うなら、特別に言祝(ことほ)がせてやってもいいぞ……? な、おまえ?」


 ヴィラがなぜか恥ずかしそうに身をよじって、しなだれかかってくる。

 俺は呆然と少女を抱きとめるしかできなかった。


 ……つまり何か。この世界では、契約と婚約とは同じ意味の言葉だってのか?

 つまりこいつが一番最初に言ったセリフって、要約すると「私と結婚して、世界を敵に回したとしても、私と添い遂げて!」って意味だったの?


 たしかに婚約は“結婚する約束”だから、契約も字面で見れば“(ちぎ)る約束”でも通るのかもしれない。

 しかしな! 俺の知る“契約”という単語に、そんな意味なんて無いっつうの!

 文化が違うどころじゃねえ、違いすぎだろ!

 んな事、一言の説明も無く……ぅわかるかああああぁぁぁぁぁ!!


 つか、あれか。ヴィラの“おまえ”呼ばわりって、もしかして俺が言ってる“お前”と同じじゃないのか。

 妻が夫に“あなた”って呼びかける感じの、そういう“おまえ”だったのか?

 たしかに、他人に対する“貴方”と、妻の夫に対する“あなた”では、明らかに語感が違うだろう。ヴィラの俺に対する“おまえ”呼びも、言われてみればそんな感じもしてくる。


 ……。

 ……、……。


 ……まあね。文句なんて、俺が今さら何かを言えるわけもないんですけどね……。




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