④それぞれの殺り方。
そろそろホーリィさんがムズムズする頃合いです。
「……姉御、一体どうなってるんですかね……?」
「知らん! だが、殺るとなったらいつもの手筈でやるぜぇ?」
パルテナと配下の一兵士は言葉を交わしつつ、彼女は自らの刀を、そして連れの兵士は肩に背負った筒状の装備を小脇に抱え、各々の持ち場に別れて行く。
高みの見物と洒落込む事に決めたホーリィは、建物の縁からやや身を引いた場所に陣取りながら、
(……おっ、ありゃあ……壁面登坂用のワイヤーアンカーじゃねぇか?……壁登りでもする……訳無いかぁ?)
一人、心中で呟きながらも成り行きを見守る。
やがて、氏族の仲間が定位置に付いたのか、建物の上で眼下の狂竜を見据えていたパルテナが後頭部の後ろで開いていた手を、指一本づつ折り曲げていき、
……さん……にい……いち、と数を減らす指が握り拳に変わった瞬間、
チッ、と舌打ちに似た発声を各々交わしながら、全員がひらりと身軽に身を躍らせて狂竜目掛けて飛び降りていく。
だが、彼らとて何の策もなく蛮勇に身を任せて行動している筈は無い。見ればいつの間にか地上で身を隠していた者も居たらしく、建物の陰から三本の鉄の矢が相手の脚目掛けて放たれて、ずくっ、と鈍い音を立てながら突き刺さる。
【ごぉおおおぉぇえええぇーーーッ!?】
今の今まで一切の制止も起きず、我が物顔で行く手に現れる不幸な輩(大半が砦側だが)を貪ってきたが、不意に我が身に起きた異変に咆哮を上げるものの、肉を穿ち深々と突き刺さる鏃は容易に抜ける事は無く、忌々しげに身体を揺するも外れはしない。
そこに幾つもの筒状の物体が飛来し、もくもくと煙を発生させて視界は瞬く間に奪われていく。しかもその煙には刺激性の何かが含まれているのか、さしもの狂竜といえど堪え切れずに首を振って痛みを取り払おうともがくが……
【……ぐぅるるるるぅ……】
脚の矢には細いワイヤーが付けられていて、きりり、と甲高い音を立てながら狂竜の動きを制し、眼は煙に妨げれて視界もままならない。
どうやら脚の戒めを解くつもりか、肉が弾けるのも構わず強引に引き千切ろうと身体を前のめりにし、短い前足を足掻くように振り回す。
……と、その隙を突き、どうやって相手の姿を捉えたのか判らないが、煙幕の中を一陣の風と化したパルテナが、うねり動く尻尾に向かって一気に加速。器用に尻尾の上を駆け昇ると、相手の背中目掛けて跳躍し、
「さぁ~て!! イイ物くれてやるからコッチ向きなよ?」
わざとらしく声を掛け、注意を促すと巨大な顎が一切の躊躇無く、パルテナの居る空間ごと一呑みにする勢いで到達するが……
「……よっと! 残念だったな、おチビちゃん♪」
……ばくんッ、と閉じられた顎の中……ではなく、鼻の上に片手を突き、逆立ちするような姿勢で器用にバランスをとるパルテナが呟き、そのまま小さく身体を宙に躍らせる。
中空で長刀を抜き放ち、頭上に掲げた得物を両手で握り締め、正中線(体の中心を通る箇所)目掛けて落下の勢いを付けながら一気に振り下ろした。
……音も無く通り抜けた長刀が地面に達し、両足で静かに着地したパルテナが後ろに飛び退くと、僅かに遅れて頭頂、そして首から胸部に血の筋が浮き上がり……無言のまま、巨体が力尽き前のめりに倒れる。
顎から地面に到達した身体が僅かに開き、湯気の立つ血潮と臓物を吹き出しながら、息絶えた身体は一切の動きを見せる事無く、呆気ない程に一瞬で戦いは幕を閉じた。
「おおおぉ~ッ!! やるじゃん殺るじゃんスゴいじゃん!! ……何だか見てるコッチが殺られたみたいな気分になるやなぁ……ッ?」
思わず立ち上がり、興奮しながら称賛するホーリィだったが、その視線はパルテナから外れて路地の奥へと注がれ、何かの異常を察したか……じっ、と見つめて離れない。
「…………匂うな、コイツは……ッ!? ……知ってる、コイツ……見たことある魔力じゃん!!」
それまで傍観者に徹していたホーリィは、一瞬で目の色を変え、脇に差した双剣に手を添えて、何時でも動けるように構えた。
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「……はい、結局一撃でした、はい……えぇ、巨人の変身を促した効果は有りましたが、まだまだ改良の余地は有ったかと、はい……」
……薄暗闇の路地の奥、一人呟く女が居た。
その姿は線の細い肢体で、見た目は少女に近い年頃にも見えるものの、腰回りは女性的な膨らみと曲線を備え、金色の髪の毛と相まって時と場所が違うなら、必ず異性の目を惹き付けて止まないだろう。
黒いローブのような衣服を纏ったその女は、宙に浮かぶ羽虫のような生き物を相手に言葉を掛けていたが、やがて会話が済むと手を上げて空を指し示すと、その生き物は小さな羽音を残しながら舞い上がり、そのまま上空に飛び去ってしまった。
「……さて、宝玉を回収したら私も帰りましょう……っ?」
ふと気配を察し、路地の奥に視線を投げ掛けると、そこにいつの間にかしゃがみ込む人の姿があった。
どうやら建物の上から飛び降りたのか、窓もない突き当たりの空間に突如現れた相手は、やがて立ち上がると彼女に向かい、ゆっくりと歩き出す。
「……」
無言で近付く相手に溜め息しながら、女は語り掛ける。
「……先に言っておきますが、私は只の娘等ではありませんからね? 見た目で判断すると痛い目に……」
「…………喰う。」
「……はい?」
言葉を続ける女に向かって、意味の判らない返しをする相手に思わず妙な調子で返事をしてしまうが、聞けば相手も若い女のようだった。だが、「喰う」と言う単語は解せない。
「何を喰うつもりなんですか?」
「……決まってるだろ? お前ぇの全部、だよ……」
やがて陽の当たる場所に姿を現した相手は、両手に短剣をぶら下げて、不穏な言葉を呟く。
「……このホーリィ様が、直々にアンタを切り刻んで……食い尽くしてやるって言ってんだ、判れよ……マジで……ッ!!」
両手の【フシダラ】【フツツカ】を提げたまま、込み上がる殺戮の愉悦を抑え切れず微笑むホーリィは、新しい獲物を前に戦う為に身構えた。
それではまた次回もお楽しみに!!