1.暑苦しい!
1.暑苦しい!
−−−あなたは神を信じますか−−−
私は信じない。
というか、信じたくない。
信じたくないけど、目の前にいるんです・・・、変なのが。
神じゃないのに神の世界に住んでいた、男なのに女の子の姿をした変態
が。
こんなの信じられますか。
私は信じない。
というか、信じたくない・・・。
季節は夏。
長期の休み期間に入った姚子は、しかしそれをそのまま喜ぶには程遠い心境の中
にいた。
学校へ行く必要がなくなるのと引き換えに、一日中変態に付纏われるという煩わ
しい日々を送る羽目になってしまうからだ。
この課題を乗り切るにはどうすればいいんだろう。
天界の極悪強姦魔、だけど今は美少女の皎侠兎は、暇さえあれば姚子に抱き付き
胸を愛撫してくるような、無節操で無慈悲な手癖の悪さぶりをひけらかす。
しかも、無邪気な愛らしい笑顔で。
それが毎日何度も繰り返されるのかと思うと、この蒸し返すような夏の湿気同様
に嫌気が差す。
おまけに、日頃から女性らしくするよう色々指導しているにも関わらず、侠兎に
はまるで変化の兆しがない。
他の家族の言う事にはそれなりに聞く耳を持っているくせに、こと姚子の言葉に
は悉く反発する。
今でこそ、当初のような聞いた側から反抗的な態度を示すという事は見られなく
なったとはいえ、素直に従う意思がないのもまた明らかで、分かったふりをして
話を逸らす回避行動は常套手段だ。
その聞き分けの悪さに姚子がついつい説教っぽい口調になってしまうのが、状況
を更に意図するのとは真逆の方向へ向かわせてしまう一因ともなっているという
のは感じている。
天敵ともいえる弁才天に顔が似ている姚子に説教されて、反感を抱いているのだ
ろうとは簡単に連想出来てしまう。
うんざりしながらも、姚子は僅かずつでもいいという諦めにも似た気持ちで前進
させ続けるしかなかった。
墨松子の期待に応える、ただそれだけの為に。
(引き受けちゃった以上はね・・・、嫌われたくないし)
その日も、昼間から姚子の部屋で女の子講座をしていたが、侠兎はあからさまに
乗り気薄だった。
床のラグの上でゴロリと横になり、腕枕のままハッピーターンをバリバリかじり、
指先についた粉をベロベロ舐めて着ているTシャツで拭っては悠然と欠伸をする。
この大雑把さが、姚子に苛立ちを覚えさせる元凶だと気付かぬはずはないのに。
「ちょっと、服で拭くな、汚いでしょ」
「ふくでふく、それで冗談のつもりか?、ププ」
「揚げ足取らないで、行儀が悪いって言ってんの」
「構わんさ、誰も見てにゃあ」
「そういう問題じゃない、普段からの心掛けが大事って事だよ」
「何を心掛けたってハッピーターンの誘惑には抗えんぞ。
一度知ったら忘れられにゃあこの甘塩っぱい粉の味は、いつの間にか虜になって
もっともっとと意思とは無関係に体が求め、脳内でドーパミンを大量放出して至
福の快楽をもたらすのじゃ。
それはまるでセック」 バコン!
「あんたは何しにここ来てんだ。
あ、こら、そんな短いスカートで胡座かくな、丸見えだって」
「気にすんな、視聴者サービスだ」
「放送コードに引っかかってる」
「EPAがうるさ過ぎなんだよ、パンチラのにゃあ深夜アニメなんか誰が見るか」
「EPAどっから来た!、Pしか合ってないし」
「あー暇だー。
ナリの奴早く帰ってこにゃあかな」
「無駄よ、ナリは友達の所へ行ったんだから。
夕ご飯までは帰らないわってあんた、またナリに変な事教えてないでしょうね」
「何をだよ」
「何をって・・・変な事よ」
「だから変な何だよ」
「・・・そんな事言えるか」
「女体のあれやこれや神秘的な部分の事とかか?
