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1.少女は人でなし 俺はチートなし

初投稿です。よろしくお願いします。



 目の前にいるのは、幼い少女。

 見たところ、小学校中学年くらいだろうか。


 暗闇の中に、彼女の肢体だけが妖しくほの光る。

 その身に纏うは紅紫色の燐光。それ以外には何も、身に着けてはいない。


 それが、今の俺に見えるすべて。


 なぜかしりもちをついたような体勢で座りこんでいる俺に、ほのかに光る全裸の少女は四つ足で、にじりにじりと這い寄ってくる。

 彼女の背中からは長い黒髪が、細かな青い燐光の粒とともにさらさらと流れ落ちていた。


 息のかかりそうな距離まで迫ってきた少女は、上目遣いで俺を見上げ。

 ぷくりと柔らかなそう紅色の唇を、あどけなく開く。


 そして、小さく芳しい声を、うれしそうに、囁くように、零した。


「やった、召喚成功だ! 悪魔よ、わたしと契約して破滅の魔王になって!」


 ……。


「……は?」


 俺は、混乱した――。





 ――っは。


 よし、立ち直った。

 切り替えが早いのが俺の良い所だ。


 っていうか、いきなりなにを言い出すんだこの子は。それともどこぞの孵卵器(インキュベーター)さんですか。

 そもそも俺、何も破滅させたりしないし。あくまでも人間だし。


「……え、と? 悪魔でもにんげんの一種っていうこと?」


 少女が四つん這いのまま、へにょりと首をかしげる。

 残念ですが、現在その手のボケを受け付ける余裕はありません。


 だいたいさ、何をもっていきなり人のこと悪魔呼ばわりしてくれてるわけ? こちとらツメもツノも尻尾もないんですけど。

 見せ付けるように、後ろ手に地面に突いたままだった右手を上げてみる。

 少女の燐光を逆光に、ジャケットとフランネル生地のシャツに包まれた、見慣れた俺の手が見えた。


 うむ、やはり逆光は勝利。細かい輪郭まで余す所なく伝えてくれる。何かのミスディレクションを誘発する余地もない、ただの人間の手だ。

 そのまま頬を抓ってみても、頭をなでさすったりしても、まったく普通に痛かったり、ツノも何もない普通のボサボサ髪の感触しかしないわけで。

 つまりは何の変哲もない俺が在るだけ。


 じゃあなんでいきなりの悪魔呼ばわりなのか。

 もしかして……顔か。

 顔が悪魔と見紛うほどにヒドいから……って放っとけや!


「え? 大丈夫だぞ、きさまはちゃんとにんげんに見えると思うぞ?」


 少女は縦長のスリットのような瞳孔を見開いて、首を傾げる。

 お、おう。それ逆に追い討ちでしかない気もするけど、とりあえず人間扱いされただけでも感謝しとくべきなのかね。


「ううん、気にするな。それに、わたしもちゃんとにんげんでしょ?」


 縦長の瞳孔が、真正面から見上げてくる。


 ……縦長?

 ふと、自分の見た物に違和感を覚えて、少女の目を見直す。


 人間のような黒く丸い虹彩の中に、縦に切れた瞳孔。その奥には赤い光――。


 ――人間にはありえない瞳。

 うん、違和感どころの話じゃなかった。

 この眼を見てすぐに変だと思わなかったのは、実家のお猫様に調教されすぎたせいだろうか。

 まあ基本は人間の目で、瞳孔部分が違うだけだから、見た目の印象は猫やヘビなんかとも違って、ある種独特な感じではあるけど。


 そんなことを考えていたら、少女の瞳孔が、驚きを表すようにまんまるに開いた。


「え、え? もしかしてわたし、にんげんに見えないのか? そんなはずないぞ。私は今、ちゃんときさまと同じく、にんげんの姿になってるんだもん!」

「そう言われてもな……」


 カラコンならこういう猫目っぽいのも在るかもだけど、瞳孔の形まで動かせるヤツってあるのかなぁ……?


