⑫凶宴の刻。
結局三回更新分に近いボリュームに膨らみましたが、更新いたします。
岳下・光雄はギルティ・レクイエムにダイブし初めて感じた痛みに驚愕し、直ぐ様ログアウトしようとコネクト画面を呼び出そうとしたが、
《デュエルバトル中はログアウト出来ません》
と言う、無機質で無慈悲な文字に阻まれて成し得なかった。
(おいっ!! どうなってるんだよミカッ!! クソ……絶対に痛みは感じない筈だろ!?)
力の拮抗が相手に傾き、指の付け根を鉄の万力でぎちぎちと締め上げられるような痛みに呻きながら、相方に向かって喚き散らすも……返事は無かった。
(何なんだよ……痛っ!? このクソアマがぁ……ミカといいコイツといい……ふっざけるなぁ!!)
幾度も抵抗を試みてはみたが、自分の視界の遥か下に居る小柄な娘……いや、背だけは低いものの、肩や鎖骨周りの筋肉の厚みは自分とほぼ同じ(外観も基本能力値に影響を与える)にしか見えない。そんな筋肉ダルマのような相手に手首を束ねるように外側から加圧されながら、光雄の腕は真下から強引に突き上げられていき……とうとう限界を迎えたのだ。
……ぼくっ、と鈍い音を立てて関節の外れる音と同時に、腱が伸び軟骨の軋むような感触に、鳥肌が立つ程の鈍痛がじわじわと肘から湧き出してくる。
「ひいぃっ!? あっ……あがががっ!!」
「あ~、悪りぃ悪りぃ!! つーい、本気になっちまった……でもよ、まだまだだぜ?」
違法操作により与えられた恩恵《即時全回復》により、あっという間に痛みは退き関節も元に戻るが……それは逆に新たな痛みへの恐怖を引き出す事に直結していた。
しかも相手はシステム内での最高値まで強化され、並ぶ者の無い程に高められた自分よりも更に圧倒的な膂力を発揮してくるのである。光雄の意識は既に萎縮し、何とかしてこの場から逃げ出す切っ掛けを求めて辺りをさ迷うが、締め上げる腕力に負けている今はただ……少しでも力を抜けば先程の二の舞になる、そう思い力比べに応じるしか道は無かった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
光雄の危機に加勢しようとした美華は、クリシュナに阻まれていた。
「邪魔するなっ! ……只のAIの癖に何なんだよ、お前等……」
「……いいえ、私達は只のエーアイ等では有りません。と言うよりも……そもそもエーアイとは何の呼称ですか?」
光雄にチートの恩恵を与えた張本人の美華は、立ち塞がるクリシュナを退けようと両手の大剣を振り下ろすが、
「……貴女はエリさんと同じ世界からの来訪者なのでしょうが、何故そのような事をするのですか? エリさんは私達と共に歩み、共に戦っています……しかし貴女は私達の世界の理を欺き、道を外れた技で我々を排斥しようとしている……何故ですか?」
「操り人形が偉そうな事を言うな!! ……私がどんな思いでこのゲームを作ったのか……知りもしないで……!!」
怒りに任せて左右の剣を振り回すものの、クリシュナは涼しい顔で全てを手にした《シュリケン》で弾き、ゆっくりと息を吐き出しながら、
「……エリさんから少しだけ、伺いました。【チート】とは、私達の世界に存在する全ての法則の中から、自分達に都合良く改変させた技や能力を使い、欲望の赴くままに行動する事だと。貴女は何故、そこまで我々の世界に……」
「知ってるわよ!! ……朝から晩まで会社に泊まり込んで毎日毎日作ってはやり直し、作ってはやり直し……ほぼ一年間、ずーっとその繰り返しで【ギルティ・レクイエム】の基礎構造とアンタ達のAI情報のベースを組み立てたわ!! ……お陰で確かにゲームは出来上がったわよ? ……でも、私はそれで体調を崩し……元カレとも別れ……もう何もかもグチャグチャよ!?」
クリシュナの言葉に激しく噛み付き、兜の下から半狂乱になりながら、呪詛を叫ぶ美華。彼女は確かに開発チームの中でも若くして優秀な人材だったのだが、世界初となるフルダイブVRを生み出す重圧下で、次第に神経を磨り減らして自分を見失い……完成直前で開発チームから身を退いた。
