⑧だいたい戦士、時々母親。
何故か長くなってしまった。
「はぁ~、どうなるかと思ったわぁ……」
抱き抱えた子供をおマルの上まで運び、ちょろちょろと水音を奏でながら眼を瞑る姿に放心する恵利に、
「まぁ良くある事ですから! これで拭いてくださいね?」
と、手にした手拭いを渡してくれたのは、今まで会った事のない茶色い肌の猫人種の若い女性だった。
「あ、ありがとうございます……こちらの方ですか?」
「ハイ、私はパルテナ様の御子様を預かっているんです! さぁみんな? 向こうに行って遊びましょうねぇ♪」
二人の子供の手を引いて声を掛けると、わきゃわきゃと騒々しい毛玉達が連れ立って部屋を出ていき、後にはパルテナと童女、そして恵利とホーリィだけが残された。
「災難だったねぇ、エリ。まぁあの子も悪気が有った訳じゃないから許してやってくれな?」
「はい、それはもう……でも、さっきの女の人は……何だか雰囲気が違ったけど……」
上手く言葉に出来なかった恵利は言葉を濁したが、パルテナは抱いていた童女をあやしながら、
「ん……ああ、彼女かい? 彼女は砂漠猫族の娘さ。彼等は我々の山猫族と違って、女が多く生まれるんだ。だから向こうからは乳母が多く出稼ぎに来ている訳さ」
「そうなんですか? じゃあ、女の人が少ない問題も解決出来るんじゃないんですか?」
「……残念だけど、砂漠猫族と縁組みしても、生まれてくるのは男ばかりなのさ。我々の伝承には『山猫族は勇猛さと引き換えに男ばかり生まれ、砂漠猫族は寛容さと引き換えに女ばかり生まれる』ってのがある位にね……」
恵利の言葉に答えつつ、抱いていた童女を彼女に抱かせてみせる。
まだ小さく、そして丸々とした印象で、抱いていると小さな身体を伝って細かい振動が感じられ、それが心臓の鼓動だと理解した瞬間、
「……まぁ、まぁあ? ……っ、ふ、ふみいいぃ……!!」
くしゅくしゅと顔を歪めたその子が目に涙を溜め、身体を震わせながら泣き始めてしまう。
「わっ? わわわわ!! あ、あのどうしたら……っ」
「平気だって! 怖がんなくていいって! ……あー、そっか。ホーリィ、変わってやんなよ?」
「ええぇっ!? わ、ワタシがぁ!? ……しょーがねぇなぁ……」
ホーリィは泣き止まぬ子供を仕方なさげに受け取りながら、決して長くない腕でしっかりと抱き締めると、暫く泣いていた子供が親指を咥えながらホーリィの顔を眺め、やがて眼を瞑りスヤスヤと寝息を立てて眠ってしまった。
「……あれ? 何だか簡単に眠っちまったぜ? 何でだ?」
「ああ、そうだろ? たぶん心臓の音を聞いて安心しちまったのさ!」
「ふぅ~ん……まぁ、こんなにちっこいと可愛いもんだな!」
漸く一息つけたせいか、全身から力が抜けた恵利がくたりとするのを眺めつつ、パルテナはホーリィから我が娘を受け取りつつ、
「驚かせて悪かったね、たぶんこの子、心臓の鼓動が無い魔導のからくり仕掛けが怖かったんだろう。だからホーリィは怖がらずに安心出来たのさ……」
「はぁ、そうだったんですか……」
二人がそんな会話を交わす姿を眺めながらアクビを一つして、退屈そうに延びをしてから、ホーリィが堪えきれずに切り出した。
「なぁ、もういいだろう? そろそろ例の勝負を始めようぜ!」
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……薄暗い密室に、白い二つの裸体がうっすらと見える。片方は腰に薄手の布を巻き付けただけのホーリィで、もう片方はそれすら身に付けて居ないパルテナだった。
「……はぁ、はぁ、はぁ……なぁ、パルテナ、別に我慢しなくていーんだぜ?」
「……どの口が言うんだか……そっちこそ、そろそろ限界なんじゃないかぁ?」
「……無理してんじゃねぇって……さっきからアレが欲しくてたまんないんじゃねぇか?」
「まだまだ平気だっての……お前だって、ずーっとアレの方ばっかり見てるじゃねーか?」
…………。
「……ところでよ、」
「……ところでさぁ」
…………、
「「なんでエリが此処に居るんだよッ!?」」
…………?