「瞳の形くらい、ただの個体差でしょ! 丸いままの瞳孔の個体だっているもん! ちゃんと他のところもよく見ろってば、ほらぁ!」


 ぴょこんと上体を跳ね上げて、膝立ち姿勢になる少女。そのまま両手を猫みたいに構える。

 薄紫の燐光の中でもなぜか真っ白にしか見えない少女の(すとーん)が、腹部(ぽてーん)が、腰周り(まろーん)が、何の恥じらいもなく俺の前にさらけ出される。


 うん、前張りも何もない、完っ璧なまでの全裸だ。

 ……別にことさら見たいわけではないんだけど、嫌でも目に入ってしまうんだからしょうがない。

 まあ本人(人か?)もよく見ろというのだし、しょうがない。よく確認しないといけないんだろう。

 うん、自分で見たくて見るわけではない。あくまで強要されて仕方なく確認作業をするだけだ。ここ大事。


 よし、では。

 改めて眼前の少女がどのくらい人間なのか(・・・・・)を判別してみよう。

 ずっと近くに迫られていたので、一歩引いて冷静に見るのは、そういえばこれが初めてだ。


 ふむ、相変わらず全身が淡い燐光に包まれていて、まずのっけから人外感が満点ですが、そこは措くとして。

 全身的には、最初の印象の通り歳の頃は小学校中学年くらい。胸から腹まではストーンとフラットだ。腰周りだけがなぜか若干肉付きがいいような気はするが、全体的に見てCd値(空気抵抗係数)はかなり低そうだ。

 胴体や手足は普通の人間の形態。ちょっとツメが鋭そうかな?

 腰まで届くほどの濡羽色の髪の毛は暗闇に溶け消えていて、その間から、小さな顔が覗いている。

 うん、アーモンドのようにつぶらな猫っぽい瞳が、わりとかわいい。


「評価に値するのは目だけ……か……」


 え? あ、いや、すみません。自分、嘘を吐いておりました! 全部、全身全霊、すごくかわいいです。ええ、もちろんですとも。

 だからそんな全てに絶望したみたいな顔で、縦線入れるのやめて!

 あと前構えの手をくりっと内向きにして胸に添えないで! まるで俺がポーズを強要してるみたいですから! おまわりさんこっちですから!!


 ……ぜーっ、ぜーっ……。


 ……ともかく、続けよう。


 えっと、顔の上の方、額の中央からは、少しねじくれた白い一本角が出ている。少女の顔との対比的には、それなりに長く見える。

 あとはエラヒレみたいに軟骨が数本突き出て、その間を薄膜が覆っている耳とか。

 肩口からちょろんとはみ出て見えてるコウモリみたいな形状の真っ黒な羽とか。

 腰のちょっと下から生えてる、漆黒の鱗に覆われた、自身の脚より太くて長い尻尾とか。それがくねくね動いてるとか。

 ……あ、腰周りだけ多少肉付きが良くみえるのって、尻尾にお尻まわりの肉が押し出されてるからか。


 うん、俺と違ってツノもツメも尻尾もあるのね、この子。それでこっちが悪魔呼ばわりとか、なんか腑に落ちないんだけど。

 まあでも、せいぜいそのくらいだ。

 結論としては、パーツをくっ付けただけの中途半端なコスプレって感じかな。

 まあそうね、この程度で人外を名乗ろうなんて、おこがましいとまで言われかねないレベルか。


「こすぷれ……っていう個体差?」

「いや、趣味の差。……も、突き詰めれば個体差になるのかな?」

「じゃあやっぱりわたし、ちゃんとにんげんでしょ?」

「……あ、ああ。思ったよりね?」


 さっきの意趣返しとばかりに、こちらも首を傾げ返してやった。

 コス部分が明らかに少女の意思に沿って動いているというところは、適切に、妥当に、忖度しておいた。自分、日本人ですから。

 夜勤バイト明けの頭でボーっとしてるし、ツッコんでくれる人とか周りに誰もいないみたいだし、なんかもうね、そんな感じでいいかなって。


 雑な対応に「んもう!」と頬を膨らまして威嚇してくる少女から顔を逸らし、俺はほっと息を吐いた。





 さて、二人とも人間でよかったねということで、次だ。

 いきなりのハイテンション少女に流されて状況をよく理解できてなかったけど、ここってどこなんだろう。

 周囲の暗闇に目を移す。


 ……うむ。本気で何も見えない。


 ……いやマジで。

 ……ここ、どこ?


