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はい、こちらスグル錬金店です  作者: 萱野 雲樹
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アリス・サンフラワ

初めまして。久しぶりに筆を取ったので、せっかくだからと投稿してみました。

カンを取り戻す練習作的な目的で書き始めたので、拙い点がいくつもあるかと思われますが、それでもよろしければ読んでやってくださいましm(_ _)m

「……ひもじい」


 窓から差す日の光を背に机に突っ伏す。今現在、俺ことスグル・ナガタは人生に置いて最大の山場を迎えている。具体的に言うと飢えて死にそうだ。

 最後にまともな食事を取ったのはいつだっただろうか? 少なくとも3日は記憶にない。

 手探りに机の引き出しの中を漁る。指先に当たる感覚を頼りにグルグルと手を回してみる。

 鉱石、鉱石、ガラス瓶、鉱石、鉄くず、ガラス瓶――草。

 はて、ここには入れていなかった筈だがと思いながら指に当たった草を引っ張り出す。……かなり乾燥してる上に半分枯れてしまっている。間違って入れてそのまま放置してしまっていたのだろうか?

 これは捨てるしかないか……。ああ、どうせ捨てるなら食ってしまおう。多分いけるきっといける。

 背に腹は代えられないし、藁にもすがるって言うしな。藁を食いたいとは思わないが。

 そう自分に言い聞かせて引っ張り出した枯れかけの草を口の中に放り込む。


「……にっげぇ」


 口の中に押し込んでもっしゃもっしゃと噛むごとに口内の水分をガンガン吸い取り、お返しですと言わんばかりに強烈な苦みが広がってくる。少しでもこの苦痛を和らげるために、コップに水を注いで一気に飲み干した。

 これは中々にヤバいな。だが食えないことはない。俺の胃袋は頑丈なのだ。

 握り拳の中には枯れかけの草はまだ半分以上ある。……よし、いくか。









 最近の主食である水と交互に口に入れることでなんとか食いきった。これで今日はしのげる。……いやしのげるか? 無理じゃね?


「……はぁ、ひもじい」

「スグル~? いる~? って、……うわぁ」


 返事も待たずに扉が開け放たれ、聞きなれた声がする。

 勝手に入ってくるのもだが、早々に……うわぁとは失礼なやつだなおい。

 とはいえ、扉を開けていきなり机に倒れてくたばっている知り合いの姿を見れば俺だって同じ感想が出るかもしれない。もしくは見なかったことにして立ち去るか、だ。


「アリスゥ……なんか用かぁ?」


 顔を上げる気力もないが、せっかく来てくれたんだ。声くらいはかけた方が良いだろう。

 というか、声くらいしか出せません。腹の中にいる自己主張の激しいやっこさんの相手で忙しいんですよぼかぁ。


「あ、一応生きてるのね。それはなにより。なに? あんたまたお金無くなったの?」

「無くなったっていうか、元々ない。もう5日は客来ねぇし、仕事もねぇし。この間の家賃支払いでスッカラカンよ」

「だから無理だって言ったのに――ほら、今日は仕事持ってきたから生き還りなさい半ゾンビ」

「仕事!? マジか!!」


 ガバッと起きあがって前を見る。

 目の前には水色のワンピースに黄色と茶色チェック模様のエプロンを付けて革のブーツを履き、片手にフライパンを持った金髪の少女が立っている。

 ――アリス・サンフラワ。俺が経営する店の真向かいのサンフラワ食堂の一人娘で、明るい笑顔とはきはきとした接客で大人気の看板娘。

 俺の数少ない知り合いで、時々今みたいに仕事を持ってくる気立ての良い所とか素敵だと思う。しかもその支払いは自分の小遣いから捻出しているらしい。

 何度も親父さんに出してもらえと言っているのだが、どういう訳か方針を変えるつもりはないらしい。……ヒモ男に引っかかりそうでお兄さんちょっと心配。

 俺は違うよ? ちゃんと働いてるもん。ヒモじゃないもん。


「あんた本当に大丈夫? さっきからブツブツとなんか言ってるけど」

「大丈夫だ、問題ない」

「う~ん、そこはかとなく不安。――まぁ良いわ。仕事ってのはこれよ、こ・れ」


 そう言いながら持っていたフライパンを机の上に置く。持ち手をわざわざ俺の方に向けたということは、手に取って見てみろということだろう。

 フライパンを持ち上げ、よく観察してみる。正面に持ってきたり、裏返したり、窓際に移動して光に当ててみたりする。

 すると、底の一筋から光が漏れていることに気付く。なるほど、亀裂が入ったわけか。


「なぁアリスさんや」

「なに? スグルさんや」


 こういうちょっとしたおふざけにも付き合ってくれるのはうれしいけど、これは流石にもの申したい。


「これ金物屋の仕事じゃね?」

「……文句があるなら帰るけど?」

「やらせていただきます!」

「よろしい」


 俺はこの子に逆らうことが出来ない。報酬(よわみ)を握られている。


「はぁ、それじゃやりますかぁ。――《鑑定》」


 改めてフライパンを正面に持ち、亀裂に沿うように指をなぞり()()()()()()()言葉を紡ぐ。

 ()()()()に来て使えるようになった()()()

