③軽く手合わせ♪
ホント軽くですよ、軽く♪
「私達と同じ【黒き復讐の女神】を奉る同輩って聞いてるが、本当なのかい?バットカルマ・ビッチさん?」
山猫族の族長だと言うパルテナが尋ねると、ホーリィは暫く品定めするように彼女を眺めていたが、やがて観念したように剣を納めながら答える。
「……あぁ、その通りさ! 『我に従え、己れの望むままに敵を屠れ。生け贄の血の池に我を沈めよ、さすれば復讐は成就せんと悟れ※①』……だろ?」
「ご名答!! なーんだ、噂は聞いてたから、あんたがバットカルマ・ビッチだって判ったけどさ……てっきり後ろの【四つ手】がそうかって一瞬思っちまったぞ? 話より更にちっこいから違うのかと思ったよ……」
鷹馬から降りながらホーリィと対峙したパルテナは、背負っていた長刀をずらして横向きに直し、肘を載せながら姿勢を崩す。だが全身から放射する気迫は決して揺るがず、何時でも抜けるように鯉口は僅かに開けてあるのをホーリィは見逃さなかった。
「話し合いするつもりは構わねぇけどよ、獲物を横取りされて黙って帰る程、ワタシらはお人好しじゃねーぜ?」
「あー、その事ね……ま、すぐ判る事だからハッキリさせとくけど、ここらは私らの縄張りなんだ……で、コイツらの処遇も含めて帝国軍強襲部隊の隊長サンにお願いしたい事が有るんだが……」
と、そこで言葉を区切ってから鯉口をぱちん、と納めてからパルテナは背負った長刀をやおら手に取り掲げてから、
「……族長として氏族を率いて宗主国に与し、傭兵稼業やってたんだが……あんた達の大勝利のお陰で食いっぱぐれしちまってね……それで提案なんだけどさ、」
両手で長刀をホーリィに向かって捧げ、暫し沈黙した後、意を決したパルテナはホーリィに向かって宣言する。
「……私ら、山猫族を雇ってくれないか?」
※①→【黒き復讐の女神】を信奉する者達の唯一無二の教義。言い回しはともかく、内容は「やられたら倍返し」のような物である。この教義に則ってホーリィは行動し、けつを触られたら玉を蹴る訳である。ああ怖い怖い。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「……雇う!? ……ああ、傭兵として雇用してくれって事か? まぁ、それは判ったけどよ……なぁ! グランマ!! どーすんよ!?」
【……話は聞いたわよ? パルテナさんね、私はローレライ。貴女達の頭の上に居る『強襲戦艦』を預かる者、って処かしらね?】
「うおっ!? き、強襲戦艦ッ!? ……あー、あれかよ……随分と高い所に居るのに良く見えるわな……ん? ローレライ? ……ローレライぃ!? ローレライって言ったらあの【ローレライ】かよッ!!」
遥か上空を仰ぎながら、驚きの表情を隠さないパルテナの様子に溜飲が下がったのか、ふふんと機嫌良さげに腕を組みながら、ホーリィは嬉しそうにしつつ、
「あぁそうさ!! うちのグランマは世界一の強襲戦艦!! そんじょそこいらの鈍足な駄戦艦なんかと一緒にしないどくれな?」
「いやはや……しかし恭順を持ち掛けた相手がバットカルマ・ビッチだったのはともかく、おまけにローレライまで出てくるのかい? ……こりゃ、此方に風向きが変わったって事か? 【黒き復讐の女神】の御加護なら有り難いねぇ♪ ……そうそう! 所でさ、こんな話の最後に言い出す事じゃ無いとは思うんだけどさ……」
そう言いながら背中に長刀を戻したパルテナだったが、口元を開き牙を見せて狡猾そうな笑みを浮かべつつ、ホーリィに向かって右手を突き出し拳を握り締め、
「……一つ、手合わせ願いたいんだけど、どんなもんかな?」
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「そいつは……随分なご挨拶じゃねーかい? 乳製品のおねーさんよ?」
「ああ、気を悪くしたら済まないねぇ、ちんちくりん!」
お互いに敵意を垣間見せながら、ゆっくりと距離を開けて足場を整えた後、ホーリィはクリシュナに向かって、
「クリシュナ!! バマツと一緒にそっちの連中と捕まえた盗賊を馬車に積めこんどいてくれ! アンティカは余計な茶々が入らんように見張っといてくれ!」
「……了解しました、御姉様……行きますよ? バマツさん」
「マジかよ……ホーリィさん! あんまり張り切らんでくださいね!?」
「判りましたわぁ♪ さーさ、皆さん大人しく御覧になっていてねぇ? 邪魔立てすると捻り潰しますわよぉ?」
各自はホーリィの言葉に従い二人から離れていくが、ホーリィとパルテナは周囲の事を頭から振り払い、お互いの動きのみに気を配る。
「……何時でも構わないんだぜ? さぁ、抜きなよ乳製品!!」
「ちんちくりんが偉そうに……膝から下を無くして、更に背が縮んでもいいんかい?」
お互いに悪態を応酬しつつ、じりじりと横に動いて様子を窺う二人だったが、先に動いたのはパルテナだった。
……ひょう、と独特の呼応の声を上げながら踏み込み、柔らかく地を蹴ったと思った瞬間、銀色の筋が流れるようにホーリィへと到達し、激しい剣幕となる。
「ハハハハハハハハハッ♪ やるねぇバットカルマ・ビッチ!!」
「うっせぇ乳製品!! 何でそんな得物で手数が多いんだよッ!!」
信じられない程の速さで居合い抜きを放ったパルテナは、そのまま柔軟に全身を鞭のようにしならせながら長刀を滑らかに振り、幾度もホーリィへと襲い掛かる。
二刀で弾き返しその場から動かぬまま、パルテナの動きに合わせて双剣を重ねるホーリィ。何時もの彼女なら先を取って有利に動くのだが、今は辛うじて防戦に徹するのが限界だった。
ぎゃりりり、と双剣の峰で激しく火花を散らす長刀は、見た事も無い油を流したような斑模様が浮かび、刃先の青み掛かった煌めきとは対照的な禍々しさを漂わせていた。
「何だよその刀……魔剣と対等に遣り合える業物って言ったら……妖刀の類いじゃねーかッ!! ずりぃぞッ!!」
「なーんだ、知ってるじゃん……コイツはね、うちの婿様が懇意にしてる武器屋のおっさんが卸してくれた『魂喰い』ってモンらしいぜ?」
そう答えながらパルテナは両手で持った長刀を縦に構え、正眼から横に寝かせて仕切り直し、軽く一歩前に出て、更に鋭く加速する。
その動きに合わせて自らの魔導強化を反射反応へ振り替えながら、左右に構えた双剣を背中に回して胸を開き、懐に飛び込み諸手返しを狙うホーリィだったが、その動きを読んだパルテナは、小さな着地と同時に刀を横向きに構えたまま後方へと跳ね戻り、そこでフェイントに惑わされたホーリィへと横薙ぎの一刀両断を狙う。
その鮮やかな返しに踏み込んだ足を止められず、ホーリィの脇腹へと無情の妖刀が迫らんとした瞬間、
【そこまでにしておきなさい? 二人とも】
ローレライの力強い言葉に動きを止めた二人は同時に硬直し、やがて構えを解きながら無言のまま離れて剣を納めた。
ブクマが剥がれようと次回もお楽しみに!!です!!