18.スパイの方がマシでした
ブックマークや評価をしてくださって、ありがとうございます。
ご覧いただけているだけでも、本当に励みになります。頑張ります。
目の前の男は二十代前半くらいか。
こぎれいな洋装の軍服に身を包み、明らかに階級が高そうな雰囲気だ。
男は、帽子を脱いで向かいの椅子に座ると、にっこりと笑う。
「さて時間がありません。お互いに手の内を隠すのは無しで行きたいと思いますがよろしいでしょうか、魔道士殿?」
魔道士だって?
やっぱり俺はスパイ容疑で連れてこられたんじゃなかったのか。
しかも“魔法使い”でも“魔導師”でもなくて“魔道士”ね。
魔導じゃなくて魔道、師じゃなくて士。うーん、響き的にも字面的にもロクな呼ばれ方じゃなさそうだ。
気の抜けた雰囲気ながらも取り調べでもあるのだろうかと思っていたが、どうやらもっとめんどくさい事態だったようだ。
「既にご存知でしょうが、我らは討伐隊です。当然、竜討伐の任を負っております――いえ、正確には負わされております。そこで魔道士殿に要請したき儀があるのですが……」
「まて」
こちらの反応も待たずにしゃべりだした男を、片手で制する。
「……なにか不都合でも」
「不都合以前の話だ。そのいきなりの魔道士呼ばわりはどこから来た。わたしは密偵として拘束されたのではないのか」
「まずはそこからですか?」
男はわざとらしく首をかしげる。
「確かに報告では、密偵の可能性も捨てきれずとの事でした。しかし異様な風体に、これ見よがしの銀遣い。常識も無い。こんなまぬけな密偵がありますか?」
「それは密偵ではない根拠でしかないぞ。魔道士とはどこから来たんだ」
「被災した行商人を装うのは良い手だったかもしれません。しかし商用手形とは、いったいいつの時代の話です? 常識ある一般庶民ですらありませんね」
……ああ、もうそこからかよ。最初の一言目じゃん。
うまくやったつもりだったのに、ボロを出していただけだったとは。
『ほらみろ。だからウソはダメなんだぞ』
いやあれはウソっつーか、腹芸の類いなんだけど……俺、そういうのは昔っからヘタなんだよなあ……。
『うん。おまえが嘘が下手なのは、わたしも知ってたぞ?』
なんかそれ、地味にヘコむわー……。
そんな脳内やり取りをする俺らの横で、男の言葉は俺たちを置いて進む。
「もちろんこれだけでは魔道士と断定するには弱すぎます。問題となるのは、貴方がたの現れた時期と方向です」
「……わたしたちは、ただあの赤い竜に襲われ、逃げてきただけだ。それの何が問題なのか理解できないぞ」
「逃げてきた……ですか」
できの悪い教え子でも見るような目でこちらを眇めつつ、男は肩をすくめてため息を吐く。
「街北方は人口も少なく、生存者の避難は比較的迅速に進みました。襲撃のあったその日の夜には済んでいるのです」
「……それがなんだ?」
「あなた方は丸一日も経ってから、まさにその街道を北からいらしたようですが、道中誰か一人とでも行き逢いましたか?」
「……、……」
……なるほどな。全員が避難したはずの被災地から、丸一日経ってから出てきた俺たちは、その時点で疑われる対象だった、ということか。
行商人を装う云々どころじゃねえ、そもそも姿を表した時点で容疑者とか、最初っから詰んでるじゃん。
そりゃ街の入り口を守備していたハゲどもが、俺たち目掛けてまっしぐらなわけだ。
黙っている俺たちに、男が畳み掛けてくる。
「道中は、被害調査でも為さりながら南下していらしたのですか?」
「……森のなかで襲撃に遭ったから、途中で野宿せざるを得なかっただけだ」
「そうですか、そんな遠くからいらしたのですか」
男は、語るに落ちたとでも云わんばかりに、ふっと口元を歪める。
「怪我人でもないお二人の足で、この街から日帰りできないほどに北上した先となりますと、竜の住まうが故に我々人間が立ち入る事能わぬ“禁足の地”以外に無くなってしまうのですが……」
「……」
なにも言い返せなかった。俺たちはまさしくその地から来たわけだから。
……だめだ。こりゃ勝てん。これ以上抗っても無駄だろう。
もちろん俺たちは魔道士なんかではない。しかし、この男を納得させるだけの“魔道士ではない証拠”を示せない上に、俺たちの持つ人間世界の情報が少なすぎる。何を言っても尻尾を出す結果にしかならないだろう。
『ん……えっと? 尾を出して見せればいいのか?』
出すな! 言葉のあやってヤツですから! だから尻尾の先をぴこぴこ動かすんじゃありません! バレるってばよ!!
