⑥単独潜行。
【剣聖】は国を憂いつつ、妻の為に従う。セルリィは何を思って、何を為すのか?
湖水を割らんばかりの猛烈な速度を維持し、ローレライが突き進む。
そのまま直進し、小島の直前で急転回を掛けて尾部を島に向けると後部ハッチを開け、支援魔導の激しい応酬を開始。
ローレライを中心に湖水が勢い良く吸い上げられ、異変に即応しようと現れた騎士達に激しく叩き付けられる。
「て、敵襲!? うわぁ……」
「鉄砲水だとッ!? くう……ッ!!」
文字通りの激流に飲み込まれ、水中まで運ばれた騎士達の悲鳴をも押し流しながら、湖水が島を洗い流す。
開けられたままのハッチから三人が飛び降りるのを確認し、セルリィは再浮上するローレライのハッチに残り、屋敷の屋上へとそのまま運ばれて行く。
【セルリィさん、無理は為さらないで下さいね?】
「……イエスメィム。でも、作戦の成功は必ず果たしますよ?」
【……行ってらっしゃい、武運長久を……!!】
二人は言い交わしながら、僅かに中空に静止した瞬間を狙って別れる。
やや高いハッチから身を踊らせたセルリィは、そのまま屋敷の屋根の上へ降り立ち、明かり取りの窓へと歩を進める。
「……さて、久々にやりましょうか……」
意を決する為にわざと言葉にしながら、セルリィは【身体強化】の術式を編み上げる。彼女を中心に波紋が舞い上がり、光り輝く水色と赤の花弁に似た可視化された魔力が彼女を包み込む。
「……くぅ……あ あ ア ア ア ァ あ あ あ ッ ! !」
セルリィの口から咆哮が迸り、僅かに隆起した控え目な筋肉が異様に盛り上がりながら意識を持ったかのようにビクビクと脈動する。
「ふううううぅ……毎度ながら、こんなモノ、良くやるわよね、ホーリィも……」
今は居ないホーリィに感心しつつ、明かり取りの窓枠に手を掛けて、室内に人の気配が無い事を確認してから踵を叩き込む。
窓は容易く室内へと落下し、砕けたガラスと共に破片と化す様子を確認する間もなく身体を室内に滑り込ませて音も立てずに着地し、無人の室内を進み扉に近付く。
「……もし、私が匿うならば、一番高い箇所の廊下の奥……かしら?」
静かに扉を開けて外を確認しようとするが、自らが外観から予測して目標の場所に近い部屋だと思い返し、扉に耳を押し付けて音を聞く。
(……おい!! 外の様子がおかしいぞ!!)
(あれは……帝国の空中戦艦!! 何故此処に現れた!?)
慌ただしく足音を交差させながら、重装備の騎士達が言葉を交わし合いながら外の様子を確認し、動き回る気配を感じ取る。
(……声の具合から見て、上官は居ないわね……見張りは三人……いけるか?)
静かにレイピアを抜き、逆手に持ちながら魔導を駆動させる。セルリィは呼吸を整えながらドアノブに手を掛けてゆっくりと回し、
……一気に廊下へと身を躍らせて即座に魔導を行使。黒装束の彼女に見張り役の三人が即応しようと剣を抜くが、
【……蔓はイバラ、根は脚絡め、葉は風嵐……《身体拘束》!!】
口から出た言葉は瞬時に効果を現し、鎧に覆われた身体を這い登る不可視の蔓は、彼等の動きを見事に阻みその場へ釘付けにする。
「か、身体が……それに何だ!? 前が見えない……」
一番手前に立つ騎士は、至近距離に渦巻く幻の木の葉で視界を奪われ、狼狽える。そんな彼の前に腰を落とし低い姿勢で踏み込んだセルリィが、
「……痛いのは、一瞬だけよ。」
手の中で放して宙に浮かせた柄を順手に持ち変え、柄尻へ左手を当てながら切っ先で顎の真下から頭頂を一気に刺し貫く。
ほんの僅か足を浮かせた騎士が、地に落ちて倒れるよりも早くレイピアを引き抜き、血振りで大気を切り裂く甲高い音を鳴らしつつ、
「……あら? レジスト(※①)早いわね……」
思わず呟くのも無理は無い。残りの騎士のどちらかが護符を行使したのか、呪式に対抗し、ふらつきながらも足を踏み出す二番目の騎士、そして膝を突きながら立ち上がる三番目の騎士の姿が視界に入ったからだ。
