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17.俺たちはスパイじゃな……いえ、やっぱソレで



 重い木の扉を押し開ける。

 早朝の大通りに人影はまったくなかった。

 昨日と同じように、マントの中で尻尾を足に巻いたヴィラは、俺の腕にすがり付いている。


『どうせ全部蹴散らすんだから、尻尾隠さなくてもいいと思うんだけど』

 そうなる可能性は否定しないけどさ、蹴散らしたらもうここには戻れないからな。自動的に朝飯もナシになるよ?

『うぇ? ……うー……』「がるるるるる……」

 だから暴れるのは、せめて向こうが攻撃してきたらにしてね。

「ぐるるるるるる……」

 通訳もよろしくね。

「うるるるる……」


 最後のは多分了解の唸り声なんだろうと勝手に解釈して、通りを渡る。

 なるべく早朝の散歩にでも見えるように、ゆっくりと。

 兵士の隠れている角路地の方向に体を向けると、繋いだヴィラの手から兵士達のヒソヒソ声が伝わってきた。


「どうします兵長、下がりますか。このままでは見つかりますよ」

「バカ言ってんじゃねえ。いま動いたら気付かれる上に、あからさますぎんだろが。隠れてやり過ごせ」


 慌ててる、あわててる。

 ニヤつきたくなるのをこらえつつ、気付いていないフリで歩を進める。

 先方も覚悟を決めたのか、逃げ出す気配はないようだった。


 路地を曲がり、相手の姿を確認もせずにこちらから声をかける――もちろん、実際に声をかけたのはヴィラだが。


「昨日の兵どもか。こんな朝早くから奇遇だな」おはよう――。


 ――あれ、なんで“おはよう”だけ翻訳途切れるの?

『なんでこんな連中に、おはよう(今日も一緒に頑張ろう)なんて言わなきゃならないんだ!』

 今のセリフ全部が白々しい皮肉ってヤツで……ええと、言葉による牽制の一種なんだよ。だから、頼むよ万能通訳さん。

『うー……』


「ぐるるるる……ぉはよぅ……」


 隠れていたのは声の通りの二人組だった。昨日のハゲと側にいた若いもう一人。

 いきなり挨拶されるとは思っていなかったのか、明らかに挙動不審になっている。

 ハゲの方が先に我に返って、反応してきた。


「お、おう。おはよう……そっちこそこんな朝早くからどうしたぃ? どちらかにおいでなら、道案内の一つくらいしてやるぜ」

「それはいいな。自分たちがどこに行けばいいのか、ちょうど教えてもらいたい所だったんだ」

「ああ、そうかい……」


 ハゲは取りつくろうのを諦めたのか、盛大に息を吐き出すと腰に手をあてて肩を落とした。


「まあ俺らも本業は戦列屋でな、騙しあいやら隠れるのやらは苦手なんだ。そっちがそのつもりってんなら、こっちにしてもありがてぇやな」

「それは良かった。早起きした甲斐があったようだな」


『ちなみに、宿の陰からこちらを伺ってる人間がいるぞ……周囲にも数人いるみたいだ。たぶん囲むつもりだぞ』

 追加情報ありがとう。優秀な情報オペレーターだな。


 そんな俺とヴィラのやり取りは当然伝わるはずもなく、ハゲは言葉を継ぐ。


「あんたの正体はわかってるんだ。おとなしく連行されてくれれば、こちとら手荒なマネはしねえ。痛い目になんざ、遭うだけ損だろ?」


 ふーん、こっちの正体はバレていない、か。

『……なんでそんな事わかるんだ?』

 お前、赤いアイツに“おとなしくついてこい”なんて言える?