『あれ? かわいくない……?』
ああ、かわいいよ。でも今はそういう話じゃなくってね!?
表面上は無言のままの俺たちに、勝利を確信したのか男は口許を緩めて、最後の一言を放つ。
「そもそもですね、黒髪に一本角の銀装飾――通訳の少女に、この地に棲まう“暴虐の黒竜”の巫まで施しておいて、今さら何をどのように言い逃れるつもりだったのです?」
「なっ、暴虐だと……っ!」
男の言葉に、ヴィラが腰を浮かす。
お、おいヴィラ、勝手に動くなっての! 今は本気でマズいって!
慌てて“暴虐の黒竜”(多分本人)の口を塞ぐ。
『人間を襲った事もないのに、暴虐言われる筋合いなんてあるかー! 目に物見せてくれる! はなせー!』
どうどう、落ち着け。せっかく正体疑われてるのは俺だっつーのに、お前が自分からバラしに行ってどーする。
『だって、わたしが何をしたって言うんだ!』
わかったよ、せめてその辺りは聞いてみたらいい。だから理性的に、な?
『うーっ……!』
まーこれ聞いたら、自分から魔道士ですって認めるのと同じだけどな。
ま、いいさ。どうせその線で行かざるをえないんだろうし、いざ逃げるとなったらヴィラに全面的に頑張ってもらうしかないわけだしな。ここは好きに動いてもらおう。
とか思いながら、黒い暴虐の化身とやらを開放してやった。
「わたし――じゃなくって、ええと、黒竜が凶暴だというのは心外だ。侮辱だぞ。人間なんか狩った事もないじゃないか!」
「……さすがは魔道士、というところですか。己が身の心配よりも竜の行動にこそ興味がおありですか」
こちら側の――というかヴィラの――詰問に、男は満足げに笑う。
つか、今さらっと魔道士認定されたらヤバい事になりますって自白してくれてませんでしたかねこのヒト。
まあ薄々予想はしてたけどさ。
「まあいいです、ご要望にお応えいたしましょう。……仰るとおり、この地に住まう竜の親子による、人への直接被害はありません」
「じゃ、じゃあなんで……」
「我が国内での黒竜による被害の実態は、ここ数年で、乳牛牧場一つの壊滅に、三つの軍馬育成場の機能不全と移転。これが全てです」
「そ、そうなのか? それは迷惑をかけたのかもしれないけど……でも、馬を食べただけで暴虐呼ばわりか?」
「影響は生産だけでなく、物流や軍事にまで及んでいるのですよ?」
男はわざとらしく目を瞑り、小さく頭を振る。
「若駒のうちに幾度も恐怖を植えつけられた馬が、軍馬足り得る訳がありません。全処分ですよ。そして移転後はほぼ一から立ち上げ直しです。実働可能になるまでの経過年数も考慮せねばなりません――すさまじい規模の金銭損害だけでなく、国家の軍事体制が何年規模で後退したとお思いです?」
「あー……うー……? ぐるるる……」
ヴィラは何も言い返せずに唸るだけだった。
そういえばこいつ「馬が好きだけど、ほとんど人間の領域内にいるから獲るのが難しい」って言ってたっけな。
これがその内実ってわけか。
この世界での馬の細かい用法を知っているわけではないが、燃焼機関の発達していない近・現代以前の世界でなら、軍事経済の両面でほぼ間違いなく戦術・戦略・情報インフラの基幹級の重要物資だ。
軍隊の花形戦力としての騎馬もそうだし、人の何倍も速く情報を伝達できる早馬もそうだ。
現代日本で言ったら、主力戦車を次期主力方面隊+製造工場ごととか、数年分の重要通信網の数割を丸ごと停止とか、そういう規模の被害な感じ……。
……え? もしかして、賠償金にしたら数千億とか数兆とか、そういう億千万円規模の被害なんじゃね?
おい、ちょっと、マジで?
