⑫生死不詳なら……
姿を消したホーリィ、残された者は彼女の姿を追う。
「……で、貴方はその後どうしたの?」
夕闇に気付き立ち上がって壁際に吊るされたカンテラを点けてから、セルリィは小さな執務机に戻り、バマツに尋ねる。
「……自分は後を追おうとしたんですが、身体強化を重ねたホーリィになんて絶対追い付けないって思い……その、諦めました……」
ローレライに配属されてからの短い付き合いとは言えど、バマツもホーリィ失踪を快く思っては居ない。それは重々承知である。セルリィは彼の言葉を簡潔に紙面に落としてから、
「まぁ……貴方に落ち度は無いわ。ホーリィが何で失踪したかはまだ誰も判らない訳だし、あれだけの大立周りが出来る奴を実力行使で止められる奴なんて居はしないわね……」
羽根ペンを止めて、インクが乾くのを待ちながらバマツに退出を許可し、閉められたドアを眺めつつ、
「……ホーリィったら……バカにも程が有るわよ? ……全く。」
疲れたように溜め息一つ、そして軽く愚痴ってから、書類を封書へと纏めて差し込んだ。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
ホーリィ・エルメンタリア失踪。それは帝国軍内部で密かに内偵が進み、詳細が明らかになればなるほど謎に満ちた物だった。
まず、彼女には敵前逃亡を図るような動機が見当たらなかった。借金や大きな負債の類いは存在せず、人間関係も問題なし。更に戦闘行動にも積極的に参加する人種であった為、戦争拒絶等の思想にも縁遠く、何故姿を消したのか……答えは無かった。
無論、だからこそ彼女を捨て置く事を潔しとしない者が此処に居た。
「……御姉様は必ず生きていらっしゃいます!! だから、戦没者登録なんて絶対承諾出来ません!!」
鼻息荒く詰め寄るクリシュナを、宥めながら落ち着かせようとセルリィは言葉を選びながら告げる。
「軍規に則すと【無許可にて戦列を離れたる者、一ヵ月経過した時点で戦籍を剥奪する】と有るの……だから、まだ半月は猶予が有るわ。貴女までミイラ取りに成らない為、ホーリィを捜すのは控えて欲しいのよ……判って貰える?」
軽率に探索など行かれて、クリシュナまで戦籍を剥奪されるような事になれば、軍規を守らせるべき立場のセルリィは責任重大である。そう易々と許可は出せなかった。
だが、クリシュナも引かなかった。
「……では、長期休暇を頂きます。半年の間に二週間程度の休暇が溜まっている筈です。その間に御姉様を連れ戻せれば良いのではないでしょうか?」
「……確かに貴女の休暇は十三日有りますが……予め一週間前に申請しておかないと許可は出せないの……だから……」
「……らしくないじゃな~い? 脳筋セルリィさんがそんな細々した理屈並べるなんて~♪」
尚も食い下がるクリシュナに答えようとしたセルリィだったが、彼女の言葉は予期せぬ第三者に遮られてしまった。
「……ホーリィさんは、自分の力に圧倒されてパニクってるだけなんだから、ちゃんと受け入れてあげれば済むんじゃな~い?」
「……えっ? 貴女は……んんん?」
「あの……セルリィさん、この女の子……何時から居たんですか!?」
不意に訪れたのんびり口調に一瞬の間を空けながら、二人は声の発生源に注目すると、そこには透き通った蜂蜜色に近い金髪を短めに切り揃えた少女が、執務机の上にちょこんと腰掛けていたのだが……慌てるクリシュナを尻目にセルリィがまさか……と思いつつ、
「……もしかして、吸血鬼のアンティカさん?」
「あはッ♪ なぁ~んだ、やっぱり直ぐにバレましたかぁ~! 寝床のホーリィさんから弾き出されてバマツさんにくっついて来たんですがね~?」
切り出した彼女の推察は当たっていて、不死者と言えど完全復活までの時間は必要らしく、波長の合う相手に寄生しながら過ごしていたが、そんなホーリィに変調が訪れて文字通り『弾き出された』アンティカは、影を転々と渡り歩きながら此処までやって来たらしい。
「クリシュナさん、私もその探索行、ご一緒しても宜しいですかぁ? 何せ百恩有るホーリィさんの一大事ですからねぇ~、是が非でも寝床……いえ、ホーリィさんを一刻も早く見つけたいんですぅ~♪」
「……しれっと本音が漏れてるわよ? まぁ、私としては貴女がホーリィを捜す事に反対はしないけど……その、まぁ……ねぇ?」