確かに神秘だぞここは、なんでこんなにそそられるんだろな」
「あんた!」
(まさか、中学生に実地で性教育してないだろうな)
「ハハハ、心配すんなって。
俺にだってそれくらいの節度はある、ナリにはおっぱいまでしか見せてにゃあ
よ。
触らせてもにゃあし」
「それもダメ!
あと下着もダメ、絶対見せない」
「くどい奴だな、その台詞聞いたの何度目だ?
ナリの前でスカートめくりやったのまだ根に持ってんのか」
「当たり前だ、あんな屈辱二度とご免よ」
「何が問題なんだよ、家族だろ」
「それを勉強しに来てるんでしょ、同じ事を何度も言わせるあんたが悪い。
あんたの目的はなんだったっけ?」
「そうだな、目下の目標はコダックをゴルダックに進化させる事だ」
「・・・」
(はぁ・・、これだよ)
「そうだ、ナエちゃんに晩飯のおかずは唐揚げにしてもらおうかな」
「ダメよ、一昨日も唐揚げだったんだからね」
「別にいいだろ、堅い事言うな」
「毎日毎日唐揚げ唐揚げって、そんなに油っこい物ばっかり食べてると吹き出物
だらけになっちゃうわよ。
せっかく綺麗な肌してるんだから、ちゃんとケアしなきゃ後で困るよ」
「おみゃあ如きと一緒にするな。
その程度の事で、このイケてるナイスな侠兎ちゃんの乳が萎むとでも思ってん
のか。
この絶品過ぎる張り艶色形はA5ランクだ、最高の一人ネタだぞ」
(なに言ってんだこの人)
こんな調子で、まるで進歩のない侠兎を姚子が持て余すのも致し方のない事。
ただ一般的で常識的な振る舞いをするように諭しているだけで、何も難しい要求
をしている訳ではない。
であるにも関わらず、それを悉く聞き流してしまうのだからほとほと手を焼く。
むしろ、挫けずよくやっていると、自分で自分を褒めてやりたくもなろうという
もの。
そんな姚子の苦悩をよそに、侠兎は常に己が欲望を満たす事だけを考えている。
「なあ姚子、ぱそこん買ってくれ」
「パソコン?
嫌よ、そんな高い物」
「じゃあすまほでいいや、今なら家族割が適用されるんだってよ、テレビで言っ
てた」
「あんたは家族じゃない。
どうせエッチなサイト見ようとしてるんでしょ。
墨さんに買ってもらえばいいじゃない」
「松子の野郎は話にならん。
何を頼んでも二言目にはダメだダメだって、馬鹿の一つ覚えみたいに断りやが
る。
馬の耳に壇蜜だ」
「念仏だ!、馬にセクシーボイス聞かせるな」
自分の要望が叶えられないと知るや、侠兎は腹癒せにワンパターンなおっぱい攻
撃に走る。
「だったらおみゃあはパフパフの刑だ、影首縛りの術!」
「近い近い、来るな変態」
「いいじゃん乳揉ませろよぉ」
「くっ付くな、暑苦しい」
「確かに、暑苦しいのは否定し難いな。
日本の夏はこんなに不快なのか?」
「そうね、大体こんなものよ」
「分かってんならもっとエアコン効かせろよ。
せっかくの文明の利器だ、目一杯利用せんと持ち腐れだぞ」
「やめて、あんまり下げ過ぎると頭が痛くなっちゃうのよ」
「虚弱体質かおみゃあ。
ならツボ治療してやるから裸になってそこに寝ろ」
「目的は別の所だろ、その指の動きやめろ」
「ちぇっ、ノリの悪い奴め。
どうせ暇なんだから一緒に遊ぼうぜ」
「暇じゃない、そんな事言うなら自分ん家帰って掃除でもやれば」
「あのボロ家にエアコンなんかあると思ってんのか。
松子が付けると言ってたくせに、未だにその気配すらにゃあんだぞ。
おまけに、いつもすぐどっか出かけてそれっきりだ。
真面目に面倒見る気がにゃあなら最初っから放っとけって」
