⑤やっと帰って酒盛り……の前のお勉強
本能のままに書いてきましたので、少しだけ舞台の説明をします。
「……もう少ししたら、停泊地に到着する。そこに着いたらその手錠は外してやるから、今は辛抱してくれ」
黒づくめの衣服に身を包んだ屈強な武官が帽子を被り直し、二席離れた席の護送中の相手に話し掛ける。
「……捕虜でも無いのに、窮屈な思いをさせて済まない。しかし規則は守らねばならないのでね……悪く思わないでくれ」
相手は無言のまま、謝意を表すように頷くと、小さな窓から外を眺める。夕陽に染まる大きな雲が視界一杯に広がり、その光景は薄菫色へと変化していく青空を背景にし、巨大な宮殿が聳え立つかに見える。思わず窓に手を伸ばすと、手錠を繋ぐ鎖が硬質の鈍く重い音を立てた。
壮麗な景色に目を奪われていた虜囚が手錠を眺めると、僅かな振動が船内を揺らし、やがて窓の景色は突然鼠色一色になっていつの間にか船内灯に火が灯る。その光はゆらゆらと頼り無く揺れ、その貧弱な灯りに照らされた虜囚の横顔は、血色を欠いたせいで蒼白なのか、それとも生来の色なのか……武官の目には青白く浮かび上がって見えていた。
虜囚は言葉を口にする事無く、ただ船の揺れに身を任せながら外の景色に専念した。武官とはこの船がいずれ到着する場所までの僅かな付き合いだ。任務が済めば、彼は本来の職務に戻るだけである。
やがて船の振動もいつの間にか消え去り、
「見えてきたぞ?……あれが君の新しい拠点になる……我々の【空中要塞】だ」
武官が指差す方角を見たその時……眼下に広がる見渡す限りの大海原の上にその大地があった。緑の森や丘が在り、貯水池らしき光の反射が随所に垣間見え、中央には人々が住む建物や尖塔が軒を並べて集まっている。風光明媚な景観を誇る中央部とは対照的に、外縁部に行くに従い建物は硬質な素材で構成され、それらは要塞の名に相応しく、防備を固める為の外壁として作られているのが手に取るように判った。
だが、それが大地として在る筈は無い。この世界に宙に浮き上がり、何の支えも無いまま浮き上がって浮遊する大地など、何処にも有りはしないのだから。
虜囚が乗っている飛空艇も決して小さな物ではなかった。乗り込んだ際には自らの帝国に対する認識を改めなければならない、そう思える程だった。
しかし、眼下に見えている要塞の付近に比較する人工物が存在しない為、著しく遠近感が狂っていたのだと気付かされたのは、なかなか近付いて来ない【空中要塞】に係留されている小さな物体が次第にハッキリ見えるようになり、其れ等が帝国の保有する巨大な空中戦艦、しかもその一つ一つがまるで作り物の玩具のように思えた時である。教皇国家に帝国の誇る空中戦艦と同じ大きさの艦艇は存在しなかったのだから。
漸く係留箇所へ到着した飛空挺が、振動と共に接岸して停止した後、武官は着座位置から立ち上がると先に進み、飛空挺の操縦をしていた兵士と幾つか言葉を交わしつつ手続きを済ませる為に降りていき、手錠を壁から伸びた鎖で繋がれた虜囚は黙ったまま、窓から外を眺めて時間を過ごす事にした。
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……その時代、広大で肥沃な大地を有するダコタ大陸には、大陸を二分する二つの勢力が有った。
一つはそのダコタ大陸に古来から存在した概念の【法と秩序の番人】を標榜する、教皇国家アルダン。
そしてもう一つは新興勢力の【黒き復讐の女神】を奉る、統一帝国ミルメニア。
各々の国家は大陸の東西両端に発し、長年に渡って周辺の国々を取り込みながら領地を拡大し続け、遂に大陸中央の半島付近で衝突をしたのである。
その様相はまるで各々二つの瓶の中に放した毒虫が、互いに周囲の毒虫同士で喰らい合いながら成長し、やがて瓶の口を合わせて一つにした瞬間……双方が同時に飛び掛かり喰らい付く様に良く似ていた。
開戦当初、その半島付近にアルダンは【地下要塞】を作り上げ、ミルメニアからの侵略を退けていた。
双方の基本戦略は、空中戦艦を用いて短期間で相手側の首都に攻め入り、相手の国の元首を情け容赦無く葬り去り、人民に軍門に下るよう知らしめる……その類いの電撃戦が得意であったのだが、アルダンの地下要塞はそうしたミルメニア流の流儀と同様の戦略を用いてきた国が、国家存亡を賭けて編み出したのだ。
