⑰どーしてこうなった?
ボリューム増し増しですが、サラリと読める感じに仕上がりました。
「いええぇ~い!! 待たせたなぁ!!」
「……う、おおおぉ……す、凄いなぁ……!」
扉を蹴破る勢いで開けながら、ホーリィが先に立って店内に入り後から続く翔馬は思わず呟いてしまう。
その姿に軽く笑いつつ、恵利も店内に入るが、確かにこの光景は見慣れていようと正に【異世界】そのものである。
薄暗い店内は落ち着いた色調の調度品に彩られ、壁に設えた間接照明で淡く照らされた中、埋め尽くす客達の姿を浮かび上がらせている。
店内直ぐのテーブルには屈強な体付きの男達が陣取っていた。彼等は後ろに一纏めにした艶やかな黒髪を踊らせながら入店したホーリィに一瞬眼を奪われはしたが、やはり彼女の正体を知った帝国軍人らしく落胆を隠そうともせず、口々に悔恨の溜め息を吐いていた。
そして彼等からやや離れた場所に、先に到着していたローレライ班の面々が幾つかのテーブルに付き、既に注文した酒類を手にしながら思い思いの話に華を咲かせていた。
一目で鬼人種と判る、額から突き出す角と筋肉に覆われた小山の如き巨躯を窮屈そうに縮めながら座る副戦隊長のアジや、長く先の尖った耳が特徴的なセルリィを筆頭に、二対の腕で杯を持ち料理を取り我が身を抱き落胆するクリシュナ、そして快活に笑いながら周囲を巻き込み大いに酒席を楽しむパルテナ。彼女達の姿は軍務時の出で立ちとは違い、異なる文化の只中に自分達も身を置いているのだと感じさせる華やかさと流麗さに満ちていた。
「おぉ!! やっと来たか引き弱のお嬢ちゃん達!! 先にやってっぞ!!」
今回の功労者になったパルテナが杯を振り回して追加を頼みながら立ち上がり、ホーリィ達に向かって叫ぶ。何時もの朱色の鎧とは趣の違う白基調の開放的なシャツと丈の短いスカートに身を包んだ彼女は、突き出た柔毛に包まれた耳と圧倒的存在感の胸元そして若々しい見た目から、とても多数の子供達の母親には見えなかった。
「うっせー!! この酒乱ネコめ!! 少しは控えやがれ母乳に酒が混ざるぞ!!」
「へへぇ~羨ましいか貧乳サル!! もう乳離れしたから禁酒は終わりなんだよ!!」
互いに憎まれ口を叩き合いながら、しかしそれはいつもの事で同じ卓を囲むように三人が座ると、
「……あっ!? 御姉様お疲れ様です! ご注文はいつものお酒で構いませんか?」
ホーリィの声を聞くや否や態度を急変させたクリシュナが、給仕役の魔族の娘を呼びながらホーリィに訊ねると、
「うーん、そうすっか……とりあえず任せとくわ。エリとショーマはどうするんだ?」
「えっ!? あ、そーか……じゃ、弱めのシードル(※①)で!」
「それじゃ……自分もそれでお願いします。」
頭に一対の巻き角を生やした娘が手にした注文伝票に書き込みながら、
「……っと、火酒にシードル二つ……ですね! それとチャームは一緒に持ってきますが他の料理はその時に伺いますが宜しいですか?」
「おっ!! またあの料理人が来てるのか!! だったらお任せで構わねぇなら見繕って一緒に持ってきてもらおーか!!」
そう答えたホーリィは、嬉しそうに微笑みながら椅子の背凭れに身体を預けて二人の方に身体を回し、
「お前らツイてるぜぇ? ここは料理は全然無いけどよ、他所から料理人を呼んでる時だけは別格だから期待していーぜ!!」
と、言いながら先に配膳されていたパルテナの前の料理を摘まみ、さっと口の中に放り込む。
「あっ!? ホーリィお前他人の喰いモン盗るんじゃねーよ!!」
「うっせぇ!! そんなに大事なら名前書いとけ!!」
ギャーギャーと騒がしい二人に恵利と翔馬は苦笑いしつつ、しかし独特の緩やかな空気に戦闘後のささくれた気分も氷解していくのを感じていた。
(※①)→シードルはリンゴ原料の弱めな発泡酒。因みに恵利と翔馬は十八才だが、この物語の環境では【十八才から選挙権と同時に成人として認められて】いる為、飲酒も法的にクリアしています。しかしお読みの皆様が身を置いているこちら側の世界はお酒は二十才になってから!
