④馬車に揺られて。
更新いたしました。
夕闇に包まれ始めた街から、ゆっくりと馬車が進み始める。
二頭立ての馬車は緩やかにカーブした道を抜け、やがて街々を繋ぐ街道へと辿り着き、馬足を速めた。
「……それにしても、こんな遅い時間に出発する駅馬車が有ったんですね……」
視界を遮る物の無い草原が次第に茜色から濃い闇の色へと変わり始めた頃、クリシュナはアンティカに語り掛ける。
「ふふ……普通はこんな時間には出発しません……それは、この馬車が【詮索されたくない物】や【誰何されたくない人】を載せる為の馬車、だからですよ……」
余裕の表情で答えるアンティカは、見た目の幼さとは相反した妖しげな笑みを浮かべながら、そう説明した。
「金の無い者が身の安全と引き換えに移動したり、人に見せたくない物を秘密裏に運びたい……そんな者が用立てた馬車は、結果として似たような面々を乗せて動かざるを得ない、って、とこでしょうかね……?」
彼女の言葉を裏付けるように、荷物から一時も離れずに黙って乗り込む単独の商人や、頭からすっぽりとローブを被り干渉を拒絶している訳有りな様子の二人組……まるで世界の暗黒面だと言わんばかりの取り合わせに、クリシュナは追及する気も無くしていた。
「それにしても、何故にこのような馬車を使って動かねばならないのでしょうか……?」
「あら? それは前に説明したと思ってましたが……」
アンティカはそう続けながら、俯きながら長い髪の毛の先をクルクルと指先で弄び、やがて顔を上げて、
「……行く先々に、悪目立ちするホーリィさんの足跡なんて、きっとゴロゴロと転がっているに決まってますでしょ~♪」
明るく微笑む顔は綺羅びやかに輝く程の美しさを湛えていたにも関わらず、不死者特有の青みがかった透き通るような白い肌と、真っ赤な唇の端から覗く二本の犬歯が、彼女の言葉に仄暗い影を忍ばせていた。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
……と、長閑な話を繰り広げていた二人だったが、突然馬車が速度を落とし、何かが起きつつある事を知る。
「……まだ街には遠い所ですが……早速始まるんでしょうかねぇ~?」
「……始まる……何が、ですか?」
くふ、と息を漏らすように短く笑うアンティカ。そして緊張を隠さずに自らの装備を確認しながら問うクリシュナ。
「……先程も言いましたが、この馬車は【人目憚る謂れ】を載せているでしょうから、それを目当てに現れるんですよねぇ」
何が面白いのか、ニコニコとしながらアンティカは訳知り顔で馬車の外を伺いつつ、
「……あら! 早速のお出ましですねぇ~♪ ……来ましたよ? 今夜の主役の皆様が……!!」
さっ、と指差す先には、夕闇に紛れるように木々の陰から一人、また一人と異形の兵達が、手に手に武器を携えつつ身を現した。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「……なぁ、どう見てもガキだよなぁ……」
その男は手にした弩から放った矢で針金を馬車の車輪に絡めて停車させてから、手筈通りに動き出したパーティーメンバーを背後から眺めつつ、二人一組の取り決め通りに傍らにしゃがみ込む相棒へ語り掛ける。
「……まぁ、見た目はな……でも当たり判定を削る為にわざと小柄なアバターを選ぶ手練れだって居るんだぜ?」
もう一人は馬車から一時も眼を離さず、手にした曲刀を握り締めたまま成り行きを静観していた。
彼等は【イベント】目当てに集まった個人参加の臨時パーティーで、ランダム選択で組み合わせられた見ず知らずの間柄。今回の『密輸物資を取り返す』クエストに召集された六人だった。
腰を低く落としながら草木に紛れて進む仲間が、セオリー通りに四方から馬車に近付き降車して応戦しようと出てくる護衛を倒せば、後は荷物の中から指定された物資を取り返すだけの簡単なクエスト。低レベルでも楽に達成出来るのだが、噂では極稀に『ランダムエンカウント』が発生し、レアなNPCが出現するらしい。
