⑥戦端の兆(きざ)し。
遂に恵利と翔馬の二人は【ギルティ・オーバー】の世界で戦に身を投じる事になる。
正式名称『ミルメニア帝国所属・仮設強襲戦艦【ローレライ】』
本来なら『仮設』と言うのは、徴用された遊覧船や輸送船を改装した時に課せられる名前だが、帝国に於いてはローレライの為にのみ存在する呼称であろう。
仮設を名称に冠した飛空艦船は過去に幾多も有ったが、現在も現役で活躍しているのはローレライだけである。常に最前線に赴き、決して残存兵を捨て置かずに帰投する。しかし補充兵の損耗率の高さから「棺桶運びのローレライ」と揶揄されてもいるが、古参兵は口先ばかりの連中の言う事など気にもせず、今日も戦場に身を投じ、必ず戻るローレライが現れるまで……
……命を賭けて、戦いに挑む。それが強襲戦艦【ローレライ】に乗り込む者の矜持なのだ。
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「……で、これが『非常糧食』。まぁ……味はバティの飯とは比べモンにはならねぇが、六食分だ」
そう言いながら、互いに向き合うホーリィから軽い紙包みを受け取る恵利と翔馬。手に取るとカサカサと頼り無げな音を立てるが、渡されるのはそれだけではなかった。
「……それとコッチが『携行水球』。見たまんまの玉っころだが、口に入れて噛むと水が溢れるかんな? 慌てて飲み込むと、折角の水が喉を通らねぇから、アレん時みてぇに時間を掛けて、じっくりと楽しめよ?」
細長い網状の袋の中に数珠のように連なった球を手渡しながら、見た目に似合わぬ下卑た笑いを浮かべるホーリィに、神妙な表情で無言のまま頷く翔馬。自らの下ネタに反応せず、がっくりと肩を落とすホーリィに恵利は苦笑しながら、
「……ところでホーリィ、私達が来る前から準備に忙しそうだったけど……何かあったの?」
「何が……って? んなもん決まってるじゃねーか!! 戦だよ戦!!」
戦時携帯品を手渡し終わったホーリィは、やおら立ち上がり腕を組みながら二人と相対し、
「よーやっと(ようやく)! 喧嘩相手が定まったのさ! 今回は特に時間が掛かったみてーだがよ……まぁ、副戦隊長になったアジが説明してくれっから、準備が終わったら表に出ようぜ?」
「表に……艦橋じゃないの?」
「いやいや……流石に全団儀礼だから外でやるぜ? ホブゴブ共や猫共も集まって来るからよ……あ! そーだ! ショーマ!!」
そこまで説明していたホーリィは突然思い付き、彼の名前を呼びながら手招きし、
「……おめぇ、新兵だからってキョロキョロしてっと舐められっかんな? キンタ○握ってしっかり立ってろよ?」
恵利に背中を向け、やおらソコを鷲掴みしながら耳打ちするホーリィに、
「ひぁ!? ……わ、判りましたから握らないでくださいって!!」
急所を掴まれ身動き出来ない翔馬だったが、やがて手を放したホーリィはニヤリと笑いながら、
(……エリと何にもねーんだったらよ、今度二人で遊ばねぇか?)
等と耳打ちし、考えといてくれよ!! と明るく叫び身を翻して艦内から外に出る開口部目指して歩き出した。
「翔馬クン、ホーリィと何話してたの?」
「いや……新兵だから、舐められないようにしとけって……そんな感じ」
「ふ~ん……らしいって言えばらしいけど……」
恵利はやや納得しかねながら、全団儀礼に向かう為、ホーリィが進んだ方に翔馬と共に歩き出した。
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多数の飛空艦艇が舳先を連ねる停泊地の、傍らに広がる緑地に多くの者共が集まっていた。その周囲にはまばらながらも見物人が並び、何かが始まるのを待っているようである。
「傾注ッ!! 聞こえねぇ奴は黙ってろッ!!」
ざわざわとしていた集団も、然るべき状況での召集である。即座に水を打ったように静まり返り、アジの言葉に耳を傾ける。
「……知っての通り、帝国は勝っている。勝ちまくっていると言ってもいい。だが、それは楽な相手と戦って来たからだ……しかし……」
そこで言葉を区切ったアジは、目の前に居並ぶ兵隊の姿を眺める。
古巣のローレライ組には女性の姿が目立つが、一人見慣れぬ若い男の姿がエリの横に見える。配置転換になったバマツの代わりになるのか、若干心配する。
中央には山猫族を束ねるパルテナを中心とした、鷹馬の騎兵達。装備は軽装だが、通常の馬より背の低い鷹馬に騎乗する彼等は、通常の騎兵より鈍重な武器も扱える為、見た目だけでは歩兵と然程の違いは見えない。
そして、ローレライ組の反対側に、自らの手で縁を繋ぎ止めたホブゴブリン隊が異形を晒し、列を為せずに沈黙し立っていた。彼等を執り纏める隊長のみ、アジの方を睨むように見つめていた。
「……今度の戦は、今までとは違う!! 敵の喉元までに連中の同盟国を二つ、潰さねぇと辿り着けねぇ!! 大陸の中央回廊を進む途中で、間の同盟国を潰しながら進まねぇと、背後を衝かれちまうからな……」
アジの説明は手短に済ませられ、今後の予定と出立の時間が言い渡される。その間に隊長格のパルテナとホブゴブリンの隊長が、密かに視線の火花を散らしてガンの飛ばし合いに興じていたりはしたが……無事に終わったようである。
……と、ここでアジは沈黙する。話の途中で内容を失念したのなら、焦りの一つも有るものだが、毅然と前を向く様は明らかに違い、一同は無言のまま、彼の言葉を待っていた。
……と、ひゅう、と一息入れてから、アジは声を振り絞り一気に捲し立てるッ!!