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「アグニさん、これは向こうでこっちはあそこ。……で、このボトルはローレライさんのテーブルにお願いでいいかな?」
「ハイ! ……っと、それじゃ、行ってきます!」
美しく流れるような金髪を纏めた間から、髪飾りのように立派な一対の巻き角を覗かせた魔族のアグニは、アーレヴからカクテルやタンブラー、そして発火性の高い《火酒》のボトルをグラスと共にトレンチ(お盆の別称)に載せ、颯爽とテーブルの間を抜けて各テーブルへと置いていく。
「……さて、それじゃこちらは料理を運びますかね……」
呟きながらカウンターの向こう側と繋がる開口部に置かれた出来立ての料理を手に持って、今か今かと待ち構えるホーリィ達のテーブルへと歩み寄り、
「お待たせいたしました~最初の料理は《越冬鳩の包み焼き》で御座いますぅ」
そう告げなから手にした皿を静かに置くと、ホーリィは早速とばかりに手にしたフォークを突き刺して口へと運び、
「……熱ぅ!! ……で、出来立てだな……ほふ、ふ……ぅ♪」
火傷しそうな熱さに眼を白黒させていたホーリィだったが、彼女の口の中では人工的に越冬期を迎えさせて、身に脂をたっぷりと載せられた鳩特有の柔らかな肉がじわりと解け、オーブンで蒸し焼きにされた皮の香ばしさと、中に詰め込まれたナツメヤシや干し葡萄の甘味そして塩とスパイスが効いた香り米の芳ばしさが混ざり合い……
「ああぁ……こりゃ、マジで旨いな……くううぅ~マジで堪んねぇ!!」
「う、嘘っ!? こんな料理、食べた事無いよ……」
「フルダイブなのに……これ、どうやって再現してるんだ!?」
ホーリィと共に口に運び、やがて各々に感嘆を漏らす恵利と翔馬。三人の様子を見て満足げに頷いていたアーレヴだったが、
「……ね? 今日も凄い料理でしょ? 前回と同じヒトだけど、女のヒトなのに一人で全部、それもウチの狭い厨房で楽々作っちゃうんだからホント凄いよね!」
「……毎回思うけどよ、たまにはレシピ習って自分で作る気は無ぇんかい?」
やや呆れながら提案するアジだったが、アーレヴは全く動じる事も無く、
「そりゃ無理だねぇ~自分はお酒の味は判るけど、料理の味は良く判らないからねぇ~♪」
「自信満々で言うなし……だったらあっちのネーチャンに作らせてみりゃいーんじゃねぇ?」
あっけらかんと答える彼に、ホーリィは屈せず提案してみたのだが、
「……あ、私は何を食べても美味しいですよ? だから全然困りませんね!」
と、ややピント外れに答えながらニッコリと笑うアグニだった。
「……やれやれ、この店の料理問題は当分改善されねぇか……まー、仕方ないかぁ……!」
脱力しながら背凭れに身体を預け、杯の火酒を煽るホーリィだったが、その視線の先に見覚えの有る姿を捉え、
「おっ!! バマツやっと来たか!! コッチだコッチ!!」
「……皆さん! お久し振りで……エリさんも居たんですね! ……っと、そちらの彼は?」
「おぅ! コイツはお前の後釜でエリの連れ、ショーマってんだ!!」
「……あ、後釜ですか? 良く判らんですが……」
そう言いつつ卓に付き、手渡された杯に波々と注がれた火酒に一瞬眉を潜めたものの、
「……あー、取り敢えずご帰還お疲れ様ってとこだな!! ……で、どーだったんだ未来の嫁さんは?」
