15.ドラゴンとは乗るモノではなく乗ってくるモノだった
通されたのは三階建て最上階の、一番奥の角部屋だった。
部屋に入るとすでに暖炉が煌々と燃えており、簡素だが重厚な造りの背もたれ付き長椅子の応接セットと、ベッドが二つ置いてあった。分厚い木の扉には、当然のように鍵もある。
広くはないがしっかりとした造りだ。
密会にも使用できる“訳あり客”用の部屋なのだという事はすぐにわかった。
たぶんだけど、話し声も漏れにくくなっているんだろう。
うん、別に誰かに聞かれて困る事をするつもりなんて、ないんですけどね。これっぽっちも。
「このにんげんの棲息地に着いてから、お前の思考の半分も理解できなかった。我々“------”とは違うけど……人間もかなりの体系を持っているんだな」
感慨深げにヴィラがのたまう。
部屋に案内されてすぐに運ばれてきた食事を、俺の足下の床にトンビ座りで、皿から文字通り犬食いしながら。
長椅子を勧めてはみたものの「尻尾の邪魔にしかならないからイヤ」と拒否されてしまったんだから、今のこの状況は俺のせいじゃない。
食事まで床に置けと言われなかったのが救いかもしれない。
個室を選んだ自分の慧眼に安堵のため息をつきながら、目の前の食事に目を移す。
各々に大き目のパンと肉野菜入りの雑炊(スープ?)。
メイン料理なのだろう、二人で一つの小ぶりな鳥の丸焼き。
そして単体で小皿に置かれた、このくったりした茶色のお稲荷さんっぽいモノは、イチヂクを煮たか何かしたデザートなのだろうか。
ちなみにお稲荷さんはお稲荷さんでも、茶色いシワシワのソレはどう見ても「それは私のおいなりさんだ」系のブツで、すごく見た目がアレなわけだが……。
ともかく。
部屋の割にはそれほど豪勢な食事とは思えない。
フロント係の言うように状況が状況だからなのか、足元を見られているのか、それともこの世界では高級晩餐でもこの程度なのか。
質素な打ち出しのスプーンと小刀にしか見えないナイフと無垢材の箸を見るに、この程度なのかもしれない。
だが、人外の少女には意外と好評価だったようだ。
ご満悦なご様子で、鳥の丸焼きにかぶりついて、がうがういってる。
それ多分、半分は俺のなんだけど……。
「このごはんもいいな。狩りもしてないのに、食べ物が出てくるというのがすごい。あと海の魚じゃないのに塩の味がするのも評価するぞ!」
「評価基準そこからかい」
「この肉、中まで焼けているのもすごいぞ。わたしだと表面が真っ黒になるまで焼いても中は生のまんまになるのに、どうやってるんだ?」
「お前のそれは焼いてるんじゃなくて、ただ燃やしてるだけって言うからね? 肉は炎から離して、熱だけで長時間炙りなさいよ」
「長時間なんてどうやって……人間はそんなに長く息が続くのか?」
「なんでブレス一択なんだよ。焚き火を使えよ焚き火を――って、こら髪の毛垂れる! 汚したらまた水浴びだからな!」
ケモノ食いをしている少女の後ろから、皿の中に飛び込もうとする髪の毛をまとめてやる。
ああ、せめてパンくらい手に持って食べてくれればいいのに。
自分の分に手をつけるヒマもない。
そんな俺の胸の内も知らぬげに、「がう」とか「あちち」とか料理と悪戦苦闘しつつ、ヴィラは続ける。
「それにしても、本当に悪魔は……んぐ……人間に詳しいな。わたしも少しだけ人間に興味がわいてきた――あつっ」
「じゃあまずその犬食いを止めて、道具を使って食べてみようか?」
そう言って、雑炊らしきものをスプーンですくって口に含んでみせてやった。
うっ……なんだこりゃ。
それなりの塩気は感じるものの、ダシの味がまるきりしない。
見かけ通りの、ただのお粥に肉と野菜と塩をぶっこんだだけの物でしかなかった。
ネギっぽい香辛野菜の香りのおかげで食えないというほどではないが……こいつよくこんなのを美味そうに食べてるなぁ。
「むー? この体だと口も首も短かすぎて……できるだけ優雅に食べてるつもりなんだけど」
俺の視線を誤解して心外そうに見上げてくる少女の口は、脂でべたべただった。
ふっと苦笑の息を漏らして、顔をナプキンらしき布で拭いてやる。
少女は「んー」と目を閉じて、なされるがままに拭かれた後に、丸焼きとの格闘を再開しに戻った。
「そういやお前、こんな量で足りるの?」
昨日からろくに食べていなかったとはいえ、俺にとっては十分な量だ。
だが本性があの巨体であるコイツにとって、この程度で足りるのだろうか。
「うーん? わたしの体はこれで十分と言っている。もしかしたら、食事量も人間並みになるんじゃないのか?」
「どういう理屈でそんな都合のいい体になるんだよ」
「わかんない。わたしはまだ精霊にも式の構築にも、それらが引き起こす影響にも詳しくないんだ。もっとも……」
いつの間にか喋りつつ自分の分をあらかた食い尽くしていたヴィラは、獲物を狙う目でじっと俺の手元を見た。
「……体の言い分はともかく、気分的にはこの倍は食べてやってもいいけど」
