②接近。
さーて、一区切り付いた次の舞台、晴れて大陸進出を果たしたローレライ一行を何が待ち受けるのか。
ローレライの区画内には当然ながら『操舵室』というものは存在しない。艦内要員を含め、部隊員は大空を自由闊達に泳ぐ彼女に便乗しているに過ぎないのだ。
だが、事有る毎に彼女は「我が愛しい子供達の為」と言いながら様々な形で強襲部隊員の為に尽力してくれているのである。
「……んんぅ? ……ん~、まぁ……こんなモンかな?」
ゆったりと揺れる動きに逆らう事無く、身体を揺らしながら艦内に設置された特製の調理器具の前に陣取り、一人の小人種が小皿に移したブイオンの味見をしながら鍋を混ぜる。
蒸し暑い厨房内で少しでも涼しく居る為か、それなりの胸元を覆う僅かな面積の布地、そして大胆に太ももを露にしたショートパンツ、そしてエプロンだけを身に付けて、忙しなく動きながら短く切り揃えた赤い髪を掻き上げて額の汗を拭う。
顎から滴る汗が胸元に落ち、煩わしそうに首に掛けたタオルで拭き、ついでに気の強そうな吊り上がり気味の眼の上の、広めのおでこも拭きながら小さな窓を開けて風を招き入れた。
「……ふぅ……あー、風が涼しいなぁ……あ、鍋焦げるっ!!」
彼女の名前はバターカップ。ローレライ部隊唯一の専属調理人であり、同時に強襲時は様々な補佐作業も行う。勿論、他の飛空艇乗務員も同じであり、エキドナ以外は必ず副業を持っている。ちなみに彼女の掛け持ちは鷹馬の馬役である。
【バティ、キチンと灰汁は取らないとブイヨンが濁るわよ?】
「は~い、艦長!」
【……私は艦長代理ですよ? ……何回言っても直りませんね……直すつもりあるんですか?】
「え~!? だって艦長は艦長なんだもん……いいじゃん!!」
そんなやり取りをしながらも手にしたお玉で灰汁を取り、流しに落とす。バティと呼ばれた小人種の女性は時折手を抜く悪い癖はあるけれど、仕事に打ち込めばキチンとこなせるだけの技術は持ち合わせている。
過酷な職場環境に於いて、食事は誰もが楽しみにする大切な娯楽の一つ。一日二回の食事(積載量と体調管理の為に朝は軽く夜はしっかり)を任されている彼女の役割は重要である。
「ねぇ艦長、ホーリィ達は盗賊と鉢合わせしたかな?」
【ええ、今はきっと捕縛……していれば良いのですが、どうでしょうね?】
「……何よそれ! そんなんダメじゃないの?」
バティは荒事には疎く、ホーリィのように派手に戦う技量も、又そんな事をする気もない。彼女は純粋に後方要員としての職務だけを全うする主義なのだ。しかし彼女のような存在も部隊には不可欠である。
小柄で生来の身の軽さを生かし、不安定な環境でも平然と調理をこなすバティ。背丈は低いけれど逆に狭い艦内では悠々と動き回れるし、こうした場所は彼女にとっては最適なのかもしれない。
「……これでよし! あとはローリエ、ナツメグ……」
肉の塊を取り出し香草を入れて、基本のスープは完成。後は挽き肉を炒めてトマトペーストで煮詰めてブイヨンで割り、肉の塊を切り分けて挽き肉入りソースを掛けて仕上げる。これにペペロンチーノを付け合わせにすれば、木曜日の特製メニュー『煮込み肉のミートソース仕立て・ペペロンチーノ添え』が完成である。肉が多い? そんな事を言う胃袋の虚弱な奴ではローレライの乗組員には残念ながらなれないのだ!! 乗りたければしこたま肉を食え、肉を!!
「さて、そろそろ会敵する頃かな?」
【そうね……でも、今回は簡単には終わらないかもね……】
「へっ? 何かあったの?」
【……囲まれてるわ、あの子達……それも統率の取れた騎馬の集団にね】
「何それ!! 絶対絶命じゃないの!?」
【フフ……♪ バティ、あの子達はそんな柔な者じゃないわよ? それに……林の中を走り抜けられる種類の騎兵と言ったら……相手は間違いなく、山岳民族の猫族よ】
慌てるバティを窘めるローレライは、包囲する相手を見抜きながら地上の様子を探る。彼女の見立て通り、盗賊と対峙しているホーリィ達を更に囲む鷹馬の動きはスムーズで、下界の者は誰も気がついていないようだった……が、例外はいつでも有り得るものだ。
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(……ん? 何だろ……着信音?)
恵利は馬車の中に待機していたが、耳慣れない音に気付く。それは小さく微かなアラームで、同時に頭の中に唐突に周囲の様子が立体的に画像化され、自分達が新たな何者かに包囲されている事が理解出来た。
「……ホーリィッ!! 囲まれてるっ!! たぶん盗賊じゃないよ!?」
「ああ!? んだよ……これからお楽しみの時間なのによ……お?」
今この瞬間に殺戮の宴を始めようとしていたホーリィだったが、残念な報せに落胆の色を隠さなかったが……
ホーリィ達を半ば包囲していた盗賊達がざわめく間も与えられぬまま、一瞬で真っ赤な疾風が林を駆け抜け躍り出て、盗賊とホーリィの間に立ち塞がる。
それは鷹馬に跨がった赤い革鎧を身に纏う騎士の一団で、様々な騎兵用の曲刀を手にし、油断無く距離を保ちながら何時でも斬り掛かれるに抜刀していた。
その集団から一騎の騎兵が前に進み出て、ホーリィの前に現れる。
その騎馬は盗賊の動きを視界の端で捉えつつ、兜を脱ぎ捨てて顔を露にしたのだが、ピンと側頭部から立ち上がった大きな耳、細く引き絞られた瞳孔が印象的な大きな眼、更に頭部から頬、そしてうなじに至るまで金と茶の艶やかな柔毛に被われたその姿は、正に【猫人種】と呼ぶに相応しい姿だったが……ホーリィは目敏く首の下周辺の異様な程の盛り上がり方を見て取り、眉間に皺を寄せて不機嫌になった。
「……んだよ、乳製品がワタシらに何の用があんだ? これからコイツらぶっ殺すんだから邪魔すんなよ……それともアンタらも一緒にぶっ殺されてぇんかい?」
「はぁ? 何だよ随分なご挨拶だねぇ……噂に勝るとも劣らない【悪業淫女】振りってとこだねぇ……」
「……あ? ワタシん事知ってるのか? ……お前ら、一体何者だ?」
フフン、と鼻先で返しながら手勢にチッ、チッ、と何かの符丁なのか舌打ちじみた発声をすると、素早く展開しながら盗賊を武装解除し纏めて捕縛していく。
僅かの時間で仕事を終えて、各々が無言のまま剣を納めるのを確認した猫人種の女はホーリィに向き直り、視線を逸らす事無く名乗ったのである。
「私達は《山猫族》の氏族、で……私は族長のパルテナだ……同じ【黒き復讐の女神】を奉る同輩って聞いてるが、本当かい? バットカルマ・ビッチさん?」
またまた乳製品登場ですが、パルテナさんも実は既出だったりします。ではまた次回!!




