5話 勇者、消える
外が妙に騒がしい。
粗末な寝台の上で縮まっていた僕は、薄らと目を開いた。
騒がしいパーティメンバーが帰ってからは、これでもか静かだったのに。
あまりの寒さに牢屋の外に目を向けると、窓が開いていた。
なんでだよ。
少しむっとした僕は、薄い毛布を引き上げた。
そして、うつらうつらとし始めたとき、今度は怒号が届いた。
「──脱走したぞ!」
え?
「どうなってんだ!」
え??
「なんで裸の男が脱走できるんだよ!」
え!?
ガバッと起き上がって向かい側の壁を見る。
そこには、空っぽの寝台があるだけだ。
牢屋内を見回しても、そこにリオスターの姿はない。
「え!!???」
一人で逃げたのかアイツ!
一人で!
僕を置いて!?
これじゃ僕はただ一人ぼっちの裸野郎じゃないか!
慌てて毛布を跳ね除けて鉄格子に近付くと、一部分がひしゃげていた。
ゴリラかな。
困惑していると、一人の兵士が近づいてきた。
「オイ。お前を別の場所に移動させることになった。大人しくついてこい」
すごく嫌そうな顔をされた。
僕だって嫌だ。
こんなまっぱのすっぽんぽんのフルチンで移動なんてしたくない。
でも君たちが何もくれないんじゃないか。そりゃ寒いよ。
「オイ! 誰かコイツにシャツを貸してやれ! 服くらい着せてやれよ!」
兵士がどこかに怒鳴り声を上げた。
こいつはいいやつだ。リオスターよりもいいやつだ。
兵士はひしゃげた鉄格子には目もくれず、律儀に鍵を外して扉を開いた。
廊下に出ると、他の兵士がシャツとズボンを持ってきてくれた。
ありがたい。
頭を下げてシャツに腕を通していると、ブーツまで貸してくれて泣きそうになってしまった。
「そろそろ酔いも覚めただろ。服はやる。今度は脱ぐんじゃないぞ」
どうやら、僕のことを酔っぱらって服を脱いでしまった馬鹿だと思っているようだ。
まさかパーティから追い出された挙句、勇者に服を奪われましたとは言えないからそれでいい。
むしろ好都合だった。夜勤担当なら、昼間のことを知らないのかもしれない。
「すみません。もうしません」
「ああ、しっかりしろよ。朝まではここにいてもらうが、大人しくしていたらすぐに釈放だからな」
なんだ。別に身元引受人なんていらないんじゃないか。
昼間の奴らは脅してきたということか。
一晩ここに泊めてもらって、朝にはおさらばできる。
それなら、やっぱり僕には好都合だ。宿代が浮くし。
廊下を奥に進んでいくと、三人用の広い牢屋に辿り着いた。
同室の全裸男が脱走したからか、奥まった場所にされてしまった。
別にいい。ここで一晩我慢すればいいんだ。僕は耐えられる。よし。
「毛布を追加で持ってきてやる。少し待っていろ」
兵士は鍵を開いて格子の扉を引いた。
うん。こっちの方が奥まっている分、風は入り込まなくて寒さはマシだ。
しかも毛布をもう一枚くれるらしい。
僕は半日くらい振りのまともな扱いにやっぱり泣きそうになった。
「すみません、ありがとうございま──」
牢屋に入るまでに頭を下げた、そのときだ。
ゆっくりと、視界が明るくなった。
え?と思う暇もない。顔を上げると、兵士の向こう側にあった壁が。
壁が。
ゆっくりと。
スローモーション。
倒れてきて、その向こう側に、明るい月が。
「──……」
月?
そう思った瞬間、スローモーションが解除されて親切な兵士が壁の下敷きになった。
辛うじて僕に当たらなかった壁は、ひどく重そうではないけど軽そうでもない。
「え!?」
慌てて兵士に駆け寄ると、何かが壁の上に乗った。
「んぎゃっ!」と兵士が情けない声を上げる。かわいそう。
「さあ! エルド、とっととこんなところから出ていくぞ!」
壁に乗っていたのは、美しい月の光を背負ったリオスターだった。
もちろん全裸である。
なんてことしてくれるんだよ。
僕は下敷きになった兵士とリオスターを交互に見たあと、頭を抱えてしまった。
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