⑨矢でも魔導でも持って来い!!
バッドカルマ・ビッチを【ぼっけんさん】さんにお願いして感想を頂きましたが、やっぱりやり過ぎ注意と言われました。興味の有る方は一度ご覧になってみてください!
カカッ、カカッ、カカッ……
鉤爪が地に食い込む独特の音を響かせながら、鷹馬が低い姿勢を維持しながら疾走する。馬は比較的高い位置に着座騎乗するが、鷹馬は頭を水平に伸ばし地を這うように進む。そして、その背に跨がったホーリィは鞍から前に身を乗り出して、まるで滑るような姿勢を保ちながら加速していく。
「何だっ、コイツら……ッ!!」
前方を阻むように飛び出してきた宗主国の騎馬数騎を、それまでの低姿勢から一変、高々と跳躍し跨ぎ越しながら更に先を目指す。
易々と抜き去るホーリィ達の背後を取ろうとした宗主国の騎士達だったが、その目論見は果たせなかった。慌てて方向転換した騎士の背後から、遅れて現れたアジの操る鷹馬が追い付き、
「……はっ!! ……ヌルい連中だな、背中がお留守だぜ……ぇッ!!」
騎乗時の扱い易い片手剣を納め、背負っていた板剣を解き放ち、両手持ちに変えながら振り抜く……!!
「ひいっ!?」「ぎっ!!」「……あ、あが……くそっ……!」
三者三様の悲鳴を上げながら胴や手足を分断されて、バラバラと落馬する騎手達。その身体が地面に落ちた瞬間、踏み降ろされる鉤爪に蹴り散らかされながら犠牲者は四散していった。
「雑魚を相手するのは最小限にしろよっ!! 時間が惜しいぜっ!!」
後ろに振り向きながら、ホーリィが叫ぶ。
……今回の強襲は、敵騎兵の突撃を一時的に頓挫させ、その隙に陣営を後退させる時間稼ぎが目的である。だからこそ、電光石火の早業で敵騎兵を掻き乱し、最小限の待機時間で撤退をしなければ……自分達が全滅するだろう。
彼女達が駆る鷹馬は、速さこそ並みの馬より有るものの、持久力は著しく劣っている。食性の違いからなのか、生物としての違いなのかは判らない。だが、はっきりしている事は……
「……ちっ!! もう立ち直り始めやがったか……歩兵がせり出してきやがった!!」
……そう、騎兵隊だけではない。側面からゆっくりとはみ出すようにやって来たのは……層の分厚い、切り裂くのも容易では無い【人の壁】。堅牢で、強固……正に人海戦術の通りに押し寄せる、無数の歩兵部隊。
長い竿に鋭い穂先や三得斧を装備し、突撃に耐え得る剛性を備えた防具や盾を携えた鈍足の重歩兵達……だが、ホーリィは彼等の背後に更なる一群の兵隊の姿を見つけ、苦々しく呟いた。
「くそ……【ホブゴブリン隊】かよ……まだ出てこないかと思ってたのに……」
彼女の視線の更に先、一般兵達の頭の上に幾つもの上半身が見え隠れしながら、ゆっくりと歩を進めてくる。彼等は逞しいゴブリン族の中でも更に優れた体躯と、並外れた膂力を備えた恐るべし種族……ただ、馬に乗れない(馬が恐慌を来す為)等の理由でどうしても最前線に駆け付けられないのが弱点なのだが……。
更に間の悪い事に、彼等の手には騎馬に対して強力無比な両手持ちの戦斧や太剣、鉈剣等の破壊力重視の武器が握られていた。明らかに目障りな騎馬を打ち倒す意思が有り有りと感じられ、同時に宗主国側の対応の早さにホーリィは焦りを感じずには居られなかった。
「……ホーリィ、済まないが連中の隊長に用がある……単騎駆けさせて貰うぞ?」
「アジッ!? ……お前、またあのチョンマゲ相手にチャンバラするつもりかよ……好きモンだよな、全く……」
「まぁ、勝てなきゃ適当に抜け出すつもりだが、時間まで帰らなかったら……俺の代わりに嫁に詫びていてくれ……」
