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13.兵隊とごろつきは違うんです



 不意に。

 それまでお気楽さ丸出しで周囲を観光していたヴィラが、俺の腕を引いてきた。

 いや、これは立ち止まったのか。


 気になるものでもあったのかと振り返ると、少女の瞳は前方に向けられていた。

 そのままじっと一点を見つめている。

 美味しそうな馬でも居たのかと視線をたどると――。


 ――剣と槍で武装した数人の集団と、ばっちり目が合ってしまった。

 そう“目が合った”だ。こちらだけが一方的に向こうを見ているわけではない。


 全員とも鎧らしきものは着けてない。しかし厚手の、明らかに統一された服を着ている。武装もほぼ同一に規格された物のようだ。

 自警団か、それとも兵士か。

 彼らは明確に、こちらに向けて一直線に近づいてくる。


 なんだろう、俺たちは道の端をただ歩いているだけなのに。

 もしかしてそんなに目立つ格好だったんだろうか。おかしいな、周囲の避難民からは別に気にされている風もなかったのに。

 だいたい角袖男と目深に被ったフードマントの二人組なんて、周囲にもいくらでも居るだろ?

 すばやく周囲に視線を走らせてみる。

 うん。防寒対策もあってだろう、俺たちみたいに厚手で目深の外套を羽織っている連中なんてどこにでもいる。かえって顔を出している人の方が少ないくらいだ。


 ……つまり、なんで俺たちそんな目を付けられる要素があったわけ?


「よくわかんないけど、馬のにおいは、あいつらからするぞ?」


 興味深そうな目を彼らに向けたままヴィラがのたまう。


 兵士から馬のにおいって……つまり騎兵ってことか? それっぽい感じにはとても見えないんだけどなあ。





 俺たちを遮るように集団が立ち止まると、中でもひときわ厳ついハゲ頭の男が話しかけてきた。


「~~、~~~」


 予想通り、何を言ってるのかさっぱりわからなかった。

 あーがほーとがどうのこうのって聞こえたが、ほんとにコレが日本語に近い言語なんだろうか。理解する取っ掛かりが全くないんだが。


 ヴィラがそっと手を握って、思考で聞いてくる。


『変なのにまとわりつかれちゃったな。蹴散らすか?』

 うん、お前がそう来るだろう事はわかってましたけどね。


 もちろんヴィラたちドラゴンにとっては、たとえ人型のままでも、この程度の武装集団では敵にすらならないのだろう。

 しかしゴロツキには見えないこいつらを問答無用で撃退してしまっては、たぶん――いや絶対に面倒な事になる。

 すぐに後続が来て、街に入るのは不可能になるだろう。そして逃げた先でも手配書が回され、一々騒動ごとになるだろう。もしかしたら追っ手とかも出されるかも。

 そしてこれが一番重要なことだが、今夜の食事は確実にお預けになる。

 うん、マジで勘弁願いたい。


 というわけでヴィラ、ここは最重要目的達成のためにも、うまい事やり過ごしたいんだ。通訳を頼む。

『わかった、ごはんは重要だ。じゃあ通訳を始める』


 ヴィラが素直にうなずくと、握られた手から翻訳された現地人の言葉が流れ込んできた。


「~~というわけで、少しのあいだこの街を守ることになったんだ」


 自分の耳からの現地語とヴィラの思念翻訳との二ヶ国語同時放送になる。

 こりゃまた色々便利だな。

 脳内に流れてくるハゲの吹き替え音声がヴィラの少女声なのは、色々と申し立てたい所ではあったが。


「ごめんな、お嬢ちゃん。怖がらせるつもりはないんだ。ちょっと話を聞くだけだからな?」


 傍目には小さな少女が不安がって俺の腕に抱きついているように見えるのだろう。一方的に喋っているハゲが、片手で頭をつるりと撫で上げながら謝ってきた。


「で、あんたら、どこから来たんだ?」

「向こうだ」


 何と返そうか考える前に、ヴィラが鼻先で川の上流をさす。


 ヴィラ、語尾の“だ”は余計だから。怪しまれるから言い直してくれる?