絶命させた一人目を跨ぎ越し、セルリィは二人目の騎士と向き合う。無論、三人目を後方に据えて二人同時に相手せぬよう、位置を取る。
二人目の騎士が、目の前に立つ黒装束の侵入者を値踏みする。相手は一人。髪の長さと体型から女と見て取れるが、たった一人で忍び込み、魔導を使う手腕から油断は出来ない。大方、魔導で速さを倍加させて接近戦に持ち込むつもりだろう。
機転を利かせ、咄嗟に剣と盾の裏側に隠しておいたメイスを持ち替えて、レイピアを盾で受け止め制しつつ、油断した相手のがら空きになった側頭部を目掛けて
「……残念だけど、私の剣はそんなヤワなもんじゃないわ……舐めるとこうなるわよ、あなたもね?」
セルリィは盾ごと眼を貫いたレイピアを引き抜き、再度血振りの鋭い風切り音を奏でつつ、三人目の騎士に呟く。
「……盾ごと貫くとは……いや、聞いた事があるぞ? 帝国に与する凄腕の闇森人種が居ると」
帝国に与する、と聞いて一瞬だけ身を強張らせたものの、直ぐに歩み出しレイピアを引き付け構えながら、
「それ、少しだけ違うわ。私は帝国に与してるんじゃなくて、【ローレライ】と仲間が好きだから、結果として帝国に居るだけよ?」
決してホーリィには語りはしないだろう、歯の浮くような科白を相対する騎士に呟いてから、待ちの姿勢を取る。
「……騎士相手に、後の先を取るか!?」
「だ・か・ら……貴方達普人種は、決して『私』に勝てないのよ……」
速さを旨とするレイピアで先の先を取る方が、騎士を崩す常道だろう。相手もそれを知っているからこそ、セルリィの構えに眼を向いたのだが……直ぐに立ち直り、
「……私はドラゴラム近衛兵団、第三位正騎士……マグダブ・レフォア……」
自らの身分を口にして、剣の柄を一度喉元に押し付けて直立する。
「……旧き森人種のセルリィリィア・ローデン・エ・ライムゥ。貴方が最期に聞く名前よ……」
対するセルリィは、古語に則った真名を告げてから、レイピアを真っ直ぐ突き出す。
互いに名乗り合い、突き出した切っ先を軽く重ねてから一旦後ろに下がり、構え直す。
セルリィは再度肩口に引き付けたレイピアを水平にし、ゆっくりと牽制の手を突き出して相手を待つ。
対する騎士は自ら盾を捨て、両手で剣を持つ打ち降ろしの構えを取り、踏み込む一瞬を得る為に摺り足で進む。
じり、じり、と微動だにしないセルリィに近付く騎士。だが、最後の一線を越える間際で止まり、じっと静止する。
その一瞬は、背後の扉を控え目に叩く音に因って訪れた。
そう、正に一瞬。
セルリィが視線を僅かに音の方に向け、騎士が一瞬の隙を衝いて踏み込み、振り上げて構えていた剣を振り下ろす。大胆不敵にして勇猛果敢。騎士らしい潔さを見せつつ彼女の頭上に剣が迫る。
鋭く研ぎ澄まされた切っ先が到達すれば、容易く頭蓋を断ち割りセルリィは死んだだろう。
だが、彼女は驚異的な一閃で騎士の必殺の一撃を止めた。
両手で構え直したレイピアの尖端が騎士の剣の柄を突き、力の拮抗を為しながら更に上回って押し戻し、
「……レイピアが、非力な女子供の扱う賤しい武器と蔑むのも、普人種の欠点ね」
魔導の【身体強化】に因る真紅の呪式を放出させながら、ビキビキと身体中の筋肉を膨張させるセルリィに、
「レイピア、じゃない……お前の【身体強化】が……異常なだけだ……ッ!?」
「……失礼ねぇ……淑女に対して異常とか言わないで!!」
思わず出た騎士の呟きを、感情的な一言で言い返しながら捻り伏せて、とどめとばかりに振り上げた踵を顎に叩き付けて沈黙させる。
兜越しの強烈な蹴りで昏倒した騎士を捨て置き、セルリィはひとまず階下の様子を窺う為に、階段へと向かった。
※①→レジスト。抵抗値を上げる為の付与効果。魔導に因って生み出されるが、本来の語源は工業製品に対する被膜を指す。
実は序盤に重大な見落としを発見し改稿して、大幅に遅れました。ではまた次回!!