⑧奪還するのも一大事。
最近、三人称の強みの表現法として、視点切り替えを入れてます。煩わしい、とか集中出来ん、等のご意見御座いましたら伺います。ただ、変更等はしないけどね!
神妙な顔で振り向きながら、バマツが告げる。
「……もしかしたら、誰も居ないかもしれませんよ?」
その言葉を耳にした三人は一瞬だけ固まって居たが、直ぐに事態を把握し動き出す。
「アジ! 今直ぐ階下に向かって退路を確保! パルテナさんはアジと私達の間に立って中継してください!」
セルリィが素早く役目を割り振る。軍務的な立場では、副戦隊長のアジとセルリィでは役職的に同等だが、彼女に無言で頷きながら手にした板剣を担ぎ上げ、廊下を進み階段へと向かう。アジにとっては【ローレライの副艦長】のセルリィであり、長年培ってきた信頼関係は容易く変える事は難しいものである。
「バマツさん! 私も見てみていい?」
言いながらセルリィは一瞬だけ気を振り分けて、【知覚鋭敏】の身体強化を行使し、扉に片耳を付けながら眼を閉じる。
……とくん、……とくん、……とくん、……
自らの心音を選り分け意識下へと流しながら、何か汲み取れそうな情報は無いかと聞き耳を立てる。長く伸びた笹耳を扉に押し付けつつ、僅かの時間を割いて分析していたが、やがて立ち上がると、
「……バマツさん、二人掛かりで臨みます。扉を開けるのを手伝ってくださいますか?」
「イエス、メィム。仰せのままに……」
やや堅苦しい言い方をしながら、バマツはドアノブに手を掛ける。だが、直接回しはせず、手を宛がうだけ。
セルリィはその様子を横目に、ドアの蝶番へ左手を添える。
「……【鉄をも溶かす炎熱の御遣いよ、我が身を介して此の世へと顕れ賜え】……ッ!!」
一瞬、彼女の手首から赤いトカゲじみた【火の精霊】が顔を覗かせて舌先を出し、蝶番を舐める。
……じゅっ、と赤熱化した蝶番、そして続けてもう一つの蝶番も加熱させて形を無くした瞬間、バマツはドアノブを強く引いて手前へと引き倒す。
……びゅっ、と風切り音を伴いながら、三本の弩矢が向かい側の壁に突き刺さる中、身を低く保ちながら室内へと駆け込むセルリィ。
(……罠ね。騎士にしては用意周到じゃない……先程、止めを刺さなかった隊長の仕業かしら?)
自らの詰めの甘さを自覚しつつ、壁面に背中をつけたまま警戒を解かずに待機し、バマツの到着を待つ。
自らの肩に手を置かれ、彼が異常を感知していない事を把握した瞬間、セルリィは更に室内を進む。
無言のまま、窓と僅かな調度品、そしてつい先程まで人が居た痕跡が有り有りと判る椅子の配置に気を配りつつ、隠れた者が居ないかと周囲を見回すが、やがてゆっくりと立ち上がり、
「……何処かに移動したばかりみたいね……二人で椅子に座っていて、そこから急かされるまま、移動した……って感じかしら?」
向かい合って置かれた椅子には、女性が身に纏うようなケープが掛けられていて、手に取ると僅かに人の温もりが残っている。武骨な騎士とは違い、何となく非戦闘員らしき人物がこの空間に滞在していたかのようなポットやカップが残されていて、まだ湯気の昇るハーブティーが半ば注がれたまま。
「……セルリィさん! こちらの納戸の奥に下り階段が有ります!!」
バマツの言葉に振り返ると、開け放たれた納戸の床に、跳ね上げ板で隠され人一人がやっと抜けられる小さく急な階段が延び、二階へと繋がっていた。
「隠し階段……舐めた真似してくれるじゃない……」
バマツに廊下で待つパルテナへアジと合流し、先に一階へ向かうよう伝えてから階段を降りる。
階下に降りると、無人の部屋に出る。しかし、開け放たれた扉の先に気配は無く、アジと遭遇するより先に移動したようだ。
「……だんだん腹が立ってきたわね……」
セルリィはそう呟くと、窓枠に近付き外の様子を窺う。
屋敷の有る孤島の船着き場付近に、幾人か固まっているのが見える。どうやら先程の派手な魔導で繋いであった小舟が粗方流されてしまい、逃げる手段を失い足止めされているようだ。その中に女性らしき姿が二人程見え、取り敢えず彼女は大詰めだと思いながら部屋から出て仲間と合流する事にした。
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「さて、これはどうしたら良いのかしらね……?」
バマツと共にアジとパルテナ二人と屋外で合流したセルリィは、目の前に広がる状況を理解する為に、顎に手を添えながら思案していた。
二人の若い女性。片方は頭上の耳と明茶色の髪そして衣服から突き出すフワフワと白い綿毛の付いた尻尾から、噂の【剣聖】の伴侶だと判る。寄り添うように立つこれまた若い女性は、白と黒の丈の長い衣服と控え目な装飾から、身重な母親予備軍の側仕えとして付けられた侍女だろうか。
だが、彼女等の前には五人程の騎士が放射状に倒れ、既に事切れて居た。全員が眼や首、様々な急所に細く長い針のような物を突き立てられ、絶命しているのである。
「……失礼いたします。私はセルリィ・ローデンライムと申します。アリラリア帝国所属仮装強襲戦艦ローレライの副艦長代理を務めています。……貴女様がジャニス様とお見受けいたしますが……間違いないですか?」
セルリィの言葉に意識を取り戻したかのように身を捻り、彼女はセルリィと相対する。
「ふぁいっ!? あ、は……はじめまして!! ジャニスは私です!!」
