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14.ヤキモチはブレスでも焼けません

評価、ブックマークありがとうございます。精進します。

ご覧いただいてる皆さまも、ありがとうございます。



『それで、すぐに“本隊”とかいう敵の棲み処に乗り込むのか?』


 軍の連中から離れてすぐ。

 腕に絡み付いたままのヴィラが、顔も上げずに聞いてくる。


 そのいきなりの“敵”認定ってどこから来たの?

『おまえが“アイツやこいつの討伐”って考えたんでしょ! “こいつ”ってわたしの事でしょ!』

 戦力の比較対象で出しただけで、お前を討伐するって意味じゃないんだけど。

『じゃあ襲わないのか?』

 赤いアイツが敵ってだけでも絶望的なのに、人間までわざわざ敵に回してどーするんだよ!


 とはいえ、これからすぐに向かうというのも無理な話だ。

 何を聞かれるのか、何を聞き出すべきなのか、考えてもいない。

『じゃあなんで“本隊”に行くんだ。にんげんが何の役に立つんだ?』

 役に立つ“かも”って話だよ。赤いアイツの情報なら何でも欲しいだろ。


 連中だって空を飛ぶドラゴンに対して、有効な対処方法なんて在る訳が無いのは十分に認識しているだろう。

 しかし曲がりなりにも軍隊だ。被災状況から推測できる敵の戦力、飛行経路やどちらへ飛び去ったのか等は調査しているだろう。

 俺たちが集められるかもしれない不確かな噂よりも、よほど正確なところまで。


『なるほど? ――つまり、それで、これからどうするんだ?』

 んー、最初はファンタジー世界の定番として、酒場で周囲の噂を聞きながら食事でもってプランを考えてたんだけどね……。

『ふぁんたじー? さかば?』

 俺の世界の用語だ、気にしないでくれ。


 まあ、ヘンに動いて逆に俺たちが噂になっては、またさっきのハゲたちに目を付けられてしまうかもしれない。それじゃヤブヘビもいいところだ。

 あまりハデに動くのは止めておいた方が良いだろう。

 ともかくまずは、食事と宿泊のアテを探そう。





 上り坂になっている目抜き通りには、瓦葺きの建物が並んでいた。

 二階建てがほとんどで、ちらほらと三階建てが見える程度。

 木材の柱に漆喰の壁、窓には落とし板――時代劇なんかで見る木の板を棒で押さえるアレだ――が掛かっている。少なくともこの辺りでは、ガラス窓はまだ一般的ではないのだろう。

 屋根以外の部分は、だいたいが欧風建築様式のように見える。

 たぶん建物の壁にこれでもかと入っている斜めの筋交い柱が、日本人的にあまり見慣れない光景だからだと思う。

 店先にかかった暖簾や、庇の下にぶら下がった木製の看板には、ミミズののたくったような記号が彫ってあり、これまた異世界情緒を醸し出している。

 つか、まあ、異世界なんだけど。


 なあヴィラ、あの看板のアレって文字だろ。読める?

『文字? ううん、さすがに人間の記述式までは知らない』

 そうか、じゃあ誰かに聞くしかないかね。


 ちょうどいいことに通りの両側には、避難民相手なのだろう露店がちらほらと並んでいる。

 適当に近くでリンゴを――これはそのままリンゴだよな――商っていた露天商に、このへんで一番の高級宿屋の場所を聞いてみることにした。


 ヴィラと同じような茶色のフードで頭を覆っている商人は、微妙に首をかしげつつ口元をゆがめて、無言で通りをはさんだ真向かいの建物を指差した。

 ……つい今しがた、俺がヴィラに聞いた看板の建物だった。


 宿屋の入り口前で場所聞かれたら、そりゃヘンに思われるのも当たり前か。

 しかし俺はこの世界に着たばかりの、言葉も話せない、文字も読めない、まったくのガイジンです。いろいろ勘弁してやってください。


 心の中だけで露地商に言い訳をしつつ、代金がわりにとアイツに襲われた村の水車小屋で失敬した小袋から、小さな銀の一粒を差し出す。

 途端に、商人の手が素早く伸びてきた。

 そしてそれ以上に、ヴィラの目がこぼれんばかりに大きく見開かれた。


 ……そういやヴィラには、額飾りと一緒に銀の小袋もパチってきていたことは、言ってなかったっけか。

 これはこのヒカリモノ好きが余計なことを言い出す前に逃げるのが得策だな。


 食い入るように露天商の手を見つめている少女を引っ張り、しぐさだけで礼をして露店の前を離れた。





 案の定、商人から数歩離れたところでさっそく噛みついてくるヒカリモノ好き。


『おまえ、おまえ! 何かじゃらじゃらさせていると思ってたら、そんな物まで! それもさっきの焼かれたにんげんの群棲地でひろってきたのか!?』

 あのハゲに言ったけど、これは“商材”で、つまりこの旅で使う費用です。お前には額飾りを着けてあげたでしょうが。

『だからってなんで他の牝に銀なんかをやる必要があるんだ!』

 メスって……もしかして今の商人さん、女の人だったの?