『ううん』

 だろ? つまりこいつらは、戦力で自分達が圧倒してると思ってる。お前がドラゴンだなんて思いつきもしないって事だよ。

『当然でしょ。今のわたしたちが人間以外に見えるはずは――なんだその目は!?』


 ま、それはさておくとして。

 話の流れを総合するとだな。


「……で、わたしたちはどこの密偵なんだ?」


 ということになる。





 ハゲの言葉通り、俺たちは手荒な扱いの一つも受けなかった。

 両手を挙げて見せた俺を、ハゲの指笛一つで物陰から現われた兵どもが取り囲んでくれたりはした。

 しかしその後は、「こっちだ」の一言で歩き出したハゲの後について、皆でぞろぞろ歩く。それだけだった。


 当初の予定とはだいぶズレてはいるが、幸先は思ったよりも悪くないようだ。


 ヴィラはなんでか不満たらたらな様子だったが、チョロいスパイ程度に見てくれるというなら、俺としてはありがたいくらいだ。

 これで商人を装う必要もなくなったし、少々怪しい動きをしてしまっても、異国のスパイなのだからと思ってもらえるだろうから。


 逆に向こうはこちらの情報を引き出すためのエサとして、教えてもいい程度の情報は出し惜しみしないだろう。

 さらに、こいつらの態度を見る限り、本部に連行して即拷問って感じでもない。

 これなら、イザという時でも逃げ出すのは簡単だろう。


 宿からずっと坂を上がり続けているので、昨日ハゲに聞いた通りの場所、つまり本隊の駐留所に向かっているんだろう。


「馬のにおいが……だんだん強くなってくるな……」

「あ? いや、本隊んとこにゃ馬は上げてねえはずだが……」


 ヴィラが鼻をふんふんさせて、思わず零したかのように呟くと、それを聞いていたハゲがいぶかしげに首を捻った。

 それから、自分の腕辺りのにおいを嗅いでから、隣の若い衆と小声で囁き合う。


「……なあおい、俺たちゃぁ相当に馬くせぇのか?」

「もしかしたら、先ほどは臭いで我らの存在を悟られたんでしょうか」

「ったく、俺らは自分の足で駆け回る仕事は、本っ当に性に合ってねぇらしいな」


 なんてぼそぼそと言い合っているのだが、マジでこいつら騎兵っぽいな。

 いやまあ別に、ヴィラも臭いであんたらの存在に気づいた訳ではないようなので、あまり気にすることもないと思うんだけどね。

 どんまい。

 しらんけど。


 さて、メインの大通りの坂を頂上まで登りきると、そこが本隊の駐留場所だった。

 街で一番高いところにある、周囲は空掘で囲われた、崩れた見張り塔のある高さ五メートルほどの石塀。

 いかつい門構えの両側には矢倉までもがある。開きっぱなしの門から中に見えるのは、大きなコの字をした和洋混合風の二階建て屋敷。玄関は正面一番奥まった箇所だ。

 元は山城の本丸、今では街一番の有力者の邸宅ってところだろうか。


 門をくぐると、さすがに街中とは空気が変わるのが肌に感じられた。

 腕に絡みついたままのヴィラが、抱きつく手にぎゅっと力を込めてきた。


『おまえ、おまえ?』

 ん、どした?

『なんだか殺気立っている感じがする。まさか、わたしたちを罠に()めるつもりなんじゃ――もうこいつら、全部刈っちゃっていい?』


 牙を剥き出しにしようとする少女を、あわてて抱え込む。

 暴れるのは、せめてこれがワナだと確定してからにしてほしい。


 妙な格好で絡み合ってる俺たちに、怪訝そうな顔でハゲが振り返った。


「どうしたぃ?」


「いやその……」と日本語で反応しかけて、あわてて口をつぐむ。


 ヴィラ、ここは人間とのやり取りに慣れてる俺に任せてくれ。な?

『……相手はもとのおまえと同じく嘘をつく生き物だぞ。真意を探るためなのは理解するけど、身を危険に晒してまでというのは、評価できないぞ?』

 不用意に暴れて敵を増やすほうが、よっぽどやりすぎだろ。まだ明確な敵意を向けられたわけでもないんだから。

『めんどくさいだけだと思うんだけど……しかたない、人界ではおまえの言うことをきく約束だもんな。それで、何を聞くんだ?』

 ええと、とりあえずは……。


 身振り手振りまでまじえて説明しようとする俺の思考を、とつとつとヴィラが通訳する。


「不穏な気配に、慣れていないこいつが、不安そうに、していたから……だって? 誰が不安なんて――もぎゃー!」

 はい、そこまで。


 余計なことを言い出さないうちに口を塞ぐ。

 ハゲは幾分バツが悪そうに頭をなでた。


「ああ、任務が任務なだけに、どうにも浮き足立ちやがっててな。気持ちはわからんでもないんだが……ったく、みっともねぇやな」


 ああ、そりゃそっか。

 こいつらドラゴン討伐に来てる部隊なんだっけ。達成以前に生還すら絶望的な作戦に向かわされては、こうなるのもまた(むべ)なるかな、ってとこか。

 同意するように肩をすくめてみせると通じたのか、ハゲは苦笑する。


「毎度のことながら怖がらせちまって悪ぃな、嬢ちゃん。館まで着けばもう大丈夫だからな」





 館に着くと、ほとんどそのまま素通りでホールからの階段を上がり、屋敷正面入り口すぐ上の部屋へ通された。


 簡素だがそれなりに高価そうな調度の整った、洋風の普通の部屋。

 テーブルこそないが、サイドテーブル付き椅子とソファが数脚づつあり、応接室か歓談室にしか見えない。

 窓も普通に開いており、幾分か強くなってきた朝日が差し込んでいた。

 もちろん格子なんて物々しいものは付いていなかった。


 気づくと、いつの間にか周囲を囲んでいた兵たちも姿を消しており、脇に控えているのはハゲ頭一人だけになっていた。

 ここまで無警戒だと、さすがに俺でもワナか何かかと思えてくるほどだ。


「ま、座っててくれ」


 アゴでソファを指された。

 なんとなく不審に思いながらも、ハゲに対面するように座る。

 続くヴィラは、流れるように俺のひざに横向きに乗ってくると、首にそっと手を添えてきた。

 まあどこか触ってないと、俺が連中の言葉を理解できなくなるもんな。

 この体制もしょうがないか。


「本当にここでいいのか? 密偵に対する扱いには、とても思えないぞ」

「さてな、こっちも命令通りにしてるだけなんでなぁ」


 (うそぶ)くようにハゲ。


 ……なにかがおかしい。

 こいつらの態度といい、この扱いといい、スパイ容疑で連れて来られたってのは俺の勘違いだろうか。

 考えてみればこのハゲは、こちらの「どこのスパイだと思ってる?」という問いに、肯定も否定もしなかったな。


 わざとらしくそっぽを向くハゲをにらみつけていると。

 入り口の扉が重い音を立てて開いた。


 鍔のほとんどない黒い制帽を頭に乗せた、西洋風な軍装の若い男が入ってくる。


 男の姿を認めたハゲは敬礼し、男は軽く挙手の礼で返す。

 ハゲよりも偉いということか。


「彼らの身柄は受領します。後は私が」


 男がちらりと扉を見ると、ハゲは再度一礼し、無言のまま出て行った。

 出て行くときに俺たちにまで敬礼をしたのは、なんでだろう。




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