「ふっざけんなよっ!! てめぇの嫁なんか……おっかなくて言える訳ねぇ~っての!!」
ホーリィが下唇を突き出しながら、【下品な右手】をちらつかせると、アジは苦笑いしつつ、確かにな……と言いながら鷹馬の向きを変え、ホブゴブリンの集団へと向かって走り出した。
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ホーリィと別れたアジは、鷹馬を並み脚で進ませながら、ホブゴブリン隊の先頭からやや離れた場所で降り、地に板剣を立てて相手の出方を窺う。
亜人種のホブゴブリンが何故に人間の宗主国に与しているかと言うと、彼等の隊長……いや、《族長》が部族きっての変わり者だったからである。
普人種の宗主国と、亜人種のホブゴブリン族の間には、長い間に練り上げられた相互憎悪の歴史が存在してきたのだが、それを覆したのが族長のゴロレフだった。
【……俺達は戦うしか能が無い。過去の弁明等をするよりも、一滴でも多く敵の血を流せば話し合うより判り易かろう】
そう嘯きながら先陣に立ち、帝国側の兵を血祭りにし、種族を根絶やしにされぬ道を切り開いたのである。
……そんな変わり者の族長が率いる氏族だからこそ、問答無用で襲い掛かる事は無く、アジから少し距離を空けて先頭が立ち止まり、無言のまま一人が後方へと戻り、やがて集団の中から一際身体の大きなホブゴブリンが進み出て、手にした戦鎚を地に落とし、
「……久しいな、鬼人種のアジ・ヤタテ……また殺されに戻って来たのか?」
「その節は世話になったな? 【緑の谷】の族長、ゴロレフよ……今日はお前が入る棺桶の長さを計りに来てやったぞ?」
お互いに軽く挑発し合いながら、地に付けていた各々の得物を持ち上げて掴み、ゆっくりと前に進み、互いの武器が触れるか触れないかの距離まで近付くと、その場に留まり、
「「……この勝負、手出し一切無用ッ!!」」
声を揃えて叫びながら、一歩踏み出し、一合打ち合った。
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「……あのバカ、おっ始めやがったか……」
遠く離れた丘の向こう側から、重々しい金属のぶつかり合う音が発せられ、ホーリィはアジの死闘が始まった事を知る。
「はぁ、はぁ、はぁ……や、やっと追い付けましたわ……お姉様……!」
「あ、アジさんの姿が見えないん……って事は!? ……あ、違うか……」
後に遅れまいと付いてきたクリシュナとバマツが横に並び、一団は目前に小高い丘を見上げる位置で立ち止まった。
「……クリシュナ、バマツ……これからが正念場だぜ? あそこで車輪陣形を保ってグランマを待って、このクソッタレな場所からずらかる予定だ……お前ら、抜かるなよ?」
丘の上を指差しながら、愛剣を構え直すホーリィ。
「……アジさん、間に合うといいんですが……イテッ!?」
「縁起悪ぃこと言ってんじゃねえっての!! ……行くぜ、クリシュナ!!」
「ハイッ!! お姉様!!」
小高い丘の上には辺りを一望出来る場所だけに、敵方の弩弓兵達が歩兵を従えて待ち構える姿が見える。射ち下ろしになる有利な地形の上、土嚢を積み上げて突入に備えている様子が窺えたが、ホーリィは全く臆する事無く、勢い良く鷹馬を走らせ始めた。
気付いた弩弓兵がボウガンを構え、次々と攻め寄るホーリィ達に狙いを付けて……
「……一気に攻め落とすぜッ!!」
……ホーリィが叫んだ瞬間、呼応するかのように矢が風を切りながら、次々と発射された。
そんな訳でやり過ぎないように……次回⑩をお楽しみに!! ……まぁ、注意はしますが……ねぇ?