明らかに下衆な勘繰りを隠そうともせず、口の端を吊り上げて意地悪く尋ねるホーリィに、
「何ですか、全く……。まぁ……兎に角、親父が倒れたって知らされて、慌てて実家に駆け付けたんですが……」
彼女の見え透いた魂胆に辟易しながらも、一応は上司の立場であるホーリィに報告するバマツは、やたら強い火酒を一口啜ってから話し始める。
「……うぇ、強いぜ相変わらず……で、親父はぴんぴんしていたし……あ、ウチの家業は農家なんですが、今まで人を使っていた事なんて一度もなかったのに、若い娘さんが住み込みで働いていて……」
そこまで話す彼の言葉に相槌を打つホーリィの後ろで、恵利と翔馬にセルリィは身を寄せつつ声を潜めながら、
「……ホーリィってば、私に【お前の妖精を使ってバマツの事を探らせとけ】って無茶振りしてきたのよ? そりゃ~ウチのシャルハットは《隠密行動》に特化した【剣の妖精】だけど、まさか身内を尾行させるなんて、した事ないのにねぇ……」
と、困った顔でそう告げてから、
「……で、大体の事を知ってるのに、【細かい事は本人から聞く方が面白い】とか言ってさ……何考えてるんだか!」
そう締め括りながら、爽やかな香りを漂わせるタンブラーの中身を揺らしてから、バマツの話の続きに耳を傾けた。
「……で、母親が言うには『まだ若いが真面目でしっかり者の良く出来た』娘だから、きっと我が家に迎えたら安心して家業を任せられる……って。でも、彼女はまだ十五才なんですよ!? そんな年下とか絶対に無理ですって!」
「ふぅ~ん、そーかいそーかい……でもよ? そのソニアとか言う娘さんにゃ、お前のお袋は【ウチの倅は家業を継ぐのが嫌で出て行ったが、何時か必ず立ち止まって振り向く時がある。その時に我が身を照らす灯台みたいに輝く者が居れば、必ず帰って来る筈だ】と口説いて招き入れた……って話じゃねーのかい?」
「うっ? な、何で知ってるんですか!?」
「……で、そのソニアって娘さんは、お前の事をどー思ってるんだい?」
明らかに知っているにも関わらず、知らぬ素振りで訊ねるホーリィに観念したかのように、
「まぁ……本人曰く、【年は離れているけれど、優しそうで安心して付き合える】とか……って、何なんですかその笑い方はっ!!」
「……いやいや! 色男はモテるじゃねーの!! ……でよ、お前は知らないかもしれねぇが、帝国軍規則に『離れた郷里に親族が居る場合は上官の許諾が有れば移住させられる』ってのが有るんだがよ……」
「……ホーリィさん、ま、まさかッ!? ……いやいやいやいやちょっと待って下さいって!! 何ですか何なんですか副戦隊長まで!!」
暫しの空白の後、くっくっと含み笑いをするアジの姿に嫌な汗が止まらなくなるバマツだったが、
「……いやー、郷里に若い許嫁を残したまま、戦地に赴くなんて残酷な仕打ちはイカンなー、って上司として思ったからよー。……黙ってて悪かったなー。……で、ソニアちゃん、ローレライに乗っけて連れて来たわ!」
その瞬間、誰が仕込んで居たのか店の扉が開き、濃い茶色の髪をお下げに束ねた小柄な娘が招かれるままに歩み寄り、
「……あ、あの……バマツさん……黙ってやって来て……その、ごめんなさ……っ!」
そこまで言いながら、眼の端に涙を溜めつつ彼に向かって駆け出し、