「……向こう」

「東の都の方か? この町にはなんで?」


 俺たちは夕日を右に南下してきたのに“東の都”か。方向じゃなくて地名かな。

 いや、それは後で考えよう。

 ええと……道中で怪物に襲われて荷物ごと焼け出されて逃げてきた。この街には師匠に勧められて商売目的で来つるもりだったって――。

『ちょっとまて、しょうばいって何だ? ししょうって? わたしの知らないうちに何かしてたのか?』

 え? してないけど、ここはそういう事に……。

『つまりそれ、嘘か?』


 俺の考えに食いぎみに被せてきたヴィラの思考は、非難の色を帯びていた。

 あわてて伝え返す。


 まてまて、近隣の避難民って事にしたら、そこらへんのテントに混ざってろとでも言われるのがオチだぞ。旅人や巡礼者なんて、この世界に居るのかもわからないんだし、行商を装うのが多分いちばん無難なんだって。


 この辺りをよく知らない新人商人ってのは、パッと思いついたわりには、我ながら良い設定だと思うんだけどなあ?


『でも、嘘はよくないと思う……』


 言葉上では明らかに俺を非難しているが、同時に伝わってくる感情は、困惑というか、悲しみというか。


 ……そういえばお前、嘘が嫌いなんだっけ?

『うん。禁忌っていうか……わたしはずっと我々“------”は嘘をつかない種族なんだって教えられてたんだ。なのに、それなのに……』

 お、おい?

『……わたしはずっと、わたしを産んだ牝(・・・・・・・・)に謀られてきたのか? 何かの時にいいように囮にされるために、わたしは生かされていた?』

 あ……。


 本来は母と伝わってくるはずだったであろう単語が、ひどく冷たく脳裏に響く。

 俺はヴィラに返す言葉もなく、目深に被ったフードから覗く固く結ばれた口許を、ただじっと見つめるしかできなかった。

 ヴィラは腕にぐいっと頭を寄せ、


『おまえまで嘘をつくのは……やだ……』


 所在なさげに小さくすがり付いてきた。


 ……ここまで言われてしまったら、なあ……。

 それでなくとも俺は、さっきの焼けた集落で「おまえがイヤならわたしもやらない」なんて気を遣わせてしまっている。こんな十歳児に、だ。

 ここでこいつのお願いを無視したら、俺はただのクソ野郎じゃないだろうか。


 一瞬だけ悩んだ後、はあ、とため息を一つ。


 わかったよ、わかりました。嘘ナシでいきゃいいんだろ!

『ほんとか? ……悪魔なのに?』

 さんざんハードル上げておいて、今さら聞くなっつうの。


 ええと、じゃあ……。

 自分は外の国から来た。道中で怪物に襲われて逃げてきた。手形も持たないが、最低限の商材だけは持っている。外では不用心なので、街の中で宿を取りたい。

 って感じで、どうだ。

『てがた?』

 商業許可証とか、街に入るための許可証とか色々だよ。現に持ってないんだから嘘じゃない。商材は本当に持ってるから、心配すんな。

『んー? んー……』

 相手がどう受け取るのかまでは責任持てないからな? じゃなけりゃ、そもそもお前が人になってるのも、人間に対して嘘ついてるって事になるだろ?

『むー……そういえばそっか……?』


 なんとなく納得のいかない顔ながらも、ヴィラは俺の指示通りに伝えてくれた。

 ハゲに伝えられた言葉は、なぜかすごく偉そうな言い回しだったが、そこには目をつぶるとしよう。

 ま、そもそも手形が必要な世界なのかは知らないんですけどね。


「そうか、そりゃあ大変だったな。そっちの(あん)ちゃんが商人か。嬢ちゃんは?」


 幼い少女に言わせているのが良かったのか、ハゲの口調は同情に満ちていた。

 よし、賭けには勝ったようだ。ヴィラ、返事は適当に“通訳です”でいいぞ。


『適当って……そんないい加減でいいのか?』

 ああ、適当ってのは“適切で妥当”って事です。全部俺に頼らないで、自分でも考えてみなさいよ。

『え? じゃあ、ええと……』


「……つうやく」

「通訳? なるほどな、その変な格好は異国民だからか」


 ハゲはじろじろと俺とヴィラを見比べる。

 あまり注視されるとヴィラの正体がバレるのではないかとヒヤヒヤしたが、そういう方向での視線ではなかったようだ。男の意図はすぐにわかった。


「ふむ、人買いとその商品って雰囲気でもなさそうだな。ま、世の中にゃ、いろんな趣味の奴もいるか」


 ですよねー、そりゃそっち方面に誤解しますよねー。


『……どんな誤解だ? なんだかすごい侮辱を受けている感じがするんだけど』

 そこ、殺気立たなくていいから。安心しろ、誤解されてるのはお前じゃなくて俺だから。

『そうか? 邪魔なら折るぞ?』

 折るって何をだよ。

『くび』


 ……くび?