「気にいってくれたんならよかったよ。でも残念ながらこれは俺の分ですので、カンベンしてください」
ムダと知りつつも一応の抵抗は試みてみた。
もちろん、無駄だった。
※
飢えたケダモノとの食料争奪戦に大敗を喫してからしばしの後。
ケダモノは「こんなふわふわな寝床は生まれて初めてだ!」と、板敷きのベッドに薄い布団だけという、お世辞にもやわらかいとは言えないベッドに痛く感動していた。
硬い布団の上でどうやってか器用にぽんぽんはねている。
そんな野生の王国を横目にぼんやりと認識しつつ、俺は隣のベッドに仰向けになっていた。
疲れた。いいかげんもう眠い。
それもそうだ、今日はずっと歩き通しだったんだから。
まる一日ぶりの食事も――大半はケダモノに食い散らかされたとはいえ――満足できるくらいには食べる事もできた。
何も考えられなくなるほどに眠くなっても、しかたがないだろう。
明日の予定を立てたら、さっさと寝よう。
「明日の事はあした決めればいいんじゃないか? わたしももう眠いぞ」
「……お?」
板ベッドで不思議トランポリンを堪能していたはずの人外少女は、いつの間にか俺の立て片膝に背中を預けて、身づくろいを始めてくれていた。
俺の足の甲に尻と尻尾を乗せて、上半身は俺の膝を左腕で横抱きにしたまま、自分の手や足をあぎあぎしている。
いつの間にか服まで脱いでやがる……軽い上に音も立ててなかったから、気付かなかった。もしかしたら一瞬寝てたのかも。
「眠い時に無理に考えようとしても、無駄な時間を過ごすだけだぞ。起きてから考えた方が色々いいと思うぞ?」
「そりゃそうかもですけどね」
「でしょ、もう寝よ?」
人間の短い首で腹のあたりを舐めようと悪戦苦闘していたヴィラは、あきらめたらしく身を返してヒザにぎゅーっと抱きついてきた。
寝るとか言っといて、なんでこのまんまなんですかねこのヒト。さっさと自分のベッドに戻って寝ればいいのに。
「ん? 昨日も一緒に寝たでしょ。なんで今夜は別々なんだ?」
「昨夜は寒かったからな。今夜は暖炉も布団もあるからね、お前の寝床はあっち」
「んー、でもこの身体だとなんだか寒いんだぞ? なんでおまえだけそんなにあったかいんだ。ずるいぞ!」
「意味わかんねえし、ずるくもないです。だいたい人に変身したとたんに、なんでそんな甘えん坊になるんだよ」
「うぇ?」
甘えん坊という言葉に、ショックでも受けたかのように身を起こす少女。
「……で、でも、わたしは生まれてこのかた、甘えた事なんかないんだぞ?」
「さっきのヤキモチ談義の再燃ですか。つまりコレは甘えではないと」
「ううん!」
激しく首を振って否定した少女は、ずさーっと俺の腹の上に勢いよくダイビングしてくる。
「いままで甘えた事がないんだから、その分まで甘えてもいいでしょ!」
その体制から、人のシャツの中に潜り込んでこようとする。
「ちょっ、まてまて、どういう理屈だよそれ!?」
「なんでそんなに嫌がるんだ? 昨日はそっちからわたしのおなか――よりにもよって一番軟らかい弱点に寄ってきたくせに」
「あれは……ただの気の迷いだ! だいたいお前なんでハダカなのさ?」
「昨夜だって何も着けてなかったけど、おまえは何も言わなかったでしょ? それに、今夜は気が迷わないのか?」
「迷いません! お前の寝床はそっちです!」
俺の拒否宣言に、潜りこんでくるのをあきらめたのか、少女は「うぎゃぁ?」と呟いて、とぼとぼと自分のベッドの方に戻っていった。
その寂しそうな背中になぜか若干の罪悪感を感じつつも、俺はほっとして布団をかぶった。
が、それを見越したかのようなタイミングで、再度の侵攻をしかけてくる侵略者。
「そうか、今夜はわたしの気が迷えばいいんだな!」
「ちょっ、まっ……!」
なにかを言う間もなく布団を剥がされた。
思いっきりのしかかってくる暴君を押し止めるには、もはや油断が過ぎていた。
「ぐふっ……だから、どういう理屈なんだってばよ、それ」
「おまえが先にわたしのおなかを使ったんだぞ。わたしにだって当然、おまえのおなかを自由にする権利があるでしょ。おとなしくそこへなおれ」
そう宣言して、俺の服の中で体を丸くする小さな暴君。
……ていうか、いま気付いたけどこいつ、ものすごく冷たいんですけど。
いやたしか、今朝もこんなこと思った気もする。人に変身した時だっけ?
「ひょっとしてというか、ドラゴンってやっぱり変温動物なの?」
「んー? この身体だと、発熱器がどこにあるかわかんないんだもん……おまえはものすごくあったかくてやわらかいぞ。寝床には最高だ……」
「はつねつきってなんですか……」
俺の思わず漏れた疑問にも答えずに、くわあぁと大きなあくびをすると、満足そうに目を閉じてくれる暴君様。
……もう寝やがったよこのヒト――ヒトじゃねえけど。
もちろん俺は、寝れなかった。
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