「……ふあああぁん!! だ、だって!! ずーっと待ってるの……厭だったんだもん!! いつか、しんじゃってかえってきちゃったら……ぐすっ……!」
泣きながら抱き着き、感情に身を委ねながら精一杯に主張するソニアに困惑するバマツだったが、ホーリィはやはり人の悪い笑顔は崩さぬまま、
「あーあー、泣かせちゃ色男も台無しだな! ……まー、ココにゃ所帯持ち用の宿舎も在るからよ? 一先ず其処に移りゃ万事問題無しなんじゃねーか?」
「……うぅ、そうなんですか……はぁ、判りましたよ、もう……」
それだけ伝えると、腰に抱き着いたソニアの肩を持ってバマツは彼女を落ち着かせる為に、ゆっくりと言葉を選びながら、
「……まぁ、ウチのお袋と親父の事は兎も角、君は本当に……俺と所帯持ちなんかになりたいのか?」
「……っ!? な、なりたいです!! だ、だって……」
そこまで言いながら、もじもじと言い難そうに口籠り、やがて意を決し、
「……だって……ずーっと小さい頃から、すき、だったから……」
「くぅう~っ♪ 言わせるじゃねーの色男ぉ!! バマツ、お前の答えはどーなんだよ、えぇ!?」
「あ~もう煩いですってば!! ……何なんですか? さっきから……」
矢鱈と煽って来るホーリィを押し返しながら、気を取り直したバマツは、
「……ソニアさんの気持ちは、判ったよ……でも、俺は今……こんな環境で身を立てているから、もしかすると……君を不幸な目に逢わせるかもしれないから……無責任に誓えはしないんだが……」
そう、言葉を区切り、やがてグッと力を入れ直し、
「……必ず、帰ってくるから、俺と同じ家で待っててくれるかい?」
「……ッ!! は、はい……か、必ず……待ってます!!」
……と二人が言葉を交わした瞬間、
「うおおおおお~ッ!! よっしゃあ~『言った』ぜぇ~ッ!!」
「ぐおおおおお~ッ!? 何だよ畜生~ッ!!」
「かああぁ~そう来たか!! よし!! 張った甲斐があったぜ!!」
抱き着くソニアの頭の上で……はぁ? と言いたげなバマツを独り残したまま、彼とソニア以外の店内の大半の客が各々に喜怒哀楽を露にしつつ、ホーリィに何かを手渡したり受け取ったりし始める姿を目の当たりにし、
「……あの、まさかですよ? まさか……俺で……!?」
「ああ!! 悪いがバマツ!! お前が【見合いに乗るか降りるか】を賭けさせて貰ってたぜぃ!!」
どうやら胴元役のホーリィは、(イカサマにならない範囲で)色々と手を尽くして旨い汁を吸えたようで、分厚い軍票の束を数えると半分程抜き出してバマツに向かって突き付けて、
「……まぁ、ワタシは最初から【乗る】方に賭けるつもりだったがな~♪ あ、コイツは御祝儀だから黙って取っとけ!!」
そう言う彼女をポカンと見詰めていた二人だったが、やがて硬直が解けると同時に弾かれたようにホーリィに向かってソニアが、
「あ、ありがとうございますっ!! これから頑張ってバマツさんを支えていけるようになります!!」
と、張り切って告げ、そんな彼女に苦笑いしながら自らの頬を指先で掻きつつ、
「あー、まぁ、そーだな……ああ、そーすりゃいーさ!」
とだけ言い、ヒラヒラと手を振りながら、飲み直すんだとばかりに手酌で杯を満たして飲み干した。
……何だろう、戦闘時以外でのホーリィさんの悪人振りと、そのギャップ感が描けていれば嬉しいです。それではブクマ評価、お待ちしております!!