⑦帝国筆頭強襲戦艦・ローレライ
クリシュナを加えて四人になったホーリィ達。さて、彼らの活躍を支える戦艦ローレライとは?
バマツの帰還慰労会(若しくは戦争童貞発散記念会?)を終えたホーリィとクリシュナは、翌朝二人で班編成の加入届けを提出する為に、【自由兵詰所】へと訪れていた。
ホーリィは何時もと変わらぬ黒のタンクトップに綿の白いホットパンツ、それに綿のジャケットを羽織り、クリシュナは淡い水色のシャツに革のズボンのシンプルな出で立ち……だったのだが、その四本の腕が目立つことこの上無い。
おまけにホーリィに負けず劣らずの容姿と美貌なだけに、道行く一般兵や非戦闘民達の熱い視線を集めて止まなかった。
やがて【自由兵詰所】に到着した二人は連れ立って受付で書類にサインし、クリシュナは恭順の際に受け取った身分証と引き換えで新しい身分証(勿論自由兵としての)を貰い、豊かな胸元へと仕舞い込んだ。
「……っと、ほれ、クリシュナ! コイツが【剣の妖精】との契約の証って奴だぜ?」
暫く別行動になっていたホーリィが外で待つクリシュナと合流し、そう言いながら一つの小振りな宝玉を投げ渡した。
パシッ、と掴み取りながらクリシュナが掌を開くと、そこには赤く渦巻く複雑な模様を浮き上がらせた宝玉を取り付けた、簡素な金具付きの装身具が有った。
「それを手で握り締めながら、誓いの言葉を唱えりゃ……お前専用の【剣の妖精】ってのが出てくるからよ? まぁ、たぶん娘っ子が出てくるから、そんな名前付けてやんなよ?」
「娘っ子……ですか? ……判りました。それでは早速、こほん……『剣には剣を、力には力を、仇敵には制裁を』……っ!!」
手続きの時に聞いていた呪言を唱えると、シュッ! と小さな音と共に光を放った宝玉から、小さな粒のような物が滲み出たかと思うとあっという間に人の形と成り、やがて力強く羽ばたく妖精へと変わりクリシュナの前を漂いながら、
《……あら! 貴女が私の新しいご主人様になるヒトですか?》
「……う、うむ! 私はクリシュナ・デ・ロイであります! ……その、あ、あなたの……ご、ご主人になる者です!」
《……緊張しちゃって! そんなに堅苦しくしなくても宜しくてよ?》
「は、はい!! ……では、あなたの事は……クリトリアと呼ぶ事に致しますッ!!」
……な、なんですとっ!? と言うやや遠巻きに集まっていた周囲のどよめきを余所に、自ら命名したクリトリアを指先に留まらせながら、
「うん! 実に素晴らしく可愛らしい名前です! ……あ、どうかなさいましたか? ……お姉様?」
「ふわぁっ!? い、いや!! 別にぃ!! ……うん、良い名前じゃねーの? く、クリトリ……ア? ……ねぇ……」
何故か微妙な表情のホーリィに、クリシュナは少し戸惑ったものの、やがて気を取り直し、
「それでは参りましょう!! ……の、前にこの宝玉は、何処に付けていれば宜しいのですか?」
「……あ、うん……イヤリングみたいにして耳たぶか、ペンダントヘッドで首にぶら下げるのが普通かね……」
「そうですか!! それではイヤリングにしておきますね。それでは参りましょう、クリトリア!!」
《えぇ、宜しくお願いしますね! ご主人様♪》
パタパタと羽ばたくクリトリア、そして彼女を伴いながら颯爽と歩き出すクリシュナ。
「さて、これでアンタも晴れてウチの一員になったんだが……そんなクリシュナにもう一人紹介したい奴が居るんだが……どーする?」
「是非ご挨拶させてください! ……で、どちらにいらっしゃるんですか?」
「あー、コッチの方だ。係留地点に居るから少し歩くぜ?」
そう言いながら先に歩き出すホーリィの後ろ姿を追うクリシュナと、彼女の後ろをふわふわ漂いながら飛ぶクリトリア達は通りを横切り、広大な係留地点へと向かって歩いていった。
