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悪業淫女《バッドカルマ・ビッチ》  作者: 稲村某(@inamurabow)
第三章 連戦、龍【ドラゴラム】。
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③【剣聖】対【悪業淫女】。

剣聖視点です。



 因果なものである。


 人と戦う事に見切りを付け、魔物を相手に戦う生き方を選び、最愛の妻と共に平穏な暮らしを営んでいた。


 地位も名誉も投げ出し国を捨て、遠く離れた《中央都市》で良き隣人に囲まれながら、平和な暮らしを選んだ筈だった。




 ……だが、世間は【剣聖】としての自分を捨て置いてはくれなかった。



 いつものように中央都市の迷宮【人食い(マン・イーター)】を攻略し、夕刻前に身支度を整え直し、帰りに妻の好物のアップルパイ(芯を抜き丸ごと一個を包み焼きにした物)を(あがな)って帰宅の(みち)を辿ったが、自宅の扉を開けて辿り着いたセイムスを待っていたのは最愛のジャニスではなく、ドラゴラム国騎士団隊長のサボルトだった。



 「……よう、久し振りだな。元気そうで何よりだな?」

 「……ジャニスを、何処に隠した?」


 気さくに話し掛けるサボルトを無視し、玄関口で立ったまま室内の様子を、そして室内に漂うジャニスの残り香を確かめてから、表情を凍らせたセイムスは口を開くと即座にサボルトを問い質す。


 「相変わらずの鼻の良さだな……心配するな。ジャニスはこれからの事を考えて安全な場所へと(かくま)わせて貰った。」




 ……ああ、そう言う事か。次第を察したセイムスは敢えて彼女の所在を訊ねなかった。お互いの腹の内は理解している。きっとサボルトの事である。喩え死んでも口は割らないだろうし、そうなれば彼女との再会は絶望的な結末しか産み出さない。味方として振る舞う内は安全なのだろう。そう……人質としてドラゴラムの掌中に居る内は、だが。



 短く言葉を交わした後、装備を整えてセイムスはサボルトに促されるまま、戦場へと赴いた。人斬りを厭い、国を捨てたセイムスは、再び人斬りに戻されて、再度国に奉仕する事を強要されているのだ。


 ……だが、やはり……血の猛りは抑え切れぬ。


 ぎし、と左腕を覆う護手の掌を握り締め、肩と肘に当たる箇所を曲げ伸ばしする。愛剣と同じオリハルコン製の超硬部材を削り出したパーツで構成された外骨格のような護手は、生半可な膂力では身に付ける事すら出来ない重量だが、彼は苦も無く装備し戦える。だが、【剣聖】としての実力はそんな物ではないのだが。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳





 目の前に居並ぶ敵国の兵士を(つぶさ)に観察し、全体としての戦力を分析する。


 ……脅威には至らない。


 視界に入る全ての兵士を掃討する為に必要な時間は、多く見積もって……一時間程度。それより短くなる可能性の方が高いが。


 その分析結果に興味を失い、効率的に殺戮を始めようとした直後、頭上に突然、巨大な何かが現れた。


 魔導による未知の兵法だとすれば、前線は瞬時に崩壊していただろう。有り得ない事だが、小高い山の一つでも転移させて落下させれば、古風な戦術の元に並んだ兵隊なぞ、瞬殺だろう。



 


 しかし突如頭上に現れた巨体は無機質な物体ではなく、驚く事に空を舞い飛ぶ黒いクジラだった。その全身各所に装甲板を取り付けた姿はまるで戦艦のよう。


 (……空飛ぶクジラ……? ……噂の【ローレライ】……本当に居たのか)


 周囲の兵士に突然の出現劇による動揺が走る中、彼は他人事のように音も無く宙に浮かぶローレライの姿を眺めながら、次に何が起こるかと見守っていた。そして、常人より遥かに高い視力により、ローレライから三人が臆する事もなく身を投げ出し、空に飛び出すのを目撃する。