 ちょっと落ち着いて、これまでの自分が何をしていたのか思い出してみよう。意外とヒントが残っているかも。


 ええと――週末バイトが押しに押して徹夜になって。

 だから朝一で自宅に帰って寝ようとして。

 そこで今日は月曜で、一限目から必修科目だったのを思い出して。

 朝のものすごいラッシュに押しつぶされながら、

 ……この世の全てを呪うことにした。


 てな感じで電車乗っていたはず。

 だめだ、何のヒントもないわ。


 改めて周囲を見回してみるが、やはり真っ暗で何も見えない。

 たとえ今が十二時間以上寝過ごした日没後だったとしても、車窓から入ってくる街の光とか、車内灯とか、非常灯の明かりすらないのだ。

 真の暗闇。

 それこそ見えるのは、目の前で光ってる少女だけだ。


 音も、ない。少女の尾が脚の上をくねる、しゅるり、しゅるりという音が時たまするくらいで、あとは何の音もしなさ過ぎて、耳の奥がしんしんと痛むほど。


 床に突いてる手に伝わってくる感触は、粗い岩肌のゴツゴツとしたそれだ。

 決して電車のビニル床の感触でも、座席のモケットのさらさらした感触でもない。

 つまり、そもそもここは、電車内じゃない。


 まさか路線間違えて地下鉄に乗ったとか? で、疲れすぎで立ったまま寝てしまって、そのうちに大地震でも起こって、車両から外に投げ出された、とか。


 うん、それはないな。ひんやりと乾いた空気の中には油とか鉄の匂いはないし。周囲に人の気配も、何も、ない。


 ではここはどこなのか、と暗闇に彷徨わせていた目を少女に戻す。

 こちらを威嚇するのに飽きたのか少女は、俺が顔を向けると、膝立ち降参わんこポーズをやめて再びにじり寄ってきた。

 だから、近い。近いって!


「ええと、ここはわたしの避難用洞窟の一つだぞ」

「……洞窟? そういや召喚成功がどうのとか言ってたっけか」


 しかもその台詞を、俺を対象として言っていたよな?

 つまり、俺はこの子に召喚されて、ラッシュアワーの電車内から一人、ここに連れてこられたということか?

 もちろん現実世界に、人を他所に召喚する術なんて無いわけで……。


「……つまりあなたはこう言いたいのでしょう。イシャはどこ――じゃなくて、ここは俺の元いた世界とは違う異世界だと」

「うん、そうだぞ! きさまが、きさまだけが! わたしの術式に応じて、わたしの元に来てくれたんだ!」


 少女がうれしそうに目を細めてこくこくと頷く。

 顔が近いから、少女が頭を上下させるたびにツノがガッツンガッツン頭に当たってきて、絶妙に痛い。

 とりあえず他に情報源もないので話を合わせてみたらこの仕打ちだよ。


 まあ、ここが異世界かどうかはともかく。少なくとも、痛む頭がこの状況が夢ではない事を証明してくれているようなので、それだけは一歩前進としよう。

 さっきつねったほっぺも痛かったし、この子は光ってる上にどうにもアレだし、徹夜明けで眠いし、ツノは痛いし、この子はアレな子だし。まあ、現実なんだろ。


「アレってなんだ? 二回言ったけど」

「言ってませんよ?」


 やだなあ、俺、口に出して言ってませんよね? 思っただけですよね?

 ここは夢の中じゃないんですから、勝手に人の思考を読むのやめてください。


「読まなくたって分かるでしょ。毫毛(ごうもう)は繋げてあるんだから、えっと、ひょーそーいしき? は勝手にお互い流れてくるんだぞ? 『こんなふうに、な?』な?」

「……剛毛ってどこの毛よ。俺の毛そこまで硬くないよ?」

「あれ? 悪魔は毫毛を持たないのか? これだぞ、これ」


 少女は肩口から前に垂れている小さな髪の束を、うねうねと動かしてみせてきた。

 え、なにこれ触手!?