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係留地点は、空中要塞の外縁部に在り、そこまでの道程は丘を越え、穀倉地帯を抜けて歩き続けて到達するのだが、従軍者のホーリィとクリシュナにとっては造作もない距離である。
しかし、気温の低い高度にある空中要塞とはいえ、直射日光を浴びながら進む二人の額にはうっすらと汗が滲み、クリシュナもシャツのボタンを一つ外して外気を胸元へ取り込みながら歩き続けていく。
やがて見渡す限りの大空を背景に、一目で空中戦艦と判る艦艇が舳先を並べる壮観な係留地点へと近付いたホーリィ達だったが、不意にクリシュナは視界に異質な物体を見つけて、
「……あの、御姉様……この巨大な甲羅……みたいな物は一体何なんですか……?」
と、不思議そうに指差しながら尋ねた。まぁ、そう聞きたくなったのも無理は無い。そこには正に巨大な甲羅、としか言い様の無い物が無造作に横たわっていたのだから。
見た所、地面に接地している箇所は緩やかな楕円形をしていて、巨大な卵を切り取って置き去りにされたかにも見えるが、側面には人間が出入りする為のハッチが数ヶ所設けられ、良く見ると所々に焼け焦げた痕等が見てとれる。
ならば、これは空中戦艦の部品か何かだろうと思えるのだが、クリシュナの知っている種類の艦船に脱着式の船体構造を取り入れた物は皆無であり、そう考えると尚更訳が判らないのだ。
「……あ、これか? コイツは【ローレライ】の乗員室兼装甲板さ! ……ほ~ら! 噂をすれば早速見つかったぜ? ウチの自慢の艦長様がな!!」
ホーリィはそう言いながら足早に係留地点の突端に走り出すと、そこには更に不可思議な物体がクリシュナを待ち構えていたのだった。
……それが【戦艦の艦長】だと言われても、幾ら何でも冗談が過ぎて苦笑いするのが精一杯……で、クリシュナは実際に困惑しながらホーリィの方に(……マジで?)と言いたげな顔をするしかなかった。
二人の視線の先には、澄み切った剥き出しの青空が眼下に広がっているのだが、そこに停泊している空中戦艦とは全く異質な物が宙に浮かんでいたのである。その見た目は真っ黒い表面に武骨な傷や焦げ痕が幾つも有り、それが戦場に赴いた証だと直ぐに判ったけれど、良く見れば見る程……
「……こ、これって……まさか、鯨!?」
「うん? ……クジラってのがどんな奴かは知らねぇけど……詳しく知りたきゃ直接艦長と話してくりゃいーんじゃねえか! ほ~ら! 『グランマ』!! 寝惚けてちゃだめだぞ! アンタの可愛いホーリィ様が出向いてきたんだからよ!!」
…………、
【……あら? 珍しい事も有るものね……非番の日にホーリィがわざわざやって来るなんて……明日は雪かしらね?】
かなり長い間の沈黙を経てから、【ローレライ】と呼ばれる、巨大な空飛ぶ鯨がゆっくりと、しかし丁寧に言葉を返した。
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【空中戦艦ローレライ】
……その船名が帝国史に刻まれたのは、開戦後暫く経ってからだった。
巨大な空中戦艦が舳先を並べる係留地点に突如現れ、中規模巡洋艦が当時の登録艦種であったが、初戦から相手陣営の正規戦艦を容易く葬り、しかも無傷で帰還した功績から、正規戦艦へと異例の昇格を果たす。
それから破竹の快進撃を繰り返し、今や様々な渾名を冠した帝国きっての精鋭強襲戦艦へと成り、現在に至る。
因みにローレライには艦長は搭乗していず、自らが艦長として任務に赴く事から、【孤高の空中女王】や【女王陛下の一番艦】と呼ばれる事もある。
……その正体が『召喚された異世界のクジラ』だと、ヒトと意志疎通が出来る存在だと知る者は、乗員以外は一部の将校のみである。
……因みに【グランマ(おばーちゃん)】と呼ぶのは、ホーリィだけである。
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グランマとホーリィ達の恐るべき戦法は……? 次回も宜しくお願い致します!