⑩望むは鮮やかな騎士の死に様。
ホーリィさん、久々に喰らいます。
身に鎧を纏い、手に手に武器を携えた騎士の集団。
幾千もの強者達が身を揺らすだけで鋼の軋みと擦り合う音が鳴り、不協和音が響く。それこそが【ドラゴラム】と言う国が、過去に積み重ねて来た様々な戦場を経て作り出してきた敵対する相手への警告の調。
「……はぁ、はぁ……目が霞むぜぃ……かっすかす、だな……ホントに……よ」
ホーリィは【剣聖】セイムスとの戦いで、自らの魔力が枯渇し、立っているのもやっとの体だった。いつもなら軽々と扱える【フシダラ】【フツツカ】が、やたらと重く感じられた。
気を抜けば即座に指先から落としそうになる魔剣の二振りは、結合させて【ミダラ】と呼ばれる双頭剣へと変化させているが、自らの魔力が残り少なくなっているせいか、酷く頼り無く思えてしまう。
……だが、ホーリィの意識に蔓延る渇望は高まる一方だった。それは『飢餓』感。いや……食欲としてではなく、枯渇した魔力を補おうとする彼女ならではの欲求であり、それを彼女流に表現すると、
「……でもよ! ……昂っちまうのは、変わんねぇんだよな? アレん時と同じでよ!!」
……つまり、性的欲求と同じらしい。
そんなホーリィの前に居並ぶ騎士が【剣聖】退場を機に、自らに課せられた使命、そして長年に渡り幾度も繰り返してきた訓練から産み出される勇猛果敢さを糧に……次々と動き出す姿を目の当たりにする。
だが、彼女とて様々な死地から還ってきたのだ。総崩れになった自軍の殿を務めた事もあれば、殺気立つ敵軍の只中に強行着陸しながら暴れ回った事もある。
『死』とは、彼女にとって何よりも身近であり、そして馴染み深い存在である。だが、ホーリィは知っているのだ。
「……まぁ、ワタシが『喰われない』為には……先に『喰っちまう』しか方法が無いからよ……恨みは無ぇが、死んでくれ……お前らが先に……なぁッ!!」
言葉を切っ掛けに、ほんの僅かだけ残っていた魔力を全て体内炉に投下。八の字に捻れた経路を循環する度に全細胞が沸騰するような感触と共に書き換えられ、体外へと視覚化された魔力の残滓が花弁のように光りながら散っていく。
「 は は は は は は は は は は っ あ ぁ ! ! 」
嗤い声は間延びし、眼の端に感情とは無関係の泪が溢れ、白い陶磁器の如き頬を伝って流れ落ちる。だが、落涙する間も無く、ホーリィの身体は瞬時に動き出して地を這うような極低位置を進みながら、最初の犠牲者の目前で跳躍。
踏み込んだ右足の膝に足先を掛けながら軽やかに跳び、カタパルトから射出された飛翔兵器さながらの勢いで犠牲者の肩まで二足で舞いつつ、空中で前転しながら【ミダラ】を振り、柔らかな頚椎を斬り裂く。
その瞬間、目に見えぬ精気が霞のように舞い散る様が血飛沫とリンクし、血の霧が【ミダラ】へ吸い込まれながら、使い手のホーリィへと流れていく。
「きゃはッ♪ 腹減ってたから味わう余裕はねぇな!! ……!!」
中空で見上げる騎士達の視線を全身に浴びながら、四肢に満ちていく魔力を感じ充足感を得る。それは魔力だけではなく……彼女にとっては至高の存在として認識されている、と言う承認欲求をも充たしていく。
(……ああ、コイツら……ワタシの存在が気になって仕方無いんだよな? いいぜ? 負けて地に伏せられたら……何をされたって構わねぇ……覚悟は出来てるぜ?)
