表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪業淫女《バッドカルマ・ビッチ》  作者: 稲村某(@inamurabow)
第二章 恵利の世界とローレライ配属。
75/124

⑪別れの間際。

ヒトとヒト成らざる者の違いは……無い。



 動けない、ではない。動く事を許されない、だった。



 今もこうして武具を身に帯び、戦う事を幼い頃から叩き込まれてきた自負は有った。


 長きに渡り戦さに身を投じ、幾度も死線を越えてきた日々から来る自信もあった。



 ……だが、クリシュナは傍観者の立場に追いやられて居た。決して足が縮み動けなくなっている訳では無い。武人の名家に生まれた子女として恥ずかしくない程度には技量を高めてきた、そう思えるだけの積み重ねは欠かして来なかった筈なのに。



 「面白い武器……ですわねぇ~? 当たれば流石の(わたくし)も……無事では済まされないでしょうかねぇ~?」


 がちん、と両手の鉄球を重ねてから、相手の手に備わった凶悪な射出兵器をそう評し、くすり、と嗤うアンティカ。



 「……面白い、か。直撃すれば即座に液状化し霧散するに決まっている。生半可な威力、ではない……がな。」


 レバーを再度コッキングし、高熱で油脂の煙を上げる巨大な薬莢を排出させながら、【笑いガンマン】は抑揚を欠いた言葉を発する。



 鎧袖一触、一触即発……互いの非常識極まる武器を構え直しながら、二人は対峙する。先を取ろうと輪を描きながら接近し、アンティカは鉄球を、【笑いガンマン】は《対人零距離12.7mm射出装具》を突き付け合い、放ち、叩く。




 周囲の大気を強烈な衝撃波が走り抜け煙幕を吹き飛ばし、放射状に波紋を撒き上げる。先刻まで二人の姿が見えなかったクリシュナは、二人が幾度も打ち合う度に広がる地響きのような轟音に、自らの矮小さを思い知らされる。


 【笑いガンマン】はその奇抜な見た目とは裏腹に、相手の動きを正確に捉え冷静に判断し、的確に対処している。

 それに対してアンティカは、自らの形状すら容易に変化させ、常に不規則極まり無い動きを止めず、隙有らば鬼神の如き猛攻を繰り出し相手を牽制し、活路を見出だそうと肉薄し続けていた。



 (……付け入る隙が、有りません……)


 跳弾が間近に掠め飛び、背後の壁に頭と同じ大きさの穴が開く。クリシュナの額から汗が滴り、顎へと流れるが……彼女はそれでも動けなかった。命のやり取りは覚悟の上、死を恐れるつもりは毛頭無かった筈なのに……一度足が止まると、もう一歩を踏み出す事は困難だった。


 だが、離れて二人の戦いを見ていたからこそ、ある一点に彼女の思考は釘付けになっていた。それは先程、敵が煙幕を張り、その陰でいつの間にか配置していたのか、やや大きめの薄い箱が四脚の支柱で地面に置かれていたのだ。


 二人が幾度も互いを狙って強撃を打ち込み合っている間も、ポツンとそれはその場所に放置されたまま……だが、だからこそ、意識がそこから離せないでいるのだ。



 だが、不意に【笑いガンマン】がほぼ同時に左右の射出装具から凶悪な連射をアンティカに放ち、幾度も繰り返してきた撃ち合いが互いの距離をかなり離した瞬間、相手が近付くではなく離れて箱の後ろに着地して素早く伏せたのだ。





 ……その時、確かに風変わりな紅い眼鏡の向こう側で、奴は笑ったような気がした。



 クリシュナとアンティカ、そして箱と【笑いガンマン】が一軸で並んだ瞬間を狙っていたのか、小さく手元の何かを操作したかの動きの後……


 唐突に、箱は紅蓮の炎と黒い煙を噴き出しながら、爆風と共に数え切れない鋼の(つぶて)を射ち出した。


 クリシュナはしゃがみ込み、僅かでも身に当たらぬように手を掲げ、せめて頭だけでも守ろうと身体を折り曲げた。


 ……そして、爆風が吹き抜けた後、我が身に起きる筈の激痛が訪れない事に思考を停止させた瞬間、



 「……クリシュナさん、ご無事ですか……?」


 目の前に手足を広げ、礫の(ことごと)くを我が身に受けながら、後ろを振り向いて話し掛ける、アンティカの姿が有った。


 「アンティカさんッ!! ……な、何故……」

 「……そんな事、決まっているでしょう?」


 思わず駆け寄り、今にも崩れそうなアンティカを庇うように手を伸ばしたクリシュナへ、決して敵から視線を逸らさぬまま、彼女は告げる。


 「……私が、大好きな……ホーリィさんの、仲間はね……私の、仲間……なんですよ……?」


 息も絶え絶えで、手にしていた鉄球も手放してしまったアンティカだったが、【笑いガンマン】を眼で捉えたまま、威嚇するように右手を伸ばし、左手でクリシュナの頬を撫でながら、言葉を繋ぐ。


