④ホーリィとセイムスの一騎打ち。
長々とお待たせいたしました。……対決する二人を、固唾を飲んで見守る兵士達。さぁ、殺し合いの時間です!
幼い頃、誰でも一度はやった事のある遊び。
《○○と○○が戦ったらどちらが勝つか》
……身軽さ? 機敏さ? 力強さ? 頑強さ? そうした特徴を鑑みつつ、果たしてどれが最も秀でているのか、と。
そんな思考的遊戯の具現化を現実世界で目の当たりにする事はほぼ無い。
ゾウとサイが殺し合いをする事は絶対に有り得ないし、サメとクジラが戦う事は先ず無い(はぐれた幼いクジラをサメが襲う事はあるだろうが……)。
だからこそ……今、この瞬間……剣の道を志し、一度でも自らの限界を見極めんと修練を重ねた事の有る者ならば、目の前で繰り広げられる血肉を削り合う戦いに、刮目するだろう。
始まりはにらみ合い。踏み込みを狙い虎視眈々と互いの一挙手一投足に神経を尖らせる。ホーリィはセイムスの足捌きに、セイムスはホーリィの肩の動きに注視し、しかしそれのみに拘らず相手の身体全体を視野に入れ、僅かな差異に即応出来るよう、少しづつ動く。
……やがて、互いの中で限界まで引き絞られた緊張が解き放たれる瞬間を迎えるが、それは示し合わせたかのように同時だった。
ごっ、と大気を切り裂く剣撃が迫り、ホーリィの頸椎に肉薄する。
ざしっ、と二刀がセイムスの眼前に現れ、頭蓋を両断せんと迫る。
二人の戦いを見守る両軍の兵達に、先ず到達したのは衝撃波だった。有り得ない程の質量同士が衝突して生み出されたエネルギーが、二人の剣から放射状に放たれ双方の兵士を戦慄かせる。人間が振るい発生させたとは思えない程の衝撃波は、近くに居た者達の臓腑を揺らし脳髄を震わせて平衡感覚を著しく失わせた。
……そして、一瞬の間を置き、破裂音が炸裂した。
誇張抜きで全身を揺さぶられ思わず膝を突き、僅かの間に意識を飛ばされる者も居た。其れ程の剣撃が発生しているにも関わらず、ホーリィとセイムスの二人は涼しい顔で互いを評価していた。
「ひゅ~♪ やるじゃねぇの!!」
「驚いたな……身体強化とは此れ程の物なのか」
ホーリィは嬉しそうに笑いながら身を翻し、セイムスもやや口角を上げながら片手剣を構え直す。
……剣、では無く、剣風が衝突して生じたエネルギーが逃げ場を失い、互いの間で炸裂し、辺りを凪ぎ払った結果だと理解出来た者は果たしてどれだけ居たのだろうか。
そうして互いに譲らず、しかし勇み足で仕損じるつもりも無く、二人は呼吸を止めて再度、相手を注視する。
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各陣営の兵士が二人の対決を見守っていた。帝国側は様々な種類の歩兵が多数、そしてやや少数ながら騎兵隊も轡を並べる陣容であるが、対するドラゴラムは統一された装備の軽歩兵と正騎士、そしてやや帝国側を上回る騎兵隊を揃え、両国はほぼ互角の兵員数を揃えていた。
しかし、最盛期から衰えたとは言えど、やはり大陸に『騎士の国』在りき、と吟われただけの事は有り、居並ぶ騎士の多くは隊長職に匹敵する【羽根付き】の称号を冠する騎士ばかり。其々は一騎当千とまではいかないが、それなりの使い手ばかり。
対する帝国側は、自由兵の姿も多く、その実力は個人差は有れど決して侮れない手強さを備えている者ばかり、つまり、五分五分と言って良い。
