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19.主子だって命がかかれば本気を出す



 主子――コンシュの言葉はなおも続いた。


「我々は国主(こくしゅ)直々に任ぜられております。我々は国直属の討伐部隊なのです。ですから魔道士殿の協力を得まして赤き竜の討伐を果たしますれば、何の問題もありません」


 とはいえ、なあ……。


「……先ほどから言っているが、本当に竜を討伐する方策があるのかが問題だ。作戦内容が(つまび)らかでない以上、参加するしないの判断はできない。わたしたちは別に、貴様らが全滅するところを見物したいわけではない」

「もちろん魔道士殿には、計画内容も仔細にご検討をしていただきたく」


 んーまあ、一応聞いてはみたくはあるけどさぁ……本当に赤いアイツを討伐する目当てなんてあるのかね。

 俺の戸惑いを無視し、コンシュが居住まいを正す。


「私は、かの赤き竜を、奴めの巣で襲撃するつもりです」

「不可能だ、主子よ」


 主子の言に即座に、冷たく応じたのはヴィラだった。


「貴様らはアイツの存在を認識する事すら(かな)わずに、みんな死んでしまうだろう」


 ちょっ……お前なあ、さすがに暴走が過ぎるぞ?

『だって、おまえも納得したでしょ! 人間ごときが、寝ているからといって我々“------”を襲撃できるだなんて、思い上がりもはなはなしい!』

 はなはだ、な。まあ、お前がそう感じるのも、わからなくもないけどさ。

『これでもかなり自重したんだぞ。評価してくれたっていいくらいだ!』

 フォローするこっちの身にもなって欲しいけどね。ええと――。


「――わたしも色々想定してみたが、竜に対して奇襲は不可能だ……」

 と思う、までちゃんと言って!

「……と、おもぅー……」


 そのようにして、どうにか体裁を取り繕う。

 コンシュは腕を組みなおして。


「襲撃といいましても、奇襲を仕掛けるつもりはありません。近寄るつもりも無い。私の立てた作戦とは、竜を洞窟に封印――生き埋めにしようというものです」


 言い終えるとコンシュは、こちらの反応を待つようにじっと黙った。


『……きたないな、さすが人間きたない』

 ん、そりゃ生き埋めが有効って事? でもアイツ、探知式とやらの爆発で洞窟を崩壊させて出てきただろ、無駄じゃね?

『あれは単純な爆発じゃないんだってば。余剰熱量分しか威力が出ないし、そもそも爆発の勢いは空間が空いてる方に向かっちゃうんだぞ』


 それでも、爆発を繰り返せば、ヤツはいくらかでも地中を掘り進めるだろう。

 この時代の人間が山体を岩盤ごと破砕する能力なんて、高が知れている。

 やはり生き埋めが有効な封印の手段になるとは、とても思えないんだが。


『そうでもないぞ? やつの探知式の爆発規模だと、中級以下はまだしも、最上級や上級精霊は焼き尽くされちゃう。精霊の使役には上級精霊以上の存在が必須だけど、閉鎖された空間には上級以上は入り込めない。つまり――』

 ――埋めた規模がそれなりなら、爆破一回で出てこれなければ、奴は二度と太陽は拝めない?

『うん。そういうことだぞ』

 なるほど……。


「……確かに規模と手段によっては、封印は可能かもしれない」

「残る問題は、竜の居場所の確定と存在の確認です。また、竜に気付かれない爆薬設置方法の検討も必要と判断します。そうでしょう?」

「うぇ……」


 こちらが情報を小出しにしているのを知ってか、大上段から真正面に切り込んできやがった。

 っつーか、ふつーに大量の火薬を使える世界なのね。

 まあ黒色火薬なんて聖徳太子の生まれる前からあったらしいもんな。中世レベルまできてる世界なら、存在してもおかしくはないのか。


 ……なんつーか、それにしたって火薬の所持情報なんてものは軍事機密の範疇だと思うんだけど、そこらへんも平然と晒してくるのな。

 やっぱ、やりにくい相手だよなあ。


「誤解の無きよう、魔道士。我々は竜を討伐しなければ帰る場所が無く、此度の竜の討伐が貴方の目的にそぐわない事は重々承知の上で、ご助力をお願いするしかないのです。何卒、宜しくお願いします」


 深く頭を下げ、再びこちらを見るコンシュの目は、強い光を湛えていた。


 俺は無言で、真っ向からその視線を受け止めた。

 少なくとも本気でドラゴンを討伐するつもりなのは伝わってきた。

 しかも当のドラゴンであるヴィラが、お墨付きを与える方法を持って。

 最終的な目的も、実のところ合致している。

 その意味では、協力し合えるに越したことはないのだが……。


「……返事の前に確認しておきたい。討伐対象は、赤く巨大な竜だけだな?」

「ええ、ご安心を」


 こちらの質問に、コンシュがふっと肩から力を抜いたのが分かった。


「討伐すべきは、人に仇なす害悪たる赤い竜だけです。黒い暴虐の君は、人類の敵というほどではありません」

「ならば、黒竜による損害を公式に不問とするのを条件に、協力に応じても良い」

「……ずいぶんと、この地に住まう幼き竜に、思い入れがありますようで?」


 片眉を上げてコンシュが怪訝そうにこちらを伺ってくるが、俺はもちろん丁重に聞かなかった事にさせていただいた。


「こちらの条件は提示したぞ」

「まあ、いいでしょう。私の一存では決めかねますが、上奏させていただきます」

「では決まりだ」


 俺は――ヴィラを通じて――高らかに宣言してやった。


「竜は探し出してやろう。期日は確約できないが、竜はその時、洞窟深くに在る。だがこちらにできるのはそこまでだ。爆薬は専門外だから――」『――えっと、たしかに我々“------”は洞窟に居を構えることが多いけど、いつ居るかまで分かるのか? なんで?』


 最後まで言い募る前に、ヴィラが疑問を呈してきた。

 言いたい事の大半は言ってくれたので、まあこれでいいだろう。

 俺は素直に答えてやることにした。


 そりゃわかるだろ、お前らの弱点は雨だ。雨が降ったらお前はどうする?