「どー考えても、魔導人形の姿のお前が『蒸し風呂』に入っても意味無いだろう!?」
「……まぁ、そうなんですけど……何となく? って感じですかね? 話の流れ的に……」
……と、二人の正面に陣取っていた恵利だったが、確かに仮の姿の魔導人形でこの空間に居ても全く熱気は感じていなかった。
ちなみに部屋の隅に置かれている素焼きの壺の中には、藁に包まれた凍土の氷が詰め込まれていて、良く冷えた清水が錫製の水筒に入れられていた。
「『蒸し風呂』? 何だそりゃ?」
「えっ? ホーリィってサウナ入った事無いの!?」
軽く驚いた恵利が聞き返した時、パルテナは既に衣服を脱ぎ始めていた。
濃い褐色の肌には幾筋もの傷痕が残り、長い期間を戦場で過ごしてきた経歴を示すかのように存在を際立たせていたのだが、それよりも遥かに眼を奪われるのは……その引き締まった筋肉と、相対するかのように自己主張して止まない母性の象徴たる、首の真下に屹立する二つの巨峰だった。
一切の重力から独立し、下方には真円に近い丸みと膨らみを湛たえ、上方にはやや控え目な膨らみを保ちながら穏やかな稜線を描き、まるで水面に映る霊峰のように美しく揃ったそれは……理想的な形状の具現化そのものだった。
「……見せつけてんじゃねーよ、この確信犯の乳製品がっ!!」
「んんぅ? ……フヒヒ♪ ……そーゆーホーリィだって、形の揃った綺麗なモンじゃねーの? 結構感度良さげな感じだぜ?」
「うっせーっ!! おめぇみたいにぽこぽこ子供作れる身体してねぇってんだよ!! この赤ん坊製造機めっ!!」
「おーおー、おむずがりですこと~♪ でもさ、それは私ら猫人種には誉め言葉なんだぜ? ……子供を授かる度に若返るってのがうちらの性質だからなぁ~。まだまだ現役でいくつもりだぜ?」
二人で他愛ない会話を交わし、お互いの胸部を品評し合いながら、蒸し風呂との仕切りの扉を開けた瞬間、むあぁっ、と強烈な熱気が脱衣室へと流れ込み、ホーリィは思わず尻込みしてしまう。
向こう側は密閉された空間で、真ん中に設けられた火床には真っ赤な炭がくべられていて、その上には大きく艶やかな丸い黒石が台に固定されて熱せられている。
「……ほんじゃ、早速始めるかね? ……あー、我慢出来なくなったら、そこの水を飲んで構わねぇからな?」
「うっせぇ!! 御託は要らねぇからさっさと始めやがれッ!!」
勇ましいホーリィの言葉ににやり、と笑いつつ、パルテナは手にした香草を傍らの桶に突っ込み、水を滴らせながらばしゃり、と黒石に叩き付ける。
途端に猛烈な湯気が立ち昇り、僅かな隙間から差し込む光がくっきりと視認出来る程の濃密な湯気に室内が満たされていく。
「……ふぅっ!? ……た、大した事ねぇなぁ……手加減要らねぇからジャンジャンやりやがれッ!!」
「へぇ、そうかいそうかい……まぁ、まだ始めたばっかだからな~余裕だってもんか?」
パルテナが続けてばしゃばしゃと香草を振り回す度に、芳しい香りと猛烈な湯気に包み込まれ、ホーリィは頭の芯が痺れるような陶酔感と、湯気による猛烈な刺激にくらくらとしてしまう。
……やがて、暫しの時が過ぎると、ホーリィとパルテナの肌からは滴るような汗が珠のように吹き出し、身体の表面を伝って下へと落ちていく。