それから暫くの間は無為に日々を過ごしていたものの、次第に沸き上がる恨悔の念に突き動かされ、気付けば遊び半分で顔馴染みになっていたネットホストクラブの従業員を説き伏せてチートキャラを与え、自らが作り上げた世界を消し去るつもりで蹂躙して来たのだ。
無論、足が着かないように貸し出しタイプの端末を使い、選び抜いた海外サーバーを経由。更に無用の情報を残さぬよう、会話ログすら記録させない為に携帯端末を使ってやり取りしてきた。しかし……そんな美華にも予測不能な二つの要因が存在したのだ。
……まず一つは無機質で受動的存在に過ぎない【AI】達が自ら能動的に動き、もう一つは恵利と言うイレギュラーな存在が彼等【AI】に有機的な刺激を与え、本来の彼等には決して成し得ない筈の情報収集と分析力を与えた。
更に事態を混沌化させたのは、彼女が全く知らないホーリィ・エルメンタリアと言うアバターの存在だった。
(……開発部長はアバター製作には関与していなかったし、私の知る限り……あそこまで新旧の作品へ縦横無尽に出現したキャラは居なかった筈。と、言う事は……ギルティ・レクイエムの基礎システムを構築する時に仮組みした管理用AIの【ローレライ】が独走して生み出した? ……まさか、そんな筈は……)
だが、そんな美華の思惑を余所に、クリシュナは手にした《シュリケン》を握り締めながら魔力を籠め、美華へと振り下ろす。
美華は無造作に四方から迫る《シュリケン》を二枚までは軽く退けたが、クリシュナは残り二枚の《シュリケン》を鎧の継ぎ目にひたり、と当ててから、
「こうすると、刃先が【回転】すると仰有っていましたが……どうなるんでしょうかね……?」
その次の瞬間、
……ぎいいいいぃいいいいぃん!!!!!
継ぎ目に当てた《シュリケン》の中心の握りを掴んだクリシュナが、魔力を手に籠めると瞬時に刃先が高速回転し、美華のアバターの右肘と脇腹をバターを切るような滑らかさで切断。光雄と違い体力的なチート加算を行っていなかった美華は、一瞬で体力を削られて戦線離脱してしまった。
……現実世界へと引き戻されながら、美華は思い返す。
ゲーム内に存在する、ほぼ全てのAIの母体は美華が作り出した。だからこそ……ゲームに存在しない筈の魔剣を振るい、チート能力の有るアバターを向こうに回して立ち向かうようなイレギュラー……ホーリィ・エルメンタリア、そしてクリシュナ達は美華にとって、
……実に興味を惹かれる存在へと昇華した。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
ホーリィは突然両手の力を抜き、光雄の拘束を解いた。
(……畜生! ……何なんだってんだよ、コイツは……全能力値カンストのアバター相手に余裕で圧勝かよ!?)
光雄は自らの手に残る、アザのような鬱血を見ながら心の中で呟いた。
(もうここまで追い詰められたら……コイツら全員ブッ殺してログアウトするしか手は無ぇか!?)
光雄は今まで一度も使った事の無いアイテムケースを開き、素早くタップを繰り返して装着を繰り返す。
【宝具・邪神ヨグの外殻】装着。全身防御率大幅上昇。
【宝具・真帝の護手】装着。腕部防御率、及び武器クリティカル値大幅上昇。
【宝具・飛天の具足】装着。脚部防御率、及び移動速度大幅上昇。
【宝具・mk-67対生物斬撃兵装】装着。武器クリティカル値及び攻撃力大幅上昇。
……全ての装備はイベント限定、しかもランキング一位の勝者等に限定で配られた唯一無二の武器や防具の複製品にも関わらず……その性能は本物と同じ。
しかし授与された者はアバター名を公表されているからこそ、常識で考えれば所持自体が破廉恥極まり無いチートの産物で、年端もいかないような子供なら兎も角、成人指定のゲームで持ち出す類いの物では無いのだが……
(……何が何でもコイツらをブッ殺して……俺は逃げ切ってやる!!)
