⑭恵利、魔導強化。
……さて。
その国には他の国に無い特長があった。
一つは【軍務に服する者は必ず女】である点であり、もう一つは【軍務に服する者は必ず魔導士】である点である。
結果として、女が魔導を用いて敵を葬り、男達はその屍を越えて敵対する相手の領土を奪い取りながら、急速に国土を拡大していったのだ。
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チェリリアーニとマスカリーニの二人は、そう互いに語り掛けた後、一歩、また一歩とどちらともなく距離を離し、遂に立ち止まる。そして振り返り、
「……離反したと聞いて居ましたが……潔く自決する覚悟が有るのならば、祖国に遺髪だけでも持ち帰りましょう。」
「……お気遣い感謝致しますが……最早祖国に未練は有りません。」
……ふう、と溜め息を吐きながら、マスカリーニは右手の人差し指を突き付けて、
「……その言葉、今即座に撤回するのでしたら、下級の貴女に」
「……ホーリィに言わせたら、【つまんないから余所でやれ】って感じよね」
唐突に割り込み話の腰をもっきりとへし折りながら、そのまま真っ直ぐマスカリーニに近付く恵利に、
「……アミラリアの山猿は、何故に誰も彼も無作法なのでしょうか……」
冷淡な口調でそう言うと、彼女は改めて恵利の姿を見る。
グロリアスでも良く見掛けるような、アースカラー基調のフレアスカートとジャケットの組み合わせ。そして足元は丈の短い編み上げブーツ。
だが、そんな当たり前の服装に不釣り合いな、先端がやや反り身の短剣を双振り、携えてマスカリーニの前に立っている。しかもその容姿は一見すると美少女然としているのだが、球体関節を用いた魔導人形で、何らかの手段を用いて人の魂を憑依させているようだ。
(……先日、我が国の戦術魔導人形が行方不明になりましたが……関連があるのでしょうか?)
それなりに興味は湧いたものの、所詮は傀儡に過ぎない。どれだけの地力があろうと自らの持つ戦力に釣り合う事は無いだろう。
そう結論付けたマスカリーニは、不要な感傷に浸るのを止め、任務を遂行する事にした。
「……【全ては女王陛下の為に】……」
短くそう唱えながら、人差し指を恵利へと向ける。
その瞬間、マスカリーニの背後に四つの魔導印が浮かび上がり、中心から鈍色の六連装砲身が突き出て、ゆっくりと回り出す。
「……私はその未熟者と違い、兎を狩る時でも全力を以て成します。だから潔く……」
マスカリーニはそれだけ伝え、恵利を葬る為に魔力を充填させて、続けざまに弾頭を装填。
「……消え去って下さいませ。」
「ふ~ん。だから、何なの?」
恵利はそう短く答えながら、自らの体内に巡る全ての魔力経路をフル回転させて、【身体強化】の術式を組み上げ始める。
《……【身体強化】を自分も使えるか、ですって?》
出撃する前にそう尋ねた恵利に、怪訝な顔をしながらセルリィは聞き返した。
《まぁ、魔力自体は備わっているから、後は素養と魔力の操作法さえ会得出来れば可能だけど……本気なの?》
セルリィ曰く、【身体強化】の術式は内から外に魔力を放出させる一般的な魔導とは異なり、自らの体内に魔力を循環させながら魔導印式を結印させて、駆動させながら具現化させる手間と技術が必要な『面倒この上ない』魔導なのだとか。
《……ん~、ちょっと待ってね……》
そう言いながら恵利の手を取り、薄く眼を瞑りつつ魔力の総量と経路の巡りを確認するセルリィ。やがて手を離して、
《……多分だけど、これだけの魔力と経路が繋がっていれば……ホーリィ程じゃないけれど、可能性は有るわね》
その眼は金色の光彩を放ち、浮き世離れした容姿と相まって何かの化身のような凄みを持っていたのだが、長い睫毛をゆっくりと上げ眼を開き、
《……それに、ホーリィと何らかの繋がりを持っていたんだから、エリちゃんは見た事も体感した事も有る訳だし……もしかしたら説明しなくても出来るかも、しれないわね……》
そう結論付けて、一回やってみれば? と軽く促してみる。
……その直後、ローレライの艦内に激しい魔力の奔流が発生し、艦内要員が慌てて事故か何かが起きたのかと点検の為に走り回ったのだが。
そうして今、恵利はその際の状況を思い出しながら、ホーリィと同じように身体強化の術式を組み上げて行く。