そう思った瞬間、瑞々しい感触が局所に訪れ、混沌とした欲求が更に加速する。喰う、噛み千切る、咀嚼し、飲み込む。まるで食事をするように、斬り、貫き通し、割り取り、踏み倒す。
騎士を跳躍台替わりにしながら次々と兜を叩き割り、軽やかに踏みつけて更なる犠牲者を目指して跳ね回る度、彼女は流れ込む魔力を纏い輝きを増していく。遠景から見れば、その様は鋼の草原を駆け回る黒い妖精が、着地の度に赤い花弁を散らしながら舞い踊るかのよう。
「さぁさぁ!!! お前らの全身全力を見せてくれやっ!? 代わりにワタシの『全部』を引き換えにくれてやるからさぁ……身も心も、全部なっ!!」
血振りの一閃が煌めき、その勢いに気圧された騎士が一歩後退るが、ホーリィは自ら進み、見上げるような身長差をものともせずに【ミダラ】を構え、
「……何だい? アンタらの剣はお飾りかい……情けねぇなぁ、デカイ図体してる割には意気地無いんじゃねぇの? ほらほら娘が脚開いて誘ってんだぜぃ?」
言いながらくねくねと腰を振り、膝を上げて招くように相手を挑発するが、手にした双頭剣は黒く血に濡れて輝き、打ち上げられた深海の怪魚のように異臭を放っている。幾度も臓物に触れ染み付いた臭いが鼻をつき、思わず足がすくむのもやむを得まい……。
「……ば、化け物か……」
「来るな……来るなっ!!」
若い騎士二人が背を向けて逃げようとするが、ホーリィは見逃さない。鎧の襟端を掴んで引き倒しながら足で踏み締めて、
「そう言うなって……なぁ、仲良くしようぜ? 痛くしねぇからさ……♪」
……ひゅ、と眼にも止まらぬ速さで双頭剣を振るい、二人の首を瞬時に跳ね飛ばす。
「……ああ、これだよ……判るかぁ!? 魔力が満たされてくと……ジンジンするんだ……疼いて堪んねぇのが和らぐ瞬間、じゅわぁ……ってねぇ♪」
更に充填されていく魔力を糧に、更なる獲物を求めて知覚を鋭敏化させていくホーリィだったが、彼女は気付かなかった。
……【剣聖】セイムスとの戦いを経て、枯渇した魔力が補填される最中……更に更にと魔力を欲するホーリィに、新たな要素が静かに訪れていた事を。
それは余りにも唐突だった。雄叫びを挙げながら長剣を振り下ろす騎士の側面に回り込み、脇の下から【ミダラ】を貫き通し、足蹴にして切っ先を引き抜いた瞬間……ホーリィの脳内に聞き覚えの無い幻の音色が鳴り響き、続いて澄んだ女性の声で何者かが告げたのだ。
[ ……キャンペーン期間特例により、カンストキャラのクラスチェンジが実装されました!! これにより該当キャラは只今より【オーバー・スペック】スキルを備えた限定スキンと共にクラスチェンジが選択出来ます!! ]
[ ……おめでとうございます! 【ホーリィ・エルメンタリア】様は【町娘】から【戦場令嬢】へとクラスチェンジが可能になります!! ]
「……はぁ? おめぇ、何言ってやがんだ? ……ぅおいっ!! パムッ!!」
《……初期化作業中……暫く御待ちください……》
自らに寄生している【剣の妖精】パムを呼び出すも、姿を隠したまま声だけで意味の判らない事を繰り返すのみ。ホーリィは訳が判らないまま、周囲を見回すが……
(……何だ? まだ感覚鋭敏なんて極化していないのに、動きが止まって見えるぞ……!?)
……彼女は、まだ気付いていない。
遂に長年の間、意識せぬまま続いていた【町娘・LV999】の足枷が外れ、新たな進化を可能にするクラスが間近まで訪れている事を。
ホーリィさん、やっとジョブチェンジ(少し違いますが)。