②恵利の再来。
久々にゲームの世界に足を踏み入れる恵利。
「……さて、準備完了……!」
トイレには行ったし、経口保水剤も飲んだ……あとは……、
私はベットに仰向けに横たわり、久々にHMDを被って側面のスイッチを押した……
《ーー長時間の接続は体調不良の原因を招きますーー》
《ーーもし体調不良を感じた場合は速やかにログアウトして下さいーー》
……見慣れた警告画面が視界に入り、やがて……
《ーーようこそ、【ギルティ・オーバー】の世界にーー》
……現実感が希薄になり、身体の感覚が入れ替わる……
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……最初に眼に入ったのは、通りに溢れる人の姿だった。
恵利は自分の身体を確かめると、前に使っていた魔導人形のアバターだと直ぐに判った。
(……若干の居心地悪さは、周囲から浮いて目立っているからかな?)
彼女はここが帝国浮遊大陸の【登録事務所】前だと直ぐに判り、翔馬の姿を探す。
「……あ、恵利さん!! ……す、すげぇ!! それ【魔導人形】じゃないですか!?」
後ろから声を掛けられて振り向くと、標準的な体格の若者が手を振りながら近付いて来た。
「翔馬クン! ふ~ん、成る程ねぇ……カスタマイズ・アバター使ってるの?」
「い、いや……久し振りにフルダイブやるから、何となく気合いが入って……」
「そーなんだ! それは私も同じかな……? ねぇ、似合ってる?」
クルリと身体を回転させて、プリマドンナ宜しく恭しく頭を垂れて、手を丸く構えながら会釈をすると、身に纏っていたチュニックとフレアースカートがフワリと舞い、
「やっ!? いや……凄く似合ってるよ……ホントに!」
「あは♪ 良かった~! それじゃ登録済ませちゃおうよ?」
恵利はそう促しながら、翔馬の手を引いて事務所内へと足を向けた。
「あっ!? ……そ、そうだね……」
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翔馬の登録は直ぐに終わったのだが、問題は恵利の方だった。
事務所の女性登録担当官が大慌てで上司らしき人物と相談し、二人は更に上役らしき人物と何やら話し込み始め、事務所内は妙な騒ぎになってしまった。
「……その、エリさんでしたよね? 【ローレライ】搭乗を希望なさっている、それで間違いは有りませんか?」
「は、はい……一応、許可は出ていると思うんですが……」
「そっ! それは勿論間違いは有りませんよ! ……ただ、【ローレライ】ですよね?……参ったなぁ……」
その事務所担当の最高事務責任者が言うには、ほぼ軍内最強に近い存在のローレライに、書類登録上の新兵が乗艦申請を出した事は過去に無く、書類が存在しないらしい。
「え~っ!? そ、それじゃホーリィにも会えないって事!?」
「恵利さん、ホーリィを知ってるんですか!?」
翔馬の驚き振りに表情を曇らせつつ、(……あ、ホーリィって凄い有名キャラだったっけ……)と今更気付く恵利だったが、思わぬ方向から問題は解消される事となった。
「……あら! やっぱり此処にいたのね!!」
背後の声に周囲の注目が集まる中、事務所の入り口から一人の女性が真っ直ぐ恵利の元へとやって来る。
金色の長い髪を優雅に垂らし、白く丈の短目な薄手のシャツに薄い革のチョッキ、そしてブーツにスカート、そして決め細やかで透けるような白い肌。耳は尖り笹のように伸び、耳朶には赤い宝石が飾られているが……何より印象的だったのは、長い睫毛に彩られた金色の瞳だった。
「……あっ!! セルリィさん!!」
恵利は彼女の声に反応して振り向き、明るい表情を取り戻しながらセルリィの元に駆け寄り、
「お久し振りです! ……それが、少し困った事になって……」
「……ん? 困った事って?」