通算十三回目にして、未だに遭遇した事の無い彼は少しだけ諦めつつも、馬車の後ろから突如顔を覗かせた美少女に、胸の内に言い知れぬざわめきを感じていた。
噂はあくまでも噂。一週間に一回の参加タイミングで足繁く参加しては見たものの、一度として上位NPCの出現は無かっただけに、運が無かったのか無駄足に過ぎなかったのか判断しかねていたのだが……
(……しかし、何だよ……アイツ。)
他のPCと違い、奇を狙わぬ通常アバターを使用している男は、純粋にゲームとして【ギルティ・オーバー】の世界を堪能していたのだが、多く報酬を得たいが為に【痛覚ON】設定で臨む者も居るし、ギリギリの緊張感や被虐快楽の為にわざとその仕様にして赴く人種も時折見受けられる。だが、そんな事情を排除しても尚、突如現れた見慣れぬ存在に、言い知れぬ違和感が拭い切れなかったのだ。
……萌葱色の衣服、そしてフワリと広がる美しい金髪の少女……夕闇は真の夜闇へと移る中、蒼みを帯びた白い肌は陶磁器のような光沢を放ち、まるでその周囲から浮き立つかに見える程……そして、真っ赤な唇と……同じく艶やかな深紅の瞳に吸い込まれるように視線が動かせなくなり……
「……ッ!? まさか……【魅了】……だと!?」
気付いた時は、既に遅かった。
男は手にした弩に矢をつがえ、音を立てぬようにキリリと巻き上げて、傍らに控えていた相棒の後頭部を狙って躊躇無く引き金を引いていた。
……ブンッ、と鈍い唸りを上げながら零距離に等しい目標へ到達し、
「……んがッ!?」
先刻まで仲間だった相棒は、言葉を発する事無く静かに事切れた。
(……あれ? 俺は何をしていたんだ? ……そうだ、敵を殺さなければ……)
自らが裏切り者と化した事すら判らぬまま、次の目標を探して動き出す。その視線は近くに控えていた仲間だった筈の『敵』を捉え、無言のまま行動を開始していた。
(……まぁ、素直な方に出会えましたねぇ。取り敢えず二人は無力化出来ましたが……さて。)
アンティカは男の視界を共有しつつ、まさか狩る側だった自分達が狩られる側に置かれている事実に気付かせぬまま、相手の出方を窺う事にした。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
クリシュナは身動きしないアンティカを放置し、馬車の中から迫りつつある相手の気配を察し、他の同乗者が戦いに参加するのかを見極めようと確認した。
商人風の男は荷物の前から動く気配は無く、即座に戦力から弾き出す。
ローブを被った二人組は、身を寄せ合ったまま、何が起きているのか知ってか知らずか動く様子は無さそうだ。これも戦力外だろう。
(……後は私とアンティカさん……と、馭者はまだ居るんでしょうか……ん?)
ふと気付くと、荷物の端から、もぞりと誰かが這い出して馬車の真ん中へと立ち上がり、やがてスタスタとクリシュナの脇を通り抜けて馬車の出入口付近まで歩いて行く。
(……あんな人居ましたでしょうか……それにしても……ッ!?)
クリシュナはその者の姿を見て、一瞬心臓が止まるかと思った。
被っていたフードを外し、全身を黒い被服に包み込み、長く黒い髪を靡かせながら、腰に差した二刀の双剣を抜き、馬車の外へと身体を乗り出した。
そして、あろうことか馬車の外に向かって、有らん限りの声を振り絞り、自ら名乗りを上げたのだ。
「……人が気持ち良く寝てたのに、馬車を止めやがって!! 私が【悪業淫女】のホーリィ・エルメンタリアと知っての狼藉かッ!?」
(……あら? 御姉様はあんな言葉を口にするかしら……いやっ!! どう見たって……あれは無い!!)
そう……ぽいんっ、とホーリィらしからぬたわわなオッパイを揺らしながら、その偽ホーリィは馬車の外へと飛び出して行ったのだ。
「「……偽者ですっ!!」」
クリシュナとアンティカは、同時に声を上げた。
……そんな感じで次回も宜しくお願い致します!