 ……どこかで見たことやら聞いたことがあるような話だ。

 俺は伯父の会社での建築作業中、ふとした事故で死んだ。いや、正確には死んだと思った。

 高所での作業中に転落し、地面に叩きつけられる前に気を失ったんだと思う。いや、叩きつけられたから意識が飛んだのかもしれないがその辺りは重要じゃない。

 意識を失って、気が付いたら知らない森の中にいた。それになんでかは知らないが()()()()()()が出来るようになっていた。

 なんやかんやして人にいる町に着いたら、全然知らない名前の町だった。というかそもそも地球じゃあり得ない光景だった。

 往来を歩いているおっちゃんの横に、猫耳にしっぽの生えたおばちゃんがいた。

 あきらかに子供くらいの身長なのに、長いひげを生やしたおっさんが大きな荷物を運んでいた。

 兄さん邪魔だよ! と後ろから声を掛けられて振り向いたら、トカゲ人間みたいなお兄さんが睨んできた。直ぐに道を譲った。

 唖然としていた俺は、ふと仕事の後輩が話していた文芸ジャンルを思い出していた。

 

 『先輩! 何年か前から流行ってた異世界転生ジャンルがアツイっすよ!』


 後輩の話は正直俺には半分も分からなかったが、目の前の光景は後輩の言っていたことの多くを合致していた。

 そして俺は理解した。俺は異世界に()()――いや、()()したのだと。


「……ル? ス……ル? おーい、スーグールー?」


 物思いに(ふけ)っていたところをアリスの声でハッとする。イカンイカン、空腹で集中出来てなかったようだ。


「――大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。それよりこのフライパンなんだ? 不純物だらけだし、厚みも均一じゃないし、安物にしても酷過ぎるぞ」


 心配そうに覗き込んでくるアリスに預かったフライパンのことでもの申す。

 《鑑定》を使うと、目の前に鑑定の結果が表示される。対象の名前、現状の状態、問題事項、無機物であれば原材料等々といった項目がズラリと並んでいる。

 これは《鑑定》を使用した俺にしか見えていないらしく、以前アリスに見えるかどうかを聞いた際は体調でも悪いのかと、熱を測られた。勿論シバいた。

 俺にしか見えないことはさておき、《鑑定》の効果は非常に正確で仕事に使えることから重宝している。

 その《鑑定》の結果、このフライパンは粗悪品であり、熱を加えられたことで起きた破損であることが判明した。

 そこまで伝えると、アリスは叶わないといった様子で苦笑を浮かべている。

 

「……ん、大丈夫なら良いけどさ。ウチもさ、あんまり余裕があるわけじゃないから消耗品なフライパンにまではあんまりお金掛けられないわけ。それ骨董市で買ったらやつなんだけど、火にかけて直ぐにパァン! ってね。いやぁ、アレにはビックリしたわ」


 アッハッハと笑っているアリスだが、良く見ればフライパンを持っていたのと反対側の手に包帯が巻かれている。

 フライパンが割れた時に何かはねたものが当たったのだろう。


「バカタレ。商売道具くらいちゃんとしろっての。とりあえずちゃちゃっと直しちまうからそこ座ってろ」


 そう言いながらさっきまで俺が腰かけていた椅子を指差す。

 アリスも勝手知ったるもので、はいはいと言いながらそそくさと椅子に腰かけてしまった。

 それを見届けると俺は奥の小部屋へと入る。奥は台所になっており、食器や飲み水等をいつでも準備出来るようにしてあるのだ。


「ところでこの店、お客にお茶の一つも出せないの?」

「茶なんて高級品はウチにはねぇ。水で我慢してろ」


 ぶーたれた声が聞こえるが無視だ。茶なんて買うよりもっと腹に溜まるものを買うに決まっている。


「ほれ、これ飲んで大人しくしてろ」

「あ、ちゃんとコップ洗ってるよね?」


 台所からカウンター越しに飲み物を注いだコップを渡してやる。

 自宅兼店舗なのでアリス側からは生活空間が見えないようになっているが、こういった時に飲み物を出すのが楽で良い。いちいち回り込まなくて良いからな。

 しかし、アリスは受け取る前にいぶかしげな目でこんなことを言いやがった。せっかくのサービスになんと失礼なやつだ。


「……おう」


 ということでワザと間を取って答えてみた。実際はちゃんと綺麗に洗ったコップだが、あいつに疑念の種を植える効果はあるだろう。


「……すっごい不安なんだけど。う~ん、変なにおいは……してない、かな?」


 案の定、マジマジと調べ始めた。バカめ、貴様は既に俺の術中にハマっているのだ。

 ――さて、お仕事といきましょうかね。


「んー、不純物結構多かったしなぁ。念のため鉄くず2個いっとくか」

 