「でも、あの家だって気の流れがいいんでしょ、風もいい具合に流れるんじゃな
いの?」
「おみゃあはアホか、風で流れるんならとうの昔に消し飛んでるわ」
「だって、気の流れなんて私には分かんないんだもの」
「ボーッと生きてるからだ」
「あんたに言われるとあのCGキャラより腹立つ」
「この部屋にだって流れてるよ、インドラの親父臭い気がな」
「お、親父臭いの?」
「心配すんな、おみゃあに健康面で害を及ぼす事はにゃあさ。
いや、むしろ逆だな。
この気の中にいればそうそう病気になる事もにゃあよ」
「そんなにすごいの?」
「ここから離れなければの話だけどな」
(それは無理だ)
侠兎は何も考えずに、ただ神の気に包まれている事の効能を述べたに過ぎないと
思っているだろうが、姚子には違う意味で受け止められた。
この中にいる限り病気にはならないから、安心して俺に嬲られろ。
私を鳥籠の中に閉じ込めておきたい願望が、薄く透けて見えるようだ。
(あーあ、早く海に行きたいな)
姚子は、学校で友人達と休みに入ったら海へ行こうと話していたのを思い出して、
それが実現する日を待ち侘びた。
変態侠兎と四六時中一緒にいるには強靱な忍耐力を要する。
それにどこまで耐え続けられるのか、考えれば考えるほど自信がなくなり、投げ
出したくなるのだった。
そんなこんなしているところへ、階下の玄関に誰かが訪問してきて、母がその応
対に出たらしい音が聞こえてきた。
宅配か集金か、いずれにしろ姚子には関係のない事だろうと思っていたのだが、
暫くして誰かが階段を上がってきて部屋のドアをノックした。
姚子が開けると、そこに立っていたのは墨松子だった。
「あ、墨さん」
「こんにちわ、ご無沙汰だね」
一気に体内の血液が流動し始め、細胞が活性化し、沈んでいた顔に笑みが戻る。
いつ見ても、松子の涼やかな微笑みは姚子をドギマギさせ、視線を釘付けにして
別世界へと連れて行く。
心がホカホカして、無意識に口元が緩んでしまうのだ。
松子と会うのはおよそ3週間振りになるだろうか、以前と変わらず特に恋愛感情
が芽生えたという自覚はないのだが、現時点で他の誰よりも一番会うのが嬉しい
人であるのは間違いない。
(いや〜ん、やっぱカッコいいぃ〜)
それとは正反対の反応を見せるのが侠兎である。
彼女(彼)は、松子の顔を見ると途端に眉を吊り上げる。
「こら、松子、おみゃあ家にエアコン付けるって言っただろ。
いつ付けるんだよ!」
「あぁそうだったな、冬までには付けるつもりでいるんだが」
「アホか、それじゃ意味にゃあだろ」
「無意味でもないとは思うが、夏場の事は忘れていたな。
僕が引っ越すのはもう少し先の話になるから」
「てめぇ俺の事考えてにゃあな」
「少しは辛抱しろ、これも地上で生きる為の通過儀礼と思え」
「断る。
すぐ買え、すぐ付けろ。
俺を格差社会の最下層に置く事が何を意味するのか分かってんのか」
「この前までホームレスだった奴が言うか。
今から頼んでも暫くは無理だろう、取り付け業者は今が一番の繁忙期だからな」
「方術使って操れば一発だろうがよ」
「無辜の一般市民にむやみに使うのは良策とは言えないな。
それによってその人の運を変えてしまうかも知れないから、細心の注意を払う
必要がある」
「それがてめぇの美学って奴か」
「美学などではない、道義だ。
普通に考えても常識の範囲内だろう」
「知るか、俺様の常識にはにゃあ」
「やれやれ、このひねくれ根性は一朝一夕には直らないか」