だからこそ……僅かの差異が雌雄を決するやもしれない。そう思えばこそ、ホーリィとセイムスの一騎討ちは、各々の士気に関わる重要さを孕んでいるのである。
一歩間違えれば、退き際を逃し敗残兵として哀れに追い散らされる。そんな緊張感を伴いつつ、双方は異様な沈黙に包まれていたのだが、その静寂はある切っ掛けで破られる。
それは小さな声だった。
「……【剣聖】だろうと何だろうと、【悪業淫女】がブチ殺せばいーんだよ!!」
そう、そんな下卑た罵声だった。そんな言葉が発せられた瞬間、戦場は俄に熱を帯び、白熱化していった。
「黙れッ!! 【剣聖】があんなガキみてぇな小娘に負ける訳がないんだよ!!」
「ホーリィ・エルメンタリアにかかれば【剣聖】だってイチコロだぜ!」
「勝てッ!! 騎士の誇りは【剣聖】と共に在るッ!!」
「斬れっ!! 斬れっ!! 斬れっ!!」
「うおおおおおおおおおおぉーッ!!」
そんな言葉や声が波及し、各々の兵士達が自陣の剣士に声援を送り、大きなうねりと化していく。
やがて戦場は巨大な坩堝のように一体化し、境目で睨み合う二人を介して混沌の渦を形成した。
だが、周囲の喧騒を余所に、ホーリィとセイムスは冷静だった。
(……ちっこい野郎のクセに、やたらデカく見えやがるな、コイツ……)
ホーリィはそう評しながら、相対するセイムスを観察する。左手の護手を前に突き出し、右手に構える片手剣を背中越しに隠しつつ、必殺の一閃を狙う【剣聖】。その構えは磐石と呼ぶに相応しく、無作為に打ち込めば間違い無く致命傷は避けられそうに無い。
(……構えは爬人種の『無明斬』に近いか……速そうだな、確かに……)
セイムスも自らの知識に準えつつ、ホーリィの戦術を分析する。腰をやや落とした姿勢、そして振り抜きの速度を重視した柔らかな握り方で、双剣を中上段、或いは中下段とずらしてセイムスを迎え討とうと狙っているのだろう。
双方は互いをそう見立てつつ、遂に動く。
初手はホーリィ。変則的な前転からの低い姿勢を維持しながら双剣での足刈りを狙う。
対するセイムスは視界から消えたホーリィを無理に追わず、突き出した左の護手を開き、片手剣を下段にして斬り上げの構えを取る。
互いの距離は瞬時に縮まり、ホーリィは反射反応を強化させて更に加速。視界が狭まり周囲の音が急速に遠く聞こえる中、重く粘り着く大気を押し除けるように【フシダラ】と【フツツカ】を振り抜こうと肩を回すが、
「…… 付 い て …… 来 や が る …… か っ、 【剣聖】 ! ! 」
半眼に近い瞼の奥から、射抜くような強烈な眼光を放つセイムス。その護手が自らの意思で勝手に動いているかの如く、一刀目の【フシダラ】を手甲でかち上げ軌道を歪めて反らし、二刀目の【フツツカ】を握り締めた拳を振り下ろし、これも往なす。
未だ引き絞られた弓の如く、放たれぬセイムスの剣。
代わりに突き出された左の護手が、ホーリィの二刀を退けながら生き物のように蠢き、獲物に飛び付く蛭じみた動きで彼女の胸元へと迫る。
(……掴んで引き摺り回そうってか? ……そうは、いかねぇぜ!!)
お互いに動きが緩慢な中、今度はホーリィがセイムスの攻手を退ける。襟首を掴もうと伸ばされる護手を、柔軟な体躯を生かし捻るような膝蹴りで跳ね上げて防ぐが、
(……巨乳だったら鷲掴みで……って、何でそんな事考えにゃ……あっ!?)