……正常な思考を失っている光雄は、ただ数値的に優位に立ち、相手のライフをゼロにすれば済むと短絡的に考えて、勝負に挑む。
……だが、ホーリィがパルテナから渡された【フシダラ】と【フツツカ】を抜き放ち、足元から【速度上昇】の魔導強化術式を、青く光らせながら迸らせている事に全く気付かずまま、彼女を斬り捨てようとmk-67対生物斬撃兵装を開放展開し、身長を遥かに超す巨大なプラズマブレードを振り上げた……が、
「……バッカじゃねーの? ……全然遅くて笑えるんですけど~♪」
……だが、ホーリィはにやにやと笑いながら、狙い済ましてプラズマブレードの柄に【フシダラ】の先端を突き刺して動きを制し、
「……そんじゃ、アンタの生命……踊り喰いさせて貰うぜぇ!!」
無造作に左手の【フツツカ】を兜の開口部へと捩じ込み、手首を返す。
……みじっ。 ぎりっ……ぐちゅ。
光雄は生まれて初めて、頭蓋骨を貫通した切っ先が……脳を破壊する感触を体感した。
……いや、正確には【頭部に電流を流されて悶絶する内に視覚を奪われる実感】を与えられて、一瞬だけ涙腺と汗腺全てが意思に反して全開になる不快感と強烈な痛みを噛み締めた……のだ。
(……ぎ、ぎいいいいぃーッ!? あ、頭が……いや、マジで死ぬっ!! こんなの死んじまうって!! マジ信じられねェ!! 半端ねぇって!!)
光雄は増幅された痛覚の刺激に堪え切れず、派手に地面をのたうち回りながら痛みが消えるまでその場に蹲ってしまう。
(……無理無理無理無理だってェ~ッ!! マジで無理!! ……ッ!?)
だが、繰り返し心の中で叫ぶ光雄のアバターの首の後ろを掴み、魔導強化を筋力に戻したホーリィが紙束でも扱うように、無造作に宙へと放り投げ、
「……立派で強そうな鎧だけどよ……知ってるか?」
言葉を繋ぎながら二刀を結着させて双頭剣に変えたホーリィは、
「双頭の魔剣【ミダラ】の特徴は……《防御無視》なんだってよ!!」
【筋力強化】【身体安定】【反射向上】の付加を次々と重ねて一気に増加させる。足元から幾重にも赤や青、そして緑の三色の魔導陣を放出させる彼女の姿は、色とりどりの蓮の花弁の上に立つ神の化身に等しかったのだが……
「……にーちゃん、歯ぁ喰いしばれよぉ!? まだまだ猫人種娘達の分にゃ足りねーが……」
……乱雑な言葉を口走るが義憤に満ち、
「……ワタシはヤラれた分はきっちりヤリ返す性分でな?」
……しかし、その表情は暴虐の予感に輝き、
「……しかも、斬り放題なんだろ? すっごく猛るじゃねぇの……♪」
……だん!! と地を足でしっかりと踏み締め、
……ぎり!! と【ミダラ】を強く握り締め、
……きっ!! と強く光雄の姿を眼で捉え、
【…………折角の壊れ難い玩具だろ? た~っぷりと楽しませて貰うぜェ~♪】
……イヒ! と意地悪く笑ってから……魔剣に具わる全ての力を解放し、落ちてくる光雄を鎧ごと斬り続けた。
「……ひゅっ、……~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
息を止めたまま、頭上に落下してくる黒い鎧姿の光雄に向かい、身体を軸にして中心の柄を握りながら連続して双頭剣を振り続ける。
どれだけ分厚い鎧に身を包んでいても、【ミダラ】は魔力の刃で相手の身を切り裂く。双頭剣の実体から放たれた赤い斬撃が光雄の身体を捉える度、彼の身体を僅かに宙へと浮かせていき、そして青い斬撃が光雄の身体を捉えるとホーリィへと魔力が供給されて、更に強化を上掛けしていき……
「あははははははははははぁあああああああ~ぁ!!!」
