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7.諸説あります


  7.諸説あります



 ね、寝苦しい。


侠兎が、そのムシムシとした蒸し暑さと体に纏わり付くベタベタとした気持ち悪

さに我慢し切れず目を覚ましたのは、深夜1時を少し回った頃だった。

家中の窓を全開にして、扇風機を最大風力で稼動させ続けているというのに、状

況が好転する兆しはこれっぽっちも見られない。


「あーっちいっ!」

居たたまれなくなって起き上がり、屋外にでようと玄関まできた。

このまま家の中にいたのでは、肉汁たっぷりのモチモチ小籠包が出来上がっちゃ

う。

その時、隣りの家の玄関のドアが閉まる音がした。 バタン

こんな時間になんだろうと思って表を覗くと、前の道をヨタヨタ歩いている姚子

の姿が目に入った。


「おい、姚子、こんな時間にどこ行くんだ」

声をかけるが反応がない。

ちゃんと靴は履いているが、パジャマのままだった。

酔っ払いか夢遊病患者のようにフラフラしながら、拙い足取りでゆっくり歩いて

いる。

奇異を感じた侠兎は家を飛び出し、姚子の肩を掴んで強く呼び止める。

「おい!、姚子!」


肩を揺さぶられて、姚子はようやくハッと我に返ったように目をパチクリさせた。

「あれ、侠兎、あんた何してるの、こんな所で」

「それはこっちの台詞だ。

 おみゃあこそどこ行く気なんだよ、こんな夜中に」

「どこって・・・、吟賀さんの所・・・」

「吟賀だぁ?