僅かに護手が革製の防具に触れた瞬間、異様な感触に思わず身を退き、更に後方へ後転しながら間合いを離すホーリィは、
「……何だよ、そのガントレットは……っ!! ……鮫皮を貼り付けてやがるのか?」
襟元の革当てがヤスリでも当てられたかのようにザラつき、黒く染められていた筈の表面が激しく削られている事に気付き、思わず言葉にすると、
「……金属の掌では、剣を掴むのも容易じゃないからな。多少は滑り難くなるように細工されているだけだが……」
掌を開き、パラパラと革の破片を落としながら平然とセイムスが返す。
「ふ~ん、そりゃそうか。まー、判ってりゃあ、何て事はねぇんだがな!」
ホーリィは軽く言い返し、パシンと音を立てながら両手の二刀を握り直し、柄尻を重ねて圧着させる。
「……ふぅん、魔剣だと聞いていたけれど、色々と細工が出来るようだな?」
「ウチの【フシダラ】と【フツツカ】は、寂しがり屋なんでな! たま~にヤラせてやんねぇと、機嫌が悪くなっちまうんだ!! ……アンタも所帯持ちなら判るだろぉ?」
……ぐちゅ、とも何とも言えない淫猥な音を立てながら、二刀を双頭剣へと変化させたホーリィは、口角を上げて下卑た笑顔で問い掛けてから、
「……さ、仕切り直しだ!! たっぷり遊んでやっから、男らしく我慢してみな?」
足を大きく開いてやや腰を落とし、双頭剣を右手で背後に隠すように構え、あろうことか左手を自らの局部に宛がって這わせつつ、
「……なぁ、判るだろ? アンタも男なら……さ♪」
まるで寝所に誘うような淫らな言葉で挑発する。
「……悪いな、俺は頭の硬い不器用な剣術使いなんでな……安っぽい売り言葉で狂う程、軽くないんだ。」
セイムスは不敵に笑いながら、ホーリィの挑発を受け流し、左手の護手を突き出しつつ片手剣を頭上に構える。
「ふぅん……そりゃ残念。じゃ、やっぱり殺し合おうか♪」
片手で束ねていた黒髪を手解いてから、流麗に棚引かせてホーリィは踏み込んだ。
直後、セイムスを襲ったのは伝説のヒュドラの如き、双頭剣から放たれる夥しい程の剣撃。
双頭剣の切っ先が到達するより遥か先の間合いから、豪雨もかくやの勢いで降り注ぐ刃の嵐。文字通り縦横無尽に訪れる圧倒的な剣の暴風に晒されて、あっと言う間も無く全身を斬り付けられるセイムスだったが……
「……何のまやかしだ? 防げぬ類いのモノで無ければ……意味は無いぞ?」
あろうことか、左手の護手一本で全ての切っ先を跳ね、当て外し、往なし、反らす。そしてその剣風の最中に紛れる幾つかの実剣を見極めて片手剣を打ち合わせて防いでいた。
「おおおっ!? やるなッ!! 【剣聖】らしいじゃねーかっ!!」
ならばと更に踏み込み、身体の軸に沿わせるような軌道を描きつつ双頭剣を回し、自らの背後から突き上げるようにセイムスの脇から勢い良く胴薙ぎを狙って振り上げる双頭剣に、
「…… が あ あ ぁ ッ ! ! ! 」
渾身の力を籠めたセイムスの振り下ろしが迎え打つ。
「うおおおおおおおおおおぉっ!? こんのぉ、馬鹿力がぁッ!!」
片手剣の振り下ろしにより、ホーリィは派手に突き離されて、両足元から派手に砂煙を立てながら勢い良く飛ばされる。
その様子を見守っていた兵士達は、全身の力が抜け思わず感嘆の溜め息を洩らす。この戦いの決着が……双方の命運を左右する程の結果をもたらす、と言う事を理解していたからだ。
勝った方は追い風を受けたかのように揚々と、負けた方は勢いを失い糸の切れた凧のように、相手側を討伐し、相手側から敗残兵として追い散らされるのだ。
二人の死闘は続きますが、なら、ローレライは……何処に行ったの? 次回もお楽しみに!!