①巨人狩り(ジャイアント・ハント)。
第二部開幕!
「ふあああああぁ……あー、退屈ぅ……だなぁ……ッ!!」
大きくアクビしながら伸びをして、ごろんと横になるホーリィ。背中の下にはローレライの戦闘艦橋、そして頭の上には監視員が登るセンターマスト。
「……って、なぁ~にサボってんのよ! ……もうじき戦闘配備が始まるってのに、こんな所で油売ってぇ……」
と、センターマストの監視筒からセルリィが顔を覗かせて、器用に昇降梯子を伝って滑り降り、ホーリィの顔の直前に張りの有るお尻を迫らせてから、
「……っとぉ~!! てか何でアンタも逃げないのよっ!?」
「ん~? ……ケツだったらグーで殴れば何とかなるって……ふぎゅっ!!」
「あ~そうですかそうですか! だったらコレならどーですかぁ~?」
そんなやり取りの末に、顔面騎乗紛いのドタバタを繰り広げつつ……
「「……あー、疲れたぁ……」」
二人は並んで横になり、ダラダラしながら天を仰ぐ。
「……おっ、ありゃあ……千手巨人級戦艦じゃん……すっげぇ~」
「なぁ~にが、すっげぇ~……よ! 私らのローレライに比べたら、只デッカイだけの張りぼて戦艦じゃないの……」
「でもよ~、あれって最大乗員数五百だろ? そんだけ乗れるなら……きっと甲板に風呂作れるぜ?」
「……そんな所に風呂作って、一体いつ入るつもりなのよ……」
呆れた様子のセルリィの視線の先に、ローレライの五倍は有りそうな巨体をゆっくりと雲の間から垣間見せて、ヘカトンケイル級戦艦がローレライの下を這うように進んで行く。
その艦名の由来となっている、巨大な搬入用クレーンを甲板に折り畳んで収納したヘカトンケイル級戦艦は、大型カタパルトや対戦艦用衝角を搭載出来る、世界有数の大型戦艦だが……
「ねぇ、アレって退任間近のおじーちゃんが艦長を歴任してるって噂、ホントかなぁ……」
「……知らねぇよ、そんな事……もし、そうだったとしてもよ、平和でいーじゃんか……」
「……あ、コッチに手振ってるわよ? アンタも振り返せば?」
「……面倒くせぇなぁ……セルリィ、アンタがやれよ……」
「……あ! 結構イケメンかもよ!?」
「マジかッ!? ……って、見えねぇっての……」
二人はグダグタと話していたが、不意に頭上の監視塔から艦内連絡用の音声が鳴り響き、同時に身を強張らせる。
【……目標上空に到達……強襲騎兵隊は速やかに集合し降下に備えよ……】
「……着いたかぁ……あ~ぁあ、退屈しのぎ出来るといいなぁ……」
「戦が始まる前に、そんな愚痴言うのはアンタだけよ……ピリッとしなさいよ、一番弟子!!」
「わぁ~たよっ!! ……精々、師匠の面に泥塗らないよ~に頑張ってくるさ!!」
お互いに軽口を叩き合いつつ、起き上がり各々の持ち場に向かう二人だったが、ホーリィの背中を見送るセルリィはその小さな姿に自分の昔を重ねつつ、
「……まぁ、心配は何時でもしてんだけどさ……一番弟子、なんだから……さ」
呟いてから、自らの持ち場に集まる支援魔導要員と打ち合わせをする為、後部降下ハッチへと向かった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「ホーリィ!! 遊んでると置いていくぜ!?」
「うっせぇ!! おめぇもデカイ尻をさっさと上げやがれッ!!」
待機室に入ったホーリィを出迎えたパルテナとやり合いつつ、クリシュナとバマツを従えて次席戦隊長のアジの前に集合する。
「……揃ったな、それじゃブリーフィングを始めるぞ。知っての通り、今回も【親善政策】の一環って奴だ……」
ホーリィ達の集合を確認し、アジは言葉を続ける。【親善政策】とは、大陸に進出を果たしたミリメリア帝国と周辺諸国との間に発生する、様々な外交問題を解決する一つの手段。
「今日の相手って、まぁ~た敗残兵狩りかい? 雑魚相手にうちらが出るなんざぁ、退屈しのぎにもならんじゃねぇか?」
「……その敗残兵共に『丘巨人部隊』が混ざってる、って言っても、退屈しそうか? ホーリィ」
アジの言葉に耳を傾けていたセルリィの笹葉耳がピクリ、と動き、ホーリィは腕組みしながら無言で顎を引く。
……『ヒルジャイアント部隊』とは、この世界に登場する亜人種の中で最大級の身体を誇るヒルジャイアント達の傭兵団だったが、その目に余る残虐非道振りに敵味方から畏怖の対象とされ、先の大戦でも日陰者の立場に落とされた連中である。
帝国と敵対した宗主国が雇い入れた事は知っていたが、その巨体を活かせるような戦場に恵まれず、敗戦時には一部の兵の火事場泥棒紛いの略奪が元で散り散りとなり、未だに逃亡を続ける連中は大陸の鼻摘み者と化していた。