『でも、でも! 人間なんてほとんど見かけた事ないんだぞ!? 管理してるとか、分かるわけないでしょ!!』
まあ、放牧ってそういうもんだからなあ……。牛全滅ってのは何したのさ。
『だって……あいつらって何でか知らないけど、尻尾で叩くと爆発するんだもん! ちゃんと狩れるまで十ぴきくらい練習しただけだぞ。全滅なんてさせてないもん!』
……少なくともそれ、暴虐の黒竜でなにか間違ってるか?
『でも! わたしだってそのあと、もったいないからって全部食べさせられたんだぞ!?』
それは大変だったろうけど、そーゆー問題じゃないでしょ……。
『バラバラになったのを、まき散らされたフンのにおいの充満する中で! 食べ終わるのに何日も……しまいには腐りだして……酸っぱ苦い緑色のぐちょぐちょの粘液が出てきて……』
はい、緑膿菌の話はもう結構ですから。てか、そんなになってまで食わせる親も親だと思うけど。
『……もう牛なんて、食べるどころか近寄りたくもないっ!!』
そりゃそうですよねー。
そして多分ヴィラの去った後は、残された牛の残骸から疫病が発生したとか、ドラゴンが数日居座ったおかげで牛が怯えて乳を出さなくなったとか、あっただろう事は容易に想像がつく。結果として当然、牧場も壊滅するだろう。
うーん、こりゃまいったなぁ。
正体がバレたら、騒ぎになるならない以前に巨額の損害賠償請求が来そうな話だ。
これはまた、いろんな意味でやっかいなやつに喚ばれたもんだ。
思わず天を仰いでしまう。
「……それで、話を進めせていただいてもよろしいでしょうか、魔道士殿」
「魔道士ってのはもう、決定事項なのか」
「まだお認めいただけませんか? この後は、お嬢さんの靴の材質について、もしくはお二人の意思疎通が言葉に依らない事について、言及させていただく事になりますが」
気を取り直す暇もなく男が攻め込んでくる。
……スニーカーに、この皮膚接触による思考同調ってか。
こっちが油断していたとはいえ、細かいとこまでよく観察してやがるなあ。
つか、一度仕切りなおしたい位にがっつりと、いいように攻め込まれてるな。
「そろそろご納得いただけましたか? 貴方は魔道士です。元教会魔術士にして教会の頚木を逃れた、野良の、禁断の」
ああもうわかった、それでいいよ。俺は悪魔にして魔道士だよ。
『……いいのか、それで?』
男の決めつけに投げやり気味な感想を抱いた俺に、ヴィラが気づかうように顔を覗き込んでくる。
どうせ立場が悪くなったら逃げる気満々だったし、お前の正体がバレて賠償金地獄になるくらいなら、俺の正体くらいどうでもいいよ。なんとでも呼んでくれ!
『えっと、じゃあ……がちろりの守護者?』
……本気のベアハッグかますぞ、このガチロリ!
※
「では、話を進めます」
男はそう宣言すると、いきなり肩をすくめた。
「さて、誠に遺憾ではありますが、現在わが隊は反乱の危機に晒されております。そこで魔道士である貴方には、我が隊の指揮を執っていただき、討伐の暁にはそのまま“英雄”となっていただきたく思うのです」
「……話の前後が通じていないように思えるぞ?」
「教会法においては、竜は神聖不可侵なる英知の結晶である――だからこそ、貴方は教会を飛び出されたのでしょう?」
「ああ……そういう事か」
つまり、こいつら討伐隊は赤いアイツを殺してこいと命令を受けてここまで来ている訳だが、実は竜を殺すのは社会的には重大な犯罪行為であると。
そしてその犯罪を強要された連中が、おいそれと指揮官に従うわけもない、と。
しかも竜討伐なんていう、ほぼ全滅覚悟の作戦とくればなおさらだ。
そりゃ反乱の危険も、うなぎ上りでストップ高にもなるだろうな。
そして、そんな状況で俺に“英雄”になれってのはつまり、そこら辺のリスクと責任を一身に被ってくれるなら、竜討伐に連れて行ってあげますよってことだ。
普通なら検討する価値もない提案だが、まあ、竜の研究に人生捧げた挙句に教会から追われる身となった魔道士なら、何の問題もなく乗れる話ではあるんだろう。
赤竜を倒したら「その後、竜を殺した犯人は逃亡しました」って事にすれば、後腐れもないし。
とはいえ、なあ。
「……とはいえ、竜を打ち倒す方策がない以上、意味のない要請だがな」
ぶっちゃけ、現状では男の要請を受けても、状況は何も変わらないと思うんだが。
俺が肩をすくめて男を見返してやると、だが、男は口元を歪めて自信ありげに、こう返してきた。
「打倒の方策は私が用意しました。貴方は指揮官のマネだけで結構です」
「は?」
……は? 人間にドラゴンを殺す方法があるって言うのか? ……無理だろそんなの。
『うん、無理だぞ』
だよなあ。
そもそも俺を召喚する前のヴィラですら、羽ばたきだけで雲まで行ける。
そんな存在に対抗するには飛行機か、せめて高射砲でもなければ無理だ。
この世界は見たところ産業革命以前程度の技術水準でしかないし、そんなモノがあるなら、ただの一被害都市でしかないこの街に討伐隊が陣を張る意味なんてない。
つまりそんな物はない。
『意味はよくわからないけど、わたしもそう思う』
では魔法か? 目の前のこの男は俺を魔道士だと決め付けている。つまりこの世界では人間も魔法が使えるってことだ。
『白い“ふく”の連中だな。見た事があるぞ。日中しか出てこないないから、直接に使役できるのは最上級精霊だけなんだと思うけど』
そいつらはどのくらい強い? お前の使う雷撃とかアイツのレーザーとかは使えたりするのか?