「黙れ、悪徳神仙のおみゃあに言われたくにゃあわ」
「じゃあ、僕も少しの間は体が空くから、避暑がてらみんなで海へでも行くか。
姚子ちゃんの都合はどうかな?」
「え?、私ですか?」
「もちろん、ご家族も一緒だよ。
いつもこの馬鹿者がお世話になっているから、そのお礼とお詫びも兼ねてね」
「い、いいんですか?、家族みんなって・・」
「実は、今日はそのお誘いに来たんだよ。
知り合いが留守にするので一週間くらい滞在出来る家があって、その家が海の
近くにあるからちょうどいいんだよ。
費用は全額僕持ちで構わないし、車の手配も運転手も務めるよ」
「そこって、泊まっていいんですか?」
「もちろんだよ。
留守番をしてくれる人がいたら紹介して欲しいと頼まれていたんでね、その間
なら何泊してもらっても構わない。
もし行ってくれるなら僕の面目も立つし、誰の迷惑にもならないから大歓迎と
いう訳だ。
皆さんの了解は取れるかな?」
「聞いてみます」
姚子が家族に確認すると、外出している弟の業平は二つ返事で賛成したし、台所
にいた母の早苗も同意はしたものの、父親の良相の仕事の都合を気にかけた。
メールで父に問い合わせたところ、週末ならば合流出来る旨の回答が得られた為、
母もそれに追随する事にした。
これで念願の海へ行ける事が決定し、姚子は心を弾ませた。
ただし、これをもって侠兎から離れたいという希望が叶う訳ではない。
友人達も誘おうかと思ったりもしたけれども、こっちが家族連れだと要らぬ気を
遣わせてしまう事にもなるだろうし、望んでいたような開放感も得られそうにな
いので、今回は断念した方がよさそうだ。
一方の侠兎は、海がどんなものかは知っていても、そこで人間が何をするのかま
では知らないようだ。
「海かぁ。
で、海へ行って何すんだ?、魚釣りか?」
「何って、泳ぐに決まってるでしょ」
「水浴びか、だったら裸になるんだな」
「水着着るわよ!、誰が裸で泳ぐか」
「みずぎ?、そんな物を着るのか?」
「そういえばあんた持ってなかったわね」
姚子は、スマホで通販サイトを検索し、サンプル画像を幾つか見せてやった。
「おおおっ、これはいい!
なんかエロを感じるな、芯から本能を刺激する」
「恥ずかしいこと言うなバカ」
「こんな格好してんだから目的は一つだろうが、セックスアピール以外の何物で
もにゃあ。
天界でこんなのがいたら俺でなくても襲ってるぞ」
「犯罪者はあんただけでしょ」
「下界の男共はよっぽどのアホか無能か腰抜けなんだな。
海はこんな姿の女達ばっかりなのか?」
「ばっかりでもないけど、泳ぐ時は大体みんなそうよ」
「これ欲しい!、欲しいぞ!、買ってくれ!」
「なんで私が!」
「松子、買え!」
「分かった分かった、出してやるから好きなのを買えばいい」
「よーし、水着買いに行っちゃうぞー!」
(そんなこと言ったら、こいつとんでもない物買いますよ墨さん)
「行くぞ姚子」
「え?、今から?」
「やらいでか、善は急げと一心太助も言っとる」
「お前は何を見た。
え〜、今日は嫌だな〜。
また今度にしてよ、それまでどんなのがいいかゆっくり考えられるでしょ」
「じゃあ明日だ明日、明日こそ行くからな!」
話がまとまったところで、松子が姚子にクレジットカードを手渡しつつ付き添い
を依頼した。
「お願い出来るかな姚子ちゃん。
僕のカードを預けるから、姚子ちゃんの分も使っていいよ」
「はい、分かりました、ありがとうございます」
(やった!、新しいのが買える!)
<続>