「……相手は【グロリアス国】だッ!! ……今までみてぇに楽に勝てると思うなッ!! 自前の魔導絡みの武器を同盟国にバラ撒いて、回廊塞ぎに躍起になってやがりそうだが、てめぇ等の肝っ玉を試す機会が有るってもんだッ!! そうじゃねぇかッ!?」
「「「「おおおおおおぉッ!!!」」」」
居合わせた者共の雄叫びが響き渡り、手に武器を持った者は隣り合う者と派手に打ち鳴らし合わせ、素手の者は中空に拳を振り上げて互いを鼓舞し合う。
「先ずは回廊先端の相手側同盟国【クレディウス】に殴り込みを掛ける!! 宣戦布告と同時に一気に攻め込むぞッ!!」
「「「「うおおおおおおおぉーッ!!!!」」」」
足を踏み鳴らし気勢を上げる兵士達を一瞥し、アジは隊長の名前を呼び、各自に指示を与えて解散させた。のだが……
「ホーリィ、それとエリとショーマ、チェリーは残れ。まだ伝える事がある」
「……なんだよ、コッチは準備しなきゃなんねーんだぜ?」
「私達もですか?」
四人はアジの周りに集まり、初対面のチェリリアーニと二人は互いに挨拶を交わす。
「初めまして、恵利と言います。義勇兵のチェリリアーニさんですね? 宜しくお願いします!」
「呼ぶには長いでしょうから、チェリーで宜しいですよ? エリさんですね? ……噂に聞いていましたが、生身の人間が魔導人形に憑依している姿を見るとは思っていませんでした。」
しげしげと興味深げに恵利の身体を見つめるチェリリアーニに、少しだけ照れながら問題はありません、と答える恵利だったが、アジがチェリリアーニに近付いて話し始め、一歩後ろに下がる。
「……さて、チェリーには【軍事顧問】として、ローレライに搭乗し同行して貰う。何せ相手の【魔導兵器】ってのを詳しく知っているのは、君だけしか居ない訳だからな。利点と欠点に詳しい奴が先頭を切るローレライには不可欠だ。どうだ?」
「……畏まりました。お役に立てるよう努力致します。」
「……済まんな。さて、エリとショーマの二人には……これは言っておかねぇと、俺が納得出来ん話だ。」
と、前置きしてから、アジは二人に向かって話し始める。
「……二人共、エリはともかくショーマは【初陣】だ。それで……ローレライに乗り込む、と言う事は……判っているか?」
「……過酷な戦場に身を晒す、って事ですか? 私はどんな事になるかは知っています……彼はまだ、そうした経験は有りませんが……」
「……自分は……覚悟して志願しました。恐れては居ませんッ!!」
翔馬はゲームの世界だという実感が希薄になる中、傍らの恵利の存在を確かに感じながら、自らの声でハッキリと答える。恵利とアジのやり取りを聞いていた時から、足と指先が震えるのを実感していたが、それが初めて感じた『武者震い』なのだと自覚した瞬間、恐怖は消え失せていた。
「……ふむ。まぁ、悪くねぇか。……エリ、随分と勇ましい彼氏じゃねーか?」
「……だっ、だから違いますっ!! もぉ~みんなして同じ事を……ねぇ?」
「……はぁ、まぁ、そうですね……頑張りますって、ホント……」
恵利の期待外れな返答に、がっくりと肩を落とす翔馬だったが、彼の肩を笑いながら掴み、アジは力付けるように、
「まぁ、気にすんな! 俺も嫁と付き合う前はいつもそうやって、素っ気なく扱われたモンだぜ?」
そう言って軽く揺さぶってから、腰に提げていたベレー帽を額の角を避けるように被り、アジはホーリィに案内を頼みその場を後にした。
バーチャルの世界での極限とは……? 次回もお楽しみそしてブクマと評価も御願いします!!