⑯男ならゴチャゴチャ言うな。
久々に更新、そして久々のホーリィさん語調タイトル。
震える指先に硬い柄の感触を捉えて、ふと我に返る。
(……あ、私……ヒトを斬ったんだ……)
そう思った瞬間……頭の痺れが霧散して、唐突に視界が色を帯び徐々に現実感を伴っていく。先程までの無尽蔵な躍動感が薄れると同時に、熱が退くように【人造魔剣】の支配から抜け出し、漸く意識を取り戻した。
「……翔馬……クン?」
我に返った恵利が振り返ると、そこには曖昧な笑みを浮かべた翔馬が居た。
「……あ、あぁ……大丈夫だよ、うん……」
答える彼の声を聞いて、安堵した恵利だったが……どことなくよそよそしい雰囲気に不安を覚える。何処かで見た事があるような気がして暫く考え、
(……ああ、そうだ……あの時の、不登校から戻った時の、クラスの感じかぁ……)
そう、結論付けた。
離ればなれになっていたホーリィ達と合流し、自らの意思でだったかは定かでは無いが……気付けば手にした【ヨウ】と【ホト】を振るい、王族を斬っていた。無慈悲に、無言のままに。
幼い王子の首が宙に舞った際、確かに頚椎を分断した感触は有った。柔らかな皮膚を滑らかに滑る刃が肉に到達し、首の骨の間に有る軟骨を【ヨウ】が見事に切り離す。苦悶の表情さえ浮かべずに……やや口を開いた王子の首は真っ直ぐ王の顔を見詰めたまま、地に落ちたのだ。
「……ほら、ゲームなんだから……ロールプレイングなんだし、ね?」
気遣いからか、そう取り繕うように繰り返す翔馬の声を、遠くに聞きながら恵利は僅かに身を引いた。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「お前ら、なーに辛気臭い面してんだよ!! 顔上げろよ顔をよ!! ワタシ等は首級挙げてナンボの因果な稼業だぜ!?」
恵利の背後から現れたホーリィがバシバシと彼女の背中を叩きながら励ましつつ、グイッと後ろの翔馬に向かって身体を反らしながら、
「おい、ショーマ!! おめぇの考えも判るがよ、こちとら絶賛戦争中なんだぜ? トカゲみてぇな化けモンや見るからにヤバそうな連中は斬っても良くてよ、ガキや娘は敵にしちゃダメな理由ってば……何なんだ?」
「うぇっ!? そ、それは……」
「……だろぉ? もしよ、おめぇがグロリアス側に付いてよ? ローレライを敵に回したらワタシやセルリィを相手に斬り合いする訳だろ?」
「……そう、かも……しれないですね……」
そう返答する翔馬に、ホーリィはニヤリと笑いながら、
「まー、理屈っぽく言うよりも判り易く教えてやる!!」
そう言うとやおら恵利の脇に身体を滑り込ませて彼女を抱えるようにし、
「……お前はオトコ!! エリはオンナ!! オトコが戦わねぇからエリが代わりに戦っただけだっての!! お前の代わりにな!!」
「いや……俺は恵利さんみたいに上手くないから……」
「おめぇはアホかッ!! ヤる前からブルッて諦める奴がヤれる訳ねーんだっての!!」
そして唐突に恵利のおチチをがっしと鷲掴みにしながら、
「うきゃああああああぁ~ッ!?」
「……こーやって、オンナに認めて貰いたきゃあ……戦えッてぇの!!」
そのまま恵利の胸を激しく揉みしだきつつ、力説するホーリィ。勿論即座にボカボカと頭を殴られるのだが、
「イテッ!! 痛えぇって!! ……まぁ、でもよ? オンナってのはキョーカン(共感)してくれる奴が一番なんだぜ!?」
「何で揉むのよ!! てか私の主観はどーなんよっ!?」
等とやり合いながら絡み合うホーリィと恵利に、翔馬は暫し瞑目しつつ……
「……確かに、そうかもしれませんね……自分から動かなきゃ始まらないですもんね……」
そう言いながら、翔馬は腰に提げた鉈剣の柄を握り込む。
(……リアルでもバーチャルでも、やっぱり同じなんだよな……)