 ここからあの神社まで歩いたら1時間くらいかかるんだぞ。

 なに考えてんだおみゃあは」

「・・・・・」


月明かりの下で判然としないながらも、姚子は言葉を返さず顔を真っ赤に染めて

俯いた。

どうやら、なぜ自分がこんな深夜に出歩く事になったかも、よく理解出来ていな

いといった様子だ。

これは、何か変だ。

姚子の身に何らかの変化があったと覚った侠兎は、背中を押して家に戻そうとす

る。


「さ、家に帰ろうぜ、もう寝る時間だぞ」

「あんたまで付いてくるな」

「いいじゃん、一緒に寝てやるよ」

「イヤ、絶対イヤ」

「分かった分かった、一緒に寝ないから行こうぜ」

「変な事しない?」

「約束する、いいから涼しい部屋で寝かせろよ」

「それが本音か」


部屋に戻った姚子、やっぱり顔が赤い。

「何があったんだ、まるで徘徊老人みたいだったぞ」

「そ、そんな事ないよ」

「変な夢でも見たか」

「し、諸説あります・・・」

「アホか、正直に話せ」

「さ、寝よ寝よ、明日もバイトだよ」


姚子は、言葉を濁してはぐらかした。

その時の気持ちを、そのまま言の葉に乗せ音にして出すのが恥ずかしかったし、

勿体ないような気がした。

吟賀の顔を思い出すだけで、声を思い出すだけで、心臓が異常稼動し始め高鳴っ

て心拍が上がり、体中が熱くなってむずむずして居ても立ってもいられなくなっ

てしまう。

会いたい、一緒にいたいという率直な希望が、次第に熱望となり、切望へと変わ

り、渇望となる。

自分自身でさえコントロール出来ないこの溢れる感情を、どうやったら抑えられ

るというのか。

誰か知っている人がいるなら教えて欲しいくらいだ。


姚子が吟賀というあのクール男に一目惚れしてしまったというのは、おバカな侠

兎でも察しがついていた。

真面目で身持ちの堅い姚子が、後先考えずに即断でバイトを決めてしまったのも

そのせいなのだろう。

しかし、こんな夜中にフラフラ出向くというのは納得がいかない。

いくら惚れたからといっても、これは理解の範疇を超えている。

夜這いというのは男がするものであり、それは天界にいた頃の侠兎の専売特許の

ようなものだった。

好き者でもない女子の姚子が取るべき行動ではない。

何をどうしたら、姚子をここまで変えてしまうのだろうか。

いずれにしろ、これは侠兎にとって面白くない事態だ。



翌日、姚子と侠兎は、今度は稲荷神社へ向かって出かけた。

侠兎は、自転車に乗るのはこれが初めてだったが、ものの2分でマスターした。

それもこれも、姚子が勝手にどんどん先走ってしまうせいだ。

運動神経には自信があるので造作もないが、とにかく姚子が気懸かりでならない。

昨晩の事があるので、吟賀に会わせてはいけない、または会わせたくないという

気持ちを抱きつつも、バイトの約束をした以上は行かざるを得ない。

それにしても、昨日出かける時はまるで死人のような顔をしていたくせに、今日

の姚子の溌剌とした笑顔はなんだ。

おまけに、いつもは化粧っ気なんかしないくせに、この日に限って朝からバッチ

リメイクでキメてやがる。

未熟な化粧に朝から精を出す、未だ嘗て一度も見せた事のない欣々然たる姿がそ

こにあった。

それじゃまるっきり、ネズミー王国を目指して舞浜駅に降り立つガキみたいじゃ

ないか。


神社の前周辺は、昨日からの盆踊りイベントと重なっている事もあり、人々の気

分はこれから始まる本祭りへ向けて高揚感に満ちている。

社務所へ行ってみると、件の吟賀という男と、もう一人のこっちもイケメンの若

い男がいた。

更には、赤い袴の巫女服姿の女の子達が数人いて、神事の準備作業を始めていた。

気付いたのは、この神社には若い人しかいないという事だった。


「やあおはよう、よろしく頼むよ」

「おはようございます」

爽やかな微笑みで挨拶する吟賀に、姚子は頬を赤らめ笑顔で答える。

用意されていた巫女服に着替えた二人は、境内の簡単な説明を受けた後、さっそ

く仕事に取りかかる。

内容は、拝殿内の掃除だったり祭祀の用具などを運んだりする程度だったり、或

いは吟賀が紅白の幕を張る手伝いをするといった単純なものばかりで、それ自体

に戸惑う事はない。


仕事の合間、拝殿の中をうろつく侠兎は、なにかの弱い気配を感じ取っていた。

ここへ着いてからずっと感じていたものなのだが、それが何かは分からない。

神社なのだから、何某かの神の気なのかもしれないし、それに類する他のものの

気配かも知れない。

昨日の姚子の話から、稲荷神社とキツネの関係が深いと知って、ダーキニーの事

を思い浮かべていたのだが、ここに流れる気はダーキニーのものではない。

あの乱痴気女のいけ好かない気とは明らかに違う。

残念ながら、方力が封じられている現状では、この程度の知覚が精一杯だ。


悶々としつつぶらついていると、もう一人のイケメン男が侠兎に近寄ってきた。

「ねぇねぇキミキミ、侠兎ちゃんって言うんだっけ、可愛いねぇ、ホントに可愛