《……巡れ、巡れ……春の息吹き……》
恵利は自らの魔力をイメージしながら心の中で【起動呪言】を諳じ、緑色の《身体安定》を一葉、また一葉と芽吹かせる。その様子は新緑の木々を早回しにしながら眺めているようだった。
《……照らせ、照らせ……夏の日射し……》
続けて体内の経路を加速させて、赤色の《筋力増強》の術式を立ち上げる。その術式が放たれる度に身体を中心に、炎のように下から上へと視覚化された呪印が舞い上がり昇華していく。
《……揺らせ、揺らせ……秋の風……》
自由奔放な緑と赤の術式と異なり、紫色の《反射強化》の術式は恵利の身体を中心にしながら、ゆっくりと回転し放射される。その一つ一つが立ち上がる度に恵利の感覚は鋭敏になり、向かい合うマスカリーニの一挙手一投足が手に取るように理解出来た。
《……降らせ、降らせ……冬の雪……》
最後に具現化される銀色の《精密動作》は小さな煌めきを伴いながら、恵利の頭上まで僅かに舞い上がり、そこからゆっくりと地上へと舞い降りる。冬の雪さながらの景色を装いつつ、恵利の動作に正確さを付与し、立ち居振舞いを別人のように変えていった。
【……来たッ!! ホーリィみたいに上手く使いこなせるか判んないけど……】
恵利の身体を包み込む魔導印式は一瞬で混ざり合い、やがて豊かな色彩をモザイクのように散りばめた花弁のように四方へと広げる。
「魔導強化……それも複式!?」
マスカリーニは瞬間的に散解する印式を目視しながら、人差し指を折り曲げて射出を開始したが、
【 …… あ" あ" あ" あ" あ" あ" あ" あ" ぁ ! ! ! 】
既に身体強化を終えていた恵利にとっては、些末事に過ぎなかった。
野獣のような咆哮と共に、彼女の視野は急速に狭まり、針の先程の僅かな空間しか認識出来なかったのだが……
【 …… 遅 い 、 な ぁ …… 退 屈 し ち ゃ う ぅ …… 】
間延びした思考と共に、恵利の視線は四つの収束砲身から放たれた鉄壁の如き弾丸の雨を、欠伸混じりに眺めていた。
各々の放つ弾丸は一見すると乱雑に射出されているかに見えるのだが、しかしその弾道は鮮やかな閃光の尾を曳きつつ、流出する放水のように繋がって飛来していく。つまり、
【 つ ま り …… 避 け れ ば 良 い だ け じ ゃ ん ? 】
左腕を挙げて一線、身を低く下げて一線。続けざまに右に移動しながら一線と避け、不意に近付く一線を前進と同時に、背面飛びに移行しながら避ける。
「……なっ!? くうっ……!!」
四つの砲身を同時に制御する難行と共に、滑らかな一連の動きで容易く回避する恵利の姿を同時に捉え切れなくなったマスカリーニは、
(マズい……射線が交差する!? いや、接近戦を挑むなら……望む所よ!!)
瞬時に術式を放棄し、咄嗟に物理防御の障壁を構築しながら後退。速やかに距離を保ちながら得物を交換する為、手首に装着していた魔導環を変形させて近接用の短身叭銃へと持ち替える。
磨り硝子のような障壁の向こう側、うっすらと浮かぶ恵利の姿を捉えながら、手にした短身叭銃に魔力を充填。
(……さあ、蜂の巣にして……え?)
左右に構えた短身叭銃を油断無く構えたマスカリーニだったが、視界の中に捉えていた筈の恵利の姿が揺らめき、何かの予感に身を低くした瞬間、
……全身に激しく伝わる衝撃波を伴いながら、攻城槌の直撃すら跳ね退ける筈の障壁が粉々に砕けて四散した後、放射状に拡散する粉塵の中に恵利が立っていた。
「……ふあああああぁ……ぁん♪ コレが、ホーリィの見てた世界って訳なのかぁ……」
……しかし、その様子は妙に気だるげな空気を伴い、それはまるで昼寝から目覚めた猫が伸びをしてから動き出すかのよう。
「あはははぁ♪ すっごくワクワクしちゃうなぁ~! ……ねぇ、早く私と遊ぼうよぉ~?」
そんな言葉と裏腹に、捕食者特有の獰猛な笑みを湛えながら、軽やかに駆け出す恵利の両手には、
……闇夜のように光を吸い込む濡羽色の双剣【ヨウ】と【ホト】がぶら下がり、ゆらゆらと切っ先を不規則に舞わせながら存在を主張していた。
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