 俺との間でゆるく垂れているその触手――髪束――は、そのまま俺の肩へと――って、どこに伸びてんだこれ!?


 あわてて手でまさぐってみると、髪束は俺のうなじの一番上、いわゆる盆の窪あたりから生えていた(・・・・・)

 いや違う、これ刺さってんだろ!


「あ、抜いちゃだめだぞ。まだ契約してないんだから、繋がってないと言葉わかんなくなっちゃう」

「なにそれ俺の言語野にアクセスしてるって事? この触手ってダイブ用の高容量回線なの? ネットは広大だわ的なアレ!?」

「さっきから三回目だけど、アレって何なんだ?」

「いえ今回のは違います」


 少女の問いに、俺の頭は一瞬で冷えた。

 だって、まさか思考が垂れ流しだなんて、想像できるわけないじゃないですか。

 そりゃなんだか話が早いなーとか、いま俺喋ってたっけとか、うっすらと思ってはいたけどさあ。

 ていうか今さら、アレが何かなんて脳裏に描けるわけないじゃない。


 よし、じゃあ次ってみよー、次だ次。ここがどこかも分かったしー(放り投げ)。

 次は俺の能力で、ここが本当に異世界かどうか確かめてみようかなっと。


「だから、アレってなんなんだってば!?」


 つぎいってみよー。

 おー。





 というわけで。

 実のところ、ここが異世界かどうか確認するのは簡単だ。


「答える気ないな!? ふん、だ! ……それで、どうするんだ?」


 なんかぶちぶち言ってた少女だったが、追求は早々に諦めてくれたのか、目を眇めてくる。いわゆるジト目ってやつ。

 その視線すらも華麗にスルーして、俺は右手を宙にかざして、宣言してみせた。


「ステータス!」

「おお、わたしの知らない宣言文だ。さすがは悪魔!」

「……」

「……?」

「……」


 うん、なにも起こらないな。

 じゃあ次だ。


「ステータス、オープン!」

「……ん?」


 ふむ、これでもだめか。

 まあギルドカードか何かないと見れないって展開もあるしな。

 ええとでは、他にはたとえば。


「宝物庫オープン、インベントリ、スキル、メニュー、ヘルプ、……ダメか? ええと、じゃあcmd(コマンドプロンプト)! ええいALT+F4だ! ソフトごと落ちとけ!」


 ……。


 はい、見事に何も。なにも起こりませんでした。

 それとも、ここまで何もないのは、俺のレベルが低いからだろうか。


「いったい何してるんだ? あと、れべるってなに?」


 おおう、まさかレベルって概念すら無いのか。


 ……。

 ……うむ。

 よし、わかった!


「なにが分かったんだ?」

「つまりだな、ここは異世界じゃない!」

「え、でもここは、きさまの居た魔界じゃないぞ? 悪魔は本当は魔界から離れると、いま叫んでた術式が使えるようになるはずなのか?」

「うんまあ、異世界転移モノによくあるお約束なんだけどね……」


 ……分かっている。

 ここが異世界じゃないなんて、ただ言ってみただけ。

 ちょっと現実逃避してみたかっただけだ。


 余程手の込んだドッキリでも、こんな状況は再現できない。

 “中途半端”とか“この程度”とか称していた少女の人外要素ですら、現実の世界ではVR(仮想現実)AR(拡張現実)の向こうでしか実現できない。そして今の俺は、ゴーグルどころかメガネすらかけていない。

 人の思考を読み取れる機能も、五感の疑似信号を神経に返すフルダイブ技術も、現実世界には未だ存在しない。

 そしてつまり、頬を抓って痛いこの状況は、夢でもVRでもない。


 つまりここは異世界で、俺はただの俺でしかない。


 要するに俺は、チート能力も何もナシで、異世界召喚されてしまったってことだ。


 え、マジで?



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