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「御姉様、休日に【お付き合い】ください!!」

ほぼ一週間振りの更新で御座います。



 その朝は久々に二日酔いだった。


 前日は戦勝会の場でバマツを担ぎ上げて賭けに使い、大量の軍票をせしめる事に成功し、久々に浴びるように飲みまくったのだ。勿論泡銭など気が付けばあっという間に消え去っていたし、本来は奥手のバマツを面白半分で所帯持ちにしてやろうと企んだ事が始まりだったので問題は無い。



 「……あっつつつぅ……ぐえぇ……。あー、まだ抜けねぇなぁ……畜生」


 軍の女性専用宿舎(ホーリィの階級なら個別で借家住まいも可能だが彼女はそうしていなかった)の一室で、寝間着のタンクトップとショートパンツのままベッドに横たわりながらグルグルと回る天井を眺めつつ、酔いが鎮まるのを待ってから、やっとの思いで身を起こす。



 視界には、ベッドの周りに散乱する私物と装備とゴミと武器……そして空の酒瓶の山が溢れ返っていた。


 実に残念な事だが、彼女には【清掃】と【整頓】と言う概念は無かった。ただ、そろそろ足の踏み場が無くなるか、と感じると宿舎の管理人に幾らか包んで渡し、遠征中に捨てて貰うのだ。商売道具と貴重品、そして僅かな衣服の類いはローレライへ持ち込み、まぁ、つまり……それが彼女の基本的な整理整頓なのである。



 だが、そんな大量の雑多な品物に埋もれないよう、枕元の棚の上だけは空間が確保されている。


 そこには愛刀の【フシダラ】と【フツツカ】。そして大きなミスリル製の頑丈な髪留め、そして二人の青年に挟まれながら居心地悪げに俯く少年を描いた肖像画が飾られていた。


 (……捨てる気になれば、とっくの昔に捨てられたんだがなぁ……)


 ホーリィはそれを何時ものように手に取り眺めてから、そっとまた同じ場所へと戻す。


 そんな休みの朝の恒例行事と共に、もう一つの恒例行事が有った。



 ……こんこんこん、とノックされる扉。朝早い時間帯で控え目な音ではあったが、明らかにホーリィを起こすつもりで鳴らさ続けているのだ。もう少し周囲の迷惑とかも配慮して欲しい。そうホーリィは思いながら、立ち上がるとおもむろに扉の前に立ち、勢い良く扉を開けた。


 「……ふがっ!? お、おへぇさあぁ!! いきなひあへふほ……」


 予想通り、扉の向こう側で鼻を抑えながら(うずくま)り、目尻に涙を溜めながら上目遣いで略式軍装のクリシュナが、ふがふがと何か言っていた。


 「おはよークリシュナ! ちゅーか、こんな朝早くから何だ?」

 「ふぅ……あ、やっと痛みが引きました。いえ、勿論【お付き合い】して頂きたくて、ご迷惑とは承知の上で馳せ参じました!」

 「……へいへい、判った判った……チョイ待ちな?」


 そう告げてから、ホーリィは渋々クリシュナを部屋の片隅に招き入れて(略式とは言えど軍服で廊下で待たれるのは気分的に良くない)、簡単に身支度を済ませる。


 とは言えど、やる事は服を着替え髪の毛を纏め直し、洗面台で歯を磨いてうがいを済ませて終わり……である。




 そして、クリシュナを伴いながらホーリィは扉を開けて先を歩き、【鍛練場】と銘打たれた扉の前で立ち止まると振り返り、


 「……まぁ、聞きたい事が有るんだろうが、それに答えるかどうかは……お前の頑張り次第……か?」

 「……承知致しました。」


 ホーリィはそう確認すると、鍛練場の扉を開けた。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳





 戦勝の余韻に浸る者が居れば、逆に敗残する事を避けんとして自らを鍛える者も必ず居る。



 ホーリィはそんな何人かの先客から離れて歩き、壁際に設えてある棚に近付くと、


 「……ほれ、コイツでいーか?」

 「宜しいです。でも良いんですか? 【魔導強化】抜きなのに……」


 棚から練習用の短剣を六本取り、二本と四本に分けてクリシュナと自分で振り分けて握り締める。


 「……それを判らせてやろーってんだが、イヤならいいんだぜ?」

 「滅相も有りません!! ……では、早速始めましょう!」


 そう告げると、二人は円形の砂が撒かれた闘技場で向かい合い、構えを取る。



 周囲の兵士達も何気無く二人の姿を見てその正体を知ると、邪魔にならぬように場所を空け、成り行きを見守る為に自主練を切り上げて注目する。



 向き合う二人は、略式軍装(クリシュナは動き易さを優先する為にカーキ色の短丈ズボンを穿いている)といつもの黒被服のみで、クリシュナはともかく黒髪と黒被服の組み合わせは帝国内でそう居ない訳で、


 (おい、こんな朝っぱらに何があるんだ……?)

 (いやいや見れば判るだろ!! ローレライ班の問題部隊長様だぜ?)

 (……ホーリィはともかく向こうのクリシュナって……俺、タイプだ……)

 (しかし一体何を始める気なんだ?)


