⑥酒の席は無礼講(ごらんこう)?
酒席と言えばぶっちゃけ話。で……その内容は?
「マスター、あの方達は軍隊の人達ですよね?」
褐色の肌を持ち、長い髪の毛を両側で丸く纏めた背の低い娘が、傍らに居る金髪の男性に尋ねると眠たげながらも答えてくれる。
「……んっ? あ、あー、あの人達? 【自由兵】の人達だよ。金払いもいいし、見た目とかは荒っぽいけれど、それ以外は普通のお客さんだから心配要らないよ?」
「そうなんですか……あ、ハイ! 只今伺います!!」
二人が話題に登らせていたテーブルと違う場所から注文が入り、カウンターから向こう側へと下部の開口部を潜って走っていく。
「お~い、アーレヴゥ!! コッチも注文いいかぁ~?」
「ハイハイ、只今伺いますよ~」
同様にカウンターから反対側へと出てきた、マスターことアーレヴがホーリィ達のテーブルへと近付くと、
「さっきの瓶の酒、もう一本なぁ!! あと~、コッチのセロリは赤い奴で、コッチのデカイのにはビール!!」
「ホーリィ!! アンタねぇ~ッ!? ……私はセルリィでセロリじゃないからッ!! ……あ、それでいーですわ♪」
アーレヴに矢継ぎ早に注文をするホーリィは、その後反対側に陣取る一般兵のテーブルでメモを取る娘の方を見ながら、
「……見ない顔だねぇ、って事は……アンタの、コレかい?」
下品な笑みを浮かべながら小指を立てて尋ねるホーリィに、アーレヴは困ったように苦笑いしつつ、
「もぅ! 冗談言わないで下さいよ……あの娘はココの新しい従業員ですって……これから仕事覚えて貰って、いずれはココを任せるつもりなんですから……」
「……えっ? そ、そんじゃ~あんな成りで、いっぱしの大人って事かよ!! ……それじゃ、やっぱりアンタと同じ【魔族】って訳かい?」
「そ~ですよ? まぁ、彼女はやる気あるし、それだけの技術も有りますからね。時間は掛かってもキチンと教えていきますよ~」
相変わらず眠たげな彼だったが、その娘には期待と信頼を寄せているようで、先にカウンターへ戻った彼女がシェイカーを振り始めても手伝う素振りは見せなかった。
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「……マスター、ちょっといいですか?」
「ん? アグニさんどーしたの?」
「その……前から思ってたんですが、この【コウケンドー】って、何を表す単位なんですか?」
彼女は手にした伝票をヒラヒラと振りながら、伝票刺しにプスッと挿し込みつつ、不思議そうに質問する。
「あぁ、【貢献度】の事ね……前に働いて貰ってたお店は普通に通貨を使って支払いして貰ってたしね。【貢献度】を教えてくれる【剣の妖精】サンってのは、この国の兵隊サンが憑依させられてる【国から与えられたお財布】みたいなモノらしいよ?」
「お、お財布なんですか!? ……そ、その割りには何というか……見た目はあんなだし、見えたり消えちゃったりするし……変な感じですね……」
アグニはそう言いながら、カウンター越しに集う客の方を見ると、一人一人の後ろで頭の上に乗ってアクビをしたり、パタパタと羽ばたいて横になりながら寛ぐ【剣の妖精】が彼女にも見る事が出来た。
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【剣の妖精】とは、ホーリィ達の世界で様々な役目を担っている、魔導由来の式神(人に使役させる為に作られた霊体)の一種である。
戦場に於いて、どれだけの手柄を挙げたかを判断するには、誰かを証人にするのが一番である。しかし、危険も多い戦場にわざわざ兵士以外を遣わせるのは無駄でしかない。
そこで生み出されたのが【剣の妖精】達である。彼ら若しくは彼女らは、一人一人の兵士に憑きながら戦果の確認をしたり、その成果を用いて軍事施設内外で通貨代わりに使用したりと様々な役目を担っている。
勿論擬似的にとはいえ生きている存在である以上、何らかの糧を得なければ生命を絶たれて消えてしまう。その為、ほんの僅かではあるが憑依している対象から魔力を摂取し、それを活力源にしてこの世界に存在しているのである。
因みに、【貢献度】を貨幣代わりに使う場合は、其々の店舗に有る帝国発行の伝票に【剣の妖精】を介して店側が【貢献度】を記録し、その数値に合わせた通貨を国から支払って貰う形で成立する。
無論、店側が架空請求等で多額の通貨をせしめようとしても【剣の妖精】を介していなければ直ぐに露呈してしまう上に、確実に厳罰を課せられて最悪の場合は死罪を免れない、とあっては誰もしないのだが……いや、そもそも純粋な霊体に近い【剣の妖精】を攻撃する方法は、魔導等を用いて成す事が出来ると言えば出来る。
しかし、儚げで典型的な妖精の容姿をした者達を、無意味に殺めるような真似は人道的に余り勧められない上、そんな事をしても帝国内では身分剥奪の上で追放処分を課せられるので、過去に実行した者は皆無なのだが。
……ま、ホーリィのようにしょっちゅう目の前で【あんなこと】をしてる奴も居るので、【剣の妖精】達も大変っちゃあ大変でしょうが……色々な意味で。
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「ヒャヒャヒャヒャ~♪ おい、セルリィ!! ……お前、何で二人も居るんだよっ!! 分身すんなっ!! シノビかよっ!!」
