伝説の狭間に
魔王城での最終決戦。
聖女である私の加護を受けた勇者が、満身創痍になりながらも最後の必殺技を放った。それが、とどめの一撃となり、魔王は断末魔の咆哮を上げると、ゆっくり崩れ落ちる。
ついに私たちの長い冒険が終わりを告げたのだ。
「やったな、勇者」
「ああ、何とかな」
座り込む勇者に私は手を差し伸べる。
「姫……」
「何だ、傷が痛むのか?」
手を握ったまま勇者が私を見つめる。
「魔王を倒せたら言おうと思ってた……俺と結婚してくれ」
勇者との結婚が幸せに思えたのは、3年あまりに過ぎなかった。
魔王が倒れ、魔物が現れなくなると冒険者は皆、職を失い路頭に迷った。勇者も魔王がいなければ存在意義はない。しかし、魔王を倒すことに特化した勇者が他の冒険者のように普通の職業に就くことは不可能だったのだ。
魔王を倒した報酬で生活に困ることはなかったが、勇者は生きる目的を失った。しばらくは、生き残った魔王軍の残党狩りや剣術指南等で気を紛らわせたが、そう長くは続かなかった。
勇者は酒に博打に……そして女に溺れた。
世界で誰よりも強い勇者がモテるのは当然と言えた。
私一筋だった勇者の浮気が発覚したのは結婚して3年目が過ぎた頃のことだ。
エルフの血の入っている私に容色の衰えはなかったが、美食も毎日だと飽きるのが人間の性というものかもしれない。子どもでもできれば違ったのだろうが、あいにく私たちの間に子はできなかった。
いつしか、勇者と私は憎みあう仲になっていた。
同じ空間にいることさえ苦痛となった。甘く交わした言葉も優しい気遣いも情熱的な触れ合いも全て幻に消えた。人の心の移ろいが、これほどまでとは正直、私は思っていなかった。
お互い別れるしかないと頭ではわかっていたが、行動に移すことはできない。
魔王を倒した勇者とそれを支えた聖女、その伝説じみた逸話が私たちを縛る。実家の王家を捨て勇者に嫁いだ身としては、今さらおめおめとは帰れなかったのだ。
このまま、死ぬまで仮面夫婦を続けるしかない、そう諦めていた。
いきなり扉が開いて勇者が入ってくる。
顔を見るのは何ヶ月振りだろう。
「あら貴方、いったい何の用かしら?」
いつものように冷たい言葉を投げかける。
「姫……」
勇者は熱っぽい視線を私に向けながら言った。
「魔王が復活した……冒険に出よう」
今までのことやいろいろな想いが一瞬、頭の中を通り過ぎる。
けれど、私は静かに……勇者の手を取った。
「ああ、行こう勇者」
何とか1000字にギリギリ収まりましたw
短編は楽しいけど、難しいですね。
本作は短編集に載せた作品(削除済み)をイベント用にリニューアルしたものです。
前作をお読みの方は違いをお楽しみ下さい。