⑬つまらんモノを殴っちまった。
戦闘ばかりですな。さて、そんな感じです。
「……何なんだよ、コイツは……ゴーレムか何かかぁ?」
棺桶から立ち上がり、はらはらと布地を身体から剥がし落としつつ、屹立する【魔導戦術人形】。新たな敵の出現に鬱陶しそうな表情で、有りがちなゴーレムの類いかと予測しながら双頭剣を構え、出方を窺うホーリィ。
警戒心はしかし……一向に動き出さない相手への(……んだよコイツ……ヤル気あんのか?)と言う疑心暗鬼へと移行し、やがて(つまんねぇ……いっちょ揉んでやっかな?)と言う退屈凌ぎへと変わっていき……
「……ゴラアッ!!! ってめぇ!! ヤル気あんのかぁ~ッ!?」
我慢の限界を迎えたホーリィさん、つかつかと足早に近寄るや否や、問答無用の直立からの膝屈伸→粗っぽい前蹴りの洗礼ッ!!!!
(ほあああああああああぁ~っ!!!!?)
どげしっ!! っと素敵な音を立てながら、低めの脇腹付近への前蹴りによって、見事に横軸回転しながら美しい放物線を描く相手に、
「……ん? 軽いんじゃねーの? もっとこう……ずっしりと重い感じなんかと思ってたのによ?」
ん? ん? と自らの足先と、吹っ飛んだ相手の落下地点を交互に見遣りつつ、 ホーリィは筋力に振っておいた魔導強化をバランス型へと修正し、
「まーいーや……いつまでも寝てんじゃねえっ!! 叩き起こされたんだからシャキッとしろやシャキッと!!!」
腰に提げた鞘へと分離させた【フシダラ】【フツツカ】を戻し、ホーリィは頬を膨らませて憤りつつ、瓦礫の山と化した廃教会の壁面に埋まる相手に檄を飛ばす。
「……し、失礼いたしました!!! わ、わたくしともあろう者が失礼ばかりしてしまい……申し訳ありませんです!!」
「……ふぇ!?」
その瓦礫の山の中から意外と軽く明るい口調で答えながら、しゅたっ、と全身がんじ絡めのまま立ち上がり、ぴょんぴょんとそのまま此方へと器用に跳ねてやって来たソレは、意外にも丁寧に詫びながらホーリィの傍まで近付き、
「……ち、ちょっとお待ちくださいませ……あの、えと、……ホラ! 焦ると中々ジッパーが開かない時って有るじゃないですか!! 今ですね、うーん……そ、そんな感じで……あっ!? 違ったコッチは……」
「喧しいんじゃゴラアッ!!! さっさと脱がんかいっ!!!」
……どげしっ!! っと再度の前蹴りで哀れ……今また同じような美しい放物線を描き……くるくると横軸回転しながら元の瓦礫の山へと再度の着陸……。
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「……ひ、酷いですっ!! また同じ場所まで戻されるなんて……」
蹴り飛ばされた事実には一切触れず、再び何事も無かったように立ち上がると、やや小柄な姿に見合った呻き声と共に、
「……で、でも今ので掴めました!! コレですよコレ!! ……うんしょ、うんしょ……よっと!!」
……ばつん、ばばばばばっ、と連続音と共に、全身を拘束していたベルトが弾かれたように上から下まで外れると、中から現れたのは……
「あら、あらあらあら……まぁまぁ! 素敵じゃない! ……ホーリィさんとそっくりなお人形さんですわぁ~♪」
「げっ!? ……どーなってんだよ……」
アンティカの嬉しそうな声、そしてバマツの呻き声と共に現れたのは、黒い髪を二つに分けて纏め、真っ白な外装に身を包んだ小柄な……
「は、はじめまして!! 私はグロリアス国所有【魔導戦術人形】のレルヒェ・クークェン(※雲雀の雛鳥の意)と申します!!」
と、快活に自己紹介をしながら右手を上げて、にこやかに微笑む可愛らしい……魔導人形だった。
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「……レルヒェ、かよ……舌噛みそう名前なんぞ付けやがって……まぁいっか!!」
ホーリィは連戦にも関わらず、全く臆する事なくレルヒェに相対しながら素手のままで構えを取り、
「……お人形ちゃんよ、ワタシと似てっからって言っても手加減なんてしねぇかんな? 揉んでやっから遠慮は要らねぇ……来なよっ!!」
「ハイ!! それでは遠慮無く遺憾無く蹂躙させて頂きますね!!」
同様に右手をやや開き、左手は握り締めながら左側面を前に見せる踏み込みの体勢を維持し、軽くステップを踏み始める。