……だが、その巨体が繰り出す破壊力は侮り難く、完全武装のヒルジャイアント一人は歩兵五十人と真っ正面から張り合え、私掠兵や山賊に紛れれば生半可な装備の兵士では全く歯が立たない。
「……ふ~ん……所で隊長さんよ、私ら猫人種の山猫族が……巨人殺しって呼ばれてるの、知ってるかい?」
不意にアジとホーリィの会話に割り込んで来たパルテナは、動ずる事なく鷹馬に鞍を載せ、降下準備を続ける猫人種の仲間を見守りながら平然と言い放ち、
「まぁ、一先ず今回の先駆けは私らに任せてくんないか?」
にひひ……と牙を剥き出しにしながら笑い、自らの愛馬にひらりと跨がった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
【……船下の大気内魔素……通常値、……目標地点の生体反応……変更無し】
観測員が目測と魔力感知を複合して測定した後、ちらり、と後方のアジを見る。
「……気にするな、と無責任に言った所で意味はないけどね……」
……えへん、と小さく咳払いしながらセルリィは言葉を継ぎ、
「強襲騎兵隊、及び降下猟兵は配置に付けッ!!」
一声上げて各自に通達すると、無言のままで各々は鷹馬に乗り込み、降下準備を始める。
……やがて、後部のハッチがゆっくりと開き、長弓や弩を手にした降下猟兵達が開口部に近付くと、五人毎の小隊編成になりながら身に付けた【翼の呪符】を確認し、合図を待つ。
【……さぁ! 私の可愛い子供達……『黒き復讐の女神』の恩寵を!!】
「「「イエス、メム!!」」」
ローレライの合図と共に、命知らずの降下猟兵達が次々と大空に身を投じていく。強烈な風圧を物ともせず、希薄な高高度の空気を切り裂くように落下し、眼下の景色が目視出来る高さまで到達した瞬間、各自の【翼の呪符】を発動させて落下速度にブレーキを掛ける。
その光景は地上から見ても小さな点がパラパラと舞い落ち、やがて人の形を視認出来るまでの高度になると、突然銀色の大きな翼を広げて緩やかに滑空し、目標地点の砦を包囲するように離れた場所に次々と着陸していく。
【……降下猟兵達が地上に到達、各自の監視地点に向かって進行開始しました】
報告を受けたアジは赤いベレー帽を被り直してから、ローレライに進言する。
「艦長代理、降下猟兵は着陸しました。高度を下げて強襲騎兵隊を降着させます」
【了解しました。それではホーリィさん、セルリィさん、お仕事を始めましょう!!】
「「イエス、メム!!」」
高高度から急速降下し、砦からやや離れた荒れ地の上空まで音も無く接近したローレライは、強襲騎兵隊を開口部から送り出す。
周辺警護の為に待機していた降下猟兵の傍らに降りたローレライから、勢い良く飛び出したホーリィとパルテナ達は、そのまま二手に別れて砦に向かった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
砦の背後に聳える岩山の中腹に有る、遠目には全く目立たない小さな亀裂……に見えるよう偽装された監視場に、鎖鉄は二日前から張り込んでいた。
偽装網を被り、付近の木の葉をねじ込んだ姿は周囲の景色に溶け込み、動き回らない限りは肉眼で見つける事は困難だろう。
……それは逆に、味方からも見つけ難い、つまり負傷しても救助は困難と言うことであり、孤独で危険な任務。
(……日も高くなってきた……そろそろ動きがあっても……?)
鎖鉄は頭上に小さな点が幾つもばら蒔かれ、それが地上付近まで近付くと白い翼を出してゆっくりと降下していく姿を目撃し、事態が動き始めた事を悟る。
(……さて、俺も動くとするか……)
監視場に戻り、隠してあった荷物から弩を取り出すと、砦に悟られないように岩山の中腹から裏手に周り、足場に気を付けながらゆっくりと高台へと進む。
眼下に砦を見下ろせる高台に身を隠し、クランクを回してぎりりと弩を引く。
用意しておいた特製の鏃付きの矢をつがえて構え、砦の物見塚目掛けて放つ。
ひゅっ、と風切り音を立てながら矢は一瞬で物見塚の真下に突き刺さり、暫くするとじわりと溶けて見えなくなる。特製の鏃が魔導を放ち、目に見えない炎を上げて燻り続けているのだ。同じように物見塚全てに射ち終え、その場を後にする。
(……さぁ、こちらも参戦するか……)
偽装網を脱ぎ捨てて、弩を捨てると鎖鉄は高台から砦へ単身で進み、突入の合図を待つ。
……やがて、音も無く低空を這うように進むローレライが、砦から死角になっている丘の後ろまで近付くと、背後から強襲騎兵隊が次々と飛び出して荒野を二手に別れて砦へと向かう。
次第に高まる戦闘の気配を察し、緊張と共に身体中の血液が巡るような充足感を感じ、鎖鉄は呪われた我が身に苦笑しつつ、砦の外壁に近付くとゆっくりと確かめるように登り始めた。
さて、ノープランですがどうなるやら? 次回もお楽しみに!!