 二人を知らぬ者は居ない軍隊鍛練場だからこそ、見守る者達は遠巻きにしながら興味津々である。




 「……じゃ、おっ始めっぞ?」

 「……お願いします!!」



 ……掛け声と共に風が縦に渦巻き、黒髪を跳ね上げながらクリシュナの目の前にホーリィが現れ、練習用に刃を潰した短剣を一瞬でクリシュナへと突き出した。


 「まーさか、これで降参しちまう訳じゃねえよな?」

 「……ご冗談を……ッ!!」


 クリシュナは答えながら下から短剣を弾き身を翻し、四本の腕を生かす為に距離を保とうと右側方から短剣を横凪ぎにするが……


 「……お、御姉様……ッ!?」

 「べ、別にチチ繰り合いたい訳じゃねぇぞッ?」


 零距離に入り込む為に身長差の有るホーリィが選んだのは……当然ながら、クリシュナの()()()()。あと半歩進めば彼女の双峯に顔面が埋まってしまう高さにホーリィの顔が有り、呼吸を整えようと吸い込めばクリシュナの纏う艶やかで甘い香りが鼻腔を満たす距離である。



 その微妙な距離を保ったまま、互いの動きが停止した瞬間……ホーリィと至近距離に置かれていたクリシュナの何かのスイッチが入り、理性を巻き込んで何処かに飛んで行ってしまったのか……?


 ……次の瞬間、ホーリィは文字通り《剣風の嵐》の直中で耐える事を強いられる。


 剣の技を会得し、戦場で命のやり取りを経験し、更に身体を強化して手数を倍にしたクリシュナである。そんな彼女の理性が消え失せたまま、至近距離の相手に容赦なく四本の短剣を振りかざすのだ。


 刃を落とし、先端を丸くヤスリ掛けはしてあったが、重みもあり鋼を合わせた短剣である。目に突き立てれば容易く眼球を貫くし、柔らかな喉元に滑り込ませれば決して無事では済むまい。




 だが、ホーリィとて見た目通りの儚くか弱き乙女等では無い。【悪業淫女(バッドカルマ・ビッチ)】と渾名されるのは、見た目に反した情け容赦無い残虐な殺し方をするから……では無いのだ。


 「……舐めた真似すんじゃねぇぜ? まだまだ甘い子猫チャン♪」


 言葉とは裏腹に冷静な視線で見据えたまま、ホーリィの選択は……留め足。左足を前、右足を後ろに半身の姿勢を維持しながら、反らしの左手の短剣を前に突き出し受け止めの体勢を取る。


 「………………あ、ああぁ…………!!!」


 自我を消し飛ばしたまま、半開きの口の端から透明な唾液を僅かに流しながら、クリシュナは身体を全回転させてホーリィを斬る。


 「……っく!! き、キツイぜこりゃ……」


 小柄なホーリィは斬撃の激しい勢いで軽く両足が浮き、防御一辺が精一杯の状況だ……だが、


 「……でもよ、やっぱ面白ぇなぁ!! なぁクリシュナよ?」


 純粋な体格差を技量の差で埋めながら、魔導による身体強化を封印した状態の模擬戦闘の最中ではあるが、ホーリィは確かに感じ取っていた。忘我の彼方に佇むクリシュナは、自らの行動に対する心の振れが原因である為に、今の状態に至ったのだろう……と。


 そして、残念ながらそうでも為らない限り、今の彼女がホーリィを手こずらせるような強さを得られないだろう、と言うことも。



 しかし、そんな些末事よりも目の前の戦いが彼女を夢中にし、心を踊らせ身体の奥底に渦巻く芯核を疼かせて止まないのだ。


 四本と二本、剣の数で劣るならば、柄だろうと鍔元だろうと駆使して受け止めれば良い。相手が四刀同時に斬り掛かるのならば、先に到達する二刀を往なして即座に斬り返せば、後方の二刀は受けに回らざるを得なくなる。


 巧みな回避と先を制する読みの連続で、ホーリィはクリシュナの猛攻を凌ぎ切っていた。それはまるで刀剣の(たくみ)が相槌と共に鋼を錬磨する時のように、激しく火花を散らせながら繰り返し打ち続けているからである。



 二人の剣の応酬は更に白熱し、互いの汗が手足から滴り足元の砂利が黒く締まる程になったその時、ホーリィは何かが自分の中で弾け、ふつり……と、水面に浮き上がる泡のように現れるのを感じた。


 ゆらゆらと揺らめく泡じみた物が脊柱を伝って頸椎を抜け、脳天まで揚がり切る。すると、其処から開いた花弁(はなびら)が散華するように舞い、はらりと剣風に載って吹き払われた。だが、それはホーリィにのみ感知されたものの、彼女以外は誰も見知る事はなかった。


