⑩不死者対銃撃者。
次第に現実とゲーム内の虚構とが交錯していく。
十字槍とは、文字通り刃先が十文字の形状をした槍である。
突く、払うは元より、引いても切れる形状は傷を更に深くし、致命傷を与える容赦無い構造と言える。
朱塗りの柄は背丈程の長さで、中程で保持し構えれば取り回しも悪くない。足軽の持つ長槍と違い、槍術主体の戦法に用いれば恐るべき武器になるだろう。
腰を落とした構えで風を払い、大気を切り裂くように鋭く突き出された穂先がホーリィを狙い放たれるが、
「……ちょこまかと良く避けるなぁ~!!」
「うっせぇ!! 当たって無事で済む保証は無ぇだろ~が!?」
自ら【突き突き魔人】と名乗った闘士は、左手を前に突き出し背中に十字槍を隠すように構えながら、軽く前傾姿勢を取る。
対するホーリィは見慣れぬ十字槍の鮮烈な一撃毎に、僅かな判断の迷いも許さぬ殺気の乗った気迫を感じ取り、驚くと共に昂る高揚感に酔い痴れていた。
今までの相手は大半が、自らの身体を飛躍的に変化させる魔導強化を用いれば、技量の差を埋めずとも勝つ事が出来る相手ばかりだった。
だが、今こうして対峙している相手には、何故か魔導強化を施して勝とうと思えないのだ。
(……何でだろうな……見た目はまぁまぁ、別に抱かれたい程でもねーし、相変わらずぶっ殺したい。でも、何でか、ズルして勝ちたくねーんだよなぁ……)
左右の手に持つ【ミダラ】【フツツカ】の双剣の柄尻を重ね合わせ、ずぬり……と結着させる。
(……何となく、そう……何となくなんだけど、コイツに勝てれば、ワタシの中の何かが変わるよーな、そんな気がするぜ……)
ホーリィは無意識の内に溜めていた魔導発動用の練気を解き放ち、双頭剣を上段に構えたまま、荒れ狂う程に体内に溢れていた殺意を宥めて落ち着かせていく。
(……でもよ、コイツをぶっ殺せなかったら、ワタシがぶっ殺される訳じゃね? つー事はよ、エリやショーマがぶっ殺されるって事だよな……)
……みじぃっ! と聞こえない筈の断裂音が頭の中に響き渡り、ホーリィは意識を再覚醒させる。
《……あああぁ!? ふざっけんなよっ!!! エリに指一本入れてみろッ!? ……何だか何となくムカつくッ!!》
……微妙に間違ったまま、突然、彼女は強烈な殺意に塗り潰されていく。
「……俺、無意味に怨まれてるよーな気がするな……」
【突き突き魔人】はそう呟きながら、十字槍を掌の中で握り締め、脇に固定したまま身体を捻り遠心力を乗せつつ構え、突き放つ。
真っ直ぐ突き出された穂先がホーリィに向かって接近し、直前で掌の中で柄を回して十字に別れた箇所が彼女の眼前で回転し、軌道を変則的にし惑わせる。
……だが、ホーリィはその動きにすら対応し、ほんの僅かだけ双頭剣で流して紙一重で避ける。
「……避けるかよ、これを……ッ!!」
神業の回避を見せながら、ホーリィは眉一つ動かさず、戻る穂先に追従し前へと進む……が、その背後から十字槍の横軸の刃が後頭部目掛けて殺到し、彼女の首を刈らんと迫る……!!
「後ろに目が付いてるのかよ!?」
再び襲い来る刃先がホーリィの命を奪わんとするが、僅かに首を下げて掻い潜り、相手の胸元まで接近し、
「うしっ!! 殺すぜぃ~ッ!!」
「させるかよっ!!」
気迫と共に繰り出す双頭剣、そして迎え打つ十字槍……。
双方の得物で打ち合い激しく火花を散らしながら、互いの技量の全てを投じて相手の命を刈らんとする二人。
その勝負が決着を迎える前に、片方では異形の闘士とクリシュナ、そしてアンティカの二人が世にも珍しい【銃火器と近接武器】による対決を繰り広げられていた。
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【wwwwww 三つ巴 wwwwww】
「……貴方は、お話出来ないのですか?」
クリシュナは、異界の闘士【笑いガンマン】と向き合いながら、次の出方を伺っていた。だが、相手は保った距離を離すでも近付くでもなく、その場から微動だにしない。
「クリシュナさぁ~ん? このお方、私が先に食べちゃって構わないですよねぇ~?」
甘ったるい声で、アンティカが語りながら一歩前に踏み出す。周囲の状況から見て、自分達を足止めする為に待ち構えていたのなら、相手のペースに合わせる必要はない。
どちらともなくそう結論付けて、アンティカは背中に回していた鉄球の付いた棒を提げ、握り締めてスパイクを突出させる。
【wwwwww 鈍器 wwwwww 即死系 wwwwww】
【笑いガンマン】はそうメッセージを送るが、二人には届かない。しかし、本人は全く意に介さず、自らの職務を全うする為に動く。