『んー? よくわかんない。でも術式さえ持っているなら、大勢で発動すれば一発くらい出せるんじゃないか?』
だがその一発は、アイツには効かないんだろ。
『うん。てゆーか、わたしだって一、二撃くらいなら耐えてみせるもん!』
なんか微妙な評価ね……でもまあ、あまり意味はないって事ね?
『うん!』
そっか、じゃあ次だ。
巣で寝てるところを襲撃するのはどうか。
……ま、無駄だな。
こんな早期警戒機種族相手に不意打ちが効くわけない。
近づく前に遠くの時点で気付かれて、逃げるにしろ逆襲するにしろ、その後はずっと奴のターンだ。
『納得したか?』
した。やっぱちょっと無理だな。人間の手札では攻略の糸口がない。
つまり、この世界の人間に、ドラゴンを討伐する方法なんてない。
そもそもの話、こいつら討伐隊の展開が早すぎるんだよな。
襲撃があったのがおとといで、昨日にはもう本隊がこの街に到着している。
討伐隊が常設部隊だというなら話は別だが、その場合は現役で“暴虐の黒竜”であるヴィラが知らないワケがない。以前からさんざん嫌がらせをされてきているはずだ。
『え、でもわたし、遠くでならともかく、近くで人間を見たことなんかあんまりないぞ?』
うん、だからこいつらは、急遽かき集められて送り出されただけの部隊なんだよ。
『でもそれ、“討伐たい”じゃないでしょ。だってアイツを討伐なんてできないんだから』
そう。つまりこの隊の目的は最初から、赤いアイツの討伐なんかじゃない。
「………一つ質問があるぞ」
「なんでしょう」
「この部隊は、誰の死に場所なんだ?」
「はあ、なかなかどうして……」
ヴィラを通した俺の言葉に、男は破顔し、組んでいた腕を解いた。
「政治にも造詣をお持ちのようですね。世間知らずの研究バカと侮っていました事を、ここに謝罪いたします」
「言っておくが、暗殺犯に仕立てあげられるつもりはないぞ。自分たちのケツは自分で拭くがいい――」『――ケツってなんだ?』
女の子は知らなくていい言葉です!
俺は顔をそむける事で、会見の打ち切りを表明した。
それを気にも留めずに男は続ける。
「ですがそこまでは読みすぎです。自分の殺しを依頼する馬鹿はおりません」
……は?
俺が片眉を上げると、男は勢いよくソファから立ち上がる。
右手を胸に、にっこりと微笑むと、
「申し遅れました。わたくし和国第二軍の揮下で左校として臨時討伐部隊長を務めます、和国第三主子コンシュ・シキと申します」
ようやく名乗った男――コンシュとやら――は、深々と一礼。
「魔道士殿には我々討伐隊の立場を十分にご理解いただいた上で、竜討伐のためのご助力と、部隊への臨時編入を正式に要請したく思います」
いや、……えっと、つまり?
なあヴィラ、これどういう話?
『わたしに聞くなってば!』
すみません、今回の出来は我ながら赤点でした。そのうち修正したく思います。