『匂いで気付かなかったのか? わたしはすっごい不快だったんだぞ! おまえはわたしのものでしょ!?』

 誰がお前のモノだって……もしかして、ヤキモチ?

『違う! ――その概念は理解できないけど違う! わからないのか? あの牝はおまえを獲物を狙う目で見ていたんだぞ。それをなんだデレデレと!』

 やっぱりヤキモチ焼いてるだけにしか聞こえないんですけど。

『たしかにわたしは火炎も吐ける“------”だけど、生まれてこのかた、そんなもの焼いたことなんかないっ!』

 ……じゃあコレは、なんだってんですかね。


 すっかりむくれて俺の腕に文字通り齧り付き、あぎあぎやり始めてくれた少女を、ため息をついて抱き上げた。





 通り向かいの宿屋の木扉を押すと、重そうな軋み音を立てて開いた。


 普段ならお上品な酒場なのだろう瀟洒なテーブルの並んだ店内は、着の身着のままの避難民で埋まっていた。

 部屋が一杯なのか、部屋を取る金が無い人々なのか。どちらにせよ、夜露をしのぐ人たちのために開放されているのだろう。


 中に入ったとたんに、多数の暗い視線が突き刺さってきた。

 フード少女に腕を噛まれたままの俺が、よほど場違いに見えたのだろうか。

 ま、それもそうか。


 それにしても周辺で一番の高級宿ですら、この人だかりか。

 こりゃ個室は期待薄かなと思いつつ、カウンターまで人ごみを掻き分けながらたどり着く。

 フロントに構えていたのは、それでも高級そうな黒い洋装の若い人物だった。


「払暁の荷馬車亭へ、ようこそおいでくださいました。どのようなお部屋をお望みでしょうか。あいにくと本日はご覧の通り慌ただしく、大変混雑しております。十分なご歓待をという訳にまいりません事は、予めご了承いただきたく存じます」


 この状況の中でも慇懃さを崩さないフロントさん。

 部屋希望の客だと決め付けてくるのは、ヴィラの額の銀飾りを見て、俺たちが金を持っていると判断したからだろうか。

 しかも選択を聞いてくるって事は、それなりに部屋も空いてるってことだ。

 こんな場合でも、金がない人間は部屋には入れないぞってか。さすがは高級宿だけの事はある、って話なのかね。


「……どんな“へや”でもいいが、他の牝のいない、わたしたちだけになれる場所を希望する」


 皮肉な気分で後ろの避難してる人たちに目をやっていたら、いつのまにかヴィラが勝手に答えてくれていた。


 おいぃ? 人間との交渉は俺に任せてくれるんじゃなかったっけ!?

「わたしだって希望くらい言ってもいいでしょ!」

 そりゃ俺も個室を頼むつもりだったけどさ……。

「でしょ?」


 それにしても言い方ってモンがあるだろう。

 今の言い方じゃ、誤解してくれって大声で叫んでるのと同じだろうが。


 恐る恐る目を上げると、フロント係はポーカーフェイスを貼り付けたままだった。

 さすがは“高級宿”か。

 ……こちらを見る視線が生ぬるく感じられるのは、きっと俺の気のせいだ。


「ではお二人様部屋でよろしいでしょうか。ご滞在の程はいかがなされますか」


 また噛み付いてきていたヴィラをムリヤリ引き剥がして、通訳を任せつつ、銀の小袋を開いてみせる。


「二日で頼みたい。あと食事もお願いするぞ。あいにく持ち合わせがこれしかないんだが、これで払えるか?」

「これはこれは……」


 フロントさんの目の色がかすかに変わったのが見て取れた。

 先に露店で試しておいた価値があった。あれで銀単体でも取引に使えると見当をつけていたのだが、ぢうやら当たったようだ。

 フロントさんは俺の手にした袋からうやうやしく銀の小粒二つを、ピンセットのようなもので取り出すと、小皿に乗せて差し出してきた。


「此の程の情勢を鑑み、此度はこちらでいかがでしょうか」

「え、こんなに? ……うん。……わかった、結構だ」


 ヴィラが異議を唱えようとするのを大人しくさせ、肯定の返事を促す。

 フロントさんの口調からすると、平時よりも大分ボられているのだろうが、こんな状況だし仕方がないだろう。

 それよりも、さっさとこの場から離れたかった。

 俺たちがどう見られたのかなんて、どうでもいい。とにかく早く横になりたい。


 いやその前にメシ! もしくはメシだ!




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