 「……だから、身を挺して守るのも、また、然り……ですわ……」

 「……そう! 不死者ですから!! きっと血を飲めば……!?」


 クリシュナは戦闘礼服(バトルドレス)の襟元を下げ、白い肌を露にするが、アンティカは少しだけ困ったような笑みを浮かべて、


 「……残念ながら、それでは足りませんの……この【異界の武器】は……不死者をも傷付け、魔力を奪うらしいわぁ……ほら……?」


 アンティカが掌を上げると、真ん中に開いた生々しい傷から吸血鬼の命の源たる血液が、じくじくと絶え間無く流れ落ち、地面に黒い染みを広げていく。


 「……さて、こうなってしまったら……私は、暫く……御別れすると、しましょうかね……ぇ」


 そう、力無く告げ、クリシュナの腕の中で次第に小さく縮み、弱々しく四肢を垂らしながら……アンティカは顔だけ残し、自らの生み出した血溜まりの中に身を沈めていく。


 「……ホーリィさんには、また、会いましょうって、お伝えして、くださいな……では、」



 白い顔が血溜まりの中に沈み切る寸前、紅い唇が最期の言葉を呟く前に、彼女は姿を消した。




 「……悲しい別れは、終わったか? この《戦闘絶域》は途中で出る事は出来ない。お前はこのまま死ぬか? それとも……闘うのか?」


 【笑いガンマン】はそう告げると、足元の箱を蹴り倒し、クリシュナへと両腕の装具を掲げ、トリガーに指を添え照準の中央に彼女の姿を捉える。


 「……護られたまま、おめおめと引き下がる程の屈辱を選ぶ位なら……前に進んで力尽きる事を……私は選ぶッ!!」


 足元の鉄球を拾い上げ、左右の上腕で掴み構えながら、クリシュナは戦う為に立ち上がり、【笑いガンマン】へと突き付ける。


 「……虚栄心で立ち向かうのならば、二度と思い付かぬ様に粉微塵に撃ち砕くのみ。蛮勇を掲げて立ち塞がるのならば、二度と立てぬ様に四肢を砕いて射ち倒すのみ。……さて、どちらを選ぶ?」



 「仰々しい言い方しやがんな……どーせ誰でも死ぬ時は死ぬもんだぜぇ?」


 不意に背後から懐かしい声が掛かり、思わず振り向くクリシュナの視線の先には……


 「お~お~、クリシュナも随分と女前になっちまったもんだな~? ()()()()()()()()()なっちまってるぞ?」


 【突き突き魔人】の髪の毛を掴み、引き摺りながら現れたホーリィが、無造作に掴んでいた相手を放り投げ、クリシュナに向かって何時もと変わらぬ口調で語り掛ける。


 「……で、アンティカの奴は……」

 「……私の、身代わりになって……」


 指先で指し示すクリシュナの視線を追い、ホーリィがしゃがみ込み血溜まりに指を伸ばすと、血溜まりがゆるゆると指の下へと動き、彼女の影に吸い込まれ、消えてしまう。


 「……ふーん、そー言う事かい?……はぁ……やるせないねぇ、ホントに……。」


 そう呟きながら、ホーリィは立ち上がり、



 「【笑いガンマン】って、言ってたな? ……さて、そんじゃ始めようかい?」


 双頭剣をざしり、と構えながら、ホーリィは片手を挙げて、相手に向かって宣言する。




 「……ワタシは、こー見えて……結構強いぜぇ?」


 先程まで封印していた【魔導強化】の術式を全開にし、緩やかに黒髪を巻き上げながら……宣戦布告とばかりに双頭剣を両手で掴み直し、【笑いガンマン】へと突き付けた。





アンティカさん、作者的に大好きなんですが……暫くお休み。そして感想欄への回答で勇み足しちまったので、サクッと更新しました。ブクマと評価、宜しくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