「ホーリィ……あなた飲み過ぎじゃないの!? ……あ、二本目が空になってるし……うわっ!! バマツもグダグタじゃない!!」
「……ふああっ!? おれ? よってない……っすよ!!」
ホーリィは椅子の上で胡座をかきながら、テーブルに身体を預けながら頬杖を突きつつセルリィに絡み、絡まれたセルリィは呆れながら酒瓶を摘まみ上げ、横のバマツを気遣うのだが、どうやら少しだけ遅かったようだ。
「ほーりぃさぁん!! どーして、そんなぁにぃ、つよいんでしかぁ!!」
「ああぁ? ワタシかぁ!? ウヒ♪ そりゃあ……決まってんだろ!! ……魔導の重ね掛けぇ! と……この……カラダの……お陰だよぉ!!」
酔ってる割りに、それなりに答えるホーリィ。そんな言葉を聞きつつセルリィが補完して、
「まぁ、アンタのその身体……【魔導吸引】の特例付与と【魔導倍加】の常時適応だもん……打たれ弱くなければ羨ましいの一言に尽きるわ……」
そう言いながらセルリィは目の前の酔っ払いを眺めながら、手にした杯を空にして、頭を振りながら言葉を繋げる。
「……それも全部、私みたいな魔導師向けの身体なのにねぇ……なんでそんな身体を選んだの?」
「ああ? ……そりゃお前、短い間に死にまくって……【貢献度】の少なさで選択肢が無くなっちまったからさ……そのせいで女の子の身体に入っちまった訳だしさ……」
「……んふぁ? ……あれ? も、もしかして……ホーリィさんって……」
二人の会話を聞いていたバマツは一瞬で酔いが吹っ飛んだ!!
「……元、男だったんですかぁ!?」
「……そーだけど、悪りぃか……?」
ばつが悪そうに足を組み直しつつ、テーブルに肘をつきながら杯をグイッと傾けて酒を煽るホーリィ。
長い黒髪が流れるように背中を覆い、やや物憂げな面持ちで脇に視線を逸らした彼女の何処にも……男の面影は一切見当たらず……バマツは改めてホーリィを見つめたが、
「なっ、何だよオメ~ッ!! あんまりコッチ見んじゃねーっての!!」
照れ隠しなのか、軽く身を捻りながらバマツのこめかみに拳を振るったホーリィだったが、その拳は軽くて……とても戦場で見せたような、悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す【悪業淫女】の面影は見当たらなかった。
……ついでにタンクトップの脇から、ホーリィの(ホーリィな)胸元の奥がチラッと見えたけれど……自分の胸元とあんまり変わらない高さだな、とバマツは思ったみたいでしたが。
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……と、バマツに飛び掛かり揉みくちゃになっていたホーリィの脇に、いつの間にか一人の女性が佇んでいた。
年の頃は彼女よりもやや上か、その位に見える。最初に目立つのは楕円形の大きな髪留めと美しく緩やかにウェーブの掛かった金髪で、上品に肩程の長さで揃えられていた。そして簡素な紋様を胸元に刺繍した白基調のサーコート(鎧の上に羽織る厚手のローブ)を纏い、膝から下は厚手の革のブーツを履いていた。
「……んぁ? ……何だい、あんた……」
「ああああああぁ~っ!! や、やっと……お会い出来ましたわ!! 麗しのホーリィ様ッ!!」
そう言うとサーコートの下から四本の腕が伸び、がっしりと掴むや逃がさんとばかりに情熱的ホールドをする……
「うわっ!? ……お、お前! ……クリシュナじゃねーかっ!! って……あれ? 確かワタシがぶっ倒した筈じゃ……あ、そっか! 魔力切れして……」
「そうですっ!! ……あれから私は……直ぐに皆様の陣営に捕縛されて、様々な尋問を経て……そう! 敬愛するホーリィ様に一目でも会いたくて……恭順(敵側に降伏し転向する事)する事にしたんですっ!!」
四本の腕でホーリィをガクガクと揺さぶり、クリシュナは何故か目に涙を浮かべ……ポッと頬を上気させつつ、
「……あ、あの時の【天国】に誘われた感触と……目眩くような至福の時が忘れられなくて……ああっ!! お願い致します!! もう一度、もう一度! この身に熱き漲るようなお導きをくださいませッ!!」
「いや、それは無理だろ……? こっちの陣営に加わっちまったら、同士討ちは御法度なんだぜ?」
「……えええっ!? そ、それじゃ……ホーリィ様と共に歩む事は出来ても……【天国】にはもう……ふ、ふええええぇ……!!」
突然目に涙を溢れさせながら、四本の腕を力無く垂らしてクリシュナは泣き出した。その様は以前の武人らしい姿は全く見られず、まるで身体の大きな子供のようで……
「あ~もうっ!! 面倒な奴だな……判ったよ!! そのうち何とかしてやっから、泣くんじゃねぇっての!!」
「……本当ですか? お姉様?」
「……お、お姉様ぁ!?」
「はい♪ ……私の【初めて】を……その、開拓してくださった……大切なお姉様ですから……!!」
頬を赤らめつつ、四本の腕で口元を隠しながら……初な少女のように恥ずかしい告白をするクリシュナの姿に、ホーリィは絶句しながら……白い灰と化した。
良く有る【新しい仲間が加わった!】ってのは、こんな感じじゃないの? 次回も宜しくです!!