⑫勝負の行方。
アンティカの犠牲で助けられたクリシュナの元に、ホーリィが現れる。
「……あ、あのッ!! ……アンティカさんが……」
「……気にすんなよ、アイツは不死者……忘れた頃にフラッと戻ってきやがるさ……」
一歩前に踏み出しながら、ホーリィは背後のクリシュナに、
「後よ、お前が責任を感じる事ぁ無え。アンティカはそっちの奴に及ばなかった。只、それだけだ……」
そう言いながら、感情を押し殺した声で続ける。
「……でも、腹が立たねぇ訳じゃねぇぜ……?」
……みぢっ、と手元から双頭剣の握りが軋む音が鳴り、そして、
「そーゆー事で……アンティカへの手向けだ、派手に死んで呉れ。」
ぼひゅっ、と石材で出来た床が軽く撓み、そして細かく砕かれていく。魔導に因る身体強化の【身体安定】は、錨を打ったかのように彼女の足を地面へと固定し、同時に膨大な質量を加減させ、動きを抑制する。
「……【身体強化】の術式……話に聞いていたが、NPCが使いこなすとはな。」
【笑いガンマン】はそう言うと、変わらず装備していた装具のレバーを握り締め、改めて構える。
……先に動いたのは、やはりホーリィだった。
常に先陣を切り、自らの手で相手を討ち取る為に磨き上げて来たのが、師匠のセルリィから受け継いだ【魔導強化】の術式。鋼を斬り裂き、肉を断ち、骨を砕く必絶の剣技へと昇華させる為に、
「……さぁ、見せて貰おうじゃねぇか、アンタが編み出した戦の流儀って奴をよ……っふ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ っ !!」
……闇夜の如き漆黒の被服を極限まで膨張させながら、筋肉の構成すら変貌させ、骨格及び骨密度をも彼女に似つかわしく無い程に変換し、みじみじと双頭剣【ミダラ】の握りを砕かんばかりに力強く掴み、
「……あふぅっ!! …… 来 た っ ! ! 」
かっ、と見開いた眼から、僅かに泪を流しながら……その小さな体躯を魔導のうねりに任せ、死と隣り合わせの絶頂を求めるかのように……震える。
「……【悪業淫女】だったか……名付けた奴は、敵か味方か知らぬが……」
思わず口から零れた呟きは、ホーリィの変化を促す魔導術式の可視化現象が、見る者に美しき大輪の蓮の中心に立つ、天女か悪魔のように映ったからか……。
赤、青、緑、そして金色の魔導印式が幾つも重なり、足元から波紋のように広がりながら彼女を包み込む。その一葉一葉が放射される度に、魔導の発動時に放たれる特有の甲高い耳鳴りを伴いながら、ホーリィを更なる高みへと引き上げていく。
「……撃てぬ訳でも無いが、撃って当たる気がしないとは……流石は、と言うべきか?」
照準に重なるホーリィの姿は、陽炎のように揺らぎ瞬き、仮想空間に身を投じている筈の【笑いガンマン】は掌に冷や汗を幻感し、思わず苦笑する。
すぅ、と小さく息を吸い、ホーリィは自らの身体を跳躍させる。軽みの境地か、その一歩は滑るように無駄が無く、弾むように揺らがず。
応じる【笑いガンマン】は突き出した右腕に左手を添えて、呼吸を止めてゆっくりと、引き絞るようにトリガーを押し込む。
間髪入れず、【対人零距離12.7mm射出装具】から放たれた弾頭が、ホーリィを抹殺するべく瞬時に眼前へと到達し、唸りを上げながら彼女を滅ぼす為に音速を超えた。
【……しっかし、こうやって眺めると……実に味気無ぇもんだな、この《ダンガン》って奴はよ……】
ホーリィは狭まる視界の先に、直前の大気を圧縮し、刻一刻と迫る鉄鋼弾の先端が生み出す波動と熱が急速に冷やされた結果、レンズ状に放射された霧を棚引かせながら進む様を具に観察し、
【遅ぇなぁ……あーらよっとぉ!!】
調子外れも甚だしい間の抜けた掛け声と共に、真下から【ミダラ】の切っ先を合わせて弾頭をかち上げた。軌道を変えられた弾頭はしかし、消し切れぬ運動エネルギーを超高温に変えながら刃先に沿って走り、弾体に僅かな液状化を残しながら天井へと向かって飛んで行った。
……遅れて訪れる、極高速化された思考と反応が通常に戻る独特の視野の拡がりを感じながら、ゆっくりと周囲と同期し、
「……てな訳で、次はどうする?」
「……剣で、切るとはな……」
アンティカに続き、二度も自らの放った弾頭を退けられた【笑いガンマン】は、半ば呆れながら装填の為にレバーを握り、チャンバー内に残された薬莢を排出させる。
素早く撃ち込む第二の弾丸も、派手に火花を散らせながら天井へ跳ね上げて剃らし、涼しい顔で佇むホーリィを目の当たりにし、やや緊張感を肩に浮かべながら、
「……だったら、至近距離で叩き込むだけ。」
本来なら距離を取って戦うのが常道の射出武器持ちの【笑いガンマン】だったが、自らホーリィに接近し、手にした装具を振り上げ叩き付ける。
「……ッ!! やるじゃねぇか……」
「耐久値、質量的にも、格闘戦に適した装具です。」
真上から振り下ろす装具の重みに合わせて振り上げた筈の双頭剣だったが、重なり合った瞬間に感じる圧迫感。只の脅しとはかけ離れた威力に、ホーリィは暫し力を拮抗させていたが、
「……なら、押し切るまでッ!!」
僅かに切っ先を捻り、力を逃がしながら身体の脇に装具を流し、反対側の切っ先を下から新たに突き出して相手を捉えようと狙うが、
「……装具は一つじゃない。」
眼前に突き付けられた射出口を、首を捻って逸らしながら射線から逃れる。牽制と気付き身体の軸を回転させて背面を向け、脇腹から新たに切っ先を突き出して合わせるも、反対側の装具を叩き付け、再度射線を繰り出す。
幾度も幾度もそうして互いの体芯を狙い、射出口と切っ先を突き出し合い、二人は身体を入れ換え合いながら機会を窺う。
永遠とも思える先の取り合いは、やがて終結を迎えた。
「……弾切れ。」
がちん、とレバーを引き、最後の弾丸を放った装具から薬莢を放出しながら、【笑いガンマン】は短く呟く。そして視線の先で連れの肉体が小さな粒子になり消えた瞬間、ホーリィに手を突き出して……一言。
「時間切れ、残念だが……おさらばだ。」
【……戦闘絶域の有効時間が終了致しました。】
アナウンスと共に、周囲の結界が解け、ホーリィとクリシュナは浮遊感を感じる中、【笑いガンマン】の身体も粒子に変わり、次第に薄くなっていく。
「あっ!? ずりぃぞッ!! 逃げるのかよ!?」
「……また、会う時まで……生きてろ。」
毒付くホーリィを尻目に、足元そして胸元まで消え失せながら、【笑いガンマン】はマスクを取り、素顔を晒す。
二人とは面識の無い、茶髪のショートカットの女性が眼を細めながら何かを呟いたが、その言葉はホーリィに届かぬまま、完全に離脱していった。
「……ちっ。つまんねぇの!! ……おい、クリシュナ戻るぞ!!」
「えっ? は、はい!!」
二人はそう言い交わしながら、次第に元の風景と周囲が同化する中、仲間の元へと合流する為に歩き出した。
煮え切らない終わり方ですが、次回も宜しくです! 引き続きブクマ評価をお願いします!