⑦嫁捜し。
良く考えたら、まだ嫁のジャニスは出てきてませんね。
足元を湖面へ戻る湖水が洗う中、三人は【剣聖】の嫁、ジャニスが幽閉されている屋敷の入口へと向かう。
「……丁寧に扉をノックして、お行儀良くお邪魔するかい?」
何時もと違う冗談を口にするパルテナに、同調すべきか迷うバマツだったが、
「……そうしようか、勿論……紳士的にだがな!!」
軽々と肩に担いでいた板状の分厚い剣を振り翳し、アジは口の端を吊り上げて笑いながら、背後に傾けたその物体を強烈な勢いで振り下ろす。
……がごぉんッ!!!
鈍い音と共に両開きの扉の中心を叩き割り、砕かれた閂と破片と化した扉を室内に弾き飛ばしながら、野蛮なノックが行使された。
「あーあ……隠密行動も何もありゃしないねぇ~♪」
言葉とは裏腹に、セルリィと同様の黒装束(お約束で臀部の中心からご丁寧に尻尾を出している)に身を包んだパルテナは、何故か嬉しそうに声を弾ませつつ室内を素早く見回してから、滑り込むように中へと侵入する。
正面玄関には騒ぎを聞き付けて、外に出るべきか室内に留まるべきか判断しかねた騎士が何人か居たが、初手として侵入者を迎え討とうと構えていた不幸な犠牲者が、アジの紳士的なノックを全身に受けて二人程昏倒していた。
当然ながら、無事だった騎士は新たな侵入者に向けて剣を抜いていたが、
「あははぁ♪ ドラゴラム製の鎧はどんな具合に斬れるかねぇ?」
まるで蠢く闇のように陰から陰へと身を隠しつつ、手近に居た騎士へと肉薄するパルテナが虹色に輝く妖刀を抜き放ち、柄尻に掌を宛がいながら鎧の継ぎ目を目掛けて突き出す。
「……ぐぅ!? な、なに……がっ!!」
「あらまぁ……呆気無いねぇ? よっ、と!!」
片刃の曲刀を突き上げられ、脇腹を突き刺された騎士が末期の声を上げる中、容赦無く斬り下ろし血飛沫と臓物を撒き散らす。
「成る程ねぇ……ま、騎士なんて鎧着てりゃ皆同じかな?」
まるで新しい玩具の使い方を知った子供のように嬉々としながら、パルテナは新しい犠牲者を求めて更に走り出す。
「……侵入者は『花嫁』目当てだ!! 階段を封鎖して足留めしろ!!」
上位者らしき騎士が二階へと進みながら、後方に待機する部下達に指示を出しつつ防備を固めるが、三人の内の二人には通用しない。
「封鎖ねぇ……そりゃ、あんたらみたいな鎧武者は階段じゃないと登れないだろうさぁ!」
二人目の犠牲者の首を真横から跳ね飛ばしてから、ニヤリと笑ってパルテナが階段の欄干に近付き、蜘蛛のように長い手足を使って伝い登り、瞬時に二階の上位騎士の目の前に躍り出る。
「さぁ、来てやったんだから……遊んでくんないか?」
虹色に波打つ刃紋を指先でなぞりつつ、新たな犠牲者を欲して眼を光らせるパルテナに、怪物を見るかのような視線を投げる騎士。
「……封鎖……何処がだ?……封鎖されていたか判らなかったぞ?」
割り込むように話しながら、彼女の後ろを当たり前のように階段を登って迫るアジ。無論、彼の後方には封鎖する為に積まれていた筈の家具や調度品が、無造作に振るわれた板剣の刃筋を残しつつ無惨に砕かれたまま散乱していたが……
そんな無茶苦茶な二人に背中を向けて逃げ出す騎士を見送りながら、バマツは仕方無いと言わんばかりの疲れ切った表情で切り出す。
「あの……隠密行動の意味、判ります?」
「……ん? 『目撃者は全員秘密裏に倒して隠す』から隠密なんだろ!! 私ってば冴えてるぅ~!!」
「違うだろ、普通はよ……あー、バマツ! 取り敢えず先に行くぞ! 斥候頼む!」
遅れてやってきた彼は、各々が好き放題に暴れた結果、隠密行動も何も無くなった末に上司自らが丸投げしてくる状況を嘆きたくなったが、
「……まぁ、いいですけどね……でも、二階に人質を匿うような事ってあるんだかねぇ?」
常識的なバマツは首を傾けて疑問を呈するが、脳筋属性は全く意に介さず、彼の策敵などお構い無しに手前の扉から順番に開け、手間を惜しまず虱潰しで探すらしく、
「……おらぁっ!!」
「ひょ~ッ♪ お邪魔するぜぃ!!」
奇声と共に扉を蹴破って、中へと飛び込んでいったのでした……。
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「……ハズレだな!! どぅらぁッ!!」
アジの乱雑なひと蹴りで吹き飛ばされた騎士が昏倒するのを確認し、バマツは二階にジャニスは居ない事を確認する。まぁ、全ての部屋にはそれなりの人数の騎士が居たのだが、血に飢えたパルテナとアジにとっては取るに足らない相手でしかなかった。
「さて……次は三階か。さっきの隊長みたいなのは、ジャニスさんの所に逃げたのか?」
二人の様子を視界の隅に捉えつつ、バマツは慎重に三階へ続く通路、そして段上の様子を探ろうと歩みを進め、視線の先に歩み寄る人影を見つけて警戒するが……、
「……随分とのんびりしてたんじゃない? さぁ、御対面しましょ? 【剣聖】の奥様と、ね」
レイピアを腰に提げたセルリィが出迎える中、合流を果たし四人で三階奥の部屋へと向かう。
先に立って歩くセルリィと、後ろから大股で歩み寄り並んで進み出すパルテナの後ろ姿を見比べるバマツ。二人とも成熟した大人の女性然とした肉付きの良い肢体で、臀部のふくよかさはややパルテナに分が有るか、いや締まった腰回りは二人共に甲乙付け難く……
「……バマツ、後方に残してきた若い嫁を思い出してんのか?」
「うぇあっ!? あ、アジさん!?」
いきなり真横から凶相を向けられて、バマツは狼狽える。だが、それは決して間違いではなかったので、返す言葉が見つからなかった。
あれから何だかんだと理由を付けて様々な人が、ソニアとバマツの二人の元にやって来てお節介焼きをしたがる。馴れ初めがどうであれ、皆は二人が気になって仕方が無いのだ。
……因みに、二人の間に男女の契りはまだ無い。何せ相手のソニアはまだ子供と娘の間なのだ。バマツから見れば突然、妹が出来たような感じである。
「……嫁、ですけど……まだ子供ですよ、ソニアさんは……」
「……フム。まぁいい。取り敢えず浮気だけはするなよ?」
「はぁ……それは当たり前ですよ、判ってます!」
そんなやり取りを前の二人は振り向いて眺め、何か言おうとバマツに近付くが、
「あっ!! ほら俺が扉の向こうの様子を見ますから静かにしてください!」
気配を察し押し退けるように二人の間を抜けながら、残された最後の扉の前にしゃがみ込み、耳を付けて気配を探るが……
「…………誰も、居ないかもしれませんよ?」
神妙な顔で振り向きながら、バマツは呟いた。
そして、登場は次回までお預けになりました……ではまた次回を宜しくです!!