⑨義勇兵?
久々の更新で御座います!
ローレライに戻ったホーリィとチェリリアーニは、早速手続きを済まそうと艦内へと向かう。艦内の艦橋に辿り着いた二人は、謁見用の水晶球を通して艦長代理のローレライに詳細を報告したのだが……
【……詳細は確認致しました。さて、軍規に照らして今回の懸案を査定しましたが……】
ローレライの声に神妙な面持ちで耳を傾けるチェリリアーニだったが、注目の答えは予想外のものだった。
【……チェリリアーニさんは、我々帝国と交戦規定が定められていない国の方。戦時でない通常の国家間規定に則り協議した結果は……】
やや勿体振った言い回しで、ローレライは結論付ける。
【……貴女は『亡命者』として召集される事になります。つまり、義勇兵です】
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「……はぁ? つ、つまりよ……売り買い対象にゃ、ならないって事かよ!?」
明け透けな物言いで問い質すホーリィと対照的に、当の本人は涼しい顔。
「亡命者ですか……でも、立場は変わらないのでしたら、私は構いませんよ?」
【フフフ……そうですか? でしたら客人としておもてなししませんとね♪ ホーリィさん、ご案内してくださいな? それと……その縄は直ぐに外してあげてくださいね】
「うえッ!!……まぁ~た、タダ働きかよ……ツイてねぇ……」
渋々ながら、ホーリィはチェリリアーニの縄を切り、解放する。だが、口調は不貞腐れてはいるものの、その表情はやや明るい。どうやらあまり拘ってもいなかったようだ。
「さー、グランマの許可が出たからさっさといくぜ?」
「……あ、ハイ! ……確か、ローレライさんですよね? 有り難う御座います!」
【いえ、礼には及びません。客人となれば、私の娘同然ですよ? それでは、また後程!】
快活に答えるローレライへ律儀に会釈した後、チェリリアーニは立ち去るホーリィを追って艦橋を後にした。
【……亡命者ね……相手側が、そう理解してくれればよいのですが……】
ローレライは誰に言うでもなく、独り、心中で呟いた。
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「うわっ!? こ、ここってシャワー室ですかッ!?」
「おぅよ! だってよ~、この艦って人員の六割が女なんだぜ? 風呂はともかく水浴び位出来ないと暴動騒ぎに成り兼ねねぇからな!」
ホーリィに伴われてチェリリアーニが最初に足を踏み入れたのは、男女別れて使用するシャワー室であった。
「ほれ! コイツ使って、一汗流せって!」
「えっ!? ……あ、石鹸!! ……戦艦ですよね? ここ……」
今までは艦から降りるまで、使用する水も制限されていたチェリリアーニだったが、ここローレライは全く常識外れな環境だった。しかもハーブを混ぜた香りの良い石鹸は泡立ちも良く、見る間に裸になってさっさと沐浴を始めるホーリィにドキドキしながら、しかし誘惑に抗う事も出来ず自らも重いローブを脱ぎ去り脱衣籠に納め、
「……あ、あったかい……まさか、魔導で温水にしているの!?」
「……ああぁ!? ……んなもん、当たり前じゃねーか……グランマが沸かしてんだっての……」
耳の後ろをガシガシと擦っていたホーリィは、さも当然のよいたに答えるが、チェリリアーニにしてみれば全てが驚愕だった。
(……無尽蔵に使える温水に、当たり前のようなシャワー……本当にここ、戦艦なの?)
戸惑いながら、しかし優しく薫るハーブの芳香に癒されつつ、チェリリアーニは久々に肌に当たる湯の心地好さに、しつこく残っていた心の痼も消えていた。
「ふあああぁ……生き返りました……っ!!」
柔らかなバスタオルに包まれながら、チェリリアーニは髪を櫛梳っていた。つい先刻まで虜囚にならんとしていた気持ちは遠く消え失せ、穏やかな気分で髪を整え、リボンで纏める。
「おっ? やっぱ見た目は悪くねぇなぁ! なぁ、今からでも構わねぇから、ワタシが斡旋した事にして、売身しとかねぇか?」
「嫌です! こうなったらキチンと軍務に服しますからね!」
「わーった! わーったっての! 冗談だって!!」
冗談にしては下衆な提案を平然と口にするホーリィに、あかんべーでもしかねない位に元気良く答えるチェリリアーニ。そんな彼女に苦笑しつつホーリィは先に立ち、
「まぁ、それはそうと……腹減ってねぇか? 戦闘艦内の娯楽ってば、飯と酒とバクチ、後は【華弄り】位しかねーからよ、まずは飯にありつこうじゃねぇーか?」
指差す方は通路の先に見える【喫食室】である。そこから漂う酸味を帯びた肉の芳香を意識した瞬間、チェリリアーニは空腹を意識し、思わず生唾を飲み込んだ。
「おっ? その面は飯を寄越せ! って感じだな! 食うのも立派な軍務だぜ? さっさと突撃して玉砕しとこーや!!」
キャハハハハ~♪ と笑いながら、ホーリィはチェリリアーニを率いて、小人種のバターカップが仕切る喫食室の扉を開けた。
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「アルマよ……チェリリアーニは帰還したか?」
その声は若さに満ちた艶やかさと共に、老成した女性の落ち着きを帯びた静けさを併せ持っていた。
空を舞うグロリアス国の巨大な空中戦艦の艦橋の中央、分厚い敷布に覆われた豪奢な玉座。その中央に深紅のドレスを身に纏った女性が腰掛けていた。長い髪は濡れた新緑の青々とした深みを備え、玉座の中央から肘掛けに届く程の豊かさを保ち、それは極めて高い特権階級に身を置く者である事を現していた。
「……畏れながら、申し上げます……帰還は、まだ……で、ございます……」
「まぁ、良い。……あの程度なら掃いて捨てる程居るからな。それよりも……」
膝を突き、恭しく応える従者を尻目に、遥か彼方の地平線に視線を投げながら、グロリアーナは煙管に煙草を詰めて、自らの指先から発した火で点火し、燻らせる。
「…………孤※①が気になるのは……あの黒髪の戦女じゃ……」
……ほぅ、と紫煙を糸のように細く吐き出し、漂う煙に視線を漂わせて、やがて愉快そうに微笑みを浮かべながら、グロリアーナは呟く。
「黒髪のあ奴、チェリィに孤が直々に与えた弾頭を、容易く弾き飛ばしたとか……実に興味深いのぅ……【悪業淫女】……か。」
遥か下方で起きた戦闘の様子は、配下の魔導駆使者に依って具に見る事が出来た。下級闘士のチェリリアーニは玉砕したが、その倒され方にグロリアーナは注目したのだ。
絹を張った扇子を取り出し弄びながら、グロリアーナはホーリィの二つ名を呟き、意味有りげに繰り返す。
「……対人特化、催淫特化の魔剣の所有者……バッドカルマ・ビッチ……」
…………もし、孤が直接闘ったのならば……果たしてどうなるのか?
そんな想像をするだけで、グロリアーナの周囲の温度は上昇し、火炎竜の皮革で包まれた玉座が僅かに煙を上げ、グロリアーナはやれやれ、と思いながら深く腰掛けて、身を沈めた。
孤(※①)→王候等が用いる古語の一人称です。
ホーリィさん達が帰ったら新章に!! ご感想ブクマお待ちしてます!!