⑩決意の顕(あらわ)れ。
次回への伏線と……な回です。
「……あんたから預かった竜麟、仕上がったけどよ……まぁモノがモノだ、出所は聞かねぇ事にしとくよ!! がはははははははは!!」
黒いビロードの上に載った四枚の刃物。それらはクリシュナがモロゾフに手渡した竜麟を素材とした、研ぎ仕上げの一点物だった。
四枚は全て同じ形状で、見た目は握りを付けた四角い物体だった。その中心に穴が空いていて、その真ん中に握りを付けた変わった造形である。
「こーいう奴ってのはなぁ、研ぎ始めると勝手に中から形が出て来るもんなんだよ!! オマケに……よっこら、しょっと!!」
……どすん、と分厚く重そうな書物を取り出したモロゾフがぱらぱらとページを捲り、おっ! と声を上げながら、
「……これだよこれ……ほれ! 見てみろ!! ……通称『蝶々の短刀』ってんだがな、だけどもよ……俺の知ってる形じゃ、コイツの事は『シュリケン』って呼ばれてるさ。この大陸のずーっと向こうの海の先に『焔の国』ってイカれた国があるんだが……そこの暗殺者ってのが使う奴にソックリなんだよ!!」
「……『シュリケン』……聞いた事も有りませんね。……でも、モロゾフさんには随分とお時間を割いて頂いたようで……お手間を取らせて申し訳有りませんでした」
「おおっ? 別にそんな畏まらんでイイってんだよっ!! 好きでやった苦労みてぇなもんだから気にすんなっての!! がははははははは!!」
明るく笑い飛ばされたクリシュナは、それでも頭を下げて謝意を表す。そんなクリシュナに手を上げて暫し待った後、モロゾフは改まった口調で告げる。
「……んでよ、その『シュリケン』なんだがよ……実はちょいとした仕掛けを仕込んだんだがよ……」
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「……それではローレライさん、行って参ります」
【……お気をつけて行ってらっしゃい、クリシュナさん】
地上に降りて待機状態を維持しているローレライに、会釈してからクリシュナは歩き出す。いつもの胸当てには『シュリケン』を差したポーチ状のケースが固定されていた。抜き取り易いように上下四ヵ所に分散させてあり、四つ腕のクリシュナでも瞬時に取り出せるようになっていた。
「……御姉様、御待ちくださいませ、クリシュナも直ぐに参ります」
小声で呟きながら、踏み出す彼女の姿は薄い月明かりに溶け込み、やがて暗闇へと消えていった。
「はーっはっはっはっ!! 楽しいねぇ~♪」
パルテナは抜き放った長刀を下段から振り抜き、目の前に立つ裸の男に斬り掛かる。その表情は言葉通りの活力溢れる笑みに溢れ、妖しく光る眼は誘い出された相手から、決して視線を離す事は無かった。
浅く斬り付けられた相手の傷は浅く、構わずそのまま前に踏み出そうとするが、時を待たず飛来する矢が頭部を目掛けて到達し、それを煩わしそうに手を上げて防ぎ、手に刺さるのも構わず眼を守った。
その後、周囲から放たれた投げ槍や弩の矢が全身に次々と突き立ち、並みの者ならば即死を免れないだろう針鼠のような姿を晒したものの、ばきばきと無造作に掴んだ柄をへし折りながら身の自由を取り戻すと、既に離れた場所へ移動していたパルテナ目掛けて走り出そうとしたのだが、
「……人の嫁に手を出すような不粋な奴には……」
突然現れたオリヒロが黒い胴着を靡かせると同時に、男の背後から足を掛けつつ後頭部を掌底で突き上げ、体を入れ換え諸手突きへと変化。裸の男の身体は面白いように宙に舞う。
「…………ッ!?」
自らの身体を支えられず、膝から着地しかける背中に追い打ちの体当たりが見舞われて、派手に転がるがやはり素早く立ち上がろうとして動き出したのだが、
「……たまには真面目に戦うのも、悪くないですわねぇ♪」
入れ替わるように何処からか現れた、闇夜に映える真っ赤な被服を纏ったアンティカが両手のトゲ付き鉄球棒を振り上げて、
「思い切り血に染まるのは……如何かしらぁ?」
一切の手加減無しで勢いよく振り下ろされた鉄球は、一直線に右膝の側方を砕き、更に左大腿部に叩き込まれて骨を砕く。両足を手酷く傷付けられた男は体重を支えられずに横倒しになるが、そんな姿を晒す相手を見逃すようなアンティカでは無かった。
「まぁ! 隙だらけですねぇ♪ それじゃ、張り切っちゃおうかしらぁ~?」
それから直ぐに挽き肉を作るよう無造作に、そして乱雑に殴打を繰り返す。地に伏した相手の骨を砕き肉を弾かせながら、身動きも許さぬ容赦無い連打に依り、不死を誇る相手を制してその場に釘付けにしてしまう。
……だが、相手は見る間に肉を再生し、露出していた茶色い骨も身体の中に引き込まれ、ぷちぷちと奇怪な音を立てながら元通りになっていく。
「……あら、便利な身体ねぇ~♪ 私のお仲間って訳でも無いのにねぇ……でも、」
そう言葉を区切りながら、曰く有りげに下半身へと眼を向けて、
「……見せられないって、つまり自信が無いから見せられないのかしらぁ~?」
ふふふ♪ と口許を隠しながら笑うアンティカに、無言のまま怒りを露にしたような大振りの拳を振るうが、アンティカは際どい距離ながらひらりと避け、強烈な勢いで拳は地面へとめり込んだ。
「あらぁ? 図星だったのかしらぁ~♪ それは失礼致しましたぁ♪」
けらけらと笑い、踊るように避け続けるアンティカの動きに追従する裸の男。その距離は離れ過ぎず、かといって三歩より先へは進まず……明らかに誘いなのは明白だったが、頭に血が昇ったように敵意を剥き出しにしながら追う男はどんどん城内を突き進んでいった。
「……さぁ、まだまだ追い掛けっこ致しますかぁ~? ……それとも、大人のお遊戯に……しましょうかぁ?」
遂に城壁の際まで辿り着いた二人は、飛び掛かれば掴まえる事も可能な距離まで近付いていたのだが、アンティカはまるで意に介していなかった。
「まぁ、それも楽しいでしょうが……私はも~っと、イイ事がしたいのよねぇ~♪ ……教えてあげましょうかぁ~?」
ふざけた口調を崩さぬアンティカに、何かの意図を感じ取ったか、裸の男はそれ以上近付こうとはしなかった。
「……怯えてしまったのかしらぁ? じゃあ、ここで私とはお別れねぇ~♪」
そう口走ったアンティカは、突然城壁の割れ目に手を差し込むと、吸い込まれるように隙間に滑り込み、その姿を消してしまった。
「…………」
余りの呆気なさに暫し身を固めていた男だったが、その頭上から白い何かが落ちてきて、身体の上へ身軽な身のこなしで着地し、声を掛ける。
「……待たせちまったなぁ! 退屈してたろぉ? ……遊んでやるニャッ!!」
それは、白い衣服を纏った猫耳姿のホーリィだった。
次回こそ、血で血を洗う戦いに……?