 近くの材料箱から手頃な鉄くずを2つ取り出し、フライパンに放り込むと、ゴッゴッと、鈍い音を立てて鉄くずが転がる。鉄くずを落とした所を見れば軽くへこんでるような気がする。マジでひっでぇなこれ。

 チラっと振り返って持ち主を見る。一応、自分の中でOKサインを出したのか、覚悟を決めた顔で飲んでいるようだ。

 もうあいつには水も出してやらん。


「ふぅ――《錬金》」


 そっと息を吐き、目を閉じてキーワードを唱える。

 こうすることでこの世界に来て使えるようになった()()()()()()()()を発動。持っているフライパンに意識を集中する。

 投入した鉄くずとフライパンを混ぜ合わせて――不純物を一点に集中、分離――全体の歪みや凹凸を整えてバランスを調整。

 片目を開いてフライパンを見る。鉄くずが入っていた底には鉄くずの代わりに黒い粉のようなものが山になっており鉄くずそのものはない。

 ゴミ箱代わりのバケツに黒い粉を放棄。軽く布で拭いて最終チェック。――亀裂なし。凹凸なし。バランス良し。

 うん、上出来だ。


「終わったぞ」

「助かるわぁ、仕事が早いのは良いこと良いこと」

「はい、そこで止まれ」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべながら近寄ってくるアリスに待ったを掛ける。

 ご丁寧にその場でピタッと止まる素直なアリスちゃんにはしっかりとお勤めを果たしてもらわないといけないからな。


「――な、なぁにスグル? 私これから仕込みの手伝いしないといけないんだけどぉ♪」

「修理代金、今払え」

「……後じゃダメかなぁ?」

「ダメ」


 こいつ……やっぱりフライパンを受け取ったらそのまま帰るつもりだったか!

 前々回と前々々々々回も同じ手で後払いにしやがったからな。警戒してちょっと離れたところで錬金して正解だった!


「お願い! 私も今月本当に厳しいの! 明後日まで待って! ね!?」

「止めてください、(俺が飢えて)死んでしまいます」


 さっき食った枯れかけの草以外もう口に出来るものはないからな。こんな状態で2日も待たされたら確実に飢死してしまう。

 さてどうする? こちらの意図に気付かなければ、貴様の手にフライパンが戻ることは決してないぞ? フハハハハ!!


「ご飯作ってあげるから!」

「――朝、昼、晩とだぞ? 契約成立だな」


 クルンと手のひらと一緒にフライパンを返してアリスに渡す。アリスもしっかりとフライパンを受け取った。これで契約成立だ。

 いやぁ助かった。これでなんとか食いつなぐことが出来る。


「ところで、このやりとり何なの?」

「久し振りに人と会話してちょっとテンションが上がったからふざけてみたくなった。というか、打ち合わせもなしにアリスがしっかりノってくれたことに驚きを隠せないんだが」

「そりゃあスグルが毎回寸劇挟んでくるんだから、慣れもするわよ」


 ……そんなに毎回してたっけか。


「してるわよ! ともかく、助かったわ。ゴメン、そろそろ戻らないとだから」

「おう、親父さんによろしく言っていてくれや。それと飯よろしく」

「わかってるって~。ああ、そうそうスグル?」


 扉から完全に出る直前、半身だけ覗かせた状態で何かを思い出したのか、アリスが振りかえる。


「ありがとね!」


 フライパンを持っていない方の手、“包帯の巻かれていない綺麗な手”をヒラヒラさせながらそう言うと扉が閉まった。


「……」


 ポリポリと頭を掻き、片付けに入る。

 ササッとコップを二個洗い、キッチンバットに置く。これで明日には乾いているだろう。

 チラっと流しの横に置いている中身入りのガラス瓶を見る。丁度コップ一杯分の量が減ったそれを掴み、小さくため息を零す。


「年下の子に、しっかりと見透かされてた……恥ずい、死にたい」


 その後、ラベルに“火傷治し用”と書かれたポーションの処分をどうするかで小一時間ほど悩む羽目になった。ほんと……恥ずい。

次話は19時に投稿予約をいたしました。

次話はケモッ娘のお話(前編)です。


コメント、ブクマ等々がありますと書き続ける意欲がムラムラ湧きます。

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