⑦ホーリィの正体。
戦闘終了、そして……?
豊かで美しい髪は地に流れ、その肢体はしどけなく投げ出されていた。厚手のローブは捲れて白い太股は露になって人の目に晒されてはいたが、絹のように滑らかな肌は隠される事は無いだろう。何故ならば……
……チェリリアーニは狸寝入りをしていた、からだ。
何故か? それは実に単純明快。目の前で不敵に立ち尽くすホーリィと名乗る相手に勝てなかったから、である。
まず、魔導で召喚した巨大な長砲の砲弾を、剣で逸らす無茶苦茶な奴に勝てる気はしなかったし、自身の魔力残量も乏しい現在は、虜囚になってでも一先ずの延命を図るしか手は無い。
更に、彼女は或る可能性に気付き、グロリアス国に対する忠誠心が揺らいでいたのだ。
(……しくじる可能性のある実証実験だったから……私を遣わした、としたら?)
そう、思った瞬間、チェリリアーニは全ての不具合が噛み合い、かちり……と音を立てて整然と動き出したような気がしたのだ。
(……常に監視されながらの検証実験、不相応な強兵器を持たされての単独行動、そして……自爆術式の使用許可。全てが私を使役した痕跡を消し去る為、そして他者の理解を得る為に、と考えれば……!)
そう考えれば、全てが腑に落ちる話なのだ。確かにチェリリアーニはグロリアス国保有の数多居る魔導士の中でも、同年代では抜きん出ているが、ただそれだけ。上には上が居るし、彼女の能力は決して、【無類無双】たるグロリアーナ女王の足元にも及ばない。
(……つまり、捨て駒って訳だったんですか……)
彼女は気絶した振りをしながら、足音に耳を澄ませる。やがてチェリリアーニの直ぐ傍までやって来た相手の気配に、全身の神経を集中させていく……。
(……私は、この【ホーリィ】と名乗る剣士に負けた……しかし、何なんだ? 催淫の術式なんて聞いた覚えも無い……しかも【身体強化】の術式を有り得ない速さで重ね掛けしていた。化け物みたいな魔力保有量に、本職の魔導士も顔負けの魔導駆使力……せめて、正体だけでも知りたい……!!)
そう思った彼女は、意識が有る事を気取られぬよう慎重に、自らの固有スキルを発動させる。
魔力は殆ど使わないが、近接する任意の相手の【隠された素質】を垣間見る事が出来る能力だが、彼女自身は何故、こんな事が出来るのかは全く判らない。しかし、これを使用すれば、相手がグロリアーナ女王だろうと誰だろうと、【隠された素質】を知ることが出来た。だが、その内容全てを理解出来る訳ではなく、見慣れぬ肩書きや数字の羅列に困惑する事も多かったが……
(……見てやるわ! ……私を辱しめた相手の、魂の奥底を……ッ!!)
彼女は、憤怒に燃えながら……心の奥に在る鏡を通して、ホーリィを見た。
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ホーリィ・エルメンタリア
町娘 LV 999
特性【魔力向上(LV数値に応じて)】【魔導耐性・極低】
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(はああああああああああああああああぁーーーーッ!? まままままま町娘って何よ!? せめて魔導士とかなら判るのに町娘って!! 【ま】って頭文字位しか共通点無いでしょう!? 何なの! 何なんなのコイツ!?)
もはや狸寝入りも諦めて、チェリリアーニは唐突にガバッ、と身を起こして立ち上がり、驚くホーリィに詰め寄ると一気に捲し立てた。
「何なのよ貴女!! 魔導使うからさぞかし名の在る職種かと思ったら【町娘】とか!! 全然意味が判らないわよ!!」
「……はぁ? 負けた癖に威勢いーじゃねぇか……あと、マチムスメって何だ?」
全く事情の判らないホーリィは、呆れながらチェリリアーニに答える。しかし、彼女は【町娘】と言う単語には全く記憶もなく、一先ず詳しく話を聞いてみる事にした。
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「……ふぅーん、そうかい……」
「うぇっ!? た、たったそれだけ!! もうちょっとは【あー、それはきっと……】とか【実は……】みたいに何か含みの有る話が……」
「無ぇ!! っと言いたいが、多分ワタシが女に成った時に原因があったんじゃねぇか?」
「女に成った? 貴女、前は……もしかして、オトコだったのぉ!?」
いつの間にか砦の建築物の狭間から表に出て、暢気に世間話じみたやり取りを始めたホーリィとチェリリアーニ。二人は次第に冷静さを取り戻し、残りの敗残兵を狩り集めては身元を確認する帝国側の兵士(後発組が陸路で侵攻する手筈だった)を眺めながら、道の傍らに腰掛けてそんな話をしていた。
「……悪ぃかよ、元男でよ……」
「悪くはないけれど……その、変わってからどの位経つの?」
「さぁなぁ……たぶん、五年前、だったかなぁ……」
だんだんと打ち解けてくるに従い、年上のようにズケズケと物を申してくるチェリリアーニ。その踏み込み方に圧されるように、ホーリィは次々と浴びせられる質問についつい答えていた。
「で、それでどうやって女になったの? 未知の魔導結印か何か? それとも強力な転換薬? もしかして男の時に【アソコ】切って外したりした!?」
話しながら何となくお互いに、手荷物から飲料を取り出して一口飲み、一息ついてから、
「あぁ、うんと……一度死んだんだ、ワタシは。その時に技官から「もう後が無いので記憶を残しての転生は諦めた方がいい」って告げられてさ、カッとなって言っちまったんだよ、『この身体が駄目だったら女の身体でも構わないっ!!』ってな……男のままでは魔力過多で死ぬ確率が高かったらしいし、先々の事を考えると……って!! お前ぇ、いつの間にそんな話を聞き始めやがった!?」
「……貴女が勝手に、話し始めたんだけど……」
そう告げられたホーリィは、
「……そうだっけか?」
と、白々しく言いながら、規則を守る為にチェリリアーニの腕に捕縛の縄を打ち、ローレライの仲間が待つだろう集結場所へと歩き始めた。
今ここに明かされるホーリィさんの正体!! 次回の詳細を待て!(そこまで書かないが)