クレア・シルフィード 後編
クレアさんとの出会い、後編です。
「「ごめんなさい」」
「いや、こちらこそ大声を上げてしまい申し訳なかった。ここはお互い非があったということで、水に流そうじゃないか。だから――頭を上げてくれ。頼むから」
一通り吠えた後、冷静さを取り戻したクレアさんは何度も謝罪し、その度に俺とアリスが頭を下げる。というやりとりを繰り返している。
いや無理だって、一回死を覚悟したもん。噛み殺されるって思ったもん。完全に捕食者と非捕食者の関係が出来あがっちゃったもん。無抵抗で服従のポーズ繰り出すしかないんだって。
「このままでは一向に話が出来んのだ。私には、時間がないんだ。だから……話を聞いてくれないか?」
そこまで言うなら、といった具合に先ず俺が頭を上げた。次いでアリスも頭を上げる。
改めてクレアさんの表情を窺うと、先程までの怒り心頭といった雰囲気は感じられない。それどころか叱られた子犬みたいな切なさと申し訳なさすらある。長くスラッと伸びていた尻尾なんて、すっかり丸まって萎んでしまっている。
――どうやら、本当に命の危機は脱したらしかった。
「ふぅ、やっと話を進められる。改めて名乗らせてもらうが、クレア・シルフィードだ。この町、『リデルベルグ』の冒険者ギルドに所属している。ランクはCだ」
「冒険者の――クレアさん!? あの、若手No1実力者っていう、あの!?」
「アリス、知ってんの?」
俺の質問に、アリスは信じられないという顔だ。どうもかなりの有名人だったらしい。
冒険者ギルドとか行ったことないし、冒険者の知り合いもいないからあのとか有名なとか言われてもどうにもピンとこないんだが。
というか、あったんだ冒険者ギルド。2カ月ちょっとこの町に住んでるけど初めて知ったわ。
「良い? クレアさんはね、15歳で冒険者になってからずっと常勝無敗、依頼達成率100%を保持し続けてわずか2年でCランクまで上り詰めた狼牙族の天才なの! 近々Bランク昇格って話もあるくらいで私達一般人乙女のあこがれの的なのよ!!」
うーん、なんか凄いらしいんだけどさっぱりわからん。あと狼だったのか、犬だと思ってた。
というか、乙女は包丁隠し持って斬りかかったりしねぇよ? それともこの世界では乙女の基本スキルに暗殺とか奇襲とかあんの? そっちの方が気になるんだけど。
「おだまらっしゃい」
また心読まれちゃったよ。これも乙女のスキルなんだろうな、多分。
というか、15歳から2年で、ってことは今17歳か。アリスより1歳上でそれだけの功績を持っているというのは確かに凄いのかもしれないな。
「あ、あの! サイン、サインを頂けますか!?」
「ああ、良いよ。どこに書けば良い?」
「じゃあ! この! このこの、このエプロンにお願いします!!」
そう言うと、クレアさんはアリスから筆を受け取って慣れた様子でエプロンにサインを書いた。
サインを書いてもらったアリスはキャーキャー言いながらエプロンと筆を大事そうに抱えて小踊りしている。
「いや待て、エプロンはお前のだけど筆は俺の店の備品だからな? やらないからな? おい、聞いてんのかアリス!」
「ははは、君達は随分と仲が良いな。あまり似ていないが、兄妹なのか?」
俺たちのやりとりが面白かったのか、クレアさんは必死に笑いを堪えてた。
兄妹ねぇ……。いや、俺こっちに親族いないしな。
「いや、違「違います!」……お、おう」
なまじアリスが近かったから耳が痛い。こいつテンションが上がるとこんなになるのか。なんか、さっきまでと立ち位置が入れ替わっちまったな。もうこれ完全に自分の世界に入っちゃってるよ。
――いや待て、ってことはさっき飯食ってた時の俺、こんな感じだったりしたのか? だとしたら今めっちゃ恥ずかしい。自分の黒歴史を客観視しちゃった感じがしてめっちゃ恥ずかしい。なかったことにしたい!
「くっくっ、いや本当面白いな君達は。――話を戻そう。スグル、という錬金術師は君のことで合っているかな?」
「あぁ、はい。俺がスグルだ、です。一応20歳だ、です」
「なに!? いや、あー申し訳ない。まさか、年上だとは思っていませんでした」
あー、日本人って外国人から見ると童顔に見えるって言うわな。まさか異世界でも同じ判断基準だとは思わなかったが。
「いや、大丈夫だ、です。……やっぱダメだな。済まん、接客が苦手でな、口調を崩しても良いか?」
「うん、答えるまでもなく既に崩しているな。私もいつも通りで行かせてもらおう。その方がお互い楽なようだしな」
「助かるわー。――で、わざわざ俺を訪ねてきたってことは、仕事の依頼か? 依頼だよな? 依頼だと言ってくれ」
こちとらこれから6万ロイン程稼がないといけない。アリスの言い分のままだが、店に入って来た以上はなんとか商売につなげたい。というかつながるまで帰さん。金を落とせの精神だ。
「そうギラついた目で見ないでも良い。その通り、仕事の依頼をしにきた」
「よっ、ん、んん! なるほど、詳しく話してもらえるか?」
思わずよっしゃぁ! と叫びそうになった。
ダメだ……まだ、ニヤけるな……頑張れ俺の表情筋。しっかりと契約を結ぶまでニヤけるんじゃない!