 いねぇ」

硝子がらすと名乗ったその男は、いやに馴れ馴れしく色目を使って言い寄ってくる。

「高校生?、何年生なの?、まさか中学生じゃないよね。

 間違ってたらゴメンね、でもさすがに中学生でそのおっぱいは反則っしょ」

こいつ、褒めてんのか貶してんのか、これでもナンパしてるつもりなのか。

こんな馬鹿者につき合ってるのは時間の無駄でしかないのに、いつまでも下手な

おべんちゃらでしつこく付き纏ってたらし込んでくるのでイラッとする。

「仕事に関係にゃあ話なら後でしろ、忙しいからバイトを頼んだんじゃにゃあの

 か」

「そ、そうかい?」


頭を掻き掻き、首を傾げながら遠ざかっていく硝子の後ろ姿を横目に、侠兎は考

えた。

ここの神社はなにか変だ。

若い神職しかいないというのが引っかかる。

双方共イケメンで、しかも負けず劣らずの軽薄なナンパ男。

巫女服の女子達はアルバイトだろうし、社殿も立派で綺麗なので財政的にも潤っ

ているようだ。

本当にあの二人だけなのか。

どちらも神職と呼ぶには品格に欠ける気がするし、その若さからして学生っぽい

雰囲気がありありと伝わってくる。

他に誰か中心的役割を担う者がいると考える方が自然なのだ。

ならば、それはどこにいる。


その後も、姚子は吟賀にべったりくっついて、神事の準備を手伝っていた。

道具を取ろうとして手と手が重なり、お互い顔を見合わせては微笑み、言葉を交

わしては笑い合う。

何をやってるんだ、完全に浮かれてるぞ姚子。

見ている侠兎は心中穏やかではない。

今にもあの吟賀野郎をボコボコに殴り倒してやりたい衝動に何度も駆られる。

だが、それで解決するほど簡単な話ではない気がする。

なんなんだ、この苛々は。

俺の大事なペット1号を奪われてなるものか。

姚子の純潔は俺のものだ。


侠兎は、吟賀の隙を窺って姚子の手を取り、社務所の陰に連れ出した。

「あの男には接近するな、なにか企んでるぞ」

「なんでよ、あんなにいい人なのに」

「どこ見たらいい人なんだよ、おみゃあの目は節穴か。

 あいつ等誰それ構わず色目使ってんだぞ、ここの巫女全員だ。

 じっちゃんの名に懸けて誓ってやる、ヤツの目的はおみゃあの体だ」

「あ、分かった。

 あんた嫉妬してる?」

「姚子じゃなかったらぶっ殺してるぞ、大虚けが」


こういう状況下で、こんなにも可愛い姚子の笑顔を見たくはなかった。

その日一日中、侠兎はモヤモヤとした行き場のない感情を解消出来ぬまま過ごし

た。



バイトを終えて家に帰ると、墨松子が訪れていた。

二人はバイトの成り行きを松子に告げ、侠兎はさっそく疑問をぶつける。


「稲荷神社か、なるほどね」

「ダーキニーの奴と関係あるのか?」

「日本には何万という稲荷神社があるが、その全てがダーキニー様を祀っている

 訳ではない。

 多くはその眷族である白狐を祀っている」

「やっぱりか、あの変な気は狐のものか。

 バイトの昼飯が稲荷寿司とどん兵衛食い放題ってのが引っかかってたんだ。

 せめてどん兵衛に生卵落としてくれりゃあな」

「ほお、姿を見たのか」

「いいや、見てはいにゃあ」


姚子が尋ねた。

「ダーキニー様って誰ですか?」

「ダーキニー様は、元々ラークシャシー、羅刹女の一人だったと言われる。

 人間を害する危険で凶悪な種族だよ。

 それがシヴァ様、日本で言う大黒天に調伏されて、その妻であるカーリー様の

 眷族として仕えるようになった。

 その頃から信仰を集めるようになって神格化され、茶枳尼天となった後、ヤマ

 ラージャ様、閻魔天の眷族となった。

 まあ、地方ではそれ以前から土着の信仰はあったらしいけどね」

「なんだか、あんまりお稲荷さんとは関係ないような・・」

「ダーキニー様は立派な豊穣の女神だよ。

 日本神話のウカノミタマと同一視される事もある。

 白狐を神使として従える強力な力を持つ女神様だ」

「あ、だから稲荷神社は狐なんだ」

「そういう事だね」


侠兎が話を元に戻す。

「あそこの神職はどうにも鼻持ちならにゃあ。

 なんか胡散臭い臭いがする」

「侠兎は気にし過ぎなんです、焼き餅焼いてるんです」

「アホか、俺は男にゃ興味なんかにゃー」

「まあ、バイトを引き受けた以上は行かない訳にはいかないだろうから、せいぜ

 い気をつけてやればいいさ」

「おみゃあ、随分他人事だな。

 姚子に何かあってもいいのか」

「心配するな、万が一の対策は考えている。

 その男が何者かは知らないが、人の恋路を邪魔するほど無粋でもないよ。

 姚子ちゃんの身に危害が及ぶような事があったら連絡しろ、その時は実力で止

 めてやる」

「またどっか行くのか」

「どうしても外せない用がある。

 師匠に定期報告に行く日だからな、これだけはキャンセル出来ない」

「おみゃあは姚子と草ジジイとどっちが大事なんだ」

「優劣が付けられないから苦心している。