超射程を誇る魔導を活用した攻撃兵器と、それを守り抜く為に選抜された多数の精鋭を擁する難攻不落の地下要塞。そのような備えを首都付近に配したアルダンに、ミルメニアが出した結論が空中要塞だった。
有効射程外まで接近し、武装した兵士を空挺し降下させて、兵力を削り相手の武力を減少させて弱体化を狙う。そうしていずれ……地下要塞を抜いて首都を攻略する。
そうした長期的な計画を遂行する為に産み出されたのが、ミルメニアの【空中要塞】だった。
ミルメニアの【空中要塞】とアルダンの【地下要塞】。全く異なる二つの拠点を介して続けられた戦争は、後の世に《双頭蛇の百年戦争》と名付けられ、語り継がれていく……のだが、
……ずーっと戦争なんぞし続けていたら、普通は国が傾く訳で、そんな馬鹿な事は誰でも判る。しかし両国は長きに渡り戦を続け……それで国が滅びはしなかった。
これから暫くは、どうして滅ばなかったか、にも言及していくので……お付き合いしていただきたい。
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夕闇が通りを染め、道行く人々の中には互いに肩を組み、ふらつきながら歩く姿もちらほら見え始め、夜の戸張が降りると共に昼とは異なる熱に浮かされたような雰囲気になっていた。
表通りから一つ路地を入ると、そこには幾つもの派手な明かりを灯した店が軒を連ね、新たな客を掴む為に様々な趣向を凝らした看板や、或いは規則ギリギリの際どい衣装に身を包んだ若い女性達が客引きに専念していたり……つまり、そういう界隈である。
だが、そんな熱気を帯びた外の喧騒とは無縁そうな、地味で素っ気の無い黒塗りの扉に、屋号を記した小さな札の付いた店が今夜の舞台である。
【BAR 魔界の裏口】
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夜闇に馴れた眼に優しい控え目なランプの灯りが、天井から柔らかな光を室内に落とす。その灯りで照らされたテーブルには、数人の男女が集い、酒を酌み交わしていた。
一人はゆったりとした白基調の緩やかな生地で作られた、肌の露出を控え目にした衣装に身を包む、長く艶やかな長い金髪を編み上げた森人種の女。その手にはルビーのように鮮やかな葡萄酒が入った盃。
その彼女の隣には、巨大な筋肉の塊のような体格に似合った、武骨で実用重視の野外着を着込んで短く髪を刈り込んだ鬼人種の男。彼が手にしたジョッキは自分の頭と同じ大きさである。
彼の正面には『……何でそこにいるの?』と尋ねたくなる位に普通の青年が、両脇に座った相手にタジタジとなりながら、手にした杯を空けろ空けろと急かされて困り顔だった。
その彼の横でゲラゲラ笑いながら、手にした杯を高々と掲げつつ、今日何回目になったのか誰も判らない音頭を取りつつ、太股の際まで切り詰めたショートパンツとタンクトップ姿で黒髪を振り乱すうら若き娘。
「……そーゆー事でっ!! バマツのぉ!! せっ! んっ! とぉ! うぅ~! 童貞のぉ~!! 卒業記念を~っ! 祝してっ!! 乾杯~っ!!」
「もぅ!! 勘弁してくださいよぉ~ッ!!」
嫌がるバマツの横で、自らの酒を飲み干してから椅子に立て膝のまま、傍らの酒瓶をひっ掴みドコドコと注いでやるホーリィ。
「……相変わらず下卑てるわね……あなたの出自を知っている方が今のあなたを見たら卒倒しそうじゃない?」
「うっせぇ~ッ!! ヒトがこーしてバマツのお祝いをしてやってんだゴチャゴチャ言うな!! そっちこそ途中から割り込んで来たんだから、少しは一緒に祝え! このセロリ女ッ!!」
「せっ!? セロリ女って……【背が低くてロリな】女の略でしょ!! アンタに言われたくないわよっ!!」
ギャーギャーピーピーと喧しい二人を眺めながら、バマツは無事に戻れた安堵感と、それが自らの実力から訪れた訳では無い事を噛み締めていた……
……のだが、そんなバマツに酔ったホーリィは、
「まぁ、良くやったんじゃねーか? 戦闘童貞卒業出来たしよかったな! そんじゃお祝いに一発やらせてやっか!」
と、当たり前のように言ってくる訳で、彼は何と返せばいいのか困惑していたが……。
……あ、エッチじゃない回でしたね、次からはもー少しエッチにします。
それと暮伊豆様から(酔った勢いで)レビュー頂きました!! ……だがそれがいい。
ブクマが少なくても、俺はホーリィが好き勝手に暴れてやらしくなっていれば、それでいい!! ……あ、勿論お待ちしてます!