 ……だが、切っ掛けは確かに顕れたのだ。





 「……おい、何か変だぞ……?」


 最初にその異変を感じ取ったのは、野次馬に回っていた見物人の一人だった。


 彼はホーリィの足元に氷の柱のような物を幻視し、自らの眼を擦り、やがてそれが見間違いで無いのだと悟ったのだ。


 そう……それは、普段彼女が【身体強化】の魔導術式を用いた際に可視化される魔力の顕現。つまり、【身体強化】が行われれば必ず起きる現象なのだが……




 (……おんや? 何だか身体が軽いぜ……それに、()()()()()()()()()()()()……)


 当の本人は気付きかけながら、何となく《調子が良い》程度にしか感じて居なかったのだが、いつの間にか無意識下で魔導強化が発揮されていたのだ。


 「おほっ!! こりゃ、面白ぇな!!」


 ホーリィはいつもと違い、身体が軽く動き、対してクリシュナの動きが鈍く感じられていた。だが、それは彼女には【絶好調!!】としか認識されていなかったのだ。



 一切の妥協も許されない緊迫した模擬戦闘を繰り広げていた筈なのに、ホーリィはそんな最中に右手の短剣を宙に放り投げると、すかさず空いた指先で目の前に有ったクリシュナの軍服のボタンを素早く摘まみ、クイッと捻る。


 まるで自らの意思で外れました、とばかりに襟元のボタンが外れ、白い肌着が垣間見え……矢継ぎ早に上から次々とボタンが外されていき……




 「……えっ? あ、あああぁーッ!?」


 ふと涼しさを感じたクリシュナが胸元を見ると、鳩尾(みぞおち)付近までボタンが外された軍服がヒラヒラとはだけ、水色の胸当てが外気に晒されているのである……。


 思わず左右の腕ではだけた軍服を寄せつつボタンを留めながらホーリィを見ると、


 「ぷっ!! ひゃひゃひゃひゃひゃ~♪ お前っ!! はっずかしい格好で夢中になって斬り合いしてやがんなぁ!!」

 「どっ、どうなってるんですか!? いつの間に……?」


 正気に戻ったクリシュナが真っ赤になりながら後退し、訳の判らないまま困惑していると、


 「ま、なかなかスリルあったぜ? でも、ワタシの勝ちは確定だがな!!」


 景気良くそう告げながら、ホーリィは二刀を交差させながらクリシュナの懐に飛び込み、喉元に突き付けたまま足絡めの体勢になりながら一気に押し込む。


 バランスを崩され後ろに倒れそうになるクリシュナだったが、一瞬だけ抵抗しながら、やがて素直に後ろへ倒されていき、


 「……参りました、御姉様……。」


 と言いながら、四本の短剣を手放し降参を認め手を上げた。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 「……でよ、お前……何か気に病んでる事があったんじゃねーか?」

 「……判りますか?」


 ホーリィとクリシュナは鍛練場の片隅に置かれたベンチに並んで腰掛けつつ、そんな言葉を交わしていた。



 クリシュナは、自らの力不足によってアンティカを幽界に送ってしまったのではないか。もし、あの時自らが力を出し切り敵を打ち倒していたならば、アンティカは消えずに済んでいたのではないか、と打ち明けた。



 そんな彼女の言葉に溜め息で答えつつ、ホーリィはアンティカの特質と自らとの腐れ縁の話をし、


 「……だからよ、あんまり気にするなって。まぁ、奴の事だから、そのうちひょっこり現れたりするから、気に病んだって仕方無いぜ?」

 「……そ、そうなんですか!?」


 クリシュナはそんな話は(にわか)に信じられなかったが、相手は【不死者(ノスフェラトゥ)】の一派である。人間の常識なぞ通用しない理の外に身を置く超常の存在なのだから、気にするな、と言われて、


 「……判りました。でも、強くなりたいのは事実です。これからも【お付き合い】してくださいますか?」

 「あぁ、そいつは構わねぇぜ? 可愛い妹分みてぇなモンだからな!」


 そう告げるホーリィに、ややはにかみながら頬を朱に染めるクリシュナだった。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 「……でよ、それから何だか身体が妙な感じなんだがよ……どーなってんの?」

 【……ホーリィさん、貴女……《経路》が開きっ放しに成ってますよ?】


 相談を持ち掛けられたローレライは、呆れたようにそう告げると、手短に説明する。


 【魔導による【身体強化】とは、身体に巡る魔力の循環経路を抉じ開けて、強制的に流れを変えて様々な効果を導き出す術式の集大成ですが……たまに、それを行い続けていくうちに、経路が開いたまま閉じなくなる者が、極めて稀に存在するのです。それがホーリィさん、貴女の身体に起きた、と言う事なんですよ】

 「ふ~ん……そっか。で、いつ治るのか?」




 【……さぁ、判りませんね……】

 「おいおいおい!! 開きっ放しの蛇口じゃねーんだからよ! 魔力が垂れ流しになっちまったら、ワタシは一体どーなるんだよ!?」

 【……さぁ、判りませんね……】

 「おーいっ!!」


 ……そんなやり取りをしていたけれど、ホーリィは別に倒れもせず、いつもと変わらぬ事を自覚したので……




 「……ま、いっか!!」


 と、忘れる事にした。



取り纏めて幕間とさせて頂きました。タイトルは「ホーリィの休日」にしようか迷いましたがこうなりました。

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