しかし、一糸纏わぬパルテナは惜し気も無く、引き締まりながらも随所に肉付きの良い裸体を晒け出し、どっかとベンチに腰掛けて涼しげな表情だった。
対するホーリィは腰に薄手の布切れを一枚だけ巻き、パルテナの正面にやはり陣取り、早く水に手を付けろと言わんばかりに睨み付けていたのだが、彼女も引き締まった白磁の如き裸体を剥き出しにしつつ、控え目な胸も隠す事無く威風堂々と座っていた。
……だが、ホーリィの白い肌が濃い桃色に染まり、パルテナも頭からうなじ、そして背中にかけて生え揃った毛並みが汗を吸い、肌にぴったりと密着する頃合いを迎えた時、不意に恵利が呟いた。
「……ところで、サウナから出たら水浴びとかするんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、パルテナは一気に精力を取り戻したかのように立ち上がり、
「おおおおぉっ!! そんなん当たり前だろっ!? ここから出たらバシャッて冷えた水をぶっ被るんだよっ!! んでなっ!? 表に出て池に飛び込むんだって!!」
「んだってぇ!!? 頭から被るんかよっ!? ぐううううぅ~ッ!! 冷てぇんだろうなぁ!? でもよ、堪んねぇんだろうなぁ~ッ!!」
「そうだよっ!! んでよ!? そのままよーく冷やしておいたサングリア(ワインや果実酒を用いた軽めのカクテルのようなお酒)をぐわわぁ~っ、て一気に飲むんだよっ!!」
「ぎいいぃ~っ!? ま、マジかよッ!? そんなん飲んだらおかしくなっちまうぞッ!? ぶるっちまうぞッ!!(やや冷静さを欠いている)」
「そうだろそうだろっ!? ……あ、そーいや、あんたらが持ち込んだビアが氷室ん中に入ってたよな……あれ、旨いのか?」
「バッカ言ってんじゃねぇってのッ!! ありゃ帝都随一の工房で作った珠玉の逸品だって話だぜ!? ……そんなモンが何でグランマの貯蔵庫に有ったのかは知らねぇけどよ……でもよッ!! 冷やして飲むにゃ最高のエールだってバマツが言ってやがったぜッ!?」
……ぶつん、と物理的な音が、恵利の耳に届いたような、そんな気がした瞬間、左右に別れて陣取っていた二人の女傑が同時に立ち上がり、同時に扉の取っ手に手を掛けた。
「……おっ!? は、ははは……お先にどうぞ!!」
「……にゃはははは、まぁ、先に行けってんだよお客様!?」
「なっ!? 何言ってるんだよお前が先に行ってくださいませの!!」
「ふぅうううぅっ!! ここは譲るますからどうぞお先に行ったらしてくださいませお客様!!」
「はああああぁ~ッ!? 行けって言ってんだからちゃっちゃと進みやがれっての裸ネコッ!!」
「ぐいぃいいいぃ~っ!? うっさいわチンチクリンのモヤシチチっ!!」
「のあああぁ~ッ!! 黙れっての蕩けチチビンタッ!!」
そんな二人の醜い争いを尻目に(……やっぱり全然熱く感じないやぁ……)としょんぼりしつつ、恵利が二人の間を割って進み、取っ手に手を懸けて外に出ると、取り残された二人は我先にと争いながら、ぎゅーぎゅーと入口に引っ掛かりつつ転けつまろびつしながら、裸のままで表へと飛び出して行った。
書き終わって判った事。サウナやお風呂の描写は長くなる。次回もお楽しみに!!