閑話 蒼羅の思い
「ちょっと春人? どこに行ったのよ」
トラックに跳ねられて、庭の植え込みにめり込んでいた春人をみんなで助け出したは良かったが、身体中傷だらけで腕の骨も折れているのか、変な方向に曲がっている。
風香が春人を抱き抱えて名前を呼んでいて、しばらくすると春人が霧のように消えた。
「おい、消えたぞ?」
「どうなっているの?」
風香は自分の腕の中から消えた春人を探し求めて視線を彷徨わせる。しかし何処にも居ない事に気づき、体をワナワナと震わせている。
「風香……」
「やっぱり春人の事が」
紗羅が風香に寄り添う。背中をさすり落ち着かせようと試みるが風香の震えは止まらない。
瞳から涙が一雫落ちるが気にする事も無く立ち上がる。
「春人……なんでよ」
皆が風香を励ますために声を掛けようとした瞬間に風香の口から絶叫が迸る。
「なんで一人だけ異世界に行ってるのよ! 春人の癖に生意気だわっ!」
全員がベクトルの違う風香の叫びに呆気にとられている。
「風香?」
「春人が異世界に? マジか」
「それ以外に考えられないでしょ。人間が霧みたいに消えた所を見た事がある? 無いでしょ!」
確かに春人は消えた。
「そもそも康太、何で邪魔したのよ? あのままトラックに轢かれていたら私達も異世界に行けたのに!」
風香が康太に詰め寄る。
「でもね、風香。春人君大怪我してたよ? あんな怪我、私したくないわ」
「うんうん、痛そうだったからな」
風香も望んで痛い思いはしたくはないだろう。ただ可能性が一番高いトラックを選択したのだ。
何故トラックに轢かれると異世界に行くのかサッパリわからないが。
「計画の練り直しよ。秋山、資料をもっと用意して!」
「かしこまりました。お嬢様」
場所を室内に移し待つことしばし、執事の秋山が大量のダンボールを積んだカートを押して戻ってきた。後ろにはメイドさんの列ができている。
「お嬢様。お待たせいたしました」
「ありがとう。さぁみんな手伝ってね」
あまりにも多い、その本の量に全員がうんざりしながらも本を手に取り読み始める。
数時間後、言い出しっぺの風香が叫んだ。
「何でなの! 痛くない方法なんて殆ど無いじゃない」
「そうねぇ、大体トラックだしね」
「拳銃で撃たれたり、ナイフで刺されたり、みんな一回死んでいるな」
「痛いのは絶対に嫌よ!」
その時、解決作を提出してきた以外な人物。
「お嬢様。一つだけ思いつきました」
「美月。何かあるの?」
「はい、ここにある資料は全て私の私物です。内容は記憶していますから」
「美月さん、いくらなんでもこの量は……」
康太が思わずツッコミをいれると美月は「乙女の嗜みです」と一言。
「それでどんな方法なの?」
「はい、痛みを伴わない方法となりますと 神 しかないと考えます」
「神、ねぇ」
「はい、全員の心を一つにして一心に祈るのです。そうすれば望みは叶うかと」
困った時の神頼み、そんな言葉もあるくらいだ。しかし残念な事がある。私は異世界に行きたくは無い。
風香は分かる、春人とセットだから。
萃香は風香が居るなら何処でも構わないだろう。
康太も反対はしないだろう。読んでいたラノベにハマってしまい、静まれ俺の左腕! なんて叫んでいるくらいだ。
無視してるけど。
紗羅は風香が大好きだから否定はしないはず。大体いつも風香に流されているしね。
問題は私、蒼羅。
お風呂はある? スマホは? 友達も居ないし、文明が劣る世界に興味は無い。私はここを気に入っている。確かに風香は大切な友達だ。だけど、全てを捨ててまで側に居たいかと言うと、疑問が残る。
彼女は確かに魅力的だ。人を惹きつける天性の才能を持っている。いつも奇行を繰り広げ、周りに多大な被害を出し続けながら誰からも嫌われない。
誰一人傷ついた事は無い。春人以外……
いつもどんな時も楽しそうで、いつも笑顔でみんなを引っ張って、後始末を春人に全振り。
それが風香。
何だ簡単だ。私も風香の事が好きなんだ。
だったらやる事は一つか。
私も一緒に祈ろう。
そもそも祈ったくらいで異世界に行けるなら、大勢の人間が行っている。
だからおそらくは無理なのだ。
だけど大切な友達の為に本気で祈る。
ちょっと待って!
なんだかおかしな雰囲気じゃないかしら?
祈っているだけよ?
まさか本当に?
なんで床にそんなモヤモヤが出来てるの?
風香? 少しくらい躊躇しないの?
なんですぐに飛び込めるの?
待ってよ置いて行かないで!
なんでみんなついて行くの?
ああ、もう行くわよ! 行けばいいんでしょ。
全く。
でも一つだけ分かった事がある。
祈りの力ってすげー