 だが対策は用意すると言ったじゃないか。

 だから、姚子ちゃんも心配しなくていいよ」

「はい」


返事をしながらも、姚子自身は別段何も心配などしていない。

むしろ、気を揉んでいるのは侠兎の方で、その動機さえ姚子にはよく分からない

し、逆に迷惑だとすら思っている。

あんな素敵な人のどこが気に入らないのか。

何が不満だと言うのか。

私の事は放っといて、という思いの方が強く支配していた。



翌日も、姚子と侠兎を取り巻く状況に昨日と大きな変化はない。

明日はいよいよ本祭り、今夜は宵宮の神事が行われる。

参道の、屋台周辺の祭りへの盛り上がりは一層の熱を帯びてきてはいるが、今の

侠兎にはどうでもいい事だ。

早くこの頭の中の霧を晴らしたい。


境内を歩いていて、ふと何かを思い出した侠兎は、鳥居を抜けて外へ出て、近く

の林の木立の中へ入って行った。

そこで、周辺に人がいないのを確かめると、徐に木々の葉の上の方に向かって呼

びかけた。

「えーっとなんだっけ・・・、えーっとえーっと・・・。

 あ、そうだ、おーい、便器ぃー、便器やーい、聞こえるかぁー、聞こえるなら

 出てこーい」


暫く待つと、ザーッと一陣の風が木立の間を吹き抜け、目の前に大きな黒い影が

現れる。

「やっとお呼び立て下さいましたな、我が麗しのわがままボディーガール。

 不怨鬼、こちらにて推参、控えておりますぞ」

「よぉ、久し振りだな便器」

「不怨鬼ですぞ、姫」

現れたのは、以前神仙と共に侠兎を貶めようとして失敗し、速攻で寝返ったヘタ

レマッチョ妖怪の不怨鬼だった。

侠兎の足元に片膝をつき、初の呼び出しに些か興奮気味に喜んでいる。


「おみゃあに一つ聞きたい事がある、ここの神社の狐の事だ。

 何か知っているなら話せ」

「オーノー、あれはいけません、あれに関わるとロクな事になりませんよ」

「なんでだ」

「たぶん」

「適当な事言ってんじゃにゃー、俺を怒らす気か」

「いえいえ滅相もないです侠兎さん。

 ここの狐は仙狐なのですよ」

「仙狐?、仙術を使うっていう狐の事か」

「左様です。

 毎年この時節になると現れ、若いガール達を食い物にするのです」

「殺すのか」

「ノーノー、そうではありません。

 配下の男共を使ってガール達を誑かし、手中に誘い込んでは酒池肉林の乱交

 パーティーナイトを繰り広げ、甘美なはちきれんばかりのムチムチのピチピチ

 生気を吸い尽くすのです。

 パーリーピーポーがオールナイトロングでキックアスしてオンファイヤー。

 それはもうプニプニのポニョポニョがムニュムニュのヌラヌラでヌメヌメを

 プスプスなのですよ。

 なんと羨ましい」

「後半説明が適当になってんぞ。

 あの男共はただの人間だろ、そんな事が出来るのか?」

「仙狐から瞳術を授かっているようなのです。

 ですから、その瞳の流し目パワーでガール達はイチコロとか」

「なるほどな、それで姚子が落ちた訳か」

「ガール達だけではありません、男も餌食になります」

「どういう事だ」

「仙狐は絶世のビューティーレディーの姿をしているといいます、また、側に女

 狐を侍らせているとも聞き及びます。

 ダイナマイトバディーの誘惑に、目を付けられた男は逆らえなくなるのですよ。

 配下の男共はそうして操られている人間です、搾り取ったらお払い箱になるの

 デスティニー」


「それで、なんでそんな奴を野放しにしてるんだ。

 紛いなりにもおみゃあはこの辺の土地神なんだろ」

「無茶を言わないで下さいよ姫。

 いかに私が無敵なパーフェクトガイでも、あの結界の中へは入れません。

 境内の角々にある石灯籠を依り代にして張られる結界は実にパワフル、インポ

 ッシブルなのです。

 トムのクルーズでも開いた口がドントクローズものです」

「トムはジェリーより弱いからな」


仙狐、仙人の方術を操る狐というのは聞いた事があるし、天界のどこだったかで

ダーキニーが白狐を引き連れている姿も見た事がある。

以前であれば全く意に介す必要すらもない小物だが、女の姿の今の状態で対峙す

るのは骨が折れそうだ。

それでも、姚子だけは何が何でも救わねばならない。

せっかくここまで調教してきたのに、それをあっさり横取りされたらたまったも

のではない。


「・・・分かった。

 またなんかあったら呼ぶかも知れんから、呼んだらすぐに来い。

 特別に近くにいる事を許す」

「恐悦至極にございます、我が愛しの姫君。

 ではさっそく、そのわがままなにゅうぼうを我が手にてマッサージをば」

「させるかアホ、さっさと家帰れ」


仙狐か、これはちょっと厄介だな・・・。

侠兎の前に、強大な難敵が現れた。


                                                  <続>



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