真っ赤な瞳以外は目を惹く可愛らしい容姿の少女にしか見えないアンティカを、セルリィは頬杖しながら眺める。確かに軍としては全く問題は無いが、人捜しにどれだけ役立つのか、という一点が懸念されるのみ。
「……セルリィさん、私がホーリィさん捜しに役立つのかと値踏みされてますぅ~? はぁ……ガッカリですわぁ……」
「……うっ、何で判るのよ?」
「だって、そんな眼をしてますからぁ~! ねぇ、クリシュナさん? 私もご一緒して宜しいですよねぇ~?」
ふわふわとした口調で、腰掛けた机の上で足をブラブラさせながらアンティカは首を傾げつつ、クリシュナに同行を願うと、
「……私は構いませんよ? 独りでも必ず御姉様を見つけ出す所存ですから……」
軽く返答する彼女にセルリィとアンティカは各々が別の感情を顔に出しながら、
「まぁ、クリシュナさんがそう言うなら……好きになさればいいんじゃない?」
「まぁ! 有り難う御座いますぅ~♪」
そんなやり取りの末、クリシュナは『二週間の戦線離脱・一身上の都合』を、そしてアンティカは『一時配属保留』と言う大義名分を得て、ホーリィ探索行へと出発する事となった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「……これは携帯食の背嚢、それでコッチは増血剤に止血帯……あ、緊急呼集用の緋炎筒はこれよ? 頭上に帝国艦艇が居たら打ち上げてね?」
「……あ、はい……えっ? ……はぁ……ええぇっ!?」
「……セルリィさんは心配性のお母さんみたいねぇ……?」
その日の内に出発すると言う二人の為にと、セルリィは艦内を走り回って装備やら何やらを掻き集めて次々と手渡し、クリシュナは苦笑いしながらそれらを受け取る。そんな二人を半ば呆れながら眺めるアンティカ(幼女)だったが、
「……さて、それじゃ出発しましょうかねぇ~♪」
「えっ? アンティカさん、御姉様の居場所が判るんですか!?」
地上降下用連絡艇に乗り込んだ二人は数人のローレライ乗員に見送られながら空中要塞を後にし、地に降りたアンティカはさっさと歩き出す。
そんな彼女に思わず問い掛けるクリシュナだったが、まるで幼子相手に噛んで含めるかのようにゆっくりとした口調で、
「……クリシュナさぁ~ん? 私はどれだけホーリィさんと共に生きてきたとお思いですかぁ~? 彼女はね……今は確かに正気を失っているかもしれませんが……必ず向かう場所が有ると思いますよ……?」
「……必ず……向かう場所……ですか?」
「えぇ!! きっと……ホーリィさんなら、向かう場所ですよ~♪」
そう答えたアンティカは、幼女の姿には似つかわしくない、ゾッとするような凄みの有る表情を浮かべつつ、
「……戦の総仕上げに相応しい、対決場所に必ず辿り着く筈ですよぉ……? 私の知っているホーリィ・エルメンタリアさんならば……ねぇ♪」
そう告げて、くるりと身を廻して振り向くと、白いショートスカートをふわりと膨らませて弾むような足取りで歩き出す。
背の高い派手さを抑えた衣服のクリシュナと、少女然とした華やかな服装のアンティカ。まるで似つかわしくない二人は同じ目的の為に歩き出すが……その胸中は果たして同じなのか?
その答えはホーリィを見つけ出すまでは、判らないだろう。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「……見送らなくて、良かったんですか?」
付き合いの浅いバマツはセルリィに尋ねる。少しでも因縁浅からぬ彼女の事である、二人を見送る位はするのかと思ったが、彼女は頑として士官室から出なかった。
「……行けば、私は彼女達の後を追ってしまったかもしれない。だから……見送らないのよ……」
そう言うセルリィは、探索に歩み出す二人と失踪したホーリィの無事を願い、常時は決して祈らぬ存在に祈りを捧げる。
(……バカ弟子が、どうかキチンと帰って来ますように……)
……勿論、一発ぶん殴ってやるのは、確実だろうが。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
《 ……黒き復讐の女神の加護と共に、敵対する者へと健やかな死を与えん事を誓う…… 》
戦いに身を投じる帝国軍兵士が必ず捧げる祈りを諳じつつ、彼等の戦いは新たな節へと移る。
……暫し、猶予を。
と、一区切り致します。取り敢えず……ここまでの御愛読有り難う御座います。再開まで、今暫くのご辛抱を……。