 一瞬、ヴィラが何を言ったのかが分からなくなって首をかしげる。

 ……って、くびって首の首?


『うん。どんな動物でも首さえ折れば、おとなしくなるんだぞ』

 やめい! おとなしくなる、で済むか!

『大丈夫、わたしは赤いアイツとは違う。無益な殺生はしない』

 首折ったら殺生ごとだろ!?

『だからちゃんと食べるってば。焼いただけであんなに臭くなる生き物なんか食べたくないけど、おまえのためだ。もったいないことはしちゃだめだから』

 食うな! そういう話じゃないから!


 必死で否定した。

 この小さなドラゴンの化身は、良くも悪くも素直すぎる。

 俺が少しでも肯定の意をしめしたら、こいつは即座に“折り”に行くだろう。


「……あー、それはともかくだ」


 ハゲはそんな我が身の危機に気付くわけもなく、自分の失言を取り繕うように続けた。


「そうそう、そうだなあ、本来であれば手形を持たない者は通せないんだが、焼け出されたんではしょうがねぇよな。まあ、昨日の今日だからな。お嬢ちゃん、そこのあんちゃんに通っていいと伝えてくれな」


 そう言って、俺をあごでしゃくる。


『……だそうだぞ?』

 だそうですね。


 よかった、何とか切り抜けられたようだ。

 俺は頭を下げ、ヴィラの手を引いてそそくさと男の側を抜けた。


「あ、待て」


 ハゲの男が背後から呼び止めてくる。

 通訳の少女は振り返りもしない。


「なんだ」

 なんですか!

「……ですか」

「あんたらは襲われただけじゃなく、道中でも色々見てきたんだろ? 今それらの証言……あー、話を集めててな。悪いが本隊まで行ってもらえねぇか? 物見は出ているんだが、実際に見た奴の話は重いからよ」


 げ……。


「……げ?」

「げ?」


 げ、は言わなくていいの! ハゲに復唱されちゃったでしょうが! 疲れているので休ませていただきたい。だ。余計なこと言うな!

『うぅ……何が適切で何が妥当なのかよくわかんない……』


 少女はぶつくさ言う。

 それでもなんとか伝えさせると、ハゲは苦笑いで再度頭をなでた。


「まあ、軍を嫌うのも分からんでもねぇがよ、竜討伐の役に立つ情報がありゃあ金一封くらいの見返りは出るぜ」

「……は?」


 思わず素で反応してしまった。

 ハゲがニヤリとする。

 違うっての、ハゲ。俺が反応したのは金一封の方じゃねえ。竜討伐ってところだ。

 だって空を自在に飛びまわるアイツやこいつを、どうやって相手するつもりだ?


 なあヴィラ、この世界の人間はそんなに戦闘力高いのか?

『まさか。そんなことできるなんて、見たことも聞いたこともないぞ』

 ……だよなあ。


 今まで体験してきたこの世界と、昨日のヴィラやアイツの能力を比べてみれば一目瞭然だ。この世界の人間にドラゴン討伐なんてできるとは、到底思えない。

 そして、軍隊は行動の結果が自身の生死に直結しやすい職業だ。なのでそこらへんの情報策定には、かなり敏感なはずだ。特に、他人の命までも責任を持たされる立場の、指揮系統の人間にとっては。

 それなのにこのハゲは、平然と討伐という単語を出してきた。

 これはどういうことなのか。


 ……ちょっと興味出てきたな。本隊とやらの場所だけ聞いておいてくれる?

『いいけど、無駄だ思うぞ』

 まあ、ね。


 もちろん無駄足かもしれない。

 だが、この世界で初めての、役に立つ情報を持っているかもしれない存在なのだ。




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