やや小柄ながら、メリハリのある体形と姉のニケ同様の美しさを備えた彼女だが、顔立ちはやや丸みを帯び柔和な印象である。だが、決定的に違うのは……臨月間近の膨らんだお腹と、母親になる心境からか、滲み出るような母性の顕れの柔らかな雰囲気を漂わせていた。
だが、その手には細長い串のような物が三本程握り締められ、指の股から突き出している。つまり……身重な彼女が完全武装の騎士を一人で葬ってしまったと言う事になるのだろう。驚嘆するしかない。
「……で、お訊ねしますが……この騎士達は、ジャニス様が……?」
セルリィは当然そうだろう、と予感しながら質問すると、
「これは……その……あ、やっぱりバレました? う~ん、実はコチラのヨアンナが……って、無理有り過ぎですよね……」
「ジャニスさん!! 何で私が騎士相手に八面六臂の活躍で打ち勝たないといけないんですか!?」
傍らの侍女(ヨアンナと言うらしい)と言い合いながら、バツの悪そうな表情で手にした暗器を弄びつつ、
「……最初は言われるままに大人しく人質になろうと思ってましたが……直ぐに飽きちゃいまして、ヨアンナが編み物をしたいから編み棒が欲しい、って事にして……私は一応【武器を持たせたら何をしでかすか判らん】って警戒されてましたから……」
一見すると、人も殺せぬようなうら若い女性だが、中身は大陸に名を馳せた【邪剣】の二つ名を持つ殺戮者。騎士も油断せず木の編み棒を提供したらしいが、相手を甘く見過ぎていたようだ。
「で、編み棒の先を焼いてからお皿の裏で擦って尖らせて、机の角で固く締めて……後は、船が流されてしまって困惑していた隙を衝いて、こう……サクッと……」
「ジャニスさん、サクッと……なんて簡単にはいきませんからね!? 私もまだお側に居て三日目ですが、たまたま剣を納めていたってだけで簡単に五人も倒しちゃうのは普通じゃありませんからッ!!」
ヨアンナが両手を振り回しながら叫ぶ中、当のジャニスは俯きながら、指先の編み棒を出したり引っ込めたりしつつ、
「……それはそうだけど……だって、シム(夫婦間での呼び方)と会えないし……ヨアンナは親切だけど、騎士の人達は私を【剣聖の弱味】としか見てないし……シムに会えないし……」
次第に声は小さくなり、弱々しく、そしてか細く消えそうになる。
セルリィは何とか宥めようと手を伸ばしかけるが、不意に内側から湧き上がるドス黒い感情に身が揺らぎ、たたらを踏んで留まってしまう。自らの両目が焼け火箸を突き込まれたかのように熱く滾り、その正体が妊婦に対する果てしない嫉妬と憎悪だと気付き身を震わせた瞬間、
「……そりゃ、難儀だったねぇ……ウチもつい最近七人目が乳離れしたばっかでさぁ~! まぁ、ダンナに任せっ切りで無責任な母親だって自覚はあるけどさ……ねぇ、アンタのダンナって、男前なんだってな?」
傍らから割り込むようにパルテナがジャニスの肩に手を回しつつ、ぽむぽむと優しく頭の耳を撫でながら語り掛け、
(……そっちはローレライを呼ばなきゃなんねぇんだろ? 任せとけって! こちとら母親稼業じゃ、ちっとは先輩なんだから心配要らねぇって!!)
首を振り向けながら、バマツを手招きしつつ二人を引き離すよう頼み、安心させる為に話し続けながらヨアンナと共に、ジャニスを少し離れた船着き場の腰掛けに座らせる。
「……大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ……!?」
「……心配かけて、申し訳無い……大丈夫だ、これは……私が一生背負わなければならない、戒めだから……」
バマツの肩を借りながら、セルリィは屋敷の入口に近付き、アジとバマツに降着地点の整地を頼んでから、その場に力無く座り込む。
(……情けない……何百年生きても、昔の過ちに振り回されてしまうなんて……)
そう、我が身を情けなく思いつつ、ただ感情の波が引き下がるのを待ち、俯いた。
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「……後部ハッチ、閉鎖します! ……セルリィ様、お帰りなさい!!」
艦内要員の声に迎えられ、一番最後に艦内へと帰還したセルリィは、アジにローレライへの帰還報告をするよう頼み、士官室へ足早に向かい中に入ると、無言のまま椅子に座り込む。
眼を瞑るが、頭の中は自らの手で殺めた最愛の男の見開かれた眼、そして……不在の自分と入れ替わりで彼に愛され身籠った普人種の女が……
『……貴女は、彼に子を授かるまで愛されていたの?』
と、言いたげな憐憫の眼差しを向け、それが氷の刃となってセルリィの心臓を貫き打ち砕くのだ……
「……あの、セルリィさん、私です……ジャニスです……」
どれ程の間、過去の残像に飲み込まれていたか判らないが、士官室の扉をノックしつつ、ジャニスが扉の向こうから声を掛ける。
「……はい、何かご用ですか……?」
重い身を何とか動かして、フラリと立ち上がり扉を開けて尋ねると、
「その……お礼が言いたくて、伺いました……お邪魔じゃ、無いですか?」
ジャニスはセルリィに申し訳なさげに伝えつつ、ヨアンナを伴いながら廊下に立っている。
「……お礼と言われましても……軍務ですから、当然の事をしたまでです……」
素っ気なく言葉を告げて、やや戸惑いながら、やがて諦めたように小さく息を継いで、士官室へと招き入れた、
それではまた次回も宜しくお願い致します!