恵利から手短に事情を説明されたセルリィは、即座に責任者の男性の元へと歩み寄り、
「……お話は伺いました。まぁ、軍規に則して対応するのが皆さんの職務ですから、当然の対応だと存じますよ? ……と、言う訳で【ローレライ艦長代理補佐】としての権限で宣言致します。彼女とお連れのショーマくんは、ローレライの乗艦補助要員として只今から軍務に就きます。宜しいですか?」
「えぇっ!? ……は、はい……そう言うことならば了解致しました。……では略式ですが、此方の発令書にサインをお願い致します」
一見すれば、小柄で線も細く見える私服姿のセルリィが、軍服に身を包んだ事務官を相手に対等に話を進める様子はかなり奇妙であり、翔馬は目の前で起きた出来事が暫し信じられなかったのだが……
「……あー、セルリィさんの事? そりゃそうよ! だって【ローレライ】で二番目に偉い人だよ?」
と、恵利にサラリと言いのけられて、(……こーゆーのをチートって言うんじゃないの?)と内心思ったが、翔馬は黙ることにした。
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「それにしても、随分久し振りなんじゃない? ……そっちの彼氏と忙しかったのかなぁ?」
セルリィが小狡そうにニヤリと笑い、肘の先で恵利をツンツンと小突く。
「いやっ!! 彼氏とかじゃ全然ないからっ!! ……何と言うか、つまり……そう! 学友よ学友!!」
慌てて否定する恵利の後ろで落胆の色を隠せない翔馬に、(……あらら? 私ったら悪い事聞いちゃったかな?)と思いつつ、そこは大人のセルリィで、
「そうなの? まぁその辺の事はおいおい聞くとして……自己紹介がまだだったわね? 私はセルリィ・ローデンライム。一応、ローレライの副艦長補佐をしているわ。宜しくね?」
そう言いながら翔馬に手を差し出すと、慌てて彼はセルリィの手を握り、
「じ、自分は翔馬です! 恵利さんと同じ……学問をしています!」
「あら? 学生さんなのね? じゃ、知らない事も沢山あるだろうから、その時は遠慮無く聞いて頂戴ね♪」
そう言いながらセルリィは微笑み、スッと身体を前に進めて翔馬の肩に頬を寄せて、
(……もし、恵利に訊き難いような事があったら……色々と教えてあげるわ……個人的に……ね?)
と、囁き、静かに身を離す。翔馬の肩から彼女の長い髪がサラリと落ち、えも言えぬ芳香と女性特有の甘やかな薫りが残り、翔馬は心拍が上がった気がした。
「……セルリィさん! 何を吹き込んでるんですかっ!?」
「あら? 気になるぅ? ……でも教えてあげないわよ♪」
意地悪く答えるセルリィだったが、折よく目の前に停泊地に浮かぶローレライの巨体が視界に入り、翔馬は思わず声を上げた。
「おおおぉ!? す、すげぇ……本物のローレライだっ!!」
だが、その艦体の直ぐ脇に居た二人の小柄な女性に気付いた恵利が、
「あっ!! ホーリィ!!」
叫びながら走り出し、向こうも気が付き手を振りながら、
「うおおぉ!! エリじゃねーかッ!! やっと来たかこのヤロウッ!!」
長い黒髪を靡かせ軽々と走り出し、軽く跳躍すると恵利に向かって飛び掛かり、
「マジかよッ!! 久し振り過ぎて泣きそうだぜッ!! ……乳デカくなってないか? 揉まれて腫れたか!?」
「バッカじゃないのッ!? この身体が成長すん訳ないでしょう……ってだから揉むなよバカホーリィっ!! ……ぎゃーッ!?」
セクハラ全開で衣服の下に手を滑り込ませるホーリィに、身体感覚を獲得した新しいアバターの性能を確かめさせらた恵利が、ほぼ犠牲者と化しながら絶叫する姿に、
「……ねぇ、ショーマくん。アッチでも恵利はあんな事されてんの?」
「……たぶん、絶対にないと思いますよ?」
と尋ねるセルリィに、やや引き気味で静かに答えていた。
二人はどのような道を進む事になるのか? ブクマと評価も宜しくお願い致します!