『あーそっか。わたしも雨の日なんて、おまえと寝床でゴロゴロしてたいもん――って、なんでそれをこいつらに教えてやらないんだ?』

 あのな……これヘタすると、今後ドラゴンをいくらでも狩れる状況を作りかねない情報なんだぞ。わかってんの?

『ふうん? 姿こそ人間を真似ていても、悪魔は我々“------”に味方するのか』


 ほにゃっと相好を崩してヴィラが身体を預けてくる。

 でも微妙に違う。というかその認識では、一番大事な所を間違えている。


 あのな、他のドラゴン連中の事情なんて知らんっつうの。お前に関わる話だから教えられないって言ってるんだよ。

『え、わたしの……?』

 お前の弱点は、そのまま俺の致命点なんだぞ? 誰にも教えられるわけねーだろ。

『そっか……うん、そうだった。その情報は教えられないな!』


 自分たちの弱点の話をしているのに、なぜかいきなり嬉しそうに鼻先を擦り寄せてくるヴィラ。意味が分からないよ。

 ため息をついてコンシュに目を戻すと、こちらに視線を注いだまま無言だった。

 これ以上しゃべる事はないと目で告げてやると、諦めたように口を開いた。


「――では最後に。これをお持ちください」


 コンシュは自身の腰に帯びていた剣を、剣帯ごと外してこちらに差し出してきた。


「我が主家に伝わる“竜殺しの剣”です。もっとも、何の役にも立たないただの象徴ですが」


 はあ? 何ですって?





「まったく、さっきからワケの分からない事ばっかり……どれ、見せてみろ」


 何の警戒もなくコンシュから気軽に剣を受け取るヴィラを見て、さすがに少しあわてた。


 まて、いきなり手に取るなっての! 魔法とか掛かってたらどうするんだ。

『何もないってば。おまえはどれだけわたしの事が心配なんだ?』


 鞘から引き抜いた刀身をしげしげと見つつヴィラ。


『見たことない材質だけど、やっぱりただの棒っきれだったな。これなら私の牙の方がよっぽど鋭いぞ。おまえも見る?』


 興味も失せたように、ほいっと渡してくる。

 それは全長1メートルほどの直刀両刃の片手剣だった。肉厚でロクに刃も付いておらず、そして想像以上に軽かった。

 形態としてはブロードソードかロングソードとか言われるヤツだろうが、ヴィラの言う通りこれでは本当にただの棒切れだ。

 こんなオモチャの何が“竜殺しの象徴”なんだろうか。


 だが、この銀灰色に鈍く光る金属の、やわらかな感触には覚えがあった。


「……これは、もしかしてアルミか――」『――"アルミ”って何だ?』

「あるみ? いえ私共には、それの材質については見当も付きません。魔道士殿はご存知なのですか?」

『ごぞんじなのか?』

「……」


 俺は無言で首を傾げた。俺だって説明できるほど詳しくない。

 でもこれ一円玉やアルミ定規と同じ質感だよなあ。

 こんなもので剣を作る意味なんてあるのだろうか。


 軽く振ってみると、さらさらと何かが流れる音と共に、重心が前後に揺れる。

 なんだこれ、中は粉かなにかか。


「……中に入っている物は?」

「お貸しください」


 質問を無視された形のコンシュは曖昧な表情を浮かべて、それでも素直に剣を受け取った。

 柄の端に手をかけると、「ふっ」という気合とともにひねる。

 ねじ切り状になっていた柄頭(つかがしら)がごりごりと音を立てて外れた。


「見ての通り、中身はぼろぼろに錆びた太い鉄芯と、この剣の材質と同じものらしき金属の粉だけです。おそらく鉄とともに内部から腐食したのでしょう」

「なんだ、本当だな」


 言われた通りの物しか入っていない事にがっかりするヴィラを横目に、柄を戻しながらコンシュは続ける。


「前代国主が教会に鑑定を依頼したのですが、結論は“野蛮な古代技術の象徴”だったそうです。術式も簡単な形態維持の式が彫られているに過ぎませんでした」

「そんなものがどうして……」

「ですが、それでもこの剣は代々我が国に伝わる竜殺しの象徴なのです。権威は与えてくれますから」


 俺の質問を遮ってコンシュは「どうぞお持ちください」と再度押し付けてきた。

 半分うわのそらで剣を受け取りながら考えこむ。


 普通ドラゴンスレイヤーなんつったら、オリハルコンとかヒヒイロカネとかの幻想金属で出来てるデカい剣ってのが相場じゃないんだろうか。

 それがこんな短くてなまくらで何の役にも立たない、剣のカタチをしたナニかの、どこが何の象徴になるというのだろうか。


 いや、象徴、か?

 まさか、剣であること――つまり形状――ではなく、材質に何か意味がある?


 たしかに、アルミは合金として飛行機によく使われている素材だ。現にゼロ戦に使われていたことで有名な超々ジュラルミンもアルミ合金の一種だ。

 そして先ほど考えたとおり、ドラゴンには飛行機が一番対処しやすいはず。


 でも、それならやっぱり飛行機の形にでもしておくべきだろうに。

 なんでこの剣は“剣”なんだろう。




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