眼を狂喜で光らせて笑いながら、ホーリィは悦楽と加虐の余韻に浸り切り、鎧の中で全身を蛇腹切りのように切り刻まれながら落下する光雄を、時間を掛けてじっくりと堪能した後、落ちるに任せ、解放した。
「おぉ~、すげぇ!! 死んでないぜマジで!! 中身が丈夫なのか、掛かってる魔導がすげぇのか知らねぇけど……半端ないな、お前!!」
地に落ちた光雄の兜を思い切り蹴り飛ばし、ほとんど液状化していた頭部が逆再生されたかのように形を取り戻していくのを見て、ホーリィは感嘆し思わず誉めていた。だが……光雄は立ち上がる事無く、手足を弱々しく曲げ伸ばしながら、僅かに眼を開き……
「………………ありゅ? びびびぃ……だぁ~!!」
「あれ、壊れちまったか? ま~当たり前か……生きたまま刃物で挽き肉にされて、また振り出しに戻るんだもんな……」
ホーリィは精神を崩壊させた光雄が横たわったまま、その場で失禁し、ぶるり、と身を震わせる姿を眺めてから、渾身の力で背中に蹴りを叩き込む。
低い放物線を描いてから地に落ち、派手に土煙を上げて転がって止まった瞬間、
【……相手は戦闘不能となりました。ホーリィ・エルメンタリアの勝ちです】
律儀なローレライが宣言した瞬間、周囲に展開していた結界が解かれて陽光を浴びた霜のように消えていき、ホーリィは狩りの終わりを実感した。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
ホーリィは少し先に横たわる光雄の身体に歩いて近付き、爪先で突いて反応を確かめる。僅かに身を捩り微動はするが、それ以上の反応はなかった。
「おい! エキドナ!! アンタの出番だぜ!?」
「え~!? もうお役御免じゃなかったのぉ~? ……あ、まだ生きてたんだ。しぶといわね、この子」
ぶつぶつと言いながらも、胎児のように身を丸めている光雄の身体にのし掛かり、独りでに戻っていた兜を脱がせ指先で瞼を抉じ開けて、静かに眺める。やがて身体を離すとつまらなそうに掌を振り、
「あーあ、まだ心は壊れてないわ、確かに……面倒だけどやるわ……猫人種の娘達はまだ見つかってないんでしょ?」
やれやれ、と面倒くさそうにしながらも、エキドナは光雄の精神を呼び戻す為に額に手を当てて、ホーリィとはまた違う魔導の結印を浮かび上がらせながら、
【……暫し御霊の在処を戻し、路を辿りて道標と成す……《精神遡行》】
術の発動を促す呪を唱え、瞼の上に載せた掌から魔力を頭部に流し込む。やがてゆっくりと身を離すと、光雄はゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡した。
……その後、戦闘前後の事を殆ど覚えていない光雄を、軽く尋問して諦めたエキドナは、再度幻術の亜種《精神遡行》を試みて、山城からやや離れた場所の洞窟に拉致されていた娘達を無事に発見した。
書きながら、幾つか思い付いた事が有りますので追記。
フルダイブVRゲームで戦闘する場合、「剣を振る」動作は純粋に振り回そうとすれば誰でも出来ます。しかし「剣を振って相手を斬り、仲間の元へと戻る」動作は一定の補正を受けながら行動し(たつもりになるだけだが)、その成果が経験値なり報酬になります。
では、身体強化の術式は? と言われたら……反射反応に関しては実際の百倍の速度で内部情報を処理しているゲームですので、その速度や筋力は大体、オリンピック代表クラスまで引き上げられますが、人間離れまで到達しません。理由は操る人がそれ以上の反射反応に追従出来ないからです。
それ以外のスキルや技術全ては熟練による補正、として処理されます。繰り返せば弓矢も使えるようになると言うのはこちらの理由から、です。
ではまた次回も宜しくです!!