 各々が黒、白、茶の衣服を身に付けた三人は魔導の護符によってか着地の衝撃を白い翼を展開して緩和し、柔らかく地面に足を付けた。







 周囲の兵士が息を飲んで見守る中、敵の集団から一人の女性が進み出て、互いの間で立ち止まり、セイムスの姿を認めると涼やかな女性的な声で問い掛けて来る。


 「……さて、アンタが【剣聖】って奴か?」





 ぞわ、と襟元が騒ぎ、総毛立つのを感じながら……セイムスは改めてその女性を観察する。


 全身を黒く薄い膜のような被服に包み込み、丈の短い同色のブーツを履いた姿は極めて稀に見掛ける魔導士の出で立ちに近いのだが、身体の各所に革製の部分鎧を身に付けている。腰には一対の短剣が提げられ、腰の後ろで交差するように鞘が固定されている。そして長く艶やかな黒髪は後ろで纏められ、動きを妨げぬよう尻尾のように束ねられていた。額にはミスリル製なのか、陽の光りを反射させて眩く輝く髪留めを付けている。


 その容姿は十代の乙女……と言っても通用するだろう、可憐で戦場に相応しくない麗しい顔立ちと共に人目を惹く美しさを備えているのだが……


 (何だ、この女は……本当に人間なのか?)


 セイムスの鋭敏な嗅覚は、生き物の臓腑が大気に触れて放つような生々しく、そして人の倫理観を揺さぶる罪深い業を引き摺り出すような匂いを感じ取っていた。


 それだけではない。呆れる程の量の血と肉、そして脂を切断した刃物の持つ独特の臭気が女性ならではの華やかな芳香にほんの僅かだけ混ざり、彼を困惑させる。


 だが、答えるセイムスに彼女が続けて語る言葉が困惑を氷解させ、様々な思惑を巻き込み消していく。




 「……如何にも。元第十三代【剣聖】セイムスとは、我の事だ。」

 「そーかいそーかい……噂の【剣聖】ってのは随分と色男だな!! ……ワタシはホーリィ・エルメンタリア。人からは【悪業淫女(バッドカルマ・ビッチ)】なんて渾名されてるが……まぁ、そーゆー訳で……」


 互いに己を示す言葉を投げ合いながら、ホーリィは改めて促した。





 「……恨みは無ぇが……ぶ っ 殺 し 合 お う じ ゃ ね ぇ か ?」




  ……悪い、ジャニス。……俺は今、この女の事が気になって仕方が無い。




 そう言い訳しつつ、セイムスは感じ取っていた。死を厭わず自らの内外全てを曝し、全身全霊はおろか魂の端々まで使い切る、そんな相手だと。


 魔物には情け容赦なぞ存在しない。だが魔物は人に有る技巧は欠片も持ち合わせない。実力さえ上回っていれば、脅威にはならない。


 だが、目の前に現れたホーリィと名乗る女は、技を持っていた。後ろ手で構えた双剣を身で隠したまま、力を抜いた爪先で柔らかく重心を分散し、斬り掛かる機会を窺っている。見た目に似合わぬ知識と経験を備えているからこその、待ちである。



 そして……魔導に疎いセイムスにすら、ハッキリと認識出来る程の魔力の奔流……【身体強化】に特化した剣士が居ると言う噂は聞いた事があったが、ホーリィの其れはそんな生易しいモノでは無かった。目の前の小柄な女性の内側に、どれだけの魔力が内包されているのか、と呆れ気味になる程だ。


 セイムスは左腕を顔の前に掲げ、右手に握り締めた片手剣を構え、じっとホーリィに注視する。両手に持った双剣を隠したまま、じり……と足首を捻って間合いを詰める。


 お互いに必中の間合いを見極めんと狙い、機会を窺い合う。




 ……そして、その時はやって来た。






 全く同時に踏み込んだ二人は、全く同じタイミングで得物を振り抜いたのだ。







さ、次回こそ……殺し合いか?

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