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悪業淫女《バッドカルマ・ビッチ》  作者: 稲村某(@inamurabow)
第三章 連戦、龍【ドラゴラム】。
83/124

①旧き騎士の国。

戦の準備を整えるホーリィ。そんな彼女がアジと食事を共にしつつ、次の相手国の詳細を尋ねると……、



 「【(ドラゴラム)】……?」

 「ああ、次の相手は中原の古き国……勇猛果敢さで名を馳せ、騎士がわんさか居る国と正面切って殴り合うらしい……」


 士官用の食堂(ただ間仕切りで隔たれているだけだが)でカルボナーラと共に返事を飲み込みながら、ホーリィが繰り返す。


 アジは明らかに二人前以上もあるグローブのようなポークチャップ(※②)を切り取りつつ、地図に見立てて指し示しながら説明を始めた。




 「【(ドラゴラム)】って国は、自由貿易都市……あー、このミニトマトだと思え。これを取り合う争いをこっちのポテト……武装商工連合(※①)と繰り返してたんだが……最近は大人しくしてる。理由は単純でな……頼りの綱の【剣聖】が居なくなっちまったからだ」

 「【剣聖】? 聞いたことあるけどよ、アレって誰かが強い奴を【剣聖】に指名するだけなんじゃねーの?」


 ミニトマトの上下にフライドポテトを添えながら続けるアジの説明に、ホーリィが横槍を入れる。


 「いや、それが違うらしくてな……【剣聖】ってのは、過去の剣聖に新しい剣聖候補者が挑んで勝つと継承されるんだそうだ。だが当代の【剣聖】ってのがまた別格だったみてぇでな? 十代で【剣聖】になったらしいが身体強化の術式抜きで天下無双。戦場で本当に一騎当千ってのを実際にやらかす化け物みてぇな奴だそうだが……居なくなっちまったんだとよ」

 「居なくなった……ねぇ。妬み買って身内に寝首刈られたんじゃねーの?」


 自らの口に逆手で親指を当て、クイッと引きながら舌を出すホーリィに苦笑いしつつ、アジがいやいやそうじゃなくてな……と言い、


 「……決闘の途中で、相手していた武装商工連合の刺客と駆け落ちしたらしいって話だ……」

 「ぶっ!? ま、マジかよ!! ……その刺客って、女だよな?」

 「……たぶんな。過去に女が【剣聖】になったって話は聞いた事は無いから、最後の【剣聖】も男だったろう。ちなみにネタの出所は俺の姉貴だが……その旦那ってのが、身を隠していた【剣聖】と手合わせしたらしくてな。」


 話を聞きながらホーリィは我知らぬ内に興奮したのか、鼻息荒くしつつアジに迫り、


 「おっ!! おぅ、それで、どうなったんだよ!! 相手は強かったのか? それとも()()()()()()()()()のか? 勝ったのか!? 負けたなら生きてるのか!!」

 「……顔が近いっつぅの……離れろバカ。まぁ、ちゃんと生きてるさ……この前、嫁を連れて姉貴の家に行ったら、その話をされたんだ。『ご近所さんが剣聖だなんて笑えるだろ?』って感じでな?」


 どうやら戯れに近い手合わせだったようで、ホーリィはつまらなそうに椅子に座り直してから、


 「な~んだ、そんなもんか……現役引退してんなら、一般人か? ……じゃ、ワタシとは戦わないか……あー、つまんねぇ……」

 「言うなって……お前はともかく、そんな化け物が相手の軍勢に混ざってみろよ? 前線をズタズタに食い荒らされて勝てる戦も負け戦になっちまうぞ?」

 ホーリィとは違い、士官らしくそう結論しながらアジはポークチャップを平らげ始め、あっと言う間に皿の上は跡形も無く綺麗に無くなった。





 (※①)武装商工連合→名前の通り、王家のような世襲制の統治権力ではなく、財力を持った商人達が自分達の権益を確保する為に作り上げた自衛組合。商人らしく情報収集と政治的交渉に特化した機関だが、各々の商家の横の繋がりを中継し迅速に対応する内省的役割も担う。独立して存在する武装組織の所在地は不明だが、組織のトップは犬耳の美しい女性。


 (※②)ポークチャップ→豚肉にケチャップベースのソースを絡めた料理。生姜焼きや醤油ベースに慣れた稲村某はつい最近口にしたが、かなり旨い。しかしそれが本来の味なのか、単に三次嫁が料理上手だからかは判らない。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 「……サボルト、悪い冗談にも程が有るんじゃないか?」

 「……否定はしないが、それだけ窮地だって事は確かさ。」


 睨み付けるセイムスに悪びれず告げながら、サボルトは近況を説明する。


 「……【(ドラゴラム)】の弱体化は眼を覆うばかりの惨状でな……お前が抜けてから、出奔し郷里に戻った騎士が五百、領地から近隣に抜け出る領民は増すばかり。おまけに今度は西方の巨竜……ミルメニア帝国が本格的に侵攻してきているし、戦は避けられないだろう」

 「呼び出されて何事かと来てみれば、縁を切った筈の故国に荷担しろだと? おまけに人質紛いで身籠った(ジャニス)を拐かされるとはね……相変わらずのやり方だな?」

 「誤解するなって……ミルメニアの飛空艇は、訓練の行き届いた降下猟兵を乗せて大陸中、何処にでも現れる神出鬼没。セイムスが出てくるとなったら一番最初に狙われるのは、掌中の珠ってもんだろ? 先手を打って匿っただけさ」


 サボルトはそう言いつつ、しかしセイムスの顔色を見る。


 端正な顔立ちと、優しげな目元の普人種たるセイムスだが、決して折れぬと噂のオリハルコンの片手剣を携えて戦地に立てば、不退転そして不敗の【剣聖】として敵味方に畏怖されてきたのである。


 ……もし、サボルトの計略に異を唱え、この場で相手になったとすれば……剣を持たぬセイムスに、帯剣している彼でも勝てる自信は無かった。



 長くない沈黙の後、セイムスは溜め息と共に身を揺らしてから、深く腰掛け直し、


 「……今回だけだ。必ずジャニスは返してもらうし、以降は一切荷担しない、それが条件だ。もし、約束を(たが)えたならば……情け容赦はしない。【剣聖】として何年掛かろうと必ず【(ドラゴラム)】をこの大地から消す……必ずだ。」

 「約束するさ……俺も死にたくはないからな」


 セイムスはサボルトの言葉を信用しなかったが、過去の付き合いもあり今は保留する方が気が楽である。口にはしたが、彼とて国一つを滅ぼす程に怒り狂う事は無いだろう……と、今は思う。



 ……だが、もし……妻のジャニスと、彼女の腹の中の我が児を同時に失う事になったなら……そう考えただけで、自らの奥底に潜む凶暴な獣性が牙を剥き、表面に顔を覗かせようとするのだろう。そうなったら抑える事が果たして……




 と、一瞬考えただけで無意識に掴んでいた机の端が指の間で圧縮され、パラパラと粉になり崩れていく。慌てて隠そうとするもサボルトの視線から隠し切れず、セイムスは無言で俯いた。




【剣聖】と【悪業淫女】の対決はあるのか? 次回も宜しくお願い致します!

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