彼は一人納得しつつ、二人の騒ぐ姿に若干ジェラシーを感じながら、少しだけ気が軽くなるのを実感した。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「……じゃ、そーゆー訳で集合は【魔界の裏口】だぜ!!」
ローレライに戻り、各々は返り血や埃で汚れた着衣を着替えたり湯編みして身を清めた後、晴々とした表情で宣言するホーリィに手を振りながら、恵利と翔馬は一度ログアウトしてから再来すると約束し、離脱した。
【……お疲れ様でした。今回の結果をセーブしますか? yes or no】
無事にセーブ画面が表示され安堵しながら返答し、恵利は緩やかに現実世界へと復帰していく。
…………ふと、視界の端に何か影のようなものが動いたような気がしたが、眼に捉えようとした瞬間、完全にログアウトしてしまった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
……見慣れた部屋の壁紙を意識して、寝返りして横向きになっていた事に気付く。
(……フルダイブ中に寝返りすると、幽体離脱するって都市伝説があったけど、絶対ウソだよね……)
そう思いながら、恵利はベッドから身を起こした。
と、同時に枕元に置いてあった携帯端末のブザーが響き、相手が翔馬だと判って直ぐに応対する。
「……ハイ、堀井です!」
【……あ、恵利さん! お疲れ様です!】
「やだ……別に疲れてなんかないよ? 翔馬クンだって、直ぐに戻れるんじゃない?」
そう切り返した恵利だったが、翔馬はやや口ごもりつつ、
「うん、そうだけど……少し長く繋がってたからかな……何となく、身体が痺れる感じがするみたいで……」
「そう? だったら先に行ってるから、調子が戻ったら直ぐ来れば?」
翔馬の言葉を額面通りに受け取る恵利に、慌てながら翔馬は続けて、
「やっ! うん、たぶん平気だから直ぐ行くよ!」
「そう! だったら浮遊要塞の【噴水広場】で待ってるから!」
「判った! 直ぐ追い付くから少しだけ待っててね!」
恵利は翔馬の声に軽く笑いながら同意し、再度アクセスを開始する。
(……凄いなぁ……やっぱり、恵利さんはフルダイブゲーム向きなのかな……)
そう結論付けながら、翔馬も後を追うように再アクセスを試みた。
……離脱時間が短かった為、冒頭の勧告文をスルーし、二人は帝国浮遊要塞の通称噴水広場(実際の名前は【戦勝式典回廊前噴水広場】だが)に降り立った。
「おっ!! 遅いぞエリ!!」
先刻と同じ格好の二人が並んで実体化した瞬間、待ち侘びた声が背後から掛かる。
「ホーリィ! ……どーしたの、その格好!?」
振り向きながら、恵利はホーリィの姿を見てやや驚愕しつつ訊ねると、
「……ん? いやぁ久々に飲みに行くからさぁ~、気楽な格好したくなってさ~♪」
彼女は水色のタンクトップに白のショートパンツの出で立ちで、長い黒髪を後頭部で縛りポニーテールにしていて、いつになく開放的な装いに身を包んでいた。
「凄く似合ってますよ! いつもと違って可愛らしい感じですし!」
「や、やめろって……一応お前らより年上なんだぜ……?」
翔馬に言われて少しだけ頬を朱に染めて恥ずかしげに俯いたホーリィだったが、
「ま、まぁいっか!! アジやセルリィも先に行ってるし、バマツの野郎も戻って来て合流してるらしいから、急ごうや!」
「えっ? バマツさん、何かあったんですか?」
今回は不在だったバマツの名前が出てきて、恵利はホーリィにそう返すと、
「あぁ! 何でも故郷に戻って見合いしてきたってから、今夜の肴は奴の話にしてやろーぜぃ!!」
ヒトの悪そうな笑顔でそう言うと、ホーリィは表通りを足早に進みつつ二人を促して裏路地へと入り、歩く者の姿も疎らになる界隈の外れに在る【魔界の裏口】と銘打たれた扉を開き、薄暗い通路を抜けて賑やかな店内に進んで行った。
次回は【魔界の裏口】からお送りいたします。ブクマ評価も宜しくお願い致します!