《……PCキャラからの申請を受託。只今より【戦闘絶域】を設定します。》
無機質なアナウンスが耳に鳴り響くと同時に、浮かび上がる魔導陣の中心に三人が収まり、今まで居た謁見の間から隔離されていく。
「……これは……ローレライの用いる障壁と同じようですね」
「あらあらぁ~♪ せっかちサンですこと!! でも、お姉さんは、そーゆーの嫌いじゃないわよぉ~?」
白い魔導の隔壁が晴れた時、三人は謁見の間と似たような構造の異なる場所に居た。周囲を囲む壁は城内と全く同じ漆喰製だが、出入りする為の扉や窓は一切無く、勝負が決するまでは外に出る事は出来ないようだ。
「それじゃ~、始めちゃいましょ~♪」
アンティカの明るい声を合図に、今まで全く身動きしていなかった【笑いガンマン】が身を屈め、その場から牽制射を放つ。
三点バースト(一回トリガーを引くと三連射される機構)でアンティカの胴体に狙いを絞り、吸い込まれるように弾丸が華奢でくびれた腹部へと殺到するが、
「……チャラいですわよ? 殺意無き鋼の鉄屑如きで我が身を弄するつもりなんて……」
激しい火花と共に、振り回されたトゲ付鉄球が弾丸を弾き飛ばす。超音速の弾頭を容易く打ち落とすアンティカに、
「……本気出せばいーじゃん、最初からさ……」
……【笑いガンマン】は若草がそよぐような澄んだ声で、呟く。
そこからは互いの全力を出し切るような猛攻の応酬となり、クリシュナはただ、見守るしかなかった。
【笑いガンマン】は一切の妥協を排したフルバースト(全弾発射)で距離を離しながら、アンティカの在する空間全てを滅するが如く弾丸の雨を降らせる。
「それが最善策……でしょうねぇ~?」
だが、アンティカは悉く両手の鉄球で弾く。有る時は停止させたまま、また有る時は掬い上げる動きで、放たれる弾丸を無効にしていく。だが、跳弾は彼女の身体の端々を掠め、小さな裂傷を生み出していく。
「……射たれ放し、っと言うのも……あまり良い気分では……ありませんねぇ~?」
頬を掠めた跳弾により出来た裂傷が、彼女の白い肌に一筋の血を流させる。それを舌先で舐め取り、ちろり、と覗かせて赤い生き物のように踊らせてから、
「それじゃ……本気で、イキますわよぉ~?」
……ぎんっ、と音が発せられたかのような眼光を迸らせつつ、アンティカが立ち位置を前へと進め、
「……肉塊に、しちゃおうかしらぁ~?」
ぐにゅ、と身体を液状に変えて一瞬、視界から消えてそのまま影のように前進。非普人種ならではの非常識極まる動きで相手との間合いを瞬時に詰め、笑顔を浮かべながら眼前に肉薄し、
「……耐えられるかしらぁ……♪」
ぐっ、と握り締めた鉄球を振り上げた瞬間、
「……お互いに、相応しい得物でやり合わないと釣り合わないって、事だな?」
【笑いガンマン】は手にしていた銃を躊躇無く投げ捨てて、新たな武器を背嚢から取り出す。それは取っ手の生えた円筒状の物体で、鈍く光る金属の無骨な撞木の様な物。
「……《対人零距離12.7mm射出装具》を……味わってみな?」
アンティカの鉄球に向かって構え、取っ手のトリガーを握り込む。
……刹那、装具の開口部から紅蓮の炎が排出されて、鉄球へと放たれた弾頭が今まで射ち出されたのとは比べ物にならない強烈な威力を発揮し、アンティカの身体を鉄球ごと弾き飛ばす。
非常識極まる豪射の威力は凄まじく、鉄球を振り下ろしていた筈のアンティカをあっという間に引き離し、肉薄していた筈の彼女を壁際まで吹き飛ばしてしまう。
「……素晴らしいですわぁ~♪ 比べ物にならない殺意の塊ッ!! 猛りますッ!! 漲りますわッ!!」
飛ばされる鉄球と共に離されたアンティカだったが、身体を強引に引き寄せながら着地し、ざりざりと地面を足裏で捉えつつ停止した彼女の表情は悦びに輝いていた。
「……変態だな。同じ女として、薄ら寒い奴だな、実に。」
言葉を区切りながら、【笑いガンマン】は取っ手を引いて排筴し、新たな弾丸をチャンバーに送り込む。
「……だが、ある種の爽快感は禁じ得ない。」
そう呟き、背嚢からスプレー缶の様な物を取り出すと、レバーを引いてから無造作に放り投げる。
それが白い煙を排出し、【笑いガンマン】の姿を二人の視界から隠した瞬間、クリシュナは接近するべきか、或いは距離を離して出方を窺うべきか、迷いを生じさせたのだが……
「……進むも死地、戻るも死地ですわよぉ? ならば……進むのが花道ですわねぇ~♪」
恐れを知らぬアンティカは、躊躇無く前へと進む。それが未知の闘いに誘うとは思わず……。
気付けば予定字数を超えています……だが、それが良い。次回も宜しくお願い致します! 引き続きブクマと評価お待ちしてます!