⑥チーター現る。
さぁ、やっと話が急展開します。
牙も持たず、爪も鋭くはない。
だが彼等は容易く人を葬り、軽々と城壁を越えて到達し、自らの仄暗い欲望のままに行動し、正しき者を嘲笑う。
彼等を人は『チーター』と呼び、遠避けた。
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「……なら、また連中はやって来る、って事か? その……自分達の行動を……『記録』しておいて、ばら蒔く為に……」
オリヒロは顎に手を当てたまま、腕組みしながら思案し、恵利から得た情報を整理して、結論を出した。
恵利はこの【ギルティ・レクイエム】と言う名の世界が他の世界と繋がっていて、自分はそこからやって来た事を告白した。
同様に山城へ現れた『チーター』達は、痛みを何らかの方法で無効にしながら平然と動き回り、略奪と殺戮を繰り広げて娘二人を拐った理由も「動画と体感記録を集め、それを有料配信して財貨を稼ぐ意図」があったのだろう、と推測し、何とか判るように教えたのだ。
全身体感と感覚共有が呼び物のゲームでは、年齢制限を設ける代わりに『成人向けの表現』が存在し、それは有る種の商売として成立する側面も有る。
それはNPCと呼ばれる非主役キャラクターに接した際、何らかの条件(予め用意されていた恋愛要素を補完、若しくは交渉して財貨を与える等)を満たせば……性的欲求を解消する為の行為に極めて近い体感を得る事が出来る。
だが、普通ならば有る程度のリミッターが設定されていて、実際の性的体験をそのまま味わえる訳ではない。しかし……取り込んだ体感情報を編集改竄し、他から持ち込んだ擬似情報とゲーム内のNPC達との擬似情報を混ぜ合わせれば……?
……そう、『出演料無しのバーチャル俳優』が完成する、と言う事になるのだろう。
しかも、NPC達は存在上、どのような扱いを受けたとしても、戦闘行為以外では死ぬ事はない。予め決められたシナリオから外れた行動によって略取や誘拐されたとしても、ただ存在する場所が変わるだけでNPC達はルール上、只の背景のように存在し続け、救い出されるまで、その場に留まるしかないのだ。
「うむぅ……何だか羨ましいような、虚しいような……つまりよ? こーやってワタシがヘコヘコされてるとして、それをそうだな……誰でもいーから『やってみたい』奴がエリと同じみたいになって、ヘコヘコを感じられるって訳だよな?」
全身から熱と汗(両方とも出ていないが)を放射しながら何とか説明し終えて、真っ赤になりつつよろめく恵利に、空気を読まないホーリィは目の前で身振り手振りを交えながら実演するものだから、
「うきぃいいいいぃ~っ!? だ、だからアンタはそーゆー卑猥な事すんなッ!! ヘコヘコとかせんでイイっちゅうの!!」
「はぁ? ……あー、そっか!! エリはまだオボコ(非経験)だから恥ずかしいって訳か!! じゃあ、こーやって後ろ向いてカムカムゥ♪ って感じならいーのかぁ?」
「ひいぃきゆゅいいいいぃ~っ!!! な、何て恥ずかしい格好すんのよっ!! ま、マジでアンタってバカじゃないのッ!?」
……と、カオスな様相に成った。
「……ふむ。さて、今はまず、皆様の意見を伺いましょうか……」
二人の取っ組み合いを尻目に落ち着き払ったオリヒロが臨時で司会になり、各々の発言を取り纏め、やがて白熱した対策会議が繰り広げられる中、ホーリィにだけ告げてから、恵利は静かにログアウトした。
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【ログアウト確認……、お疲れ様でした!】
……まず最初に感じたのは、夕闇の赤い光、そして次は刺すような蛍光灯の白い光だった。
恵利は無事にログアウト出来た事に安心しつつ、HMDを外すとベッドから起き上がり机の上のディスプレイに向かって座る。
そのままタッチパネルを操作し、ダイレクト検索で「猫人種 ギルティ・レクイエム」と入力する。
……ハズレ。出てきたのはキャラクターの概略のみで、彼女が欲しかった情報は無い。次に「猫人種 ギルティ・レクイエム 調教」と入力。
……ハズレ。やはり出てくるのは見当違いの画面ばかりでどうにもならない。恵利は暫く考えた後、意を決して「猫人種 ギルティ・レクイエム 生娘 強制」と入力。
……当たった……恵利の心情としては、当たって欲しくはなかったが。
画面には薄暗い洞窟のような場所に囚われた、一人の猫人種の娘が写し出されていた。柔らかな前髪の下には、整った顔立ちの十代前半……いや、恵利と殆ど同世代だろうか。くりくりとした眼が可愛らしい、何処と無くパルテナに似ていなくも無いような栗色の毛並みの娘だったが……見るからに不安と恐ろしさがハッキリと表情に出ていた。
粗雑に組まれた十字架のような台に、針金で手足を縛り付けられた娘が、恐怖に身を強張らせながら必死に叫ぶ中、顔にモザイクをかけられた誰かがゆっくりと近付いていく。身に付けているのが黒っぽい衣服だとは判るのだが、暗い背景に溶け込み良く判らない。
やがて画面が真っ黒になり、音声データのみになった状態で、「この先のフルダイブVRをお望みの方は有料になります」の字を背景に、
「おかあさんっ!! たすけて……おかあさんっ!!」
と、繰り返される声に、指先を震わせながら、画面を切ろうとしたのだが……恵利はふと、気になって画像を巻き戻す。
再度、娘が現れる箇所で画面を停止し、画像解析を行う為にフォトカットして画像を保存、娘の顔を拡大する。
再度画面を拡大し、娘の瞳の表面を更に拡大。すると……思った通り、瞳の表面にくっきりと男らしき顔が映し出された。恵利はその画像を更に保存し、画像を父親の部屋にある仕事用のハイスペックパソコンへと送り、男の画像から様々なブログやサイトの中に何か存在しないかと検索を繰り返すと……、
……ネットホストクラブなる、怪しげなサイトの登録人物の中に、その画像と同じ骨格を持った人物の顔写真があり、名前も特定することが出来た。
心臓が高鳴る中、それらのデータを自分のパソコンへと引き戻し、ため息と共に電源を落とした。
「……こんな事、絶対に許せない……NPCだって、権利はあるわよ……!」
恵利は呟きながら、食事を済ませる為に階下へと降りていった。
と、良い所ですが……恵利さん現実世界へと戻ります。ではまた次回!!