リーネ・フランシス 中編
ロリ話の中編という名の過去編です。
「……暇だぁ」
店を初めて早数日、俺は毎日のように机に突っ伏して客を待っていた。
しかし、待てど暮らせど客は0。商売の難しさを身に染みて体感していた。
「叔父さんってすげぇなぁ。毎日しっかりと仕事持ってきて、テキパキと指示出すんだもんなぁ。舐めてたわ。経営者になって初めて分かるこの大変さ、舐めてたわぁ……」
机の上に置いた売上金箱を引っ張り出す。間違っていても良いから増えてないかなぁという淡い期待を込めて開けてみるが、小銭の1枚も入っていない。
当たり前のことだったが、非常にみじめな気持ちになった。
「はぁ、このままじゃ家賃はおろか食うものを買う金すらなくなっちまう……。最悪薬草食ってしのぐか? ……いや、ダメだろ。それは色々と、ダメだろ」
窓の外を見れば、日が暮れ始めていた。――今日も客は0人かぁ。
帳簿に本日の客、0人と記入し、失意のまま店の立札をオープンからクローズへと翻そうと、扉の方へ近づく。扉の取っ手に手を伸ばし、開けようとしたその手が空を切る。
やれやれ、取っ手も掴めないくらい参ってしまっているようだ。
「すみませ、わっぷ!?」
腹の方に、小さな衝撃。それと同時に女の子の声が聞こえた気がした。はて、なんじゃろな?
目の前には誰もいない。見えるのは、通りを挟んで向かいの食堂くらいだ。
……うん? 俺まだ扉開けていなかったよな? なんで外の光景が見えるんだ?
「ぷはぁ! なんでいきなり壁が……あ」
また女の子の声。今度ははっきりと聞こえた。
視線と下に落とすと、案の定そこには1人の子供がいた。
……元々は綺麗であったことを伺わせる汚れたワンピース。手も、足も、顔も、ブロンドの髪も。泥や土に塗れた様子でいかにも今さっきまで外で遊んでいました、といった様子のガキンチョ。
しかし、それ以上に目を惹いたのはガキンチョの背中から顔を出している2枚の翼。これまた泥や土がこびりついて汚れているが、それでもかなり綺麗な翼をしており目を奪われそうになる。
「……なんだ? お前」
いきなり俺のボディーへと頭突きを食らわせてくれたガキンチョはというと、髪と同じブロンドの目をパチクリとさせ、口をパクパクと開閉している。――ちょっと昔買ってた金魚を思い出した。
「あ、あの……あの……」
「家間違えてんぞ、さっさと帰んな。ここは俺の店で、お前の家じゃねぇんだ」
ガキンチョの肩を掴みくるりと後ろを向かせる。そして俺はそのまま扉を閉めた。
「ふぅ……あ、いっけね。立札変え忘れてら」
台所で水を飲もうと歩き出したが、すぐに本来の目的を思い出して回れ右。
改めて立札を入れ替える為に扉を開けると――
「あの、あの!」
さっきのガキンチョがいた。なんだよ、まだ帰ってなかったのかよ。
「おいおい……なぁ嬢ちゃん。看板読めるか? ここはお店なの。お前の家じゃねぇの。分かった? アンダスタン? 分かったなら早く帰ってお母さんに怒られてこい」
「錬金術の、お店ですよね? 私、読めます! お願いがあります! ――お薬を、売ってください!!」
「……あん?」
「薬を売ってくれ、ねぇ」
「はい……おかーさんが、大変なんです。お薬が、いるんです。……もう、ここしか……ヒック。ここしか、お願いできるところが……ヒック」
ガキンチョーーリーネと名乗るその子をとりあえず店の中へと案内して話を聞くことになる。なんでも、リーネの母親が毒を持ったモンスターに噛まれてしまったとかなんとか。
いやいや、モンスターってありえねぇだろ。と、言いそうになるのを必死に飲み込む。
というのも、俺もこの世界に転移して、もう何日にもなる。
俺の常識をぶち壊すような光景だって何度も見てきたし、言ってしまえば目の前にいるリーネも背中から翼が生えているっていう常識外れな存在だ。毒を持ったモンスターというのも、本当にいるのかもしれない。
まぁ、完全否定するのは、話を聞いてみからでも遅くはないだろう。そう結論付けた。
「で、その毒を持ったモンスターっていうの? どんなやつなのさ」
「ヒック。えっと、大人の、人は、ヒック……“ぽいずんたいぱん”? って言ってたと、思います」
と、言われてもこっちはリーネの言う“ぽいずんたいぱん”とやらがどんなモンスターかさっぱり分からない。
……あ、確か棚に大まかなモンスターについてまとめた図鑑があったな。ちと調べてみるか。
「よっと、《鑑定》。――ぽいずんたいぱん、ぽいずんたいぱん……ああ、もしかしてこいつ?」
俺はこの世界の文字は読めないので、この世界に来てからなんか使えるようになっていた《鑑定》を使って図鑑の文字を読み解いていく。
図鑑のページをめくっていくと、ポイズンタイパンと記載されたページを見つけることが出来た。
確認のため、リーネにそのページを開いて見せてやると、大きく頷いて見せた。
「それです! そのモンスターに、お母さんが噛まれちゃって……このままじゃお母さん、死んじゃうって……」
そう言うと、リーネはボロボロ泣きながら俯いてしまった。仕方なく、図鑑のページを再確認する。
――ポイズンタイパン。ここリデルベルグより南に位置する砂漠地帯に生息している毒持ちの中型モンスター。
小動物程度なら丸のみにするし、大型な動物も絞め殺すほどの締め付け力を持っているが、最大の脅威はその牙に非常に強力な毒を持っていることが挙げられる。
その毒牙で獲物を弱らせていき、最終的には食べてしまう狡猾なモンスターであるとのこと。
恐ろしいことに、その毒は一度体内に入ってしまえば徐々にその体を蝕み、最後は死んでしまう。致死率100%で、呪いに極めて近い猛毒であることが記載されていた。
治療法として、は通常の解毒ポーションでは及ばないため、より上位であるLv7の解呪ポーションというものが必要になるらしい。
スッと意識を集中させ、錬金術のスキルの1つである“錬薬”の項目を確認する。
金属に関するものは“錬金”。薬に関するものは“錬薬”。呆れるほど単純だが、分かりやすいのは良いことだ。……っと、あったあった。
Lv7の解呪ポーション。高レベルなだけあって、見たことも聞いたこともない材料が必要であることが脳裏に情報として流れ込んでくる。参ったな、どうしようもないぞこれ。
チラリと、リーネの方に視線を向けると。
「……ヒック……ヒック」
こんな状態である。多分、リデルベルグの色んな店にこの解呪ポーションを探しに行ってたんだろうな。
で、こんなに全身が汚れてるってことは、門前払いでもされた、か。まぁ、子供に払えるわけないからなぁ。
「なぁ嬢ちゃん。嬢ちゃんはお母さんを治す薬、いくらするか知ってんのか?」
俺の問いかけに、リーネは俯きながら小さく首を横に振る。
「――50万ロインだってよ。べらっぼうに高いな」
50万ロイン。そう言った瞬間ビクンとリーネの全身が震えた。
そりゃそうだ。ちょっと前まで世話になってたところで聞いた話だが、この世界の一般家庭の年収が約50万ロイン。
物価や土地代が地球のものと比べて全然安いので、参考になるか怪しい所だが――地球換算だと約200万円する薬ってことになる。子供じゃあどうあがいても手が出せない金額だ。
「金は――当たり前だが、持ってねぇだろうな。というか、例えお前が金を持っていたとしても、俺の店にお前の母親を治せる解呪ポーションが、ねぇ」
「そん、なぁ……じゃあ、お母さん……死んじゃ、う、うぇぇぇぇぇん!!」
俺が現実を突きつけてやると、遂にリーネは泣き出してしまった。
……さ、流石にもうちょっとオブラートに包んで言うべきだったか!?
「でも、なぁ。どう言い繕っても無理なものは無理としか……うん?」
視線を逸らす為に図鑑へと目を落とすと、気になる一文が目に入った。
ポイズンタイパンの生態を記した項目の一番下に記載されている。その毒は一度体内に入ってしまえば徐々にその体を蝕み、最後は死んでしまう。致死率100%で、呪いに極めて近い猛毒である。という情報が確かだとしたら。
治療には解呪ポーションが必要だが、毒ではある、か。……ふむ、もしかしてだが。
「おいリーネって言ったか? ちょっとお前の母親診せてもらえるか?」
「ヒック、ヒック……なん、で?」
「もしかして、だけど。――治せるかも?」
「……ほんと?」
グシャグシャな顔で、リーネが俺の顔を見ている。
はっきりと断言することは出来ない。というよりも、この図鑑の情報だけでは判断ができない。
直接母親の状態を確認してみる以外に方法はないのである。
「曲がりなりにも錬金術師だ。やれるだけ、やってみるさ。――案内してくれるな?」
リーネの両肩に手を置き、真っ直ぐと泣き腫れた目を見て言う。
……少しは信用してくれたのか、幾分か落ち着いた嗚咽をこらえながらリーネは小さく、首を縦に振った。
後編は20時に投稿予約いたしました。
なんか、既にこれまでの書いた話よりも文字数が多い件について。
今度アリスちゃんに焦点当てた話を書こうと決めました。
コメント、ブクマ等々がありますと書き続ける意欲がムラムラ湧きます。