【……ホーリィ、魔力の低下に注意しなさいね? 貴女は熱くなると直ぐに忘れてしまうのだから】
「うい! 判ってるって! グランマ、結界張って貰って済まねぇな!」
【念には念を、と言いますからね……次元門を容易く繋げられる国はそう多くは有りません。ホーリィ、油断大敵を忘れずにね……】
ローレライの忠告に素直に従いつつ、柔らかく握り締めた拳を身体にふわりと添え、三戦へと移りながら構えを取る。
「あの……別に私に合わせなくても構いませんが……」
「いーっていーって!! こーゆーのは気分で決めるモンなんだよ!!」
膝を緩く内向きにし、一見すると防御に徹しているかに見える型のまま、ホーリィは軽く答え、にやりと口の端を吊り上げ不敵に笑い、
「……だからよ、全力全開でいーかんな? でないと……萌えないじゃん!?」
「畏まりました!! レルヒェ・クークェン……参ります!!」
答えてレルヒェは、後ろに下げた右足を開き、前に出した左足を踏み込むと、一気に「遊んでるんじゃねぇ~ッ!!!」「ほああああああああぁ~ッ!!?」
間髪入れず、魔導強化を加速全振りへとシフトさせたホーリィに、先を制されたレルヒェ。三度振り上げられた前蹴りは、やはり彼女(?)を定位置と化した瓦礫の山へと叩き込み、
「……戦術だか戦略だか知らねえけどよ……他人様の敷地で粗相かましてくれた落とし前、人形ひとつで終わらせるつもりかい? ……おめぇんトコの国はよ……」
「……何を仰有っているのですか!? ま、まだわたくしの実力を……」
「ああ゛ッ!? 一個だけ教えてやんよ……ワタシはなぁ、ゴーレムとかオート・マタってんのがなぁ……大っ嫌いなんだよッ!!!!」
いつの間にかモロゾフ印の強化グローブを装着したホーリィが、レルヒェの目の前に仁王立ちになり、誰も見た事も無い程の怒気を両の拳に宿らせながら……
「しかもワタシそっくりの癖にぃ……微妙におっぱい大きいとか舐めてんのかゴラアッ!!! マジむかつく絶対にグロリアス国ぶっ潰すぶっ壊すおらおらおらおらぁ~ッ!!!!」
「ひ、ひぎぃっ!?」
……その所業は正に鬼……相手の右手を踏みつけながら、地面に叩き付けるように左右からの拳の嵐……
……その後、バマツが止めに入るまで殴り続けられ、レルヒェと名乗ったオート・マタは……機能障害を起こして帰還を果たせず、グロリアス国から欠番扱いとなりました。
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「……で、首尾はどうでした?」
「はい、騒ぎに乗じて次元門は回収、例の妙な女闘士が乗り込んでくるまでの二人は此方側へと搬送致しました」
さやさやと水の流れる中庭に面した居室で、一人の若い女が煙管を燻らせながら、細身の武骨な出で立ちの女性から報告を聞いていた。
年は若く見えるのだが、中庭から展望出来る空と遠景の比率を見れば、その身分が決して低い者でない事は明らかである。紅い天鵞絨のゆったりとした生地のドレス、そして室内の装飾や踝まで埋まりそうな程の毛足の長い絨毯……そして、報告している女性以外にも複数の控えの者が配置されているのならば……
「まぁ、ミルメニアに喧嘩を売られるよりも先に、先手を打って出鼻を挫く狙いは効を奏したと言えるかしら……向こうから持ち込んだネズミ共は……そうねぇ、ノ・クターン国に流してしまいなさい……【火口】」
話しながら、たん、と煙管を灰皿に打ち付けて新しい煙草を詰め込んでから、髪を上げて纏めた女性は指先から小さな火を出して点火すると、ゆっくりと吸い込み時間をかけて吐き出していく。
「……さて、西の蛮国の分際で……百花繚乱の大陸に足を踏み込む等、言語道断だと教えてあげなくてはね……そうでしょ? アズマ?」
「仰有る通りで御座います……」
暫く紫煙の揺蕩う様を見詰めていた女性は立ち上がり、手にした煙管を控えの一人に手渡しながら、扉に向かって歩き出す。
「……ミルメニアの猿共が此処まで辿り着く訳が有りませんが、多少は手を打っておきましょう。連中の空中戦艦は侮れない戦力ですからね……そうでしょ? アズマ?」
「仰有る通りで御座います、女王様……」
自らの名前を冠した国を統べるこの女性こそ、中央大陸の東端を強大な魔導で統治しているグロリアス国の女王、グロリアーナ・クリムゾンその人であった。
それではまた次回も楽しみに!!