7話 勇者、説得される
勇者は逃げも隠れもしない。恥ずべきことなどない。
常に正々堂々。何もやましいことはないからだ。
そう、逃げも隠れもしない。
「──ってばか!」
急所モロ出しだというのに仁王立ちの勇者もとい元勇者リオスター。
奴には羞恥心というものがないのだろうか。
ついでにモラルもない気がする。
僕は逃げればいいのか、隠れたらいいのかすら分からず、もはやオロオロするしかない。
「エルドのクビを撤回しないなら、俺はパーティには戻らない!」
「だから、それは神託が許さないって!」
「いいや、それでもだ! 俺は仲間を見捨てていくような、自分勝手な男にはなりたくないからな!」
勝手に脱走しましたけどね。
いや、あれは外から助けに来るためだったのか。
もうどこから計算で、どこから偶然なのかも分からない。
リオスターと女剣士ダリルの言い合いは平行線だ。
そりゃそうだろう。
リオスターは神託を無視することを主張して、ダリルは神託に従うことを主張している。
このまま話し合っても結論は出ない。
他の二人が合流するまでに、僕としてはここから離れたかった。
僕は必要ないと言われているのに、ごねる勇者の説得を聞くなんてツライ。
すると、女剣士ダリルはキッと僕を睨んだ。
「アンタからもこのバカに言ってやってよ!」
「……バカだよね」
「ホントにバカ!」
「なんだよ二人して! 学がないことがそんなにだめか!!」
リオスターはぷんすかしているけど、いやそうじゃないんだよと言いたい。
なだめようと手を伸ばしかけたその時──不意に、視界の端で何かがうごめいた。
何だ。視線を巡らせたけど、何もなかった。
気のせい、だろうか。
平原一帯は月明りに照らされているけれど、林付近は薄暗い。
動物がいても別に驚かない。だが、何か。何かもっと。
「──……ッ!!!」
ハッと顔を上げた先に見えたのは、三メートルはおろうかという巨大な怪鳥だった。
闇に溶け込む真っ黒な身体。目だけが赤々と燃えている。
そんな怪物が、ちょうどダリルの真後ろにいた。
「ダリル!!」
「は? 何──んなっ!?」
僕の声に反応して振り返ったダリルは、すぐさま剣に手を伸ばした。
怪鳥は群れで行動する夜行性の生き物だ。周囲を取り囲まれているかもしれない。
だけど、ああ、だめだ。あんなの近すぎる。
いいんだこんなの見捨てても。だって彼女たちだって僕をクビにしたじゃないか。
ダリルが放った一撃をあっさりとかわした怪鳥を見て、僕は反対側に駆け出した。
今までは誰かが守ってくれたから、詠唱の時間が稼げたけど。
だめだ。今はどうにもできない。リオスターなんて全裸だし!
「エルド!!」
リオスターが声を上げた。
やめて。呼ばないで。僕はもう戦えないんだから。無理なんだって。
パーティ最弱って君も言っていたじゃないか。あれ結構な悪口なんだからな。
言っていいこと悪いこと、区別がつかないなんてひどいじゃないか。
「まさか君!」
リオスターの声がまた響いた。
僕は転びそうになりながらも、振り返らずに走る。
そうさ、そうだとも。僕は元仲間を見捨てるんだ。
怖いから。戦えないから。笑うなら笑えばいい。
こんな僕だから、神託に見放されたって、聖女に突き放されたって仕方がないんだ。
「ダリルを守るために!?」
はい?
リオスターが言っている意味が分からなくて振り返ると、怪鳥と目が合った。
「はぁあああーっ!?」
怪鳥がこっちに来てる! ばかな! ばかか! バカだろ!!
せっかく離れたのに、どうして僕を狙うんだ! ふざけんな!
「ぎゃああぁ──ッ!」
必死になって平原を駆けずり回るけど、ぴったりとついてくる。
ついてくるぞ、こいつなんなんだ!!
死に物狂いで走っているのに、どんどん近付いて来る気がした。
「エルド、アンタまさか……」
「ダリル。あれが本当の仲間ってやつじゃないのか!?」
「そんな、アイツにひどいコト言ったのに……」
向こうの方で二人が何か言ってる。
いいから助けて!!??