「うん、先程、2時間くらい前だな。サンフラワ食堂で遅めの朝食を食べていた時にあのお嬢さんがね、話しているのを耳にしたんだ。『スグルが錬金術でフライパン直してくれたよー』というのがね」
クレアさんがあのお嬢さん、と言いながら顔を向けた先には、乙女と言うにはかなりアウトな顔でデヘデヘ言ってる阿呆しかいないんだが。
クレアさんに一応確認してみようか。
「アレが?」
「あの子が」
どうやらアレで間違いないらしい。
いやまぁ確かに依頼でフライパンは修理したけどそれを食堂で宣伝していた、ねぇ……。
くそう、ちょっと嬉しいと思ってる自分がいるのが悔しい。
「そ、それで。話を聞いた来たってことは、修理の依頼なんだよな。どれだ? 大概のもんは修理出来る自信はあるが」
「うむ、これだ」
そう言うと、クレアさんは腰につけていた剣、ロングソードを鞘に収まったまま渡してくる。
ずっしりとした重みが両手にのしかかる。生まれて初めて剣とか持っちゃったよ。
「抜いてみても?」
「どうぞ」
一応許可を取り、剣を鞘から抜く。
輝く刀身が徐々に姿を現し……そして直ぐに途切れてしまった。
「……折れてる」
「ああ、折れている。残りの刀身は全て鞘の中だ。取り出すなら手を切らないよう注意してくれ」
確かに、鞘からはまだまだ重量を感じる。
直接取り出すのは危険なため、机の上に落とすように中身を取り出す。
いくつにも別れ、砕けた破片、そして全体の過半数を占める刀身が机の上に飛び出した。
これは……折れたというよりも、根元付近で砕けたというのが正しいな。というかこの仕事、覚えがあるぞ? 一応《鑑定》しておくか。
……お? ちょっと結果が出るのに時間が掛かるみたいだな。
「なぁ、これガンダルフ爺さんが打った剣だろ?」
「ほう、分かるか」
「まぁな。この剣、軽く見たところだけどまだ真新しいな。あの爺さんの打った剣がこんなになるなんて普通じゃないぞ。一体何があった?」
「ふっ、それなんだがな――」
そこまで言って、クレアさんの言葉が止まった。勿体ぶってるのか、中々次の言葉が出てこない。
「それ、なんだが? 続きは、どうした?」
しびれを切らして、俺の方から続きを促すように言ってみる。
――なんか嫌な予感がしてきた。地球で、何度か仕事先で体験したことのある、あの嫌な予感が。
「それ、なんだが」
「……おい、まさか」
「それ、なん、だが……」
言葉に詰まったクレアさんの様子がおかしい。目線があっちこっちに泳いでる。尻尾もどんどん下がって、丸まっていってる。
ダメだ、嫌な予感がどんどん膨れ上がってくる。
やめろクレアさん。あのセリフを言わないでくれ。もう嫌なんだ、あのセリフを聞くのは嫌なんだ!
「……な」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「――何もしてないのに、壊れたんだ」
「んな訳あるかぁぁぁぁぁぁ!!!!」
抑えていた感情が一気に爆発し、空になった鞘を思いっきり床に叩きつける。
俺の突然の豹変に、クレアさん――いやクレアがビクッと震える。
視界の端で小踊りしていたアリスがピタッと動きを止める。そしてゆっくりと部屋の奥、台所へとフェードアウトしていった。
――逃げたか、まぁ今回はアリスは無関係だからな。懸命な判断だ。
「おい、本当のこと言え。お前、この剣で何ぶっ叩きやがった?」
「え!?」
ちょうど《鑑定》結果も出た。――おい、こいつ、若手No1の実力者とかなんとか言われてるみたいだけど一気に胡散臭くなったぞ!
地球じゃ派手に出来なかったが、幸いにもここは異世界だ。商売相手の顔色を窺って言葉を選ぶ必要はないと判断する。
「刀身の歪み、付いてる傷の角度、刃先の欠け方、わずかにだが残って付着してるのは砂、石? 岩か? なんかデケェ岩みたいなのを力任せに斬ろうとしやがったのか?」
「あ、う、あ……」
どうやら大当たりのようだ。クレアは完全に縮こまってしまった。
何が土佐犬だ、何が捕食者だ、何が狼牙族だ!
「もう一度聞くぞ? この剣で、何を、ぶっ叩いたんだ?」
「ス、ストーンゴーレム……です。岩の、塊の、モンスターの」
「馬っ鹿野郎ォォォォォォオオオオオオオオ!!!」
「キャィィィィィイイイイン!?」
間違いない。こいつは、駄犬だ!!
次話は21時に投稿予約いたしました。
次話は誰得なお爺ちゃん(前編)登場です。
はい、また前後編です。いやね、アリスちゃんは最初に書いたから中々膨らまなくって(目逸らし)
コメント、ブクマ等々